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この恋心を悟られてはいけない
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この恋心こいごころさとられてはいけない

「さすがにここまで立派りっぱなお部屋へや使つかわせていただくのはもうわけないといいますか、わたし自宅じたくでも大丈夫だいじょうぶですので」

「あのいえではセキュリティめん問題もんだいがある。なにかあってからではおそいんだ」

家族かぞくでも恋人こいびとでもない男女だんじょひと屋根やね生活せいかつするだって、普通ふつうなにかあったってうたがわれるものなんですよ……」

下世話げせわうわさながものたちきみまもってはくれない」


 かたくなに意見いけんえようとしない騎士きし・リオネルにヴェルデはあたまかかえる。

 騎士きしとして、警護けいご対象たいしょうであるヴェルデをまもろうとしてくれているのはかる。ヴェルデのりている部屋へやるまでは、いえまでおくとどけたら解散かいさんするつもりだったことも。

 

 だがおうてからやくななねん

 ずっとあのいえらしているが、セキュリティなんてにしていなかった。


 どうせいえみせ往復おうふくする毎日まいにち。たまの休日きゅうじつだってものをする程度ていどで、とく問題もんだいきていない。


 たしかにちかくの物件ぶっけんくらべればずっとやすいし、はよくないが、大家たいかさんもおとなりさんもいいじんなのだ。そこまでわれるほどひどくはない。

 

かえりたい」

 ヴェルデはボソっとつぶやく。

 だがかえってくるのはすげない言葉ことばである。

 

きみいえのセキュリティめん問題もんだいがあった場合ばあいは、おれいえ保護ほごすると店長てんちょう了解りょうかいってある。本当ほんとうれてくるとはおもってもみなかったが、犯人はんにん逮捕たいほまで我慢がまんしてくれ」

「せめて着替きがえはりにかせてください……」

「もうおそいので明日あした以降いこうにしてくれ。おれはただ……心配しんぱいなんだ」


 まゆげられてはれざるをなかった。

 寝巻ねまきとしてかれふくわたされ、ヴェルデはあたまかかえる。


 なぜ数日すうじつまえ再会さいかいした初恋はつこい相手あいていえらさなければならないのか。初恋はつこいといってもたいした接点せってんもなく、言葉ことばわしたのはななねんまえいちきり。

 

 わか貴族きぞく騎士きしというだけでもモテるだろうに、リオネルの顔立かおだちは非常ひじょうととのっている。身体しんたいきもがっちりとしており、背筋せすじはピンとびている。女性じょせいたちはなっておくはずがない。


 理由りゆうがあるとはいえ、かれいえ一夜いちやごしたなんてかれたらべつ意味いみあぶないいそうだ。

 

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 数日すうじつまえまではいつもとなにわらなかったのに。

 

「はぁ……」

 おおきなためいきく。

 発端ほったんとなったのはさんにちまえ。このまではたしかに『ヴェルデの日常にちじょう』だったのだ。

 


 ◆ ◆ ◆

 


「ヴェルデちゃん、さけ追加ついか!」

「は〜い」

「こっちも!」

「はいはい〜」

今日きょうのつまみは?」

「いつものと、このぜん試作しさくひんしたやつ、あと新作しんさくひとつですね」


 ヴェルデはさけはこびながら、メニューをテーブルにスライドさせる。

 するとそこにおとこたちむらがって口々くちぐちに「おれはこれ」「これいたい」「これ美味うまそう」だのゆびをさしていく。それらを注文ちゅうもんひょうくわえながら、となりのテーブルのうえ片付かたづける。

 

 のホールスタッフはよくやるわ……とあきれた視線しせんそそぎながら、それぞれのきゃくつ。

 

 ここは酒場さかばだが、ホールスタッフのおも収入しゅうにゅうげんいましがたヴェルデがしているような仕事しごとではない。

 メインはかい個室こしつ身体しんたい使つかってかせぐことによって発生はっせいするおかねほう

 

 といってもこのみせは娼館ではない。

 くにがわに『娼館』としてみとめられるのは、いわゆる高級こうきゅう娼婦しょうふ高級こうきゅう男娼だんしょうばれる人達ひとたち所属しょぞくするみせのみ。ほとんどのみせ酒場さかばけん宿屋やどやとして営業えいぎょうしている。


 運営うんえい方針ほうしん様々さまざまで、このみせ場合ばあい身体しんたいる・らないはスタッフの意思いしゆだねられている。


 められた値段ねだん相手あいてをするのではなく、スタッフが納得なっとくすればかい宿やどさそってもらえるシステムになっているのだ。


 きゃくとスタッフの直接的ちょくせつてき金銭きんせんきは禁止きんしされており、わりにさけのオーダーがはいったさいには原価げんかいたがくのほとんどがスタッフに還元かんげんされる仕組しくみになっている。


 スタッフとよるともにしたければ、たかさけれればいいのだ。

 もちろん、たかさけれたからといってかならずしもえらばれるわけではないが。


 ぎゃくにスタッフにきらわれるきゃくもいる。

 きんになるような迷惑めいわくきゃくではないものの、たいしたかねとさないきゃく——それがヴェルデが対応たいおうしている常連じょうれんきゃくたちだ。


 きゃくたのむような銀貨ぎんか金貨きんかすようなさけはほとんどたのまず、かい利用りようしたことも利用りようするもない。



愛想あいそをよくしたところで見返みかえりもないやすきゃく相手あいてをしてられるか』


  のスタッフのいいぶんである。

 あくまでもさけのオーダーは追加ついか報酬ほうしゅうであり、固定こてい給料きゅうりょう用意よういされている。だが酒場さかばはたら女性じょせいたちみなかねかせぎにきているのだ。よりかせかたがあるのならば、そちらをるのも仕方しかたがない。


