「じゃあリオ君きみ、気きを付つけて」

「はい、トノスさんも。ここまで乗のせていただいてありがとうございます、助たすかっちゃいました」

　トノスさんもフレドさんも、何なにかが起おこるかもと警戒けいかいしていた私わたしが罪悪ざいあく感かんを覚おぼえるほど良よい人ひとだった。実家じっかの目めに留とまらない形かたちで港みなとまで来こられたし、私わたしは運うんが良よい。

「あ、そういえば。これ、ささやかなんですけど、良よかったら使つかってください」

「え？　これ、魔道まどう具ぐかい？」

「たいしたものじゃないんですけど。魔ま導しるべ車しゃの中なかが少すこしは快適かいてきになると思おもって」

　お昼ひるご飯はんも度々たびたびおごってもらった上うえに、運賃うんちんは頑がんとして受うけ取とってくれなかったトノスさんにお礼れいとして、道程どうていで作つくった魔道まどう具ぐを渡わたした。寒さむい時ときや暑あつい時ときの冷暖房れいだんぼうに使つかえる、逆ぎゃくに言いうとたったそれだけのシンプルな機能きのうのものだ。

　もっと使つかい勝手がってのいい冷暖房れいだんぼう器具きぐはあるが、これは魔ま石せきの属性ぞくせいを利用りようして小型こがた化かに全ぜん振ふりしたものだ。設計せっけい図ずも引ひいていない、魔ま導しるべ回路かいろの核かくも手てで調整ちょうせいしながら作つくったから、量産りょうさんはできないけど。

　量産りょうさんするには魔ま導しるべ核かくの均一きんいつ化か規格きかくを定さだめて、魔ま導しるべ回路かいろもブラッシュアップしなければならない、コーネリアお姉あね様さまに見みられたら眉まゆを顰しかめられるような出来できのものだが。ないよりマシ程度ていどには役やくに立たつ……と思おもう。

　大昔おおむかしの冷暖房れいだんぼう魔道まどう具ぐは私わたしが作つくったこれと似にたような構造こうぞうのものしか作つくられていなかったが、それは暖房だんぼうには火ひ属性ぞくせいの魔ま石せきが、冷房れいぼうには氷こおり属性ぞくせいの魔ま石せきが必要ひつようで、暖房だんぼうが必要ひつような寒さむい地ちには暑あつい国くにからわざわざ魔ま石せきを運はこばないとならない、裕福ゆうふくな人達ひとたちだけしか使つかえないものだった。

　現在げんざいは魔ま石せきから属性ぞくせいをそぎ落おとし、純粋じゅんすいな動力どうりょくとして使つかう技術ぎじゅつと魔ま導しるべ回路かいろが発達はったつしたことで大昔おおむかしのような制約せいやくはない。しかしトノスさんが買かってしまったように属性ぞくせい処理しょりの甘あまい魔ま石せきも出回でまわっている。ギルド認証にんしょうを受うけている店みせが品切しなぎれで仕方しかたなく買かったらしいが。

　通常つうじょうそれは属性ぞくせいをそぎ落おとした際さいの魔力まりょく減衰げんすいも大おおきいし、ひどい時ときは魔道まどう具ぐの故障こしょうなども招まねくため推奨すいしょうされないが、ギルド認証にんしょうを受うけた加工かこう魔ま石せきは供給きょうきゅうが需要じゅように追おいついておらず無む認証にんしょうの魔ま石せきを使つかわざるを得えない事ことがどうしてもあるんだそうだ。

　魔ま石せきの需要じゅようと供給きょうきゅうについては知識ちしきで知しっていたが、質しつのいい魔ま石せきが潤沢じゅんたくに手てに入はいる世界せかいで生いきていた私わたしは現実げんじつとして初はじめて身近みぢかに知しった。

　北きたから南みなみまで商売しょうばいのために頻繁ひんぱんに移動いどうするトノスさんなら、寒さむい土地とちで氷こおり属性ぞくせいの残のこった魔ま石せきを、暑あつい地域ちいきで火ひ属性ぞくせいの残のこった魔ま石せきを買かっておいて別べつの気候きこうの土地とちに行いくときに使つかえる。その魔ま石せきに残留ざんりゅうした属性ぞくせいを使つかい切きったら温風おんぷうも冷風れいふうも出でてこないし、残留ざんりゅうしてる属性ぞくせいの強つよさに左右さゆうされて温度おんど調節ちょうせつ機能きのうもないから、冷暖房れいだんぼうが利ききすぎてると感かんじたらスイッチのON/OFFで切きり替かえるしかないが。

　アジェット公爵こうしゃく家かで使つかっていたような高級こうきゅうな魔ま導しるべ車しゃにはもともと冷暖房れいだんぼうは備そなわっているけど、それはボンネット内部ないぶにエンジンの機構きこうも考かんがえた上うえで収おさめられている。

