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[夫夫善哉(めおとぜんざい)] 風の道<三> ―風の道(兵庫とお半シリーズ)―
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おっとおっと善哉ぜんざい(めおとぜんざい)

□ 終章しゅうしょう ふうみち □

ふうみちさん> ―ふうみち兵庫ひょうごとおはんシリーズ)―

 まる龕灯がんどう(がんどう)のあかりが、しるべ(しるべ)のごとくゆきやみらす。そうじて足腰あしこしよわぬえしゅだがまる頭抜ずぬけた健脚けんきゃくぬしで、かんく、聡明そうめいさは見張みはるものがある。されども兵庫ひょうごかいとてくろどうへゆけるし、らぬ。本心ほんしんではまるなどらしたいところであるも、ここであばれたらはん太夫たゆうをまたこまらせることになる。さらにははん太夫たゆうれしいつるふとし(こげんた)の態度たいどはなはらぬが、はん太夫たゆうから乱暴らんぼう狼藉ろうぜきゆるしてもらったばかりであったから、ぐっと我慢がまんした兵庫ひょうごかいだ。
 いきしろけむらせながらうしろへく。はん太夫たゆうゆきもらせた菅笠すげがさのつばをげ、兵庫ひょうごかいる。
「なにかござりましたか?」
 ととのったしろめんゆきやみともる。やさしげだがするどく、きりりとした口元くちもとべいつぶほどのほくろが、凛々りりしさにいちてんつやえている。兵庫ひょうごかいながあいだがれ、ようやくれたじゅう年嵩としかさ恋女房こいにょうぼうだ。
からだは……大事だいじないか?」
 兵庫ひょうごかいはぼそっといた。兵庫ひょうごかいのせいではん太夫たゆう怪我けがっている。記憶きおくはおぼろであるも、下半身かはんしんれていた。
大事だいじありませぬ」
無理むりはならぬぞ」
 兵庫ひょうごかいがそううと、はん太夫たゆうなががやさしさをにじませてぼそまる。
「おやさしい。彦兵衛ひこべえ殿どのもうしていたとおりにござりますな」
彦兵衛ひこべえに……うたのか?」
「はい。はじめて紅葉山もみじやまのぼったおりに」
きて、おったのか」
貴方あなたさまをたいそうあんじておりました」
「そうか……」
 兵庫ひょうごかいなみだしゅっそうになり、かおまえへとけた。黒部くろべ伝右でんね衛門えもんといいになり、もりへとはしりでたあのときより姿すがたえなくなったから、黒部くろべじいおなじくんだものとおもっていた兵庫ひょうごかいである。
彦兵衛ひこべえ殿どのあしいためられ、黒部くろべさまよりやまりるようわれたそうにござります」
 うしろではん太夫たゆうう。兵庫ひょうごかいけたままうなずき、こぼれるなみだこうぬぐった。彦兵衛ひこべえしわふか温顔おんがん居眠いねむりする姿すがたおもかぶやむねのあたりがあたたかくなる。
兵庫ひょうごかいさまのご立派りっぱ姿すがたたら、きっとよろこばれることでござりましょう」
「うむ」
 兵庫ひょうごかい彦兵衛ひこべえおもい、黒部くろべ伝右でんね衛門えもんおもった。そしておもいは暗鬼あんき(くらやみおに)であるという鷹見たかみ頼近よりちかへとけられる。
 兵庫ひょうごかい鷹見たかみ頼近よりちかっている。そのは、修行しゅぎょうをおこなう蓬莱ほうらいどうしろ椿つばき時期じきでもないのにいちばんくるいたのだった。それもすべてのはなったかのような紅色こうしょくで、兵庫ひょうごかい不思議ふしぎでならず、にちしずみかけているにもかかわらずにおいをいだりして異変いへんのもとをさがしていた。そのときだ。たことのない若者わかものこえけてきたのだ。

「そなたが、おしるしか?」
 若者わかものはそうたずね、
「わしは鷹見たかみ頼近よりちかかげかりたかじゃ」
 ろうのようなしろかおにやさしげな微笑びしょうをのせてそう名乗なのった。
 兵庫ひょうごかいはしかし、返答へんとうをしなかった。おう(もくおう)がんでから、妖(あやかし)のるいがあらわれては勝手かってなことをほざきらすようになっていたからだ。それゆえその若者わかものもそのるいのものであろうとおもったのである。
東国とうごくたかは、礼儀れいぎらぬのか」
 無視むし兵庫ひょうごかい若者わかものかさねる。すっきりとととのったうつくしい面立おもだち。あかるい色目いろめ小袖こそで上等じょうとう綾織あやおり袖無そでな羽織はおりはかまをつけ、ほそからだわぬ武張ぶばった大小だいしょうしている。
「おまえはじんか?」
 そうかえすと、若者わかものこえててわらう。
「ほう。ひとではないなら、わしは何者なにものじゃ?」
からぬゆえいた」
かげかりたかもうしたぞ」
かげかりたかがなにゆえ此処ここらにおる?」
「おってはおかしいか?」
 わかさむらいらした結髪けっぱつをゆらしてわらう。あまりにたのしそうなので、兵庫ひょうごかい毒気どくけかれてだまった。
かげかりたかとて骨休ほねやすめをしてはならぬというほうはないぞ」
 兵庫ひょうごかいうなずいた。黒部くろべじい彦兵衛ひこべえおきな木菟みみずく(みみずく)以外いがい大人おとなと、こんなふうにはなしをするのははじめてだった。しかもとしわかいからか、さらにはおなさだめをたかゆえか、人見知ひとみしりの兵庫ひょうごかいめずらしくおや(したしみ)をおぼえ、はく椿つばき異変いへんわすれた。

