「フレドさんの目めの事ことなんですけど。この前ぜん撮影さつえいさせてもらった画像がぞうのおかげで、ちょっと予想よそうしてなかった方向ほうこうに新しん事実じじつが判明はんめいしまして……今時いまどき間あいだ大丈夫だいじょうぶですか？」

「え？　俺おれの目めの事ことで？　教おしえて教おしえて」

　ある日ひ、私わたしはフレドさんだけにこっそり話はなしをした。

　ちょっと体質たいしつと言いうか、フレドさん個人こじんの情報じょうほうになるので本人ほんにんだけにと思おもって。しかしフレドさんは私わたしから一いち通とおり話ばなしを聞きいた後のち、真剣しんけんな顔かおになって「皆みなにも……エディとアンナさんと琥珀こはくにも説明せつめいして欲ほしい」と私わたしに頼たのんできた。

　フレドさんが皆みなにも知しっていてほしいと思おもうなら、私わたしは協力きょうりょくするだけだ。たしかに自分じぶんで説明せつめいするには話はなしづらい内容ないようだし。

　という訳わけで、より分わかりやすくなるように、説明せつめい用ように色々いろいろ資料しりょうを用意よういした上うえで、フレドさんの目めについての研究けんきゅう発表はっぴょう会かいをする事ことになった。聴講ちょうこう者しゃは四よん人にん。街まちの外はずれに生産せいさん拠点きょてんが移うつって、すっかり私わたしの個人こじん的てき研究けんきゅう室しつになっている錬金術れんきんじゅつ工房こうぼうに皆みなを招まねき入いれる。

　最初さいしょは琥珀こはくの「変化へんかの術じゅつ」って不思議ふしぎすぎる現象げんしょうに付随ふずいした例外れいがいとして気きになってたくらいなんだけど、調しらべてたら目めの色いろの謎なぞ以上いじょうの事ことが分わかってしまって。

　それを調しらべている過程かていで琥珀こはくの「変化へんかの術じゅつ」で目めの色いろだけ化ばけられないのもこれが理由りゆうかな、と推測すいそくしているものもある。理由りゆうかもしれないものが判明はんめいしただけで、どういった原理げんりで「変化へんかの術じゅつ」が効きかないのかは分わからないんだけどね。そもそも、琥珀こはくの「変化へんかの術じゅつ」自体じたいも全然ぜんぜん仕組しくみが分わからない能力のうりょくなのだが。

「まず、こちらをご覧らんください」

　と言いって、作業さぎょう台だいの上うえに紙かみを二に枚まい並ならべる。フレドさんの目めを接写せっしゃで映うつした画像がぞうの、拡大かくだい写真しゃしんだ。片目かためずつ、それぞれ一般いっぱん的てきな書類しょるい位いの大おおきさの紙かみに印画いんがしてある。濃こいピンク色ぴんくいろの、フレドさんの瞳ひとみの画像がぞう。

　その下したに、琥珀こはくが化ばけたフレドさんの、緑色みどりいろの目めを同おなじサイズで印画いんがしたものを並ならべる。

「この画像がぞうを見みて、皆みなさん何なにか気付きづいた事ことあります？」

　フレドさんは私わたしから先さきに答こたえを聞きいて知しっているので、他たの三さん人にんに聞きいてみるが、考かんがえこんだ表情ひょうじょうのまま返事へんじがない。勘かんの良よい琥珀こはくも「ぬぬぬ」と何なにやら唸うなっているが、気付きづいた様子ようすは無なさそうだ。

　あれ……？　私わたしが気付きづいた時とき、とても興味深きょうみぶかい発見はっけんだったので皆みなにも自分じぶんで気付きづいて「おお！」となって欲ほしくて問題もんだい風ふうにしたのだが、失敗しっぱいしてしまっただろうか。

