約束やくそく通どおりもうすぐそちらに伺うかがいます。

　そう書かかれていた。

　当然とうぜん、ついさっき存在そんざいを知しった人ひとと約束やくそくなどしているわけがない。

　父ちちが勝手かってに約束やくそくしたか、もしくはこの子こが勝手かってに約束やくそくしたと思おもい込こんでいるのか、どちらかだ。

　恐おそらく前者ぜんしゃだ。というか前者ぜんしゃであって欲ほしい。

　勝手かってにしてもいない約束やくそくをしたと思おもい込こむような子こが嫁よめになるのは、不安ふあんである。

　それと、もうすぐ来くると書かいてあるが、正確せいかくな日付ひづけは書かいていない。

　こちらも知しっていると思おもって書かいていないのだろう。

　ちなみに、この世界せかいの暦こよみは一いち年ねんが三さん百ひゃく六ろく十じゅう日にちで、十二月じゅうにがつに分わかれている。一いち月がつは全部ぜんぶ三さん十じゅう日にちだ。地球ちきゅうで使つかわれている暦こよみに近ちかい。

　どういう経緯けいいで暦こよみが定さだめられたかは、知しらない。

　地球ちきゅうでは、地球ちきゅうが太陽たいようを一周いっしゅうする日数にっすうを、一いち年ねんと定さだめているが、この世界せかいはそもそも球体きゅうたいかどうかも分わからない。

　まあ、太陽たいようらしきはものはあるし、夜よるになると月つきらしきものと、星ほしらしきものも出でてくるから、球体きゅうたいの可能かのう性せいは高たかいような気きがする。

　今日きょうの日付ひづけは六ろく月がつ三さん日にちだ。季き節ぶしに関かんしては、五月ごがつ、六月ろくがつ、七なな月がつが冬ふゆなので、ちょっとややこしい。

　八はち、九きゅう、十じゅうが春はるで、十じゅう一いち、十じゅう二に、一いち月がつが夏なつ、二に月がつ、三さん月がつ、四よん月がつが秋あきである。

　私わたしの誕生たんじょう日びは八はち月がつ八はち日にちだ。

　だいぶ、話はなしが逸はぐれた。とにかくもうすぐ来くるということは、六月ろくがつ七なな日にちから九きゅう日にち辺あたりに来くるということだろう。

　父ちちに聞きいてみるのが、一番いちばん早はやいな。仮かりに勝手かってに約束やくそくを決きめたのなら、父ちちが知しっているはずである。

「アルス様さま、何なにが書かいてあったのですか？」

　リーツが尋たずねてきた。

「どうやら、私わたしの許婚きょこんの子こが、もうすぐここに来くるらしいのだ。何なにか心当こころあたりはないか？」

「え？　申もうし訳わけありません。聞きいておりませんね。でも、それは一いち大事だいじですよ。来くるというのならおもてなしをせねばならないのに、何なんの準備じゅんびもしておりませんからね。正確せいかくな日付ひづけはいつになるのでしょうか？」

「分わからない。私わたしは約束やくそくをした覚おぼえなど、当然とうぜんないからな」

「レイヴン様さまに、聞きいてみるのがいいでしょうね」

　私わたしと同おなじ結論けつろんを、リーツは出だした。

　父ちちはすでに食堂しょくどうにはいなかった。自室じしつに戻もどって療養りょうようしているだろうから、そこに行いってき出きだした。

「あー……そういえば、そんな約束やくそくをしたかも知しれんな……結構けっこう前まえだったが……ハマンドから子供こどものうちに、一度いちど会あわせたいと言いわれて……頷うなずいた気きがする。なにぶん酒さけの席せきだったから、記憶きおくは鮮明せんめいではないが」

「……やはり約束やくそくされていましたか。それでいつ来きたられるのでしょうか？」

「えーと……六月ろくがつの……六ろく日にち？　いや、四日よっかだったか。そうだ四よん日にちだ間違まちがいない。思おもい出だしてきたぞ」

　四日よっか……？　四日よっかって……。

「あ、明日あしたじゃないですか！」

「そうだな」

「そ、そうだなじゃありませんよ！　な、なぜ前日ぜんじつまで黙だまっていらしたのですか！？」

　私わたしが問とい詰つめると、父ちちはバツの悪わるそうな表情ひょうじょうで、頬ほおをかいたあと、その後ご、急きゅうに決きめ顔がおになる。

「アルス、心こころして聞きけ」

「は、はい」

「誰だれにでも、失敗しっぱいはある」

「……」

　決きめ顔がおで何なにをいうかと思おもったら、開ひらき直なおった。

　私わたしはだいぶ呆あきれる。

「リーツ、至急しきゅうおもてなしの準備じゅんびを始はじめるのだ」

「かしこまりました」

　私わたしと共ともに父ちちの部屋へやに訪おとずれていたリーツに、準備じゅんびをする様ように命令めいれいした。

　○

　一いち日にちでおもてなしの準備じゅんびをするというのは、非常ひじょうに大変たいへんで、それから屋敷やしき中ちゅう大騒おおさわぎになった。

　許嫁いいなずけに貧相ひんそうなおもてなしをして、婚約こんやくの話はなしが破談はだんになりでもしたら、最悪さいあくである。

　忘わすれていたなんて、最低さいていの非礼ひれいである。正直しょうじきにいうわけにはいかない。何なにとしてでも満足まんぞくしてもらえるもてなしを、たった一いち日にちで準備じゅんびをする必要ひつようがあった。