骨休ほねやすめはいつまで?」
 そううと、頼近よりちかはしばらくとこたえた。
じつ女房にょうぼう塩梅あんばいわるくてな。骨休ほねやすめといったが、療養りょうようをしにまいったのじゃ」
女房にょうぼう
「うむ」
「なればぬえおきなどもにつたえて霊薬れいやくをもらうとよい。じいもうすゆえ、そなたの女房にょうぼうおくいんへ」
「それはできぬ。そなたの好意こうい有難ありがたいが、女房にょうぼうやまい他人たにんにはせられぬ」
「なれど……」
しかれば、山頂さんちょう御堂みどうをしばししてはもらえまいか」
 兵庫ひょうごかいこたえにきゅうした。紅葉山もみじやまいただき阿弥陀堂あみだどうから邑井本家ほんけながめるのが、兵庫ひょうごかい日々ひびたのしみであったから。
 だが——
「よかろう。なれど病人びょうにん療養りょうようにはかぬぞ」
大事だいじない。わしも女房にょうぼうただじんではないゆえな。ただ、このことは他言たごん無用むようねがう。此処ここらにいるとれたら骨休ほねやすめどころではなくなるゆえな」
 頼近よりちかさびしげにう。兵庫ひょうごかいはうなずいた。
 それからしばらくあめつづいた。くすりどころかみず食物しょくもつ不要ふようわれていたが、になって様子ようすったことがある。されどさんつぼほどのちいさな阿弥陀堂あみだどうたか主従しゅうじゅう姿すがたはなかった。
 長雨ながあめむと、阿弥陀堂あみだどうのまわりにあかはなきだした。よるになるとあかはな群生ぐんせい次第しだいやまをくだり、蓬莱ほうらいどうからおくいんへ、そのおく雑木林ぞうきばやしをもおおいつくすかのようにひろがっていった。かえるほどのきつい芳香ほうこう黒部くろべじい寝込ねこむようになり、彦兵衛ひこべえまるはなりだしたが、はないきおいはとまらずあたりいちめんおおくすようになった。
 邑井助次すけじろう蓬莱ほうらいどうあらわれたのは、そんなおりだ。ぬえ年寄としよりしゅより女房にょうぼうしょくけられ迷惑めいわくしているとい、さらには女房にょうぼうになるはないとった。兵庫ひょうごかいいきどおりをおぼえた。おのれの女房にょうぼうを、なにゆえぬえ年寄としよりしゅ勝手かってめるのか。たか女房にょうぼうは、ただいちとうたたかわねばならぬかげかりたか唯一ゆいいつ味方みかただ。そのたった一人ひとり身内みうちともえる女房にょうぼうが、あのようなおとこなら、おらぬほうがましではないか。

 「女房にょうぼうやまい他人たにんにはせられぬ」
 ゆういた頼近よりちかの貌が、兵庫ひょうごかいしんかんだ。かなしげなしずんだ面持おももちから、兵庫ひょうごかい頼近よりちかとその女房にょうぼうしんつうじあっているのにちがいないとかんじた。それゆえ大事だいじ阿弥陀堂あみだどうしたのだ。助次すけじろう女房にょうぼうにしたいなど微塵みじんおもわぬも、女房にょうぼうになってしいとおもつづけてきた一郎いちろうふとしにはとどかない。それが、どうしようもないほどかなしかったし、くるしかった。そしてこった悲劇ひげき——

じい殿どのんだか」
 黒部くろべ伝右でんね衛門えもん亡骸なきがらよこたわる蒲団ふとんもぐりこんでいると、哀切あいせつびたこえこえた。かおをだすと、蒲団ふとんのすぐはた頼近よりちかがひっそりとすわっていた。
どくであったな」
 火影ほかげにうかぶしろい貌はゆうち、やさしいこえでいたわられ、はじめてなみだがこぼれた。
「わしがいけないのじゃ。わしがじい無理むりをさせたゆえ……」
 兵庫ひょうごかいごとだまっていていた頼近よりちかが、つとげる。漆黒しっこくひとみがみるみるべにまる。
「さようかなしむな。わしがじい殿どのよみがえらせてやろう」


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