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人質姫が、消息を絶った。【連載版始めました】
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くろおおかみ』の騎士きし、アーク・マクガインの物語ものがたり

人質ひとじちひめが、消息しょうそくった。【連載れんさいばんはじめました】

作者さくしゃあじ御膳ごぜん

姫君ひめぎみ行方ゆくえがわからなくなっただと!?」


 簡易かんい宿舎しゅくしゃしつらえられた執務しつむしつで、おもわずおれおおきなこえげた。

 おれ怒声どせいなんかにはれてるはずの部下ぶかすくめ、あわてて「おまえおこっているわけではない」とりながらしめす。

 ただでさえとんでもない報告ほうこくってきてしまったと窮屈きゅうくつ騎士きしよろいなかちぢこまらせてるのだ、責任せきにんのないかれをこれ以上いじょうおびえさせるも理不尽りふじんというものだろう。

 そうでなくても戦争せんそう国境こっきょうにある城塞じょうさい都市としなんてきなくさ場所ばしょなんだ、これ以上いじょう雰囲気ふんいきわるくしてストレスめてもおたがいのためにならんし。

 

 おれ気持きもちをかせるためにおおきくいきしてから、出来できるだけ普段ふだんちか声音こわね部下ぶかいかけた。


「で、一体いったいどういうことだ、くわしく説明せつめいしてくれ」

「はっ、もうげます! 先日せんじつかくのご指示しじしたが相手あいてがわ国境こっきょう都市としまでおむかえにがったのですが……」


 かく、なんぞとばれるとどうにもむずがゆい。

 おれ、アーク・マクガインはこの戦争せんそうにおける戦功せんこうにより、じゅうわかさで子爵ししゃくたまわった。

 がえよろいくろまるほどいきおいであばまわったせいで、『くろおおかみ』なんてふためいがいつのにかけられ、叙勲じょくんさいにはくろよろいおくられるほど

 そんなたたげのおれだからか、部下ぶかたちおれたいして一目いちもくいてくれている。というかきすぎてて一部いちぶ人間にんげんはびびってたりするのだが。

 だからか、いまおれよりすこ年上としうえくらいなまえ騎士きしはキビキビと報告ほうこくしてくれている。

 それは、それだけでえば、いことなのだが。


まち太守たいしゅからはなしくに、どうやら姫君ひめぎみはまだご到着とうちゃくなさっておられず」

「まずそれがどういうことだってはなしだが……いや、つづけてくれ」


 停戦ていせん条約じょうやくむすばれ、両国りょうこく友好ゆうこうのために隣国りんごくからすえひめだいよん王女おうじょソニア殿下でんかくにだいさん王子おうじアルフォンス殿下でんかへと輿入こしいれすることになった。

 友好ゆうこうのためとえばこえはいいが、実際じっさい敗戦はいせんこくから戦勝せんしょうこくへの人質ひとじちみたいなもんである。

 で、その大事だいじ人質ひとじちひめ安全あんぜんにおれするため、ついでに示威じい行動こうどうがてら、隣国りんごくでは悪名あくめいたかい『くろおおかみ』、つまりおれがこの国境こっきょう都市としまでやってきたわけなんだが……ひめくんは、予定よていになっても到着とうちゃくしなかった。

 天候てんこう体調たいちょう関係かんけいおくれることもあろうとつことにしたのだが、さんにちっても音沙汰おとさたなし。

 流石さすがにこれだけおくれて使者ししゃもなし、ってのはおかしいだろうってことで騎士きしすうにん派遣はけんしたんだが……。


なにかトラブルがあって途中とちゅううごけなくなっているのかとおもい、街道かいどう利用りようしていた商人しょうにんたちにききこむも、このあたりで王家おうけ馬車ばしゃかけたというものもおらず。

 これはもっとおうみやこりのどこかでなにかがあったのかとゲイル隊長たいちょうたちさらすすまれ、わたし現状げんじょう報告ほうこくのために帰還きかんした次第しだいです」

「そういう状況じょうきょうか……流石さすがゲイル、判断はんだんだ」


 騎士きし報告ほうこくに、おれひとうなずいてかえす。

 たん到着とうちゃくしていないことの確認かくにんわらず、情報じょうほうあつめたうえ中間ちゅうかん報告ほうこく、というのがいている。

 いわゆる、ガキの使つかいでわらないってやつだ。

 おかげで、余計よけいにのっぴきならない状況じょうきょうだってこともわかっちまったが。


「となると、だ……ああ、報告ほうこく苦労くろう今日きょうところがってやすんでおけ。

 それからっと、はやうまとう用意ようい上手うまにんんでくれ!」


 いそいでもどってたであろうかれねぎら休息きゅうそく指示しじすると、おれ手近てぢかにいる武官ぶかんこえけた。

 ばせているあいだいそいで手紙てがみ用意ようい、こちらのおうへと早馬はやうまはしらせる。

 状況じょうきょう報告ほうこくと、もうひとつ。


留守るすまかせる、おれ直接ちょくせつこうにんで出迎でむかえにく!」


 副官ふっかんにそうげると、精鋭せいえいすうにん見繕みつくろって出立しゅったつ準備じゅんびをする。

 先行せんこうしているゲイルはうでつし判断はんだんりょくもいいが、身分みぶん少々しょうしょう物足ものたりない。

 現場げんば色々いろいろうご必要ひつよう場合ばあい子爵ししゃくでありお出迎でむかえの責任せきにんしゃとして色々いろいろ権限けんげんあたえられているおれ出張でばったほうはなしはやいことがおおい。

