「花はなに染しむ」「銀ぎん太郎たろうさんお頼たのみ申もうす」の北方ほっぽう早さ穂ほ子こ（集英社しゅうえいしゃ ココハナ副ふく編集へんしゅう長ちょう）

取材しゅざい・文ぶん / 的場まとば容子ようこ

「はいからさん」と「スター・レッド」の衝撃しょうげき

北方ほっぽう氏しの子供こども時代じだいは「適度てきどに外そとで遊あそび、適度てきどに家いえでマンガを読よむ、普通ふつうの子こ」だったという。

「5つ上うえのいとこがいて、彼女かのじょからお下さがりのマンガをもらうことが多おおかったです。最初さいしょは『ベルサイユのばら』（池田いけだ理代りよ子こ）と『はいからさんが通とおる』（大和和紀やまとわき）を小学校しょうがっこう1年生ねんせいの入学にゅうがく式しきのときにもらい、そこから4年生ねんせいぐらいまで新あらたなマンガを買かい足たしてもらえず（笑）。2作品さくひん合あわせて18冊さつなんですが、それを1日にち1回かい、ひたすら読よんでいました」

「ベルばら」と「はいからさん」。最初さいしょに手てに取とるマンガにしては、子供こども向むけとは言いえない少女しょうじょマンガである。

「最初さいしょ、全然ぜんぜんわかっていなかったんです。オスカルとアンドレの初夜しょやシーンは『2人ふたりでかけっこした後のちに、疲つかれて寝ねてるのかな？』って思おもっていたくらいで（笑）。成長せいちょうした後のちに読よむと全然ぜんぜん違ちがって読よめますね。いまだにこの2作品さくひんは好すきで読よんじゃいます」

2人ふたりでかけっこ！ なるほど、何なにも知しらないとそう読よめてしまうのか──なんともかわいらしいエピソードだ。

「風邪かぜを引ひくと親おやが 3巻かん完結かんけつくらいの作品さくひんを買かい与あたえてくれるルールが我わが家やにあったんですけど、私わたし自身じしんがあまり風邪かぜを引ひかない子供こどもで。小学校しょうがっこう4年生ねんせいになって萩尾はぎお望都もとさんの『スター・レッド』と萩はぎ岩がん睦美むつみさんの『小しょう麦畑むぎばたけの三さん等とう星ほし』が加くわわってからは、毎日まいにちその4作さくを繰くり返かえし読よんでいました。

なぜその2作さくだったのかはわからないのですが、『スター・レッド』もすごく難むずかしかったし、『小しょう麦畑むぎばたけ』もやっぱりSF系けいのお話はなし。どちらも最後さいごがハッピーエンドでめでたしめでたし、みたいな終おわり方かたではない。そういうマンガがあることに鮮烈せんれつな驚おどろきを覚おぼえて。そこから、世よの中なかにはほかにもマンガがたくさんあるのではと気きづき、親おやにお願ねがいしてりぼんを買かってもらうようになりました」

確たしかに、特とくに「スター・レッド」はラストはもちろん全体ぜんたいのストーリーも、大人おとなが読よんでもかなり深淵しんえんで、小学生しょうがくせいには難解なんかいだろう。ともかくこうした体験たいけんが「忘わすれもしない、小学しょうがく4年生ねんせいの出来事できごと」だったと語かたる。そこから北方ほっぽう氏しが毎まい月げつりぼんを買かってもらい、なかよしを買かってもらっていた友達ともだちとお互たがい貸かし借かりをして両りょう誌し読よむ日々ひびが始はじまった。

当時とうじ、なかよしの看板かんばん作家さっかはあさぎり夕ゆうで「ミンミン！」を連載れんさい中ちゅう。北方ほっぽう氏しのお気きに入いりはホラーの名手めいしゅ、松本まつもと洋子ようこ。りぼんは一条いちじょうゆかり、谷川たにがわ史子ふみこ、吉住よしずみ渉わたる、水沢みずさわめぐみを執筆しっぴつ陣じんに迎むかえた「黄金おうごん時代じだい」だったという。

「マンガにはカラーページがあるとか、月つきに 1回かい雑誌ざっしが出でて新あたらしい話はなしが増ふえるという文化ぶんかがあることを知しりました。それまでは単行本たんこうぼんでしか読よんだことがなかったので、雑誌ざっしが売うっていることも知しらなかったし、書店しょてんでも児童じどう書しょのコーナーにしか行おこなっていなくて。マンガのコーナーは大人おとなが行いくところというイメージでした」