　トノスさんの所有しょゆうしていた車くるまにはなかった。なので車くるまの窓まどを半開はんびらきにしてそこを覆おおう形かたちで窓まどと車体しゃたいに挟はさんで簡単かんたんに取とり付つけられるものを作つくったのだ。これは外気がいきへの排はい熱ねつをする都合つごうもある。

　良よい点てんとして、これで属性ぞくせいを使つかい切きれば、二に級きゅう品ひんの魔ま石せきも少すこしは安全あんぜんに使つかえるんじゃないかと思おもって。人里ひとざと離はなれたところで故障こしょうしたら場合ばあいによっては危険きけんだもの。

　しかし対応たいおうする属性ぞくせいの魔ま石せきがないと冷房れいぼうにも暖房だんぼうにも使つかえないので、まぁトノスさんみたいに北きたも南みなみもあちこちに行いく人ひとにしか役やくにたないが。

「あ、フレドさんおかえりなさい。フレドさんにもお世話せわになりました」

　借かりを返かえせてスッキリした私わたしは、少すこし席せきを外はずしていたフレドさんにも改あらためて挨拶あいさつをした。フレドさんには、いくらあっても困こまらないだろうとポーションを渡わたす。

「いやぁ、俺おれお世話せわしたかなぁ、野外やがいのごはん時じもリオ君きみがいつもささっとやってくれたし……ああぁ、これで味気あじけのない携帯けいたい食しょくに逆戻ぎゃくもどりかって思おもうと寂さびしいよ」

「はは、そう思おもっていただけて光栄こうえいですよ」

　私わたしは設定せってい上じょう、今日きょうの午後ごごの船便せんびんでここを発たつことになっているので二に人にんとはお別わかれだ。「独ひとり立だちして工房こうぼうを開ひらくときには声こえかけてくれよ」と気きの良よい感かんじで笑わらうトノスさんに笑顔えがおで手てを振ふり返がえして、私わたしは港みなとの雑踏ざっとうの中なかに紛まぎれた。

　さて。

　トノスさん達たちは私わたしが船便せんびんの発券はっけん所しょに行いったと思おもっているんだろうけど。まともな身分みぶん証明しょうめい書しょのない私わたしはこのままではまともな手段しゅだんで国くにを出でることが出来できないだろう。それに、発券はっけん所しょの窓口まどぐちを、明あきらかに警戒けいかいしている軍人ぐんじん達たちがいる。

　きっと公爵こうしゃく家かの命令めいれいで私わたしを探さがしているのだ。以前いぜん外交がいこうで国外こくがいに行いくジェルマンお兄あに様さまに勉強べんきょうを兼かねて連つれていっていただいたことがあるけど、その時ときにあんな物々ものものしい人達ひとたちはいなかった。私わたしの自意識じいしき過剰かじょうではないと思おもう。今日きょうで私わたしが家いえを出でて十じゅう日にち経過けいかしたが、まだ捜査そうさの目めは厳きびしいままだ。

　ほんの少すこしでも疑うたがわれるわけにはいかない。

　疑うたがわれた時点じてんで、その後ごにどう調しらべられても私わたしが家出いえでしたアジェット家かの令嬢れいじょうだとバレてしまうだろう。

　どうしようか。後うしろ暗くらい手てで船ふねに乗のるのはちょっと。国くにからは離はなれたいけど、犯罪はんざいはさすがに。

　やはり、徒歩とほで国境こっきょうを出でようか。ケルドゥは隣国りんごくとの国境こっきょうも近ちかいし。しかしそれにしても、今日きょうは街まちを出でるのはやめておいた方ほうがいいかな。トノスさんやフレドさんとうっかり顔がおを合あわせるわけにいかない。

　私わたしは比較的ひかくてき大おおきな通とおり沿ぞいの、古ふるいが清潔せいけつで大おおきめの宿屋やどやに入はいった。完全かんぜんな家族かぞく経営けいえいではなく、従業じゅうぎょう員いんもいるのに目めを付つけて。このくらい客きゃくと従業じゅうぎょう員いんの関係かんけいがあっさりしているほうが良よい。

　もっと大おおきい宿屋やどやの方ほうがその辺あたりは距離きょりが置おけるのだが、ここより大おおきなところとなると身分みぶん証明しょうめいなしの素泊すどまりは難むずかしいことが多おおい。賭かけに出でないほうが良よい。

　一いち階かいは食堂しょくどうが営業えいぎょうしていて、ここの娘むすめさんらしい女おんなの子こがウェイトレスとして働はたらいていたのが外そとから見みえた。客きゃくには冒険ぼうけん者しゃもいるが雰囲気ふんいきは荒あれておらず、防犯ぼうはん面めんも考かんがえた上うえで今日きょうの宿やどをここに決きめたのだ。

　平均へいきんより少すこし高たかめの宿泊しゅくはく料りょうを払はらって、まだ陽ひは高たかいが部屋へやに案内あんないしてもらった。この時点じてんでは受付うけつけに顔かおをしっかり覚おぼえられたくないので再ふたたび外套がいとうを使つかう。夕飯ゆうはんはここの食堂しょくどうでとって、明日あしたまで外そとに出でなくても済すむようにしよう。