 なので、おれることの事後じご報告ほうこくきした。


 なに状況じょうきょう状況じょうきょうだ、一刻いっこくあらそ可能かのうせいたかいから、一々いちいちおうまでおうかがいをてている時間じかんはない。

 まあ、子爵ししゃくをもらったばっかで、連座れんざくびくくられる身内みうちもいないおれなら、まんいちときとしまえけやすいってもんだろう。

 部下ぶかたちは、おれ強権きょうけん発動はつどうしたということにすればまもってやれるだろうし。


「うっし、そんじゃくか!」


 気合きあいれて、おれ愛馬あいばまたががる。

 せんたたげた実戦じっせん部隊ぶたいだ、スクランブル出動しゅつどうはおもの

 おれおくれることなくそろったすうにん騎士きしとともに、おれ相手あいてがわ国境こっきょう都市としへとかってうまはしらせた。



 あちらの都市とし太守たいしゅ面会めんかい状況じょうきょう再度さいど確認かくにんしたのちおれ出迎でむかえをねて捜索そうさくたることの許可きょかをもぎとる。

 なんせこちらは外交がいこう特使とくし権限けんげんまでもらってるうえ今回こんかいのこの騒動そうどうだからな、こうもつよくはえない。

 さらには、街道かいどう沿いにある宿場しゅくばまちおおきな都市としへと先触さきぶれもしてもらった。

 王女おうじょさま行方ゆくえ不明ふめい、その結果けっか条約じょうやく不履行ふりこうになりかねないという緊急きんきゅう事態じたいまんいち停戦ていせん破棄はきにでもなれば国境こっきょうまも太守たいしゅ一番いちばん危険きけん状況じょうきょうになるわけだから、かれ必死ひっしである。

 ……まして、んできたのが『くろおおかみ』なのだから、ってのもあるかもれないが。

 外交がいこう特使とくし権限けんげんちなさんけたりの死神しにがみなんて、疫病神やくびょうがみ以外いがい何者なにものでもないだろう。


 流石さすがおれたちだけで行動こうどうするのはってことであちらの騎士きしすうにんとで街道かいどう辿たどっていくことになったのだが、その道中どうちゅうにした光景こうけいはどうにもがかりなものだった。


「どうにも殺風景さっぷうけいっつーか、治安ちあんあくいっつーか」

戦争せんそう影響えいきょうがまだまだのこっていまして……主戦しゅせんじょうはもうすこはなれたところでしたが、そこからながれてものすくなくないようで」

「なるほど、それにかんしちゃこちらもあまりおおきなかおものえませんが」


 道中どうちゅうとうにでもおそわれたらしい荷馬にうましゃころがっていたりなどしているのは、めたもと兵士へいしだとかがやらかした可能かのうせいもあるという。

 こんな環境かんきょうでトラブルにまれていたりしたら……そうおもったおれたち進行しんこう速度そくどはやくなったのは仕方しかたないところだろう。


 いそぎながらも途中とちゅう宿場しゅくばまちでゲイルが連絡れんらく要員よういんとしていていった騎士きし合流ごうりゅうさら辿たどって、またひろってとかえうちに、数日すうじつでゲイルともある宿場しゅくばまち合流ごうりゅう出来できた。

 ……出来できてしまった、というべきか。

 つまり、これだけすすあいだ王家おうけ馬車ばしゃつけられなかった、目撃もくげき情報じょうほうもなかった、ということなのだから。


もうわけございません、閣下かっか

「いや、おまえ調しらべてつからなかったのなら仕方しかたがない。しかし……どういうことなんだこれは」


 殊勝しゅしょうかおあたまげるゲイルをねぎらいながら、おれくびかしげる。

 他国たこく王女おうじょ輿入こしいれするといういちぎょうだ、それなりの規模きぼ人目ひとめくはず。

 だというのにここまで目撃もくげき情報じょうほうがないのは、あまりにもおかしい。

 街道かいどう使つかった可能かのうせいもなくはないが、この街道かいどう以外いがいすべ大回おおまわりになるかみちわるいため、使つかうとはおもえない。

 

 となると、のこ可能かのうせいは……。


「……ゲイル、まち住人じゅうにんたちは、王女おうじょ殿下でんか輿入こしいれのことをってたか?」

「はい? それはもちろん……いえ、おちください、そういえば面食めんくらったかおをしていたような……?」

「おいおい、これはまさか、そういうことなのか?」


 おれたちのやりとりをよこいていたこのくに騎士きしたち顔色かおいろわるくなっていく。

 なにしろもう到着とうちゃく予定よていからいち週間しゅうかん以上いじょうっているうえに、ここはおうから国境こっきょうまでの道中どうちゅうなかばほど。

 いくらなんでもここにすら辿たどいていないということはありえないし、ろくに話題わだいになっていないのもおかしい。

 そもそも、普通ふつう王女おうじょ輿入こしいれするならば、そのいちぎょうをスムーズにとおすため様々さまざまなおれが途中とちゅうまちにはされているはずだ。

 それがない、ということは。


「そもそも出立しゅったつしてすらいないってことか、こりゃ」

「い、いえ、そのようなことは! 王女おうじょ殿下でんか出立しゅったつされたという先触さきぶれはておりますし!」


 さおかおで、このくに騎士きし否定ひていする。

 そりゃまあ、もし本当ほんとう王女おうじょ出立しゅったつさせていなかったとしたら、条約じょうやくまもるつもりがなかったってことになるわけで。

 こっちからすりゃ喧嘩けんかってんのかってことになるし、そうなりゃ停戦ていせん合意ごうい破棄はき、もう一度いちどけんやりゆみでおはなししましょうってことになりかねない。

 正直しょうじきおれ個人こじんとしてもけたい事態じたいだが、くにがどう判断はんだんするかはまたべつ問題もんだい。やれとわれたらやるのが騎士きしである。


 ……とはいえ、ここまで道中どうちゅうきょうにして、かれらに多少たしょうじょういていないわけでもない。


先触さきぶれがたのであれば、出立しゅったつはされたのでしょう。しかしこうなると、おうみやこ付近ふきん、いや、おうみやこにもあしばして調査ちょうさする必要ひつようせいはあるかとおもうのですが」

「それは、そう、ですね……わかりました、われらから先触さきぶれをしておきますので」

「おねがいします。……両国りょうこく友好ゆうこうのためにも、是非ぜひ


 悲壮ひそう覚悟かくごげる騎士きしへと、おれ重々おもおもしくうなずいてかえす。

 なにしろついこないだまでいのちのやりりをしていた連中れんちゅうおうにまでれる許可きょかようってんだ、どんなおとがめがあるかわかりゃしない。

 かりにこの事態じたい原因げんいん王家おうけにあったとしても、それとはべつはなしとして処罰しょばつするような理不尽りふじんなことは、残念ざんねんながら往々おうおうにしてある。