「……フレドさん、まつ毛げすごい長ながいですね……」

　神妙しんみょうな様子ようすでそう口くちにしたアンナに、耐たえかねたエディさんがブフッと噴ふき出だしている。

「ちょ、ちょっとアンナさん、リアナちゃんが聞きいてるの、そういう事ことじゃないですから！」

「っ、ふふ……たしかにフレドさんのまつ毛げは長ながいんですけど、そ、そこじゃなくて」

「リアナちゃんまで……」

　正解せいかいを言いいたいんだけど、アンナがすごく真剣しんけんな顔かおで言いったのが面白おもしろすぎて、今こん口くちを開ひらくと思おもい切きり笑わらってしまう……！　私わたしは何なにとか息いきを整ととのえようと深呼吸しんこきゅうした。

「おや……本物ほんものの方ほうのフレド様さまの目めは……虹彩こうさいが所々ところどころ模様もようみたいになってるんですね」

「おお、本当ほんとうじゃな。でもエディ、お主おも生うまれた時ときからフレドと一緒いっしょにいたのに今こん気きが付ついたのか？」

「そうですね。フレド様さまの目めをそこまで至近しきん距離きょりで覗のぞき込こんだ事ことも無ないので……」

「うん、俺おれだって自分じぶんの目めにこんな細こまかい模様もようがあるの、こうして見みるまで知しらなかったからなぁ。普通ふつうに鏡かがみ見みただけじゃこんな小ちいさいもの見みえないし」

「そうなのか？」

　たしかに、こうして拡大かくだいした写真しゃしんをわざわざ見みる機会きかいが無なければ、気付きづかないくらいの小ちいさな点てんだ。肉眼にくがんで見みようと思おもったら多分たぶん鼻はながくっつくくらい近ちかくに寄よってルーペも使つかわないと。今いままでフレドさん本人ほんにんも気付きづかなかったのも仕方しかたがないと思おもう。

　しかしこれは印画いんがの時ときのミスではないし、母はは斑むら……まれに虹彩こうさいに出来できる黒子くろこみたいなものとも違ちがう。

「さらに、その模様もようのようなものをよく見みてください。見みやすいように、模様もようになっている部分ぶぶん以外いがいを塗ぬりつぶした画像がぞうがこちらです」

「ん～……」

「この模様もよう、魔法まほう陣じんに見みえませんか？」

　そう、普通ふつうはこう、瞳孔どうこうを中心ちゅうしんに放射状ほうしゃじょうの線せんのようになってるのだが、フレドさんの目めは明あきらかに違ちがう。しかも、その模様もようが何なにかの魔法まほう陣じんに見みえるのだ。古代こだい神聖しんせい式しきと呼よばれる魔法まほう陣じん紋様もんよう術じゅつに法則ほうそくや様式ようしきが似にているが、まだそこまで確信かくしんはないのでこれは置おいておく。

　

「さらにこれが、右目みぎめと左目ひだりめ、模様もようの部分ぶぶんだけを繋つなぎ合あわせたものです」

「たしかに……特とくにこれを見みると、フレド様さまの目めのこの模様もよう、何なにかの魔ま方陣ほうじんにしか見みえません……」

「……ここの使用人しようにん寮りょうで飼かわれてる猫ねこのミオちゃんの背中せなかのハート柄がらみたいに、たまたまその形かたちに見みえる模様もようが目めにあるとか……いえ、ここまで精密せいみつな魔法まほう陣じんですし、無理むりがありますね」

　さらにもう一いち枚まい、資料しりょうをテーブルに出だすと、アンナとエディさんが真剣しんけんな顔かおになった。こうして左右さゆうの目めの模様もようを繋つなぎ合あわせると、まだ空白くうはく部分ぶぶんは残のこるものの本当ほんとうに、何なにかの魔法まほう陣じんにしか見みえないのだ。これをただの偶然ぐうぜんで片付かたづけるのは無理むりだろう。

　目めの中なかに魔法まほう陣じんがある、と先日せんじつ伝つたえはしたが、改あらためて言いわれると気きになるのかフレドさんは手てで目元めもとに触ふれていた。

「……リアナさんはこの魔法まほう陣じんがどのようなものなのか、御存ごぞんじなのですか？」

「いや、私わたしもまったく初はじめて見みた紋様もんようなので、分わからないんです。ただ、ちょっとした実験じっけんを色々いろいろやって調しらべたら、確証かくしょうではないんですけど、恐おそらくこういった効果こうかかな……くらいの事ことは分わかってきましたが」

