鉄粉を引き付ける磁力をもつ物体のこと。工業的につくられる強い磁石を永久磁石というが、一般には単に磁石とよぶことが多い。古くから知られた天然磁石は磁鉄鉱を主とする岩石だが、いままでの永久磁石は鉄合金であったから、「磁石」というより中国語の「磁鉄」のほうが呼び名としては適切ではなかったろうか。しかし最近の永久磁石生産ではバリウムフェライト(酸化物)磁石がもっとも多くなり、ふたたび「磁石」とよぶにふさわしい時代となった。
純鉄は磁力が弱く、磁石とはいいがたい物質であるが、外側にコイルを巻いて電流を通すと、電流が流れている間だけ強い磁力を示す。これを永久磁石に対して一時磁石と名づけ、この構造物を電磁石という。さらに中の純鉄を取り去ってコイルだけにしても、電流を通すと一時磁石のように働くので、これも磁石ということがある。超電導コイルを用いた超電導磁石はこの例である。
永久磁石は用途によっていろいろの形につくられ、磁針、棒磁石、円柱磁石、U形(馬蹄(ばてい)形)磁石などとよばれる。磁針が地磁気を感じて南北をさすことはよく知られており、北をさす針先は(指)北極またはN極、反対側は(指)南極またはS極と名づけられた。N極にはNと刻印されるか、赤い色などが塗ってある。この磁気コンパスも単に磁石といわれることが多い。そして広い意味では、磁石になりうるもの、すなわち強磁性物質すべてを俗に磁石とよぶことがある。
[太田恵造]
磁石のそばに置かれた鉄片は磁石に引き付けられる。このように磁力を受ける空間を磁界または磁場(じば)とよぶ。磁石は磁界を生ずるといいかえてもよい。磁界のようすをみるためによく使われるのは鉄粉模様である。磁石の上に白い厚紙をのせ、上から鉄粉を一様に散布すると、磁力線模様が現れる。小さな磁針をのせると、この磁力線に沿った方向をさす。ここでN極のさす向きを磁界の方向と定める。これは磁石のN極から出てS極へ入る向きである。
鉄粉は磁石の両端付近にもっとも強く引き付けられる。磁力が集中しているようにみえるこの場所を、磁極という。磁極にはNとSの2種類しかなく、同名極どうしは反発し、異名極は吸引しあう。2極間の力は距離の2乗に反比例し、磁極の強さに比例するクーロンの法則に従う。磁極の強さと2極間距離との積を磁気モーメントと定義する。磁極は等しい強さのNとSとがかならず1対になっているので、磁極の強さよりも磁気モーメントのほうが本質的な物理量であると考えられている。磁気モーメントはその向きも考えて、SからNへ向かうベクトルで表す。二つの磁気モーメント間の力を計算すると、距離の4乗に反比例している。これは2個の磁石間の吸引力がごく接近しているときは強く、離れれば急速に弱まることの理由である。また異極は引き合って互いに磁極を打ち消し、全体の合成モーメントを小さくするように位置したがる。コイルに電流を通すと一時磁石として働くと述べたが、円形に流れる電流は磁気モーメントを発生し、したがって円電流と磁石とは同じ性質をもつ。この同等性は磁気の本質にかかわる重要な関係である。
[太田恵造]
磁石を分割してみよう。フェライト磁石はすぐ割れるから、この実験に適している。破片はそれぞれが磁石になる。粉末にまでしてもみな小さな磁石になる。実験はここまでだが、分割の行き着く先は原子である。磁気学では個々の原子が磁気モーメントをもつ原子磁石であって、それらがモーメントの方向をそろえて整列していると考えている。このような性質は鉄族原子や希土類金属原子など特別のグループの原子のもつ特性で、これら特別の原子を含む物質だけが強磁性体となることができる。さらにミクロな話では、原子磁石の原因は主として原子中の電子の自転(スピン)に伴う磁気モーメントである。電子の自転は電荷の円運動すなわち円電流であると考えれば、磁気モーメントをもつことが理解されよう。強磁性体内部はこのように初めから磁石となっており、これを自発磁化という。
しかし、それではなぜ純鉄などは普通は磁石にみえないのだろうか。それは内部が自然に細かな領域(磁区)に分かれ、各磁区の磁気モーメントは互いに打ち消し合うように配置するため、全体としては磁気モーメントがないからである。これを消磁状態という。磁界中に入ると、磁界に反対向きの磁区は磁界方向に形や向きを変え、全体としての磁気モーメントが生ずる。これを磁化するという。磁界が強くて全磁区が磁界方向を向き、したがって全体が1個の磁石となった状態が飽和磁化である。鉄片が磁石に吸引される現象は、磁石のつくる磁界によって鉄片が磁化し、二つの磁石が力を及ぼし合っているのだと説明される。磁石から遠く離せば鉄片はふたたび元の状態に戻り、磁気モーメントをほとんど失ってしまう。
[太田恵造]