 それでも、このまま放置ほうちしてふたた戦争せんそうこって仲間なかま民草たみぐさくるしむよりもまし、とかんがえたのだろう。


 当然とうぜんおれとしてもこれ以上いじょう生臭なまぐさいことになるのはけたいところ。

 戦争せんそうだいあばれしたおれがノコノコと相手あいてこくおうってきてかえってこれるかはわからんが、ここで調査ちょうされば戦争せんそうまったなしなのだ、覚悟かくごめるしかない。


 たがいにうなずうと、おれたちすべきことすため、それぞれにうごした。



 あらためて宿場しゅくばまち確認かくにんすると、領主りょうしゅはともかく平民へいみん王女おうじょ殿下でんか輿入こしいれをもの一人ひとりもいなかった。

 もうこれはほぼほぼアウトだろうとおもいつつも、二人ふたり騎士きし状況じょうきょう説明せつめいのため国王こくおうへとかわせながら、わずかな可能かのうせいけておれたち隣国りんごくおうへとかう。

 そして、移動いどうとききこみをかえすも、結局けっきょく情報じょうほうはなし。

 とうとう、隣国りんごくおうへと辿たどいてしまったのだった。


 こうなるともう、王女おうじょ出立しゅったつしていなかったということにならない。

 あわれな騎士きしたち顔面がんめん蒼白そうはくだが、事実じじつ事実じじつだからしかたない。

 ふたた戦端せんたんひらかれることをけるよう、なにとかするしかない……んでるとしかおもえない状況じょうきょうだが。


 とにかく情報じょうほう共有きょうゆう状況じょうきょう確認かくにんをせねばと王城おうじょうへとかえば、先触さきぶれのおかげか、意外いがいなことにすぐの謁見えっけんとなった。

 悪名あくめいたかおれとすぐにうということは、こうも事態じたいおもている? こうにとっても想定そうていがい事態じたい

 すくなくとも、明確めいかく表立おもてだってくに敵対てきたいするつもりはない、ということだろうか。


 そのおれ推測すいそくはずしてはいなかったらしい。

 国王こくおうだけでなく上位じょうい貴族きぞくあつまった謁見えっけんあいだは、困惑こんわく空気くうきつつまれていた。

 外交がいこう儀礼ぎれいとして最低限さいていげん挨拶あいさつをしたのち状況じょうきょうかたり、それがたしかなことであることを隣国りんごく騎士きし証言しょうげんすれば、ますます困惑こんわくふかまっていく。


状況じょうきょうはわかった。しかしマクガインきょうよ、たしかにソニアは出立しゅったつしているのだ」

「なんですって?」


 国王こくおうによれば、たしかにソニア王女おうじょ予定よていうよう出立しゅったつしたらしい。

 しかし、となり宿場しゅくばまちにすら目撃もくげき情報じょうほうはなかった。

 ついでにいえば、その宿場しゅくばまちおうみやこあいだはこのくに街道かいどうでも一番いちばん治安ちあんがいい部類ぶるいで、実際じっさい殺伐さつばつとした空気くうきはなかった。


「そうなると、おうみやこなか行方ゆくえ不明ふめいになったということになりますが」

「それこそありえない、馬車ばしゃおそわれでもすれば、すぐに衛兵えいへいけつけるし、報告ほうこくがってくるはずだ」


 うん? なんだ、いまなにかがっかかったぞ?

 国王こくおううことはもっともなはずなのに、なに違和感いわかんがあった。

 それがなにかはっきりしないが、おぼえていたほうがいいがする。

 それはそれとして、このままではなんがかりもないことになってしまう。


陛下へいかのおっしゃることをうたがうわけではございませんが、ねんのため出入でいりの記録きろくなどを確認かくにんさせていただけませんか?」

本来ほんらいならば不敬ふけいとがめるところであろうが、そんなことをっている場合ばあいではないな。

 かまわん、機密きみつれる可能かのうせいがあるため、許可きょかってもらうことになるが。騎士きし団長だんちょう許可きょかについては一任いちにんする」

「かしこまりました」


 うやうやしくあたまげた壮年そうねんおとこ騎士きし団長だんちょうなのだろう。

 ふと、かおげたかれった。

 

 ……出来できる。


 流石さすが騎士きし団長だんちょうになっているだけあって、そのうで相当そうとうなもののようだ。

 こんな状況じょうきょうでなければ手合てあわせをねがいところだが、そんな場合ばあいじゃない。

 っていうかこれは、おれたいする牽制けんせいもあるな。まんいちおれあばれてもおさめるように、と。

 まあそれくらいの用心ようじん当然とうぜんか、なにおれ要注意ようちゅうい人物じんぶつだろうから。


 それはともかく。

 本当ほんとうならばいそがしいであろう騎士きし団長だんちょうともなって、おれはまず城門じょうもんにゅう退場たいじょう記録きろくせてもらったのだが。


「……王家おうけ馬車ばしゃ記録きろくがないのですが?」

「なんだと!?」


 おれえば、あわてて騎士きし団長だんちょうはその記録きろく簿おれからうばり、さらのようにしてんでいく。

 幾度いくど幾度いくどかえし、それでもやはり記録きろくつからなかったらしく、愕然がくぜんとしたかおでこちらをた。

 いや、そんなかおでこっちをられてもこまるんだが。


「こ、これは一体いったいどういうことだ!?」

きたいのはこっちですって。どうかんがえても、ソニア王女おうじょ殿下でんか出立しゅったつされていない証拠しょうこならないとおもうのですが」


 案外あんがい精神せいしんてきにはもろいのか、完全かんぜん予想よそうがいだったのか、騎士きし団長だんちょう狼狽ろうばいっぷりったらない。

 それでかえっておれ冷静れいせいになったりしているのだが、しかし、ほんとにどうしたもんだこれ。

 と、おれたちのやりとりをいていた門番もんばん一人ひとりこえけてきた、


「あの、ソニア殿下でんかでしたら、おだしになるとき王家おうけ紋章もんしょうがついた馬車ばしゃはお使つかいになりませんから、そのせいではないでしょうか」

「「は!?」」


 おれ騎士きし団長だんちょうこえが、綺麗きれいにハモった。

 はなしけば、ソニア殿下でんか紋章もんしょうりの馬車ばしゃ使用しようあねひめだか王妃おうひだかからきんじられていたらしい。

 それは、門番もんばんたちあいだでは情報じょうほう共有きょうゆうされていたのだが、さい上層じょうそうである騎士きし団長だんちょうまでには情報じょうほうがっていなかったようだ。