「なるほど。具体ぐたい的てきにお伺うかがいしても？」

「まずこれは描えがいたものを事象じしょうとして発動はつどうさせるものではないんです。魔ま方陣ほうじんを非ひ生物せいぶつ、例たとえば一般いっぱん的てきな魔術まじゅつ回路かいろや魔法まほう陣じんに使つかわれるテラック板ばんなどに描えがいても変化へんかは無なくて……」

　などと話はなしていたらいけない。琥珀こはくがちょっと飽あきてきてしまってるので、私わたしは難むずかしい話はなしは抜ぬきにして実践じっせんして見みせる事ことにした。

　別べつの部屋へやから持もってきたケージを、テーブルの上うえに等間隔とうかんかくで並ならべていく。合計ごうけい十じゅう個こ。

「これは……ミミナガネズミですか？」

「む！　琥珀こはくだってそのくらい分わかってたぞ！　街まちの中なかや下水げすいにもいる弱よわっちい魔物まものじゃろ」

「そうそう、琥珀こはくが倒たおすような魔物まものじゃないけど、生態せいたいちゃんと覚おぼえてたんだね」

「真まっ白しろいミミナガネズミなんているんですねぇ」

「研究けんきゅう用ようの品種ひんしゅなの」

　エディさんと琥珀こはくの言いう通とおり、私わたしが持もってきたケージの中なかには一ひとつに一いち匹ひきずつミミナガネズミが入はいっている。一応いちおう魔物まものだが、魔ま石せきがある他ほかは普通ふつうのネズミより一いち回まわり大おおきいくらいで、一般いっぱん的てきな駆除くじょ剤ざいや罠わなも効きく。安定あんていして増ふやせるし飼育しいくと観察かんさつがしやすい魔物まものとしてよく研究けんきゅうで用もちいられている。

　私わたしは更さらに、もう一ひとつケージを持もってきた。

「そこに並ならんでいるケージのミミナガネズミは全部ぜんぶオスで、この中なかにはメスが入はいってます」

「あら、お洋服ようふく着きせてるんですか……こうして見みるとミミナガネズミも結構けっこう可愛かわいいですね。野生やせいのやつに夜道よみちで出でくわしたりするとギョッとしますけど……」

　アンナの平和へいわな感想かんそう通どおり、このメスの個体こたいは胴体どうたい部分ぶぶんをすっぽりと覆おおう黒くろい服ふくを着きせている。服ふくと言いうよりかは、まぁ、構造こうぞう的てきには穴あなをあけた袋ふくろなのだが……今いまそこは話はなしに関係かんけいないので置おいておく。

「こうしてオスのケージから見みえる所ところに置おくと……オスがメスを気きにしてる様子ようすが観察かんさつ出来できます」

「知しっとるぞ、他たの魔物まものもな、メスがいると匂においに寄よって来くるんじゃぞ」

　魔物まものの生態せいたいについて、琥珀こはくがアンナに説明せつめいしてる様子ようすを微笑ほほえましく見守みまもりつつ、話はなしを更さらに進すすめる。

「実じつはこのメスの背中せなかに……この模様もようと同おなじもの描えがいてあるんです。それを目めにしたオス達たちが、どういう反応はんのうをするかちょっと見みててくださいね」

　フレドさんの左右さゆうの目めの模様もようをつぎはぎして作つくった、魔ま方陣ほうじんにしか見みえない「何なにか」を描えがいた紙かみを指ゆびで示しめした後のち、私わたしはケージの中なかに手てを入いれて、メスのミミナガネズミに着きせていた黒くろい布ぬのを取とり払はらった。

　背中せなかの毛けを剃すって、魔術まじゅつ触媒しょくばいインクで皮膚ひふに描えがいた模様もようがあらわになる。さすがにフレドさんの目めと同おなじサイズでは書かけないので、ミルカの実みくらいの直径ちょっけいで描えがいてあるが。

