作詞さくし家か・児玉こだま雨う子こが読よみ解とく
「風ふう街がいに連つれてって！」の歌詞かし世界せかい

その風ふうの名なは「歌詞かし」

普段ふだんわたしが便宜上べんぎじょう「カシ」と呼よぶものは、ポエムではなくリリックであり、すでに鳴なっているメロディからことばを掘ほり起おこすのが「サクシ」であると思おもっている。これは平成へいせいJ-POP以降いこうの書かき方かただ。それ以前いぜんはことばが先立さきだち、次つぎにメロディがつけられるポエム的てき制作せいさく方法ほうほうで、韻いんはリリックほど重おもきが置おかれない。これは時代じだいごとの特徴とくちょうなので、どちらかに優劣ゆうれつがあるわけではない。

時代じだいの変かわり目めを結ゆわく松本まつもと隆たかし先生せんせいのカシは、そのポエムとリリックを両立りょうりつしているとわたしは感かんじる。詩的してき表現ひょうげんはもちろん、詞し的てき特徴とくちょう──音おととしての効果こうかや、歌手かしゅの声こえを看過かんかして松本まつもと先生せんせいの作品さくひんを語かたることはできない。

たとえばアルバム2曲きょく目めの「君きみは天然色てんねんしょく」の、「くちびるつんと尖とがらせて」という一節いっせつ。「くちびる」はそもそもくちびるを尖とがらせて発音はつおんする素敵すてきな単語たんごで、音おとからも表情ひょうじょうを連つれてくる歌うたい出だしだ。「風ふうの谷たにのナウシカ」の「振ふり向むけば まばゆい草原そうげん」での「んー」と伸のびる音おとは、優やさしいハミングのようで、清涼せいりょうな風ふうにそよがれている気分きぶんを呼よび起おこさせる。

このような音おとからの情景じょうけいは、先生せんせいの重要じゅうようなモチーフのひとつの「風ふう」、あるいは「風ふう街がい」が象徴しょうちょう的てきだ。「か」という爆ばくぜ弾はじける音おとと、「ぜ」という勢いきおいよく伸のびる音おとが、歌うたの中なかにダイナミズムを生うむ。もちろん、音おとだけではなく意味いみとしても。「風かぜをあつめて」は言いうまでもなく、「ルビーの指ゆび環たまき」での「風ふう」は、別わかれゆく「貴女きじょ」を溶とかし、時間じかんの経過けいかを引ひき起おこす装置そうちでもある。

松本まつもと先生せんせいが「女おんなの子この切実せつじつな思おもい」と語かたられているアルバムタイトル「風ふう街がいに連つれてって！」は、1曲きょく目めの「夏なつ色しょくのおもいで」に呼応こおうしているそうだ。男おとこの子こが女おんなの子こを風ふうになってさらってゆこうとする歌うた世界せかいを、吉岡よしおか聖きよし恵めぐみさんのボーカルが、その解釈かいしゃくの余地よちを押おし広ひろげてゆく。吉岡よしおかさんの声こえは、「ぼく」や「きみ」をどう解釈かいしゃくしても正解せいかいにしてくれる。この変化へんかは文字もじだけでは起おこせない。歌手かしゅや、その声こえによるシの異化いか効果こうかだ。

当然とうぜんだけど、シは声こえがなくては立たち上あがらない。そして声こえによって風速ふうそく、風向かざむき、湿度しつどなどががらりと変かわる。今回こんかいのアルバムでは他ほかにも「SWEET MEMORIES」「スローなブギにしてくれ（I want you）」「キャンディ」がその典型てんけいで、「セクシャルバイオレットNo.1」に至いたっては（適切てきせつな表現ひょうげんではないかもしれないけれど）まるでB'zの新曲しんきょくに聴きこえてしまうほどの転生てんせいを果はたしている。まじでほんとにびびった。

一方いっぽう「Woman“Wの悲劇ひげき”より」の池田いけだエライザさんのボーカルは、原曲げんきょくに描えがかれる女性じょせいの切実せつじつな悲かなしみを丁寧ていねいに踏襲とうしゅうしている。往々おうおうにして、昭和しょうわ歌謡かよう曲きょくの女性じょせい像ぞうは悲かなしく淋さびしく迎むかえを待まっている存在そんざいであった。正ただしさというものは時代じだいによって変かわるので、ここではその是非ぜひは問とわない。とにかく、松本まつもと先生せんせいはその歌謡かよう曲きょく的てきノスタルジーと現実げんじつの都市とし生活せいかつのはざまに暮くらす女性じょせいたちを、壊こわれてしまいそうなほど繊細せんさいに描えがかれてきたこと、リスナーの心しんをつかんできたことは確たしかである。

