デジタル大辞泉だいじせん 「桟道さんどう」の意味いみ・読よみ・例文れいぶん・類語るいご さん‐どう〔‐ダウ〕【桟道さんどう】 山やまのがけの中腹ちゅうふくに棚たなのように張はり出だしてつくった道みち。 出典しゅってん 小学館しょうがくかんデジタル大辞泉だいじせんについて 情報じょうほう | 凡例はんれい
精選せいせん版ばん 日本にっぽん国語こくご大だい辞典じてん 「桟道さんどう」の意味いみ・読よみ・例文れいぶん・類語るいご さん‐どう‥ダウ【桟道さんどう】 〘 名詞めいし 〙 山腹さんぷくのきりたった崖がけ(がけ)などに沿そって、木材もくざいで棚たな(たな)のように張はり出だして造つくった道みち。絶壁ぜっぺきに沿そってかけた橋はしの道みち。特とくに中国ちゅうごくの蜀しょくの桟道さんどうが古来こらい名高なだかい。かけはし。かけじ。[初出しょしゅつの実例じつれい]「今いまより再ふたたび此の桟道さんどうを過あやまて、東ひがしの方ほう楚すわえへすまいと云うん心しんぞ」(出典しゅってん:寛永かんえい刊本かんぽん蒙こうむ求もとめ抄しょう(1529頃ごろ)一いち〇)[その他たの文献ぶんけん]〔魏ぎ志こころざし‐曹真〕 出典しゅってん 精選せいせん版ばん 日本にっぽん国語こくご大だい辞典じてん精選せいせん版ばん 日本にっぽん国語こくご大だい辞典じてんについて 情報じょうほう | 凡例はんれい
普及ふきゅう版ばん 字じ通どおり 「桟道さんどう」の読よみ・字形じけい・画数かくすう・意味いみ 【桟道さんどう】さんどう(だう) かけはし。〔戦国せんごく策さく、斉ひとし六ろく〕(燕つばめ、斉ひとしをふ)王おう走はしりて陽ひの山中さんちゅうに之これ(ゆ)く。(田た単たん)棧木き閣かくを爲ため(つく)りて、王おうと后きさきとを陽ひ山中さんちゅうよりふ。字じ通どおり「桟」の項目こうもくを見みる。 出典しゅってん 平凡社へいぼんしゃ「普及ふきゅう版ばん 字じ通どおり」普及ふきゅう版ばん 字じ通どおりについて 情報じょうほう
世界せかい大だい百科ひゃっか事典じてん(旧版きゅうばん)内うちの桟道さんどうの言及げんきゅう 【四川しせん[省しょう]】より …ただ,漢かんの勢力せいりょくが及およんだのは現げん四川しせん省しょうでは四川しせん盆地ぼんちおよび南西なんせい部ぶまでで,西部せいぶ高原こうげんの雅みやび礱江や大だい渡河とか,金沙江きむしゃこうの上流じょうりゅう部ぶは西にし羌(せいきよう),白しろ狼おおかみ夷えびす(はくろうい)の地ちであった。当時とうじ,黄河こうが水系すいけい渭水盆地ぼんちがもっとも開あけており,漢かん中ちゅうから北きたの秦はた嶺みねを越こえる〈桟道さんどう〉の一ひとつ,渭水と漢かん水すいとを結むすぶ〈褒斜(ほうしや)道みち〉も開通かいつう,河底かわぞこを深ふかく掘削くっさくできなかったため,水路すいろは利用りよう不可能ふかのうであったが陸路りくろは完成かんせいした。後こう漢かんには嘉よしみ陵りょう江上こうじょう流りゅう,陝西せんせい南部なんぶの西にし漢かん水すい流域りゅういきまで開発かいはつが及および,一部いちぶ,航こう運うんが可能かのうとなった。… 【橋はし】より …秦はたの始皇帝しこうていが渭水(いすい)の両りょう岸きしに築きずいた長楽ながら・咸陽両りょう宮みやの間あいだに架かけられた橋はしは支ささえ間あいだ68,柱はしら750本ほんからなる木造もくぞうの桁けた橋きょうであり,漢かん代だいの壁画へきがに中段ちゅうだんを高たかく上あげた橋はしの描写びょうしゃがある。秦はた・漢かん時代じだいには,閣かく道どうという宮殿きゅうでんを連絡れんらくする重層じゅうそうの廊ろうや桟道さんどう(さんどう)という山やまの斜面しゃめんに架かける木造もくぞう歩道ほどうも出現しゅつげんし,画像がぞうにはアーチ橋きょうや肘木ひじき橋きょうのような梯はしご橋きょうも見みえ,橋梁きょうりょう技術ぎじゅつがすでに一定いっていの進歩しんぽをとげたと推定すいていされる。桁けた橋きょうは以後いごも広範こうはんに用もちいられ,遺構いこうも数多かずおおい。… ※「桟道さんどう」について言及げんきゅうしている用語ようご解説かいせつの一部いちぶを掲載けいさいしています。 出典しゅってん|株式会社かぶしきがいしゃ平凡社へいぼんしゃ「世界せかい大だい百科ひゃっか事典じてん(旧版きゅうばん)」