　村人むらびとたちも手ての空あいているものには、手伝てつだってもらって、屋敷やしきの内装ないそうの準備じゅんびから、ちょっと汚きたなくなっている外観がいかんの清掃せいそうなど、急きゅうピッチで進すすめていく。

　大変たいへん厳きびしい状況じょうきょうであるが、さすが完璧かんぺき超人ちょうじんのリーツだ。テキパキと指示しじを出だして、物凄ものすごい早はやさで作業さぎょうが進行しんこうしていく。

　マルカ人じんのリーツを馬鹿ばかにするようなものは、家臣かしんにはもはやおらず、全員ぜんいんきちんと指示しじを聞きいていた。

　それから、貰もらった手紙てがみに書かいてあることから、花はなが好すきであるということ分わかっているので、花束はなたばなども用意よういする。

　手紙てがみには、冬ふゆに咲さくミラミスという花はなが好すきと書かいてあった。花はながあまり咲ざかない冬ふゆであるが、ミラミスが咲さくから、好すきであるという。

　ミラミスは、見みた目めは白しろい彼岸花ひがんばなである。屋敷やしきの庭にわにも咲さいている。

　彼岸花ひがんばなには毒どくがあったり、仏教ぶっきょう的てきに死しをイメージさせる花はななので、あまりいい印象いんしょうはなかったが、そういう先入観せんにゅうかんなしで見みた場合ばあい、確たしかに綺麗きれいな花はなではある。

　ミラミスに毒どくはないし、宗教しゅうきょう的てきな事情じじょうもないので、ただの綺麗きれいな花はなとして見みられていた。

　このミラミスを摘つんで、花束はなたばにして贈呈ぞうていしたり、村むらに咲さいてるミラミスを庭にわに移植いしょくして、屋敷やしきの庭にわを飾かざることになった。

　相手あいてはミラミスを育そだてているということなので大量たいりょうに持もっているだろうから、あげても喜よろこばれないのでは？　という意見いけんもあったが、向むこうの好このみに合あわせるという姿勢しせいを示しめすことが重要じゅうようであるということで、そのままやることにした。

　とりあえず何なにとか一いち日にちで、体裁ていさいは保たもてるようになったと思おもう。向むこうも大だい領主りょうしゅの娘むすめではないし、これで何なにとか非礼ひれい扱あつかいにされるということはないと思おもう。

　一いち日にち中ちゅう働はたらかされて、若干じゃっかん疲つかれた様子ようすのリーツが私わたしの近ちかくに来きて、

「あとはアルス様さま次第しだいですが……まあ、アルス様さまなら大丈夫だいじょうぶでしょう」

　とプレッシャーになるような事ことを言いってきた。

　そうなのである。

　結局けっきょく、最終さいしゅう的てきに気きに入いられるかどうかは、私わたし次第しだいなのである。

　体裁ていさいをいくら保たもとうが、私わたしが嫌きらわれてしまった場合ばあい、努力どりょくは全すべて水みずの泡あわと消きえる。

　リーツはなぜか信用しんようしているみたいだが、はっきり言いってまるで自信じしんはない。

　父ちちの話はなしによると、私わたしより一いち歳上としうえなので、相手あいての年齢ねんれいは十じゅう歳さいか。

　もう少すこし幼おさなかったら良よかったかもしれないが、十じゅう歳さいの女おんなの子こというと、少すこし難むずかしい年頃としごろである。

　子供こどもであるのは間違まちがいないが、子供こどもと思おもって接せっすると、痛いたい目めを見みるという微妙びみょうな年頃としごろだろう。初恋はつこいをするというのも、だいたいこのくらいの年齢ねんれいか。

　私わたしは別べつに女性じょせいにモテるというタイプでもなかったし、今こん世よでも顔かおはそんなに良よくない。至いたって平凡へいぼんだ。

　果はたして、上手うまくやれるのだろうか？

　たった一いち日にちだったので、的確てきかくな作戦さくせんなど思おもいつけるわけもなく、

「アルス様さま、リシア様さまがお見みえになりましたよ！」

　その時ときを迎むかえた。