　どうやって船ふねに乗のろうと悩なやんでいた私わたしの心配しんぱいはあっさり解決かいけつした。

　翌日よくじつ、同おなじ宿やどに泊とまっていた外国がいこく人じんの男性だんせいから普通ふつうの船旅ふなたびに関かんして話はなしを聞きけたのだ。どうやら庶民しょみん向むけの船便せんびんの安やすい客室きゃくしつならチケットのお金かねさえ出だせれば誰だれでも乗のれるものらしい。

　私わたしが知しっているのはジェルマンお兄あに様さま率ひきいる使節しせつ団だんとご一緒いっしょした時ときのみだったので、その時とき私わたしに付つき添そっていたアンナがしていた手続てつづきと同おなじものを想定そうていしていたのだが普通ふつうはそんな事ことしないみたい。

　というよりその時ときが特殊とくしゅだっただけのようね。私わたし自身じしんがとくに提出ていしゅつする書類しょるいなどは無なかったのは公爵こうしゃく家かという肩書かたがきのおかげで、国境こっきょうを超こえる船ふねに乗のるのは普通ふつう少すこし面倒めんどうな手続てつづきがあるのだと思おもっていた。

　そんな私わたしの想像そうぞうとは違ちがい、外交がいこう官かん達たちが乗のる船ふねだから、同おなじ船せんに乗のる者ものへの審査しんさが厳きびしくなっていただけらしい。

　検問けんもんのような事ことをしている軍ぐんの目めを避さけて私わたしじゃない違ちがう名前なまえの身分みぶん証明しょうめい書しょをどうやって手てに入いれようとここに着つくまでもずっと悩なやんでいたのに、拍子抜ひょうしぬけしてしまった。

　宿やどの従業じゅうぎょう員いんと意思いし疎通そつうができず困こまっている他ほかのお客きゃくさんの通訳つうやくをつい買かって出でてしまって、目立めだってしまうかも、と少すこし後悔こうかいしそうになったけど首くびを突つっ込こんで良よかった。

　結果けっか的てきに、周まわりが誰だれも理解りかいできない言語げんごを使つかったから、堂々どうどうと詳くわしく船旅ふなたびについて聞きけたもの。青あおの国くにの言葉ことばを話はなせる人ひとは王おう太子たいし殿下でんかの執務しつむ室しつに一人ひとり、外交がいこう部ぶにも二に人にんしかいなかったから、私わたしが「今いまから初はじめて一人ひとり旅たびをしたい」って丸出まるだしの内容ないようをき出きだしてたって軍ぐんに知しられるおそれはない。

　船ふねに乗のるのは問題もんだいなさそうだから、早はやめにこの国くにを出でてしまおうか。たかが令嬢れいじょうの家出いえでにそこまで長時間ちょうじかん人手ひとでを費ついやすことはできないだろうから一いち週間しゅうかんほど待まてば検問けんもんを展開てんかいしている人達ひとたちも気きが緩ゆるんでもっと簡単かんたんにいきそうだが、そこまで待まちたくない。

　そもそも今いまだってそこまで厳きびしい調査ちょうさもしていなさそうだ。私わたしの顔かおは知しらされているだろうが、直接ちょくせつ私わたしを見知みしった人ひとでなければ外見がいけんだけで私わたしがリリアーヌだと気付きづかれないと思おもう。

　多方面たほうめんに迷惑めいわくをかけてしまっている自分じぶんの勝手かってな行動こうどうに罪悪ざいあく感かんもある。でも家族かぞくにすら一いち度ども認みとめられた事ことのないリリアーヌは責任せきにん感かんも無なかったのだと諦あきらめて欲ほしい。

　翌日よくじつ、私わたしは逃にげるように、候補こうほにしていた国くにの中なかでまだ客室きゃくしつに空あきのある船便せんびんで一番いちばん近ちかい日付ひづけを掲示板けいじばんで確認かくにんしてからチケットを購入こうにゅうした。

　発券はっけん所内しょないにいる軍人ぐんじんを意識いしきして少すこし緊張きんちょうしたけど何なにも無なかったと内心ないしん安堵あんどした私わたしは、たまたま通とおりかかった市場いちばで中古ちゅうこの楽器がっきを見みかけて足あしを止とめた。

　壊こわれていると値札ねふだに書かかれているがまだ使つかえそうな弦楽器げんがっき。何故なぜかその古ふるぼけたヴィーラに、とても惹ひかれてつい購入こうにゅうしてしまった。

　出航しゅっこうは三さん日にち後ご。そうだ、やりたいこともないしそれまでこの子この修理しゅうりでもして時間じかんをつぶそうかな。アマチュアの私わたしが弾ひく分ぶんには問題もんだいない程度ていどには直なおせるだろう。