当時とうじの「なかよし」は、武内たけうち直子なおこが「美少女びしょうじょ戦士せんしセーラームーン」を連載れんさいする前まえ。「ま・り・あ」やフィギュアスケートものの「Theチェリー・プロジェクト」を描えがいていた頃ころだった。

「ちょうどなかよしが付録ふろくにすごく力ちからを入いれだした時期じきで、あの頃ころのりぼんとなかよしは紙かみものの付録ふろくの戦争せんそうでした（笑）。りぼんでは、作品さくひんの絵柄えがらのトランプが付録ふろくでついてきたことがあって、後年こうねん吉住よしずみさんを担当たんとうさせていただいたときに、当時とうじ私わたしがすごく大切たいせつにしていたトランプの原画げんがを見みせていただく機会きかいがあってすごく感動かんどうしました」

北方ほっぽう氏しと同おなじように、姉あねとりぼん・なかよしを毎月まいつき食くい入いるように読よんでいた我わが身みとしては、今回こんかい取材しゅざい後ごにトランプの絵柄えがらをネットで調しらべ、懐なつかしさに胸むねがつぶれそうになった。

「その頃ころになると、『はいからさん』で描えがかれていることも、『かわいい子こが元気げんきにがんばって暮くらしている』以上いじょうのことを理解りかいできるようになってきて。日にち露ろ戦争せんそう、満州まんしゅう、関東大震災かんとうだいしんさい──いろんな言葉ことばや歴史れきし背景はいけいを教おそわりました。主人公しゅじんこうの紅べに緒いとぐちさんは職業しょくぎょう婦人ふじんになっていくんですが、自分じぶんが働はたらくようになってから、女おんなの人ひとが働はたらくことについても実じつはしっかり描えがいていたマンガだったと気きづきました。すごいマンガだったと思おもいます」

「はいからさん」が教おしえてくれた「編集へんしゅう者しゃの真しんの喜よろこび」？

実じつは、北方ほっぽう氏しが編集へんしゅう者しゃを志こころざしたのにも、「はいからさん」が大おおきく関かかわっていた。

「編集へんしゅう者しゃという存在そんざいを知しったのは『はいからさん』が最初さいしょでした。紅べに緒いとぐちさんは職業しょくぎょう婦人ふじんになるというお話はなしをしましたが、それが雑誌ざっし編集へんしゅう者しゃなんです。彼女かのじょは作家さっかさんに原稿げんこうを頼たのみに行いき、三顧さんこの礼れいを尽つくして丁寧ていねいにお願ねがいするのですが、作家さっかさんが『書かきます』と言いった瞬間しゅんかんに豹変ひょうへんして、締しめ切きり守まもらせるためにムチを振ふるう、物理ぶつり的てきに（笑）。『これぞ編集へんしゅう者しゃの真しんのよろこび』とあって、どういうことだ？と思おもっていました。

紅べに緒いとぐちさんがムチをふるったのは、純文学じゅんぶんがくでくすぶっている高屋敷たかやしき先生せんせいという作家さっかさんで、彼女かのじょはその先生せんせいに娯楽ごらくものの新しん連載れんさいを書かかせるんです。すると話題わだいになって人気にんきが出でて、廃刊はいかん寸前すんぜんの雑誌ざっしが蘇よみがえる、といったストーリー。それを読よんだときに、『物語ものがたりの向むこうには、誰だれか別べつの人ひとがいるんだ』とハッとしました。本ほんや雑誌ざっしは作家さっかさんと編集へんしゅうだけでもできなくて、いろんな人ひとがいて作品さくひんになっているということを『はいからさんが通とおる』で知しったんです」

「物語ものがたりの向むこう」に気きづいてからは、編集へんしゅう者しゃという存在そんざいを気きにするようになった。

そうして、北方ほっぽう氏しのマンガ好すきはにわかに加速かそく。中学生ちゅうがくせい頃ごろからは、貪むさぼるようにマンガを読よむようになったという。秋田あきた書店しょてんでは「やじきた学園がくえん道中どうちゅう記き」（市し東あずま亮子あきこ）、天城あまぎ小しょう百ひゃく合ごう、姫木ひめき薫かおる里さと。白泉社はくせんしゃでは、「ここはグリーン・ウッド」（那州なす雪絵ゆきえ）や「ぼくの地球ちきゅうを守まもって」（日渡ひわたり早紀さき）。小学しょうがく館かんでは「BANANA FISH」（吉田よしだ秋生あきお）。加くわえて、大和和紀やまとわきや池田いけだ理代りよ子こ、萩尾はぎお望都もとの過去かこ作さくを読よみ漁あさる日々ひびだった。