 

「あ、ほら、これですよ。いつもとお御者ぎょしゃ一人ひとり侍女じじょいちにんをおれになって」

「「はぁ!?」」


 また、おれ騎士きし団長だんちょうこえがハモった。

 なんで王女おうじょがそんなしょう人数にんずうで……あ。


「それだ、それか、さっきの違和感いわかんは!

 おうみやこなかで、王女おうじょ馬車ばしゃおそわれる可能かのうせいがある前提ぜんてい陛下へいかはなしをしてたんだ!

 護衛ごえいがしっかりついてれば、そんな可能かのうせいはほぼないってのに!」

「あ、ああっ!?」


 おれおもわずおおきなこええば、おもたるところのあった騎士きし団長だんちょう悲鳴ひめいのようなこえげ……門番もんばんは、きょとんとしたかおをしている。

 そう、多分たぶんかれらからすれば、らなかったのか? だとか 今更いまさら? だとかそんなところなのだろう。

 かれらは大半たいはん平民へいみんだとか身分みぶんたかくても男爵だんしゃく次男じなん三男さんなんだとかだかららないのも無理むりはないが、御者ぎょしゃ侍女じじょだけでるなど、貧乏びんぼう男爵だんしゃくだとかならともかく、すくなくとも子爵ししゃく令嬢れいじょうですらありえない。

 まして王女おうじょとなれば、最早もはやあってはならないこと。

 だというのに、どうやらそれは常態じょうたいしていたらしい。


騎士きし団長だんちょうがなんでごぞんじないんですか……いや、管轄かんかつちがうのですか?」

「ええ、王家おうけ護衛ごえいかんしては近衛このえいちに……あいつら、一体いったいなにをやっているんだっ」


 憤懣ふんまんやるかたない騎士きし団長だんちょうは、がしがしと乱暴らんぼうあたまく。

 ものたったりしないあたり、相当そうとう理性りせいてきひとだな、このひと

 そのひとですらこんだけみだすってことは……本当ほんとうなにらなかったんだ。

 派閥はばつだなんだはどこのくににでもあるもんだし、かれ把握はあく出来できていなかったことは仕方しかたがないのだろう。

 ただ、そのせいで一人ひとりとしわか女性じょせい行方ゆくえ不明ふめいになっているのはだい問題もんだいなんだが……いまはその責任せきにんだれにあるかを追及ついきゅうしている場合ばあいじゃない。


 無事ぶじだろうか。無事ぶじであってしい。

 心配しんぱいだが、心配しんぱいしているだけではどうにもならない。


日付ひづけは……たしかにこれは、順調じゅんちょうけば余裕よゆうって国境こっきょうける日付ひづけですね。

 それで、御者ぎょしゃいちにん侍女じじょいちにん……荷物にもつは、目立めだほどおおくない、と。

 この輿入こしいれのために出立しゅったつされたのは間違まちがいないようです。ほとんど身一みひとつの状態じょうたいで、ですが」

「なんと、なんということだ、これは……これでは、ソニア殿下でんかはっ」


 御者ぎょしゃ侍女じじょちょう人的じんてきつよ可能かのうせいもあるが、そうでなかった場合ばあいいま街道かいどうをこのしょう人数にんずうすすんでなにかあった可能かのうせいひくくない。

 なにより、調査ちょうさっかからなかった理由りゆう明白めいはくになった。

 おれたち王家おうけ馬車ばしゃさがしていた。

 だが、ソニア王女おうじょはそんなものは使つかっていなかったのだ、目撃もくげき情報じょうほうがあるはずもない。

 

 つまり、調査ちょうさいちからやりなおしだ、最悪さいあくなことに。


団長だんちょう殿どの、まずはおうもん出入でい記録きろく確認かくにんさせていただきたい。

 それから、王女おうじょ殿下でんかがお輿入こしいれのさい嫁入よめい道具どうぐとしておちになったもの、随行ずいこういん記録きろく拝見はいけんしたいのですが」

たしかに、それらの情報じょうほうがあれば道中どうちゅうまちでのききこみもしやすいでしょうから……いそ手配てはいしましょう」


 驚愕きょうがくからなおったらしい団長だんちょううなずけば、部下ぶかへと指示しじはじめる。

 ゲイルたち部下ぶかはこのくに騎士きしともおうみやこもん出入でい記録きろく確認かくにん

 一番いちばん身分みぶんたか外交がいこう特使とくし権限けんげんおれは、王城おうじょうない騎士きし団長だんちょうとも各種かくしゅ記録きろく調しらべていった。


 その結果けっか


王女おうじょ殿下でんか馬車ばしゃが、街道かいどうつづもんたことは間違まちがいない、のですが……」

「これは、流石さすがに、ちょっと、なぁ……」


 もんからた、こちらにかう意思いしはあった、と確認かくにんできた。

 つまり、条約じょうやくまもろうとした意思いし確認かくにんできた。それはいい、んだが。


した荷物にもつ……王女おうじょ殿下でんか輿入こしいれどころか、貴族きぞく令嬢れいじょうしょう旅行りょこうとしてもどうなんだってかんじですね、これ……」

随行ずいこういん門番もんばんっていたとおり、御者ぎょしゃ侍女じじょいちめいずつ。以上いじょう

 なにですか、こちらの王家おうけ意図いとてきにソニア王女おうじょ殿下でんか不慮ふりょ事故じこわせたかったんですか?」


 冷静れいせいに、冷静れいせいに。

 そう自分じぶんにいいきかせないと、言葉ことばどくいかりがしそうになる。

 あまりに、ひどい。


 これらの調査ちょうさ結果けっかせられた騎士きし団長だんちょうかおいかりと失望しつぼういがんでいた。

 今回こんかい輿入こしいれに、かれ直接的ちょくせつてきには関係かんけいしていない。

 それでも責任せきにんかんじているのだろうし、こんな状況じょうきょうをのさばらせていた近衛このえ連中れんちゅうにも、それをらなかった自分じぶんにもいかりをかんじているのだろう。

