「本日ほんじつは我わが家やのお茶ちゃ会かいにお越こしくださり、ありがとうございます。ぜひ楽たのしんでいってくださいね」

　お母様かあさまはそう言いうと、少すこし不安ふあんげに隣となりに立たっていたお父様とうさまを小突こづいてそそくさと屋敷やしきの中なかに退散たいさんしてしまった。

　え、待まって。何なに、今いまの。かわっ……！！！

　……じゃなくて！　今日きょうは私わたしが主役しゅやくなんだから気合きあい入いれて行いくわよっ！

「フィーナ・アンソンでしゅ。よろしくおねがいちましゅ！」

　音おとを立たてないように気きをつけながら立たち上あがり、一生懸命いっしょうけんめい練習れんしゅう中ちゅうのカーテシーを披露ひろうすると、暖あたたかな拍手はくしゅが起おこった。

　今日きょうはフィーナの人生じんせい初はつのお茶ちゃ会かいの日ひ。ランディル侯爵こうしゃく家かの中庭なかにわを借かりて緑みどりと花はなに囲かこまれた素敵すてきな会かいにしてもらった。

　参加さんか者しゃは私わたしと同年代どうねんだいのご令嬢れいじょうたち五ご人にん。最年少さいねんしょうで六ろく歳さい、一番いちばん年上としうえの子こも十じゅう歳さいだと聞きいている。

　さすがは王おう都とに暮くらす貴族きぞくの娘むすめといったところか。みんなお淑しとやかで嫋たおやかな雰囲気ふんいきを纏まつわっている。

　私わたしたちは白しろい丸まるテーブルを囲かこんで等間隔とうかんかくに着席ちゃくせきしている。

　私わたしから右みぎ回まわりに紹介しょうかいすると、

　リリー・サルファ伯爵はくしゃく令嬢れいじょう、六ろく歳さい。

　ローラ・シェルドゥス侯爵こうしゃく令嬢れいじょう、八はち歳さい。

　ケイティ・ワーグラー伯爵はくしゃく令嬢れいじょう、十じゅう歳さい。

　イリス・ウルル伯爵はくしゃく令嬢れいじょう、七なな歳さい。

　そして、ミミリィ・カロライン侯爵こうしゃく令嬢れいじょう、七なな歳さい。

　まさか、参加さんか者しゃの中なかにヒロインであるミランダの妹いもうとが含ふくまれているとは思おもわなかったわ。何なにかいい情報じょうほうを得えることができたら上出来じょうできってところかしら。

　ま、それはついでよ、ついで。今日きょうの目標もくひょうは、そう！　推おしの布教ふきょう！！　どうにか両親りょうしんカップルの素晴すばらしさを語かたって聞きかせたい。そしていずれは語かたり合あえるようになりたい。今日きょうは記念きねんすべきその一いち歩ほを踏ふみ出だす日ひ！　オタク友達ともだちとの交流こうりゅうって何なににも変かえられない楽たのしさがあるのよね。

　私わたし以外いがいはすでに面識めんしきがあるようで、お菓子かしや果実かじつ水すいが準備じゅんびされている間あいだ、思おもい思おもいに会話かいわが始はじまっていた。

　こうした場ばは慣なれているようで、みんな言葉ことばも随分ずいぶんとしっかりしていて感心かんしんする。

　私わたしはどこかに布教ふきょうの隙すきはないかと差さし障さわりのない返事へんじや質問しつもんで会話かいわに入はいっていく。

「同年代どうねんだいのお友達ともだちが増ふえるのはとても嬉うれしいことですわ」

「フィーナ様さまは普段ふだんは辺境へんきょうの地ちにいらっしゃいますものね……頻繁ひんぱんに会あえないのは残念ざんねんですが、ぜひ文通ぶんつうで交流こうりゅうをしたいですわ」

