「父上ちちうえ！　彼かれを家臣かしんにしてください！」

　私わたしは父ちちの部屋へやに押おしかけて、そう言いった。

　父ちちは書状しょじょうを書かいている途中とちゅうだったようだ。

　突然とつぜんの乱入らんにゅう者しゃにも気きを乱みださず、字じを書かき続つづけている。

　そして書かき終おわったあと、私わたしたちの方ほうに視線しせんを向むけた。

「彼かれとは、そのマルカ人じんの事ことを言いっておるのか？」

　私わたしは頷うなずいた。

「ならん。マルカ人じんを家臣かしんにするなど、聞きいたことのない愚行ぐこうだ。さっさと追おい出だせ」

　父ちちはため息いきを吐はきながらそう言いった。忙いそがしい時ときに戯言ざれごとを抜ぬかすなと言いった表情ひょうじょうである。

　やはり厳きびしいか。

　しかし、ここで折おれるわけにはいかん。

「彼かれ、リーツ・ミューセスには、高たかい才能さいのうがあり、この者ものを家来けらいにしないのは、大おおきな損失そんしつとなります」

「……いいかアルス、マルカ人じんは我々われわれサマフォース人じんと比くらべて、圧倒的あっとうてきに劣おとっているのだ。才能さいのうなどあるわけがない」

　これがサマフォースに住すむ者ものの、マルカ人じんに対たいする一般いっぱん的てきな認識にんしきであった。

　全すべてにおいて、明確めいかくに劣おとっている種族しゅぞくであると、マルカ人じんは認知にんちされていた。

　比くらべた事ことがないから正確せいかくには分わからないが、リーツみたいな才気さいきあふれるものがいる以上いじょう、実際じっさいにそれだけの差さがあるとは考かんがえにくいだろう。

「マルカ人じん、全体ぜんたいがどうかは分わかりませんが、このリーツは間違まちがいなく天てんに選えらばれし才気さいきを持もっております。お疑うたがいになるのならば一いち度ど、能力のうりょくを試ためすテストをしてみてはいかがでしょうか？」

「……」

　私わたしの話はなしを聞きき、父ちちは少すこし考かんがえる。

「……なぜそれに才気さいきがあると分わかる」

「分わかるものは分わかるのです」

「確たしかにお前まえは、ミレーの弓ゆみの才ざいを見抜みぬいたが」

「はい、あの時ときのように私わたしにある直感ちょっかんが、彼かれに類るいい稀まれなる才能さいのうがあると告つげているのです」

　父ちちは真まっ直すぐに私わたしの目めを見みてくる。

　威圧いあつ感かんを感かんじる鋭するどい目めつきだったが、私わたしは動どうじずに見みつめ返がえした。

　そのあと、リーツの目めも見みた。

　厳きびしい人生じんせいを送おくってきたからだろうか、彼かれも父ちちの目めつきに押おされはしていないようだ。

「そこまで言いうのなら、テストをし、才能さいのうありと分わかれば、雑兵ぞうひょうとして雇やとうくらいはしてもいいだろう」

　よし、許可きょかを貰もらった。

　雑兵ぞうひょうだとしても問題もんだいない。

　父ちちは何なんだかんだ言いって実力じつりょく主義しゅぎ者しゃである。

　必かならずリーツなら戦功せんこうを立たてるだろうから、最終さいしゅう的てきには出世しゅっせするはず。

　仮かりにしなくても、私わたしが家いえを継ついだ時ときに出世しゅっせさせれば大丈夫だいじょうぶだろう。

「テストは単純たんじゅんなものである。この私わたしと模擬もぎ戦せんを行おこない勝利しょうりすれば合格ごうかくとしてやろう」

　私わたしはテストの内容ないようを告つげられ、動揺どうようする。

　父ちちの現在げんざいの武勇ぶゆう値ちは94で、リーツは70である。

　限界げんかいの数字すうじはリーツは90あるので、育そだちきったらまだ勝かち目めはあるが、現在げんざいは難むずかしいだろう。

「あの、父上ちちうえ。彼かれはまだ十じゅう四よん歳さいと若わかいです。父上ちちうえほどのお方かたと戦たたかって勝かつことは、いくらなんでも非常ひじょうに困難こんなんかと」

「才能さいのうがあるんだろ？」

「ありますけど……父上ちちうえも武たけにおいてはまさに天賦てんぷの才ざいをお持もちのお方かたです。リーツが成長せいちょうしきった時ときはいい勝負しょうぶが出来できるかもしれませぬが、今いまは難むずかしいかと存ぞんじます」

「本気ほんきでは戦たたかわぬ。ハンデを付つけてやる」

　どのくらいのハンデになるかは分わからないが、それならまだ勝かち目めはあるかもしれない。

　これ以上いじょう譲歩じょうほは取とれないだろうから、飲のむしかないだろう。

　私わたしはそれで良よいと頷うなずいた。

「それでは戦たたかう場所ばしょは練兵れんぺい場じょうだ」

　父ちちは立たち上あがり練兵れんぺい場じょうに向むかって歩あるき出だした。

　私わたしとリーツも後のちに続つづく。

　歩あるいている途中とちゅう、

「あの、アルス……様さま、なぜ僕ぼくなどを家臣かしんにしようと思おもわれたのですか？　同情どうじょうですか？」

　リーツが不安ふあんげな表情ひょうじょうで尋たずねて来きた。

「理由りゆうなら先さきほどはっきりと父上ちちうえに申もうし上あげたはずだ。聞きいていなかったのか？」

「僕ぼくに才能さいのうがあるという話はなしですか？　しかし、そんなもの僕ぼくには……」

「戦たたかうのは得意とくいなのだろう？」

「え、ええ。戦闘せんとうの腕うでに関かんしては結構けっこう褒ほめられていましたけど、僕ぼくにはそれ以外いがい何なにもありませんし」

「お前まえには戦闘せんとうの腕うでだけでなく、兵へいを率ひきいる能力のうりょく、知恵ちえ、政治せいじを取とり仕切しきる能力のうりょく、全すべてが備そなわっている」

「いや、僕ぼくにそんなものがあるとは……」

「今いままで活いかす機会きかいがなかっただけだ。ローベント家かに仕つかえて存分ぞんぶんにその力ちからを発揮はっきしてくれ」

「は、はぁー……」

　リーツは少すこし釈然しゃくぜんとしない表情ひょうじょうになる。

　不満ふまんなのだろうか。

　そういえば私わたしは、彼かれから家臣かしんになりたいかどうか聞きかずに、連つれて来きていたな。

　家臣かしんにしたいという思おもいが先行せんこうしすぎて、当あたり前まえのことを聞きくのを忘わすれてしまっていた。これはいかん。

「ローベント家かの家臣かしんになるのが嫌いやなのか？　なら今いますぐにでも、やめるよう父上ちちうえに言いうが」

「あ、いや、家臣かしんになるという話はなしは嬉うれしいし、これ以上いじょうない良よい話はなしだと思おもうのですが……何なんだかそんなうまい話はなしがあるのかと思おもって。どこに行いっても、マルカ人じんってことで迫害はくがいされてきましたから」

「別べつに騙だましているわけではない。それにまだ家臣かしんになると決きまったわけではない。父上ちちうえの課かすテストは厳きびしいものになるだろう。まあ、お前まえなら合格ごうかくできると信しんじているがな」

　私わたしからそう言いわれて、リーツは少すこし気きを引ひき締しめたようだ。

　とにかく家臣かしんになりたくないというわけではなかったので、それは良よかった。

　しばらく歩あるき、私わたしたちは練兵れんぺい場じょうに到着とうちゃくした。