 

「これでは、王女おうじょ殿下でんかには条約じょうやく履行りこう意思いしはあったが、王家おうけにはなかったのではという疑念ぎねんぬぐえません。

 追加ついか調査ちょうささせていただかねば、これでわりとはとてもえない」

「ええ……こちらとしても、最大限さいだいげん協力きょうりょくいたします。存分ぞんぶんにお調しらべください」


 このままでは条約じょうやく不履行ふりこうわれる、とおどせば城内きうち根回ねまわしもしやすいし、このさいだい掃除そうじをしましょうと騎士きし団長だんちょうみをかべた。

 ……おれでさえきもえる、いいがおで。

 やっぱこのひと一度いちど手合てあわせしたいもんだが、それは全部ぜんぶ片付かたづいたのちだ。

 なにいても、ソニア王女おうじょ殿下でんかつけなければ。


 まずは、馬車ばしゃ王女おうじょ殿下でんか御者ぎょしゃ侍女じじょ特徴とくちょう共有きょうゆうしたうえでゲイルたち団長だんちょう部下ぶかたち街道かいどういかけていくよう手配てはい

 そのあいだおれは、団長だんちょう協力きょうりょくした、ソニア王女おうじょ殿下でんかがどんな状況じょうきょうかれていたかを調しらべた。


 調しらべなきゃかった。

 いや、彼女かのじょ名誉めいよのためには調しらべてかったとあたまではわかってるんだが、感情かんじょううことをいてくれない。

 

貴国きこくでは、これが王女おうじょ殿下でんかたいするあつかいなのですか……?」

「いや、こんなことはあってはならないことです」

「しかし、実際じっさいこっていた。あってしまっていた」


 ソニア王女おうじょあつかいは、ひどいものだった。

 さんにん王子おうじさんにん王女おうじょ子供こどもかず盤石ばんじゃくだったところで予定よていがいがわんだすえひめ

 責任せきにんけいぶんあつかいがかるくなるということはあるかもれない。

 もしかしたら、最初さいしょちょっとあつかいがくなかっただけ、だったのかもれない。

 

 だが、いつしか彼女かのじょかるんじられていた。それも、家族かぞくからも使用人しようにんたちからも。

 たとえば、彼女かのじょだけいつからか食事しょくじおなじくしていなかった。

 けられた教師きょうしたちは、彼女かのじょたいして手抜てぬきの授業じゅぎょうをしていた。

 そんなあつかいをていた使用人しようにんたちも、すこしずつソニア王女おうじょ世話せわからはじめた。


 そして、だれもそれをとがめなかった。

 おやである国王こくおうも、はらいためてんだがわすらも。

 ……これは、おとこであるおれ幻想げんそう過分かぶんはいっていることはみとめる。

 だが、理解りかい出来できなかったし、みとめたくなかった。

 彼女かのじょにとっては自身じしんんだだい王子おうじ王位おういけるかどうかが一番いちばん重要じゅうようで、政略せいりゃくじょうたいした意味いみのないソニア殿下でんかには興味きょうみがいかなかったらしい。

 

 ふざけるな、とさけびそうになった。

 いくら王族おうぞくだとっても、それでもひとおやかと。

 子供こどもがいないどころか独身どくしんであるおれですらそうおもったのだ、既婚きこん子持こもちの騎士きし団長だんちょうなど、血管けっかんなんほんれそうなほどにかおにしていた。

 せめてこのひとがソニア王女おうじょ直接ちょくせつかかわる立場たちばだったなら、とおもわずにはられない。


 これで彼女かのじょ自分じぶん立場たちば気付きづかないでられるくらい愚鈍ぐどんであれば、まださいわいだったかもれない。

 だが、残念ざんねんながらそうではなかった。それどころか、ぎゃくだった。


王女おうじょ殿下でんかは、本当ほんとう聡明そうめいほうで……いい加減かげんおしえられたことでも、ご自分じぶんでお調しらべになってきちんと習得しゅうとくなさっていて……」


 数少かずすくない、ソニア王女おうじょきだった侍女じじょなみだながらにう。

 ぞんざいな仕事しごと使用人しようにんおおかったなかで、彼女かのじょやソニア王女おうじょ殿下でんかいていった侍女じじょ誠心せいしん誠意せいい彼女かのじょつかえていたらしい。

 彼女かのじょわせれば、ソニア王女おうじょはそれにあたいするひめだった、と。


「ご自身じしんがおつら立場たちばでらしたというのに、つねおだやかで、わたしどもにもおやさしく……微笑ほほえみと気遣きづかいのえないほうでございました」


 そういたときには、しんからおどろきと、敬意けいいのようなものをおぼえた。

 めぐまれているときやさしく出来でき人間にんげんはそれなりにいる。くさっていく人間にんげんもいるが。

 だが、つらいときにやさしく出来でき人間にんげんなど、そうそういるものではない。

 なのに、ソニア王女おうじょはしていたのだ、年端としはもいかぬとしころから。


 どれだけしんきよければそんなことが出来できるのか、と不思議ふしぎおもったのだが、それは調査ちょうさすすむにつれてわかった。

 けばほど、ソニア王女おうじょおだやかでやさしく、つね微笑ほほえんでいるようなお姫様ひめさまだった。


 そう、微笑ほほえみをやさないでいた。

 しんからの破顔はがんは、いちもなしに。


 それを理解りかいしたときむねいたかった。いや、いまいたい。

 彼女かのじょは、いちでもしんからしあわせだと、たのしいとおもえたことはあったのだろうか。

 こたえなどかえってくるわけもないいが、おれあたまなかでぐるぐるとする。

 

 たしかに彼女かのじょ王族おうぞくまれだ、くに奉仕ほうしするための存在そんざいだ。

 貴族きぞくであるおれだってそうだ、王族おうぞくである彼女かのじょはより一層いっそうそうであることをもとめられるのは当然とうぜんだろう。

 だからって、これはない。

 いくらなんでも、これはないんじゃないか?