「おうとにはみなさまのほかにも、たくさんのごれいじょうがいらっしゃいますの？」

「ええ！　王おう都みやこに居きょを構かまえる貴族きぞくは多おおいですので」

「ああ、同年代どうねんだいといえば……第だい二に王子おうじ殿下でんかがフィーナ様さまの少すこし上じょうの七なな歳さいでいらっしゃいますわ」

「だいにおうじ？」

「病弱びょうじゃくであまり表ひょうに出でてこられませんが、艶あでやかな黒髪くろかみと緋色ひいろの瞳ひとみをお持もちなのだとか」

「まあ、王妃おうひ様さまの黒髪くろかみも艶あでやかですものね！　きっと見目みめ麗うるわしゅうございますわ」

「第だい一いち王子おうじ殿下でんかも十じゅう五ご歳さいになり、留学りゅうがくから戻もどり次第しだい立太子りったいしされるとも言いわれておりますわ」

「これでこの国くにもますます安泰あんたいですわね！」

「いえ、第だい二に王子おうじを持もち上あげようとする派閥はばつがあるとお父様とうさまが話はなしているのを聞ききましたわ」

「まあ、第だい一いち王子おうじ殿下でんかが無事ぶじに立太子りったいしされましたら、派閥はばつ争あらそいも収束しゅうそくするでしょうか」

「そうなるといいですわね。何なにやら黒くろい噂うわさも耳みみにしますもの」

「やだ。怖こわいですわ」

　え？　同年代どうねんだいの話題わだい、物騒ぶっそうじゃない？　派閥はばつ争あらそいとかやっぱり中央ちゅうおうに近ちかいと結構けっこう耳みみにするものなの？

　辺境へんきょうではなかなか耳みみにしない王族おうぞくの事情じじょうを知しり、少すこし頬ほおがひくひくしてしまう。思おもってたのと違ちがう。どんなおやつが好すきとか何なにのお花はなが好すきとか流行はやりの遊あそびとか……そういうのほほんとした会話かいわを想像そうぞうしていたんだけど……

　少すこし意識いしきを遠とおくに飛とばしかけていると、私わたしの隣となりに座すわっているミミリィ嬢じょうがチラチラと屋敷やしきと私わたしを交互こうごに見みながらモジモジしていることに気きがついた。ヒロインの妹いもうとね。どうかしたのかしら。

「ミミリィさま？　いかがなさいまちたの？」

「えっ！？　あ、いえ！　ええっと……」

　気きになって話はなしを振ふってみると、ミミリィ嬢じょうはカアッと頬ほおを染そめて胸むねの前まえで指ゆびを突つき始はじめた。

　他たのみんなも気きになるのか口くちを噤つぐんでケイティ嬢じょうの言葉ことばを待まっている。

「はぁ、すみません……実じつは、フィーナ様さまのご両親りょうしんが大変たいへん仲なか睦むつまじくお見受みうけしましたので……その、羨うらやましくて」

　ピキーーーーーーーン！！！

　布教ふきょうのチャンスは突然とつぜんに！！！　この絶好ぜっこうの機会きかい、逃のがさないわ！

　目めをギラリと輝かがやかせた私わたしは、ズイッと身みを乗のり出だした。その勢いきおいに若干じゃっかんミミリィ嬢じょうが引ひいているけど気きにしないわ！

「お分わかりになりまして！？　そうなんです！　お父様とうさまとお母様かあさまはたいっへん仲なか睦むつまじく……まるで恋こいを知しり始はじめた少年しょうねん少女しょうじょかのように淡あわくも情熱じょうねつ的てきに愛あいし合あっておりますの！　聞きいてくださいます？　クロエ！　持もってきてちょうだい！」

　私わたしは今日きょうこの日ひのために用意よういしたスケッチブックをクロエに持もってきてもらう。

　すぐに取とり出だせるようにクロエに持もっていてもらったのよ。抜ぬかりないわ。

「あれは私わたしが二に人にんの義ぎ娘むすめになって間あいだもない頃ころ――」

　突然とつぜんスケッチブック片手かたてにマシンガントークを始はじめた私わたしに、全員ぜんいんが目めをまん丸まるに見開みひらいて口くちを半開はんびらきにしている。

　離はなれた位置いちに下さがったクロエも、額がくを押おさえて首くびを振ふっているわ。こうなることは分わかっていたでしょうに。推おしへの愛あいは一度いちど走はしり出だしたら止とまれないのよ！

「――ということがございまして、はぁ、はぁ、思おもい出だしただけで動悸どうき息切いきぎれが……あら、クロエありがとう」

　矢継やつぎ早ばやに語かたっていたので喉のどが渇かわいたわと思おもったタイミングで、クロエが音おとを立たてずに近ちかづいてきて冷びえた果実かじつ水すいを手渡てわたしてくれた。さすがね。

「お二に人にんは政略せいりゃく結婚けっこんとお伺うかがいしておりましたが、きちんと恋愛れんあいなさっておいでなのですね……」

　私わたしが喉のどを潤うるおしている間あいだに、ほう、と感嘆かんたんの声こえを出だしたのは最年長さいねんちょうのケイティ嬢じょうだった。

「ええ、ええ！　そうなんです！　政略せいりゃく結婚けっこんといえども、恋こいをしてはいけないという決きまりはありませんもの！」

　ふんすふんすと鼻息はないき荒あらく答こたえると、みんなそれぞれ顔がおを見合みあわせて、恐おそる恐おそる質問しつもんを投なげかけてきた。

「あの……夫婦ふうふ円満えんまんの秘訣ひけつはなんでしょう……？　私わたしの両親りょうしんも政略せいりゃく結婚けっこんなのですが、私わたしから見みると、事務じむ的てきな夫婦ふうふに見みえてしまって……それも貴族きぞくですから仕方しかたがないと頭あたまでは分わかっておりますが、やはり両親りょうしんですもの。仲良なかよくしてほしいと思おもってしまうのです」

