かつて人類の胃袋を満たしたマンモス。シベリアでは現在、その牙が高値で取引され、地域の経済を潤している。
文=ブルック・ラーマー/写真=エフゲニア・アルブガエバ
ソ連崩壊でさびれた地方が、マンモスの牙の発掘で息を吹き返している。なぜ今、マンモスなのか。キーワードは、ワシントン条約、地球温暖化、そして中国だ。
シベリア北部に生息していたマンモスは、およそ1万年前にほぼ絶滅した。だが、その後も周辺の島々には孤立した群れが残り、最後の1頭が死んだのは3700年ほど前と推定される。長さ4メートル以上にもなるその牙は、永久凍土から掘り出され、高値で取引されている。
46歳のカルル・ゴロホフは、牙探しのパイオニアだ。世界屈指の過酷な環境で10年近くにわたり探索を続けてきた。その日も北極圏にあるコテリヌイ島を、長年培った勘を頼りに歩き回った末、地面から突き出ていた牙の先端を見つけた。「牙ってものは、突然目の前に現れることもあるんです。まるで私を導いてくれたみたいにね」
職業:牙ハンター、年収:2700万円
それから彼はほぼ24時間、休みなく砂利混じりの氷を掘り続けた。ようやく取り出した丸太のように太い牙は、重さ70キロ。ほとんど無傷だ。彼は大地の精霊に感謝するため、掘った穴に銀のイヤリングを投げ入れた。この牙を無事に持ち帰れば、500万円以上の値がつくだろう。
ゴロホフはロシアのサハ共和国(別名ヤクーチア)生まれ。幼いころ、17世紀の開拓者たちがマンモスの牙を取引していたという話を聞き、心を奪われた。その後、図書館で見つけた本で、20世紀初めにコテリヌイ島で撮影された探検家たちの写真を見た。そこには巨大な牙が写っていた。横に立ったひげの男たちが小さく見える。ボートは、山積みされた牙の重みで今にも沈みそうだ。「牙はまだあるだろうか、探せば見つかるだろうか―そんなことばかり考えていました」
ソ連時代の鉱山や工場が閉鎖されると、ヤクーチアはすっかりさびれてしまった。だが今では、何百人、ひょっとすると何千人もの男たちがマンモスの牙探しに乗り出し、地域の経済は牙の取引によって息を吹き返した。
ゴールドラッシュさながら、牙を求めてツンドラに群がるハンターたち。ブームの背景には今の時代に特有の要因がある。ソ連が崩壊し、自分の才覚で富を築こうとする人々が増えたこと、ワシントン条約で象牙の国際取引が禁止されたこと、さらには地球温暖化の進行で永久凍土が解け、埋もれていた牙が露出し始めていることも、ブームを後押ししている。
とはいえ、何よりも大きいのは、中国の台頭だ。シベリアから運び出される牙の90%近く、重量にして推定で年間60トン以上が中国に輸出される。象牙製品を好む数多くの富裕層が、マンモスの牙も買うからだ。
ゴロホフは5カ月にわたる島での探索を終えると、ヤナ川の河口域からおよそ80キロ南のウスチ・ヤンスクの家に戻る。木造の納屋には、20数本の牙が保管してある。白い布で包んだものもあれば、水に浸してあるものもあった。「空気に当たると、ひび割れるんです。大切にしないとね」
水に浸してある牙は、この夏の収獲だ。稼ぎは最低でも1400万円、うまくいけば2700万円になり、これまでで一番の稼ぎとなるだろう。
※ナショナル ジオグラフィック4月号から一部抜粋したものです
夏でも夜の気温が氷点下になるシベリア北部で、一獲千金を狙ってマンモスの牙を探す男たち。つるはしや槍を使って永久凍土を掘ったり、泥だらけの巨大な牙を担いだりと、写真からはその大変さが伝わってきます。個人的には、本誌58~59ページに掲載した小屋のカムフラージュの見事さに感動しました。
電子版では、牙探しの様子を動画で見られます。牙ハンターたちの日常や現場の過酷さがさらによくわかりますので、ぜひご覧ください。(編集T.F)
恐竜・古生物・古人類の記事一覧へ