 彼女かのじょは、あきらめていたのだ。おのれしあわせだとかそういったものを。

 だから他人たにんため微笑ほほえむことは出来できても、自分じぶんのためにわらうことはしなかった。出来できなかった。


 そうおもいたったときおれいた。

 なんでだ、なんで、こんなねんわか少女しょうじょがそんなおもいをしなきゃいけなかったんだ。

 うても、だれこたえをかえしてはくれない。

 だれこたえをっていないのだから。

 おもった程度ていど第三者だいさんしゃおれですらそうおもったのだ、当事とうじしゃであったソニア王女おうじょはどれほどの絶望ぜつぼうかんじただろうか。

 もう、だれにもわからない。王女おうじょきだった侍女じじょであっても。


 ならば、せめてうかがることの出来でき彼女かのじょおもいをせめてかなえてやりたいとおもったのは、きっと仕方しかたのないことだろう。


以上いじょうのことから、貴国きこく邪険じゃけんあつかっていた姫君ひめぎみを、これさいわいとばかりにくにしつけようとしたとかんがえられます。

 異議いぎはありますか?」


 おれ、ではなく、けつけてきてくれたおれ上司じょうし上司じょうし上司じょうしにあたるだいさん王子おうじ、そしてソニア王女おうじょ婚姻こんいんするはずだったアルフォンス殿下でんかが、喉元のどもとにナイフをすべませるようなしずかにするど口調くちょういただす。

 おれらせをおくってから、これは大事だいじになりそうだと判断はんだんしたアルフォンス殿下でんか諸々もろもろ段取だんどりをけたのちけつけてくれた。

 そして、ちょうどおれたちまとわった資料しりょうとおして、つめたい殺気さっきまつわったままこの会見かいけんのぞんで、こうしてめているというわけである。

 

 学生がくせい時代じだいからのいだから、かれじょうにほだされたとかではないことはわかっている。

 くにを、条約じょうやくかるんじられた。そのことにいきどおっているのだ。

 なんせ、邪魔じゃましゃ厄介やっかいばらいに使つかわれたようなかたちだからな。それも、こうが敗戦はいせんこくがわだというのに。

 

異議いぎがないのであれば、それはそれで結構けっこう随分ずいぶんめられたものだと判断はんだんするだけのことです」

「お、おちあれ! けっして貴国きこくのことをあなどったわけではないのです!」


 あわてて隣国りんごく国王こくおうがいいわけくちにする。

 きっと、ソニア王女おうじょには尊大そんだい態度たいどせっしていたであろうかれが。

 そのかれおれおなどしであるアルフォンス殿下でんか下手へたているのだ、ざまぁみろとおもうかとおもっていたのだが。


 全然ぜんぜん、そんなことはない。

 むしろ、むなしい。

 あれだけソニア王女おうじょをぞんざいにあつかっていた国王こくおうが、王妃おうひが、ちから関係かんけいうえであるアルフォンス殿下でんかたいしてはこうもへりくだるものかと、なさけなくすらある。


 こんな連中れんちゅうのために、ソニア殿下でんかはそのし、道中どうちゅうはかなくなってしまったのか?


 あまりの理不尽りふじんさに、ちょうえくりかえりそうな気持きもちになる。

 だが、そんなおれ感情かんじょう……いや、感傷かんしょう物事ものごと左右さゆうするわけにはいかない。

 ましていまや、だいさん王子おうじ殿下でんか出張でばってきたのだから。


「では、何故なぜ王女おうじょでなく、十分じゅうぶん教育きょういくだしなみもあたえていなかったソニア王女おうじょわたし婚姻こんいん相手あいてにともうられたのか?

 だい王女おうじょだいさん王女おうじょ未婚みこんでいらっしゃるというのに」


 こえ温度おんど急降下きゅうこうかさせながら、アルフォンス殿下でんかいをかさねる。

 ちなみに、年齢ねんれいえばだい王女おうじょさんさいだいさん王女おうじょさいと、よっぽどいがれているのだから、あちらはぐうのおとない。


 あまりのひどさに深入ふかいりした結果けっか、ソニア王女おうじょ部屋へや惨状さんじょうにまでいたったのは、おれだ。

 侍女じじょ部屋へやよりもせま部屋へやちゃくしかドレスのかったクローゼット。

 そのドレスも、あきらかにじゅうろくさいとなったソニア殿下でんかうものではなかった。

 調しらべてれば、じゅうさんさい以降いこう彼女かのじょ夜会やかいにもおちゃかいにもていない。

 だが、予算よさん消化しょうかされていた。あねひめ使用人しようにんたちのために。

 つまり、横領おうりょう常習じょうしゅうしていたのだ。


 それ自体じたい国内こくない事情じじょうだ、おれたちがどうこうすじではない。

 感情かんじょうべつとして。


 だが、そうやってないがしろにして、まともなドレスのいちちゃくっていない王女おうじょをうちのだいさん王子おうじ婚姻こんいん相手あいてにふさわしいとおくりつけたのならばはなしわってくる。

 いや、おくりつけるどころかってこいとほうしたのが実情じつじょうだ、くにとしてはどれだけ馬鹿ばかにしてるのかといきどおところである。

 だから、こうしておっととなるはずだったアルフォンス殿下でんかんできているのだが。


 ……何故なぜだか、そうかんがえたところで、むねがチクリといたんだ。


 そんなおれ感傷かんしょうなど無関係むかんけい交渉こうしょうすすむ。

 ……交渉こうしょう、というか一方いっぽうてき言葉ことば暴力ぼうりょくになっているようながしなくもないが。


さらには、この携行けいこうした荷物にもつりょう内容ないよう

 これはつまり、嫁入よめい道具どうぐたせない、必要ひつようなものはくにすべ用意よういしろと言外げんがい要求ようきゅうしているようなものですが、いかがか?」

「ち、ちがうのです、からおくろうと……」

「ソニア殿下でんか出立しゅったつされてから、はやいちヶ月かげつぎております。

 ですが、そのからおくろうとしたという荷物にもつ用意よういされていないようですが?