　そう言いうのはミミリィ嬢じょうだ。詳くわしく話はなしを聞きいてみよう。

「そうなのですね。具体ぐたい的てきにお伺うかがいしても？」

「え、ええ……私わたしのお母様かあさまは気丈きじょうな性格せいかくをしておりまして……いつも必要ひつよう以上いじょうにお父様とうさまにツンツンした態度たいどを取とってしまいますの……私わたし、見みていられなくて……このまま夫婦ふうふ関係かんけいがぎこちなくなるのは嫌いやなのです」

「まあっ！　まあまあ！　なんて可愛かわいらしいお母様かあさまですこと！」

「え？」

　俯うつむいて暗くらい顔かおをしていたミミリィ様さまは、私わたしの声こえに弾ひかれたように顔かおを上あげた。

「お母様かあさまはきっと照てれ屋やさんなのですわ。なかなか素直すなおになれないのですねえ。こういうものは時間じかんを重かさねるごとに改善かいぜんが難むずかしくなってしまいますわ。ですが、きっとまだやり直なおすことはできます。いいですか？　そういうときこそ、子供こどもの無垢むくさを武器ぶきにして――」

　私わたしが身振みぶり手振てぶりで実演じつえんしながら両親りょうしんの背中せなかを押おす手段しゅだんをレクチャーしていると、ミミリィ嬢じょう以外いがいのみんなも興味深きょうみぶかそうに身みを乗のり出だして頷うなずいている。

「――と、いうように、幼おさない今いまこそ、幼おさなさを武器ぶきにしてしまえばいいのですわ！」

「わ、私わたし、やってみます！」

　ミミリィ嬢じょうは目めをキラキラ輝かがやかせてやる気きに満みち満みちている。よかった。私わたしの熱意ねついが伝つたわったようね。

　私わたしは充足じゅうそく感かんに包つつまれながら、額がくに滲にじんだ汗あせをハンカチで拭ふいた。

　すると今度こんどは、ミミリィ嬢じょうと反対はんたい側がわから熱あつい視線しせんを感かんじる。

「リリー様さま？　いかがなさいましたか？」

「えっ！？　ええっと……その、さ、先さきほど見みせていただいたスケッチブックを拝見はいけんしたく……フィーナ様さまはとっても絵えがお上手じょうずなのですね」

「まあっ！　いくらでも見みてくれて構かまいませんことよ！」

　私わたしのまだまだ拙つたない絵えを褒ほめてくれたわ！　リリー嬢じょう、いい子こね！

　私わたしは嬉々ききとしてスケッチブックをリリー嬢じょうに手渡てわたした。

　リリー嬢じょうは「ふわあ」と感嘆かんたんの息いきを吐はきながら、ゆっくりとページを開ひらいている。ふふふ、私わたしのこれまでの力作りきさくがたくさん描えがかれているんだから。

　ふふふん、と得意とくいげに胸むねを張はっていると、他たのみんなもチラチラとリリー嬢じょうの手元てもとに視線しせんを投なげているようだった。

「ふふっ、よろしければ、皆様みなさまで回まわしてご覧らんになって？　あ、お帰かえりの際さいにお渡わたししようと思おもっていたのですが、こんなものを用意よういしておりますの」

　私わたしが手てを挙あげると、またもやクロエがそそくさとそばにやって来きて、木製もくせいの写真しゃしん立だてに入いれた自慢じまんのクロアネイラストを差さし出だしてくれた。きっちり五ご人にん分ぶん、用意ようい済ずみなんだから。

「い、いいのですか？」

「ええ！　もちろん！　ぜひ私わたしの両親りょうしんの仲なか睦むつまじさ、素晴すばらしさ、尊とうとさを広ひろめてくださいまし」

　私わたしは満面まんめんの笑えみで一人ひとり一いち人にんに写真しゃしん立だてを手渡てわたしていく。みんな満更まんざらでもなさそうで、頬ほおを染そめながらイラストに見入みいっている。

　各々おのおのの両親りょうしんの仲なか睦むつまじいエピソードに花はなを咲さかせているうちに、やがてお開ひらきの時間じかんとなった。

　お見送みおくりに出でて来きてくれたお父様とうさまとお母様かあさまを見みるみんなの視線しせんがとても温あたたかく、羨望せんぼうの色いろに染そまっていたのはきっと気きのせいではないだろう。

　それぞれの家紋かもんがついた馬車ばしゃに乗のり込こんでいくご令嬢れいじょう方かたは、胸むねにしっかと写真しゃしん立だてを抱だいていた。みんな口々くちぐちに「ありがとうございました」「有意義ゆういぎな時間じかんでしたわ」「素敵すてきなお土産みやげをありがとうございます」と言いって帰かえっていった。

　ミミリィ嬢じょうが持もち帰かえった写真しゃしん立だてがヒロインの目めに入はいるか分わからないけれど、クロアネに他者たしゃが入はいり込こむ余地よちがないことがどこかで耳みみに入はいればいいのだけれど。

　そんなこんなで、フィーナ初はじめてのお茶ちゃ会かい――もとい、布教ふきょう会かいは大だい成功せいこうを収おさめたのだった。やったわ。