音韻おんいんの快感かいかん、情景じょうけいの美うつくしさ、ひとびとの機敏きびん、頬ほおをかすめて走はしり去さってゆく時代じだい。それらすべてを閉とじ込こめた先生せんせいのシは、ポエムともリリックとも言いい切きれない。これこそ、そして、これだけがほんとうの「歌詞かし」なのだと思おもう。極言きょくげんすれば、先生せんせいの後のちに「歌詞かし」はない。

スカート澤部さわべ渡わたりが紐解ひもとく
「風ふう街がいに連つれてって！」のサウンド / アレンジ

地続じつづきに繋つながる音楽おんがくの行方ゆくえ

3曲きょく目めまでは生音なまおとを全面ぜんめんに押おし出だしたプロダクションとなっていて、特とくに「夏なつ色しょくのおもいで」は、原曲げんきょくが持もっていたサイケデリックさは鳴なりを潜ひそめ、ポップさが惜おしみなく全面ぜんめんに押おし出だされていて、一いち点てんの曇くもりもない夏なつの日ひのような眩まぶしい仕上しあがりになっている。「SEPTEMBER」と「Woman“Wの悲劇ひげき”より」ではベーシストとしての亀田かめだ誠治せいじの演奏えんそうに耳みみが行いく。ゆったりとしたビートの中なかでキメるところをキメまくる前者ぜんしゃ、そしてメロディと歌うた、そしてなにより詩しを支ささえる役割やくわりとしてのベースを楽たのしめる後者こうしゃの対比たいひは大おおきな聴きき所しょだ。B'zの稲葉いなば浩志ひろし氏しがロックシンガーを演えんじるセクシーな役者やくしゃ（そしてそれは表裏一体ひょうりいったいだった、ということに改あらためて気きづく！）のように攻せめ立たてる「セクシャルバイオレットNo.1」から、原曲げんきょくが持もっていたブルーノートがこれ以上いじょうない形かたちで冴さえ渡わたる「スローなブギにしてくれ（I want you）」、エレクトリックピアノの弾ひき語がたりと最小限さいしょうげんのシンセサイザーというシンプルなアレンジながら強烈きょうれつなインパクトを残のこす「キャンディ」までの3曲きょくの流ながれは、アルバムの中なかでもハイライトといえるものでしょう。「ルビーの指ゆび環たまき」は原曲げんきょくが持もっていたAOR的てきな都会とかいさの中なかに少すこしばかりの汗あせのエッセンスを加くわえ、なんと言いっても（横山よこやま）剣けんさんのダブルトラックのヴォーカルに悶もだえ、酔よい痴しれる!!!!!

このアルバムが出でる、というニュースの中なかの選曲せんきょくリストを見みて不思議ふしぎに思おもったことがあった。誰だれもが知しる“超ちょう”がつくほどのヒット曲きょくがずらりと並ならんだ中なかに、職業しょくぎょう作詞さくし家かとしての処女しょじょ作さくであるチューリップの「夏なつ色しょくのおもいで」と、世代せだいや国境こっきょうを超こえた超ちょう名曲めいきょくではあるものの、当時とうじはシングルカットすらされていない、はっぴいえんどの「風かぜをあつめて」が入はいっていることが気きにかかったのだ。しかし最終さいしゅう的てきに決定けっていされた曲きょく順じゅんは、作詞さくし家かとしての処女しょじょ作さく「夏なつ色しょくのおもいで」からはじまり、「風かぜをあつめて」で終おわる、という曲きょく順じゅんだったものだから、なるほど、と唸うなってしまった。ヒット曲きょくだろうが、アルバムにひっそりと収おさめられた曲きょくであっても（当あたり前まえなのだけど）全すべては地続じつづきだった。その地続じつづきがどこから繋つながってきたのか、これからどこへ繋つながっていくのかを証明しょうめいするためにアップデートされたのが今いま作さくなのである。