このように磁化は磁区の形、配置、向きなどが変わることによって進む。それが変わりにくいような構造のものは、一度磁化すると磁界をゼロにしても元に戻らず磁気モーメントが残る。この残留磁化の大きいものが永久磁石である。残留磁化をゼロにするためには逆向きに磁界をかける。この磁界の大きさが保磁力とよばれるもので、これが大きいほど安定な永久磁石である。永久磁石材料にはこのような物質が探し求められてきた。家庭では縫い針を磁石でこすって磁石をつくるが、縫い針は炭素鋼で、純鉄に比べて保磁力が高い。磁区形状が変化しにくい構造として、磁石を微粒子の集まりのようにし各微粒子を一つの磁区にしてしまう方法がある。これで磁区形状は固定されて変化できなくなり、磁化は磁気モーメントの回転だけで進み保磁力は大きくなる。これは粉末磁石の原理といわれ、今日の永久磁石材料はすべて直接または間接的にこの原理によって製造されている。
これとは逆に、一時磁石の磁性体(磁心)は、電流を切って磁界がゼロとなったらただちに磁気モーメントを失ってほしいわけで、保磁力が小さく、磁化しやすい(つまり、透磁率が高い)物質が望ましい。純鉄、パーマロイ合金、マンガン亜鉛フェライトなどがその例である。また、残留磁化をもったものを消磁したいことがある。大きな交番磁界に入れ、磁界を徐々にゼロにする(交流消磁)方法が行われる。磁気カードを電源トランスの上に置いたりすると消磁されて記録内容が失われるのはこのためである。原子磁石が熱振動のために整列できなくなるまで高温にすれば、完全な消磁となる。この温度はキュリー温度という。しかしこの熱消磁は実用的には利用しにくい。
[太田恵造]
きわめて多くの利用法があるので、いくつかの例をあげるにとどめる。
(1)磁石の吸引力を利用する。冷蔵庫のドアにゴム磁石、家具の扉にフェライト磁石をつけ、密閉をよくする。事務室のスチール板には磁石で紙片が留められている。特急列車を磁石の反発力で浮かして走らす磁気浮上式鉄道の計画もある。
(2)磁界発生のための磁石。メーター、発電機、モーター、ピックアップ、スピーカー、電子レンジなど多くの電気機器に組み込まれている。
(3)電磁石。電流の大きさで磁界の強さを変えることを利用して数トンもあるものから、数グラムのブザーやリレー(継電器)までつくられている。
(4)一時磁石の磁心に利用。電源トランスがいちばん目につくが、高周波用各種トランス、フィルター、アンテナ、レコーダーヘッドなど。
(5)磁気記録媒体。残留磁化の変化で情報を記録する磁気テープ、カード、切符、磁気ディスクなどは、情報時代を反映して年々生産が増大し、オーディオ・ビデオ等の磁気テープの国内生産額は1990年にピークに達した(約32億平方メートル)。金額ベースで見ると、1985年に約4941億円でピークを迎えたが、以降、記録メディアの多様化により漸減傾向である。
[太田恵造]
磁石が鉄を引き付けることは古くから知られていた。古代ギリシアでは怪力の神へラクレスの名をつけ、磁石を「ヘラクレスの石」とよんだといわれる。ローマのルクレティウスは『物の本質について』で磁石の反発力に触れている。古代中国では針に方向を与える石としても知られていた。マグネット(磁石)の語源は、天然磁石である磁鉄鉱の産出地として知られたリディアのマグネシア地方に由来するともいわれ、中国では磁石の引力を慈母が子供を引き寄せるのに見立てて「慈石」ともいった。
磁石は実用的に用いられることはほとんどなく、むしろ物を動かす磁石には霊魂があると信じられたり、ニンニクによってその力は失われるとされ、呪術(じゅじゅつ)・秘術的なものとされた。古代中国では占いに用いられ、やがて方位を知る道具として使われ始めた。紐(ひも)でつるした磁石や、腹に磁石を入れた木製の指南魚などが記録にある。これが11世紀ごろアラビア人によってヨーロッパに伝わり羅針盤(らしんばん)(コンパス)となる。
磁石に関する最初の実験的研究はペトルス・ペレグリヌスが行った。1269年、彼は、二つの磁極の存在、両極間の引力と斥力(せきりょく)の関係、磁石の作り方などを述べた書を著した。
中世における商業の発達と交易の拡大とともに、航海もそれまでの沿岸航海から遠洋航海へと拡大し、新たな航海法、天文航法が必要となった。羅針盤も重要な役割を果たすが、水面に磁針を浮かべた程度の初期のものは補助的なものであった。やがて改良、普及されるとともに、地磁気の偏角と伏角の発見を導き、磁石に関する実験的研究を促した。
1600年ギルバートは『磁石について』を著した。彼は地球を球形磁石と考え、球状磁石をつくって実験を行った。また摩擦電気の引力と磁石のそれを区別し、磁石を近代科学の対象へと変えた。ガリレイはギルバートの「鎧装(がいそう)磁石」の作用を研究し、金属の鎧(よろい)をかぶせた数倍も磁力の強い磁石をつくった。
18世紀後半、クーロンは磁針の懸下装置に関する研究を行い、一方、ガウスやW・E・ウェーバーによって国際地磁気観測網が組織され、ウェーバーが『地磁気図』(1840)を編んだ。19世紀に入り、エルステッドやアンペールらが磁気と電流の関連を研究、やがてスタージョンらが電磁石を発明、またファラデーは常磁性体と反磁性体の存在を明らかにした。しかし磁石そのものの本質的解明は20世紀に入ってからのこととなる。
[高橋智子]
『浅沼満著『NとSの世界』(1977・東海大学出版会)』▽『板倉聖宣著『磁石の魅力』(1980・仮説社)』