「え」

「うわっ」

　元々もともとメスの匂においに注目ちゅうもくしていたオスのミミナガネズミ達たちは、そのほとんどがこの「模様もよう」を目めにして明あきらかに興奮こうふんし始はじめた。まるで、ブル系けいの魔物まものの目めの前まえで布ぬのをヒラヒラ振ふった時ときみたいに。

　中なかにはケージの金網かなあみに張はり付ついて、異常いじょうなほどの興味きょうみを示しめしている個体こたいもいる。それを見みて、フレドさんが嫌いやそうな声こえを出だした。どうしたんだろう……まるで自分じぶんの嫌いやな経験けいけんを思おもい出だしたみたいな表情ひょうじょうだ。

「リアナ様さま……つまりこの模様もようは、目めにした異性いせいを引ひき寄よせる力ちからがあるという事ことでしょうか？」

「確証かくしょうは無ないのですけど、恐おそらくは……という感かんじです」

　一応いちおう、現時点げんじてんで分わかっている事ことについて話はなしていく。この模様もように興味きょうみを示しめすかはかなり個体こたい差さがある事こと、魔力まりょくなどを消費しょうひせず見みるだけで影響えいきょうがある事こと、非ひ生物せいぶつに書かいても今いまの所ところ何なにも観測かんそく出来できない事こと、この模様もようの空白くうはく部分ぶぶんが多おおい程ほど効果こうかは小ちいさくなる事ことなど。

　ちなみに、見みて分わかりやすいからメスのミミナガネズミで実演じつえんして見みせたけど、オスにこの模様もようを描えがいても他たのメスに似にたような影響えいきょうが観測かんそくできた事ことも。

「たしかに、フレド様さまのお悩なやみがこれのせいだと考かんがえると、色々いろいろしっくり来きてしまいますね……」

　模様もようが描えがかれたメスに一番いちばん興味きょうみを示しめして、ケージの中なかを暴あばれまわってる個体こたいを見みながらエディさんがぽつりと呟つぶやく。

「しかしフレド様さまも大層たいそう驚おどろかれていたみたいですけれど、あらかじめこの魔ま方陣ほうじん……とやらの力ちからについてリアナ様さまから説明せつめいを受うけていたのではなかったのですか？」

「いや……話はなしを聞きいただけで、こうして実際じっさい効果こうかを目めにした訳わけじゃなかったから……」

　確たしかに、フレドさんに話はなした時ときは実演じつえんはせず、実験じっけんして得えられたデータを見みせながら口頭こうとうで説明せつめいしただけだった。

　こうして生いき物ものが実際じっさい反応はんのうしている所ところはなかなか衝撃しょうげき的てきだったようだ。

「神話しんわ時代じだいの話はなしですけど、目めを合あわせてしまうと石いしになってしまったり、見みつめられただけで真実しんじつを話はなしてしまう目めを持もった神様かみさまがいらっしゃったじゃないですか」

「……それが、フレド様さまの目めにも関係かんけいしている……と？」

「分わかりません。ただの思おもいつきなので……」

　これは「そうだったら全部ぜんぶ辻褄つじつまが合あう」ってだけの仮定かていの話はなしだ。

　当然とうぜん、研究けんきゅうに思おもい込こみは厳禁げんきんなので、別べつの可能かのう性せいも考かんがえている。本当ほんとうはこの模様もようもただの偶然ぐうぜんで全然ぜんぜん違ちがう話はなしかもしれない。環境かんきょう条件じょうけんなど交絡因子いんしの検証けんしょうも全然ぜんぜん足たりていないし。

　けど、なぜ琥珀こはくが目めの色いろだけフレドさんに化ばけられないのか……「神様かみさまにだけは化ばけられんのじゃ」と言いっていた琥珀こはくの言葉ことばが、私わたしにはどうしても無関係むかんけいと思おもえなかったのだ。そもそも、琥珀こはくの「変化へんかの術じゅつ」ってものがどんなものかすらも分わかっていないのだけど。