 それとも、あのろくなものがのこっていない部屋へやからおくろうとしていた、と?」


 アルフォンス殿下でんか言葉ことばに、またむねがうずく。

 そう、調査ちょうさをしていたうちに、もういちヶ月かげつぎている。

 これだけ時間じかんってしまっていて、ソニア王女おうじょ無事ぶじでいる可能かのうせいなどほどもないだろう。

 というか、最早もはや絶望ぜつぼうてきっていい。


 ちなみに、手配てはいしていたはずの嫁入よめい道具どうぐ予算よさんは、侍従じじゅうちょうだとかに使つかまれていた。

 ここまで両国りょうこく関係かんけいこじらせてしまったのだ、おそらく連中れんちゅう軒並のきな極刑きょっけいとなることだろう。


「そうやってほうされた王女おうじょ殿下でんか消息しょうそくは、国境こっきょうまえ途絶とだえております。

 あなたかたは、そんな致命ちめいてきなことすらくに調査ちょうさするまでらなかったのですよ。

 条約じょうやく真摯しんし履行りこうしようとしていたとはとてもえない状況じょうきょうだとわざるをません」


 宣言せんげんするようにひびわたこえいて、おれかたとす。

 最悪さいあくうえさら最悪さいあくなことに、きしなにおれかけた荷馬にうましゃおもった馬車ばしゃが、ソニア王女おうじょっていた馬車ばしゃだったと判明はんめいしたのだ。

 いちヶ月かげつ以上いじょうっていれば痕跡こんせきだとかもふうばされていたのでろく現場げんば検証けんしょう出来できず、追跡ついせきすることも出来できず……完全かんぜん手遅ておくれだったのは間違まちがいない。

 もちろん、そのこと自体じたいはとっくにっていた。なにしろ調査ちょうさ指揮しきっていたのはおれなのだから。

 だが、あらためて公式こうしきわれると、しんる。

 公式こうしきに、彼女かのじょみとめられたようなものだから。




 おれ失意しついをよそに、交渉こうしょうすすむ。世界せかいまわる。

 結局けっきょく過失かしつとはいえ相手あいてこく条約じょうやく不履行ふりこうとなったので、そこをあしがかりにしてくにさら有利ゆうり条件じょうけん獲得かくとく

 政治せいじてきにはだい勝利しょうりおさめた、とっていだろう。

 

「アーク、おまえここのところはたらきづめだったろ? しばらくやすめ」


 ことわってくにおうもどった途端とたん、アルフォンス殿下でんかにそんなことをわれた。

 たしかに、とおもった瞬間しゅんかん、がくっとひざけそうになった。

 

 なさけないことに、おれ自分じぶんでもがつかないうちに相当そうとう疲労ひろうをためんでいたらしい。

 どちらかとえば、身体しんたいよりも精神せいしん疲労ひろうほうおおきかったようながするが。


 このいちヶ月かげつ以上いじょう、ソニア王女おうじょのことをずっといかけていた。

 とくに、彼女かのじょ境遇きょうぐうればほどに、のめりんでいった。

 やばいなとおもったときには手遅ておくれなほどに。


 結果けっかとしてそのおかげで随分ずいぶんとこちらに有利ゆうり条件じょうけんせたし、とおざからずあちらの王家おうけらぐようなたね色々いろいろ仕込しこめた。

 国家こっかとしてはおおきな成果せいかげられた。くにとしては。

 だが、おれ自身じしんにはなにのこらなかった。それが、どうにもむなしい。

 いや、今回こんかいいちけん功績こうせきとして評価ひょうかしてもらえたし、だいさん王子おうじ懐刀ふところがたなとして存在そんざいかんしたともえる。

 

 そうじゃない、そうじゃないんだ。

 おれしいのは、それじゃないんだ。


 そのことにがついて愕然がくぜんとして、こしけた。

 そのよる感情かんじょう誤魔化ごまかすためにさけをたらふくんでつぶれた。

 だが、それでもおれまよいはけきれなかった。


 多分たぶんおれは、世界せかい一番いちばん彼女かのじょくわしいおとこだ。

 流石さすが侍女じじょたちにはけるだろうが、おとこなかでは一番いちばんっていはず。

 侍女じじょたちもそれぞれはらない情報じょうほうもあろうし、それをおれっている、ともおもう。

 そんなどうでもいいことを、だれにともなくうくらいにおれはイカれていた。


 これは、同情どうじょうでしかないのかもれない。

 そうおもってもおれなかからうごかそうとするこの感情かんじょうきることがない。

 彼女かのじょったこともないのに、たとえすれちがった程度ていどでも一目いちもくでわかると根拠こんきょのない自信じしんってすらいるほどに。


 勿論もちろん現実げんじつ無情むじょうだ、そんなことがあるわけもなく……おれやすみの時間じかん浪費ろうひして、おうをふらりと彷徨ほうこううのだった。























 