「吉住よしずみ渉わたるさんの作品さくひんも大好だいすきで。『ハンサムな彼女かのじょ』の可児かにくんが好すきなのですが、髪かみにトーンが貼はってある男おとこの子こに出会であった最初さいしょの作品さくひんです（笑）。りぼんは毎月まいつき3日にち発売はつばいなのですが、毎月まいつき1日にちには、本当ほんとうに具合ぐあいが悪わるくなるくらい楽たのしみでした。2日にちには、もう売うってないかなって書店しょてんに見みに行いったりしていました。

マンガは、自分じぶんのペースで読よめるところが好すきで、そこがいいところだと思おもいます。アニメや映画えいがだと一度いちどき取きとれなかったり、いいシーンの余韻よいんに浸ひたっていたりするとそのまま物語ものがたりが進すすんで置おいてかれちゃったりする。映画えいがよりも本ほんよりもマンガが好すきでしたね」

父ちちとの暮くらしで、身みをもって知しったこと

ここで、以前いぜんからずっと気きになっていたことを聞きいてみた。北方ほっぽう氏しの父ちちは、有名ゆうめいな作家さっか。北方ほっぽう氏しが編集へんしゅう者しゃという職業しょくぎょうを選えらんだのは、父親ちちおやの影響えいきょうが大おおきかったのでは、と勝手かってにストーリーを思おもい描えがきながら来きたのだが、どうやらそうではないようだ。北方ほっぽう氏しが編集へんしゅう者しゃを目指めざすようになるまでの道みちのりに、父ちちからの影響えいきょうは「まったくない」という。

「父ちちの作家さっか業ぎょうは、私わたしが学校がっこうに入はいった頃ころにやっと仕事しごとになってきたくらいでした。私わたしがもともと小説しょうせつは好すきではないこともあり、父ちちの作品さくひんはもちろん、家いえにある蔵書ぞうしょも読よまなかった。6つ下したの妹いもうとも同おなじで、妹いもうとにいたってはマンガも読よんでいませんでした（笑）。ただ、父ちちが自分じぶんの書かいたものを読よんでほしいと思おもったのか、私わたしたちがそれぞれ小学生しょうがくせいのとき、小学館しょうがくかんの「小学しょうがく一いち年生ねんせい」『子供こども向むけの物語ものがたりを書かかせてくれないか』と持もち込こみ、連載れんさいさせてもらっていました。

「父ちちは、『マンガを読よむのやめなさい』ってずっと言いってました。なんなら今いまも言いってます（笑）。私わたしはマンガを仕事しごとにしていて、働はたらいているんだけどな、みたいな（笑）」

歴史れきしは繰くり返かえす、とは言いうが、北方ほっぽう氏しの父ちちもまた、氏しが小説しょうせつ家かとして身みを立たてていくことに最初さいしょは否定ひてい的てきだったという。その関係かんけい性せいと少すこし似にている気きがする、と話はなすと、北方ほっぽう氏しも「そうかもしれない」と笑わらった。

「本当ほんとうにたくさんの方ほうに父ちちの作品さくひんを読よんでいただいているんですよね。子供こどもの頃ころは、だからこそ娘むすめである自分じぶんはご飯はんが食たべられる、と思おもっていました。『誰だれかが本屋ほんやさんでお父とうさんの本ほんを買かってくれるから、家いえにお金かねが入はいって、私わたしは学校がっこうに行いけるんだ』って。だから、今こん編集へんしゅうとして仕事しごとをしていて父ちちからの影響えいきょうがあるとしたら、もしかしたらその感覚かんかくかもしれない。誰だれかに作品さくひんを買かってもらわないと、そのマンガ家かさんはご飯はんが食たべられなくなってしまうという感覚かんかくが、一番いちばんの影響えいきょうかもしれないですね」

「道成寺どうじょうじ伝説でんせつ」を突つき詰つめた大学だいがく時代じだい

さて、北方ほっぽう氏しの少女しょうじょ時代じだいに話はなしを戻もどそう。中学ちゅうがくで本格ほんかく的てきなマンガ好すきになった北方ほっぽう氏しは、高校生こうこうせいになると、「マンガを作つくる過程かていのどこかに関かかわれる人ひと」になりたいと思おもうようになった。

「自分じぶんでマンガを描えがきたいとは思おもわず、『いつかマンガのあとがきに書かいてもらえるような人ひとになりたい』という、幼おさない夢ゆめですね。それこそ『アイドルになりたい！』みたいなのと同おなじぐらいの感覚かんかくでしたが、印刷いんさつする人ひと、写植しゃしょくを打うつ、デザインする人じんか……何なにかどうにかマンガに関かかわりたい、と思おもっていました」