 わたしは、かごなかとりだった。

 それも、えさやりを時折ときおりわすれられるるいいの。


 えることはなかった。

 けれど、たされることもなかった。


 それでも、はなし平民へいみんたちくらべればいいらしをさせてもらえているし、まなぼうとおもえばまなべる環境かんきょうにいたのだ、うらむつもりはない。

 ない、はずだったのだけれど。


わたしが、隣国りんごくに、ですか」

「はい、左様さようでございます」


 唐突とうとつげられた輿入こしいれ。

 それは、すで決定けっていした事項じこうとして淡々たんたんげられた。

 国王こくおう陛下へいか侍従じじゅうから。


 そう、婚姻こんいんという重大じゅうだい事項じこうにおいてさえ、つながったおやであるはずの国王こくおう陛下へいかがわ殿下でんか直接ちょくせつはなしにはいらっしゃらなかった。

 これが、わたしなかでの決定けっていだったのだろう。


 王家おうけ人間にんげんとしてまれたのだ、政略せいりゃく道具どうぐとして使つかわれるのは仕方しかたがないとおもう。

 そのためのこころづもりもしていた。そのつもりだった。

 けれど、ここまで道具どうぐあつかいされるとはおもっていなかった。

 せめてわずかばかりはむすめとしてあつかってもらえるのではないか、と。

 

 その出立しゅったつまで、だれわたしいになかった。

 おいそがしい国王こくおう陛下へいか仕方しかたいかもれない。

 王妃おうひ殿下でんかやおみになられただいいち王子おうじ殿下でんかだいいち王女おうじょ殿下でんかだいさん王女おうじょ殿下でんか仕方しかたないのだろう。

 しかし、つながりがあるうえ然程さほど業務ぎょうむおおくないがわ殿下でんか同腹どうふく兄弟きょうだいであるだいだいさん王子おうじ殿下でんかだい王女おうじょ殿下でんかもいらっしゃらなかったのは……かなり、こたえた。

 つながりがあろうと、あの人達ひとたちにとってわたしは、家族かぞくではかった。

 そのことを、あらためてきつけられたがして。


 ならば。

 家族かぞくでないのならば。

 わたし道具どうぐとして使つかてるつもりならば。

 王家おうけたいしてわたし仕返しかえしをしてもいいのではないか。

 そうおもったわたしを、だれめられるというのだろう。

 

 さしてまとめるに時間じかんからなかった荷物にもつだけを、だいさん王女おうじょ殿下でんかわれて使つかっている、紋章もんしょうなしの粗末そまつ馬車ばしゃむ。

 侍女じじょのローラに御者ぎょしゃのトム、それとわたしさんにんがかりならばそれもあっというあいだ


 いつものように王城おうじょう正門せいもんを、おうみやこもんくぐればのち隣国りんごくへとつながる街道かいどう

 不穏ふおん空気くうきかんじつつも、なにとか最後さいご宿場しゅくばまちえて。


「よ~しあんたたち、仕事しごとしてくれたよ、ご苦労くろうさん!」


 さわやかな笑顔えがおで、侍女じじょのローラがう。

 ……ローラ、よね?

 普段ふだん真面目まじめしとやかにわたしつかえてくれている彼女かのじょは、なんだか盗賊とうぞくおんな頭領とうりょうのような貫禄かんろくわたしたちおそってきたはずのぬすめたちねぎらっていた。


 そう、この襲撃しゅうげきはローラの仕込しこみ、わたしはもちろん御者ぎょしゃのトムも無事ぶじである。

 ぬすめ、であるはずのかれらはわたしたちはなれたのち馬車ばしゃこわし、襲撃しゅうげきがあったように偽装ぎそう

 その、ローラから報酬ほうしゅうってホクホクかおってった。うまとういて。


「……手際てぎわが、すぎませんか……?」

「ええ、むかしった杵柄きねづかいますかなんといますか!」


 呆然ぼうぜんわたしえば、ローラはとてもさわやかな笑顔えがおこたえてくれた。

 あ、こっちがローラの本性ほんしょうなんだ、とすぐに理解りかい出来できた。


 そのとういていったうまって移動いどう

 ちなみにわたしはローラのうませてもらった。

 おむかえがているはずの国境こっきょう都市としをそっと通過つうか

 のち大騒おおさわぎになったけれど、反対はんたいがわにばかりおこなっていたらしくわたしたちいかけてくる人達ひとたちはいない。

 

「まさか行方ゆくえ不明ふめいになったあたしたちが、そのままこっちのおうかってるとか普通ふつうおもわないでしょ」


 とはローラのべん

 そして実際じっさいそのとおりだったようで、わたしたちたいした問題もんだいもなく隣国りんごくおう辿たどいた。

 そのタイミングで、わたしおっととなるかもれなかっただいさん王子おうじアルフォンス殿下でんか出立しゅったつなさった、らしい。

 

 英俊えいしゅんであると名高なだかかれであれば、わたしのこしたあれこれから事情じじょうってくれるにちがいない。そうだといいな。

 ちょっとは覚悟かくごしていたけれど、実際じっさいおそろしいほどスムーズに調査ちょうさすすんで、みん迷惑めいわくけることなく王家おうけへの制裁せいさいだけでことおさめられたらしい。

 そのことには、本当ほんとう感謝かんしゃだ。


「これでひめさま心残こころのこりもなくなったでしょうし、気兼きがねなくあたらしい人生じんせいはじめられますね!」


 なんてローラはってくれるけれど、残念ざんねんながらわたしはまだえられていない。

 かごなかとりから、何者なにものでもなくなった、それ自体じたいのぞんだこと。

 ただ、その何者なにものになるのか、そこをかんがえていなかった。

 ローラやトムは「ゆっくりかんがえればいいんですよ」などとってくれるけれど、とてももうわけない。

 はやなおって、なにならしょくひとつもつけてにん恩返おんがえしのひとつもしてあげたい。

 けれど、どうしたらいいのかわからない。


 なにかきっかけがあれば、なんておもいながらおうあるいていたときだった。


「お、おちあれ! そこのおじょうさん、おちになっていただきたい!」


 いきなり、すれちがった男性だんせいからこえけられた。


 くろ基調きちょうとした服装ふくそうおおかみおもわせる精悍せいかん顔立かおだち。

 なによりも、まっすぐにわたしつめてくるそのひとみつよさ。

 わたしなかなにかが射貫いぬかれ、どくん、と心臓しんぞうおおきくうごいたおとがした。

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