そんな夢ゆめを抱いだきながら、大学だいがくは清泉女子大学せいせんじょしだいがくの文学部ぶんがくぶに進学しんがく。そこにもストーリーがあった。

「高校こうこう3年生ねんせいのときにその大学だいがくの先生せんせいの論文ろんぶんを読よむことがあったんですが、すごく面白おもしろくて。私わたしは高校こうこうで歌舞伎かぶきが好すきになったんですが、歌舞伎かぶきや芸能げいのうの起源きげんはどこにあるのかについていろいろ探さぐって読よんでいるうちにその先生せんせいにたどり着ついて。万葉集まんようしゅう、貴種きしゅ流離譚りゅうりたん、異類いるい婚姻こんいん譚たんや芸能げいのうの歴史れきしをはじめ古代こだいの文学ぶんがくにおける恋愛れんあい観かんなどについて研究けんきゅうしている方ほうでした。その先生せんせいに教おしえてもらいたいと思おもっていたら、ちょうどその本ほんを見みた叔母おばが『私わたしが通とおった大学だいがくの先生せんせいだ、あなたにもぜひ行いってほしい』と勧すすめてくれました。

実際じっさい入学にゅうがくしてみると、少しょう人数にんずう制せいでいろんな研究けんきゅうを深ふかくやらせてくれるところで。とある友人ゆうじんは、大学だいがく生活せいかつを通とおして“恋こいと愛あいとは何なにが違ちがうか？”について研究けんきゅうしていて、『日本にっぽんには“愛あい”はもともとなかったに違ちがいない』みたいな説せつを繰くり広ひろげながら4年間ねんかんを過すごしていました。変かわり者ものがたくさんいて刺激しげき的てきでした」

清泉女子大学せいせんじょしだいがくの設立せつりつ母体ぼたいは聖心せいしん侍女じじょ修道しゅうどう会かいという、スペイン・マドリッドで誕生たんじょうした修道しゅうどう会かいであり、キャンパスは五反田ごたんだにある旧きゅう島津しまづ家かの本邸ほんてい。北方ほっぽう氏しの言葉ことば通どおり、少しょう人数にんずう制せいの教育きょういくを伝統でんとうとして持もつ大学だいがくだ。それにしても、高校こうこうで歌舞伎かぶき、そして万葉集まんようしゅう──渋しぶい、渋しぶすぎる。そして北方ほっぽう氏しは、一度いちど好すきになったらとことん突つき詰つめるタイプであるというのがわかってきた。

「ひと言ことで言いうとオタクでした（笑）。高校こうこうの文化ぶんか祭さいでも1人ひとりで歌舞伎かぶきや文楽ぶんらくの展示てんじをしたり。今いま思おもうと渋しぶい高校生こうこうせいだったなと思おもいますけど、当時とうじ、私わたしの中なかで一番いちばんの萌もえだったんです。超ちょう萌もえていました」

そんな北方ほっぽう氏しが大学だいがくで研究けんきゅうテーマに選えらんだのは、道成寺どうじょうじ伝説でんせつ。いわく、「元祖がんそ女性じょせいストーカーの話はなしです」。ところは紀州きしゅう道成寺どうじょうじ、旅たびの若わかい僧そう・安やす珍ちんに懸想けそうした女性じょせい・清姫きよひめが、安やす珍めずらし恋こいしさに追おいかけるうち大蛇おろちに姿すがたを変かえる。安やす珍ちんは逃にげ込こんだ道成寺どうじょうじで釣鐘つりがねの中なかに身みを隠かくすが、大蛇おろちになった清姫きよひめは鐘かねに巻まき付ついて炎ほのおを吐はき、安やす珍ちんを焼やき殺ころしてしまう。清姫きよひめ自身じしんも川かわに身みを投なげる──といった、女おんなの執念しゅうねんのものすごさが描えがかれた昔話むかしばなしだ。和歌山わかやま出身しゅっしんの筆者ひっしゃも小ちいさい頃ころから絵本えほんや紙芝居かみしばいで馴なれ親したしんだ。

「能のうや歌舞伎かぶきにも道成寺どうじょうじものがあるのですが、これは後日ごじつ談だんなんです。こういう成なり行ゆきで道成寺どうじょうじに鐘かねがなくなってしまったので、もう一度いちど落成らくせいします、というときに、道成寺どうじょうじに清姫きよひめの霊れいが現あらわれるというお話はなし。大学だいがくでは、もともとの話はなしがどこで生うまれてどういう変遷へんせんを経へて能のうに入はいり、その後ご歌舞伎かぶきに入はいったかという研究けんきゅうをしました」