 みせ仕組しくみを理解りかいしたうえはたらいているのに、がんとして身体しんたいりたがらないヴェルデが例外れいがいなだけなのだ。彼女かのじょたちかんがえとやりかた否定ひていするつもりはない。


 それは常連じょうれんきゃくたちおなじ。

 ヴェルデがこのみせるまで、かれらはスタッフからけむたがられてみせおくほうまれていた。きゃくくらべてあつかいもかなりざつ。それでもかれらはやすくて美味おいしくてすぐにてくる料理りょうりさけもとめてみせかよつづけた。



追加ついかのおさけとおつまみで〜す」

「なぁ、この新作しんさくピザって美味うまいか?」

 

 さらならべていると、ひだりからこえをかけられた。

 かれはメニューのピザコーナーをゆびさしている。

 

美味おいしいですよ~。店長てんちょうのおすすめです」

「ヴェルデちゃんは?」

わたしはそのとなりのバジルのやつがきです」

「んじゃあこっちもらおうかな」

おれ、シーフードのにするわ」

新作しんさくとバジル、シーフードがいちまいずつですね! かしこまりましたぁ」

 

 ヴェルデは愛想あいそのいいみをかべ、伝票でんぴょう注文ちゅうもんしるしていく。

 テーブルに伝票でんぴょうくのはこのたくだけだ。たくさけほかにはつまみをすこ注文ちゅうもんする程度ていどなので、スタッフが各々おのおの管理かんりしている。

 

「それからゴールドを一本いっぽん

「そういえば今日きょう現場げんばわるってってましたっけ? 無事ぶじわったようでなによりです」

 

 かれらは一番いちばんやすいビールをたのむことがほとんどだが、現場げんばわったタイミングや記念きねんなどにはたかさけ注文ちゅうもんする。


 かれらが注文ちゅうもんするのはゴールド・シルバー・ブロンズのさん種類しゅるいのうちのどれか。

 いずれも正式せいしき名称めいしょうではなく、ラベルのいろだ。さん種類しゅるいなかではゴールドが一番いちばんたかい。


 現場げんばわったタイミングでれるのはブロンズであることがおおいのにめずらしい。


 それに今月こんげつは……。

 ヴェルデはあたまかんだ疑問ぎもんを、さけたのんだ常連じょうれん・コウルにげかける。

 

「でもコウルさん、そろそろ結婚けっこん記念きねんですよね? たかいおさけれちゃって大丈夫だいじょうぶですか?」

「それなら大丈夫だいじょうぶだ。去年きょねんヴェルデちゃんにわれるまでわすれてたの、結局けっきょくうちのかあちゃんにバレてさ、今年ことしからカレンダーにでっかいまるいてんだ。毎日まいにちにつくもんで、プレゼントはもうってあるんだ」

「あー、だからうちのも今年ことしはなんかいてあったのか」

今日きょうのは去年きょねんれいみたいなもんだな。まぁひさしぶりにヴェルデちゃんのうたきたいっていうのが一番いちばんだけどよ」

 

 ニカッとわらうコウルにヴェルデもほおゆるんだ。

 はじめこそ「なぜこんなわかおんなが……」といぶかしんでいたかれらだが、いまではヴェルデなりのおかえしもふくめてれてくれている。

 

 キッチンにもどり、調理ちょうりスタッフに注文ちゅうもんげる。

 

「ピザ各種かくしゅとゴールドはいりました~」

「ゴールドかめずらしいな。今日きょうだれだ?」

「コウルさんです」

「じゃあやまうただな」

 

 アンセルはきむラベルのさけ自分じぶんのバイオリンを、ヴェルデは人数にんずうぶんのグラスをってせきもどる。全員ぜんいんぶんさけそそぎ、アンセルはバイオリンをかまえる。

 

「それではいてください」


 アンセルの伴奏ばんそうわせ、ヴェルデは呼吸こきゅうするようにうたつむぐ。


やまうた』はすみ鉱夫こうふ無事ぶじいのうたである。

 コウルはヴェルデのちちのように炭鉱たんこうはたらいているわけではないのだが、いま仕事しごとつうずるところがあるらしい。またかれ故郷こきょう国有こくゆうすう炭鉱たんこう都市としで、子供こどもころからしたしんでいるうたらしい。


 このみせてしばらくったころおしえてもらった。

 店長てんちょうってもらって、開店かいてん準備じゅんびまえなん練習れんしゅうして。いまでは一番いちばん得意とくいうたでもある。

 

 ヴェルデは身体しんたいらないわりに、たかさけれてくれたときうたおくることにしている。

 

 うたおくるのは、ヴェルデがもっと得意とくいとするものだから。

 腕前うでまえはなかなかのもので、以前いぜんいたみせでは音楽おんがく担当たんとうとして雇用こようされていた。


 まえはたらいていた酒場さかばは娼館ほどではないにしろ、かなり高級こうきゅう志向しこうみせだった。

 うた担当たんとうのヴェルデのようにピアノやバイオリン、チェロにビオラなど、幅広はばひろ楽器がっき担当たんとうしゃがいたものだ。基本給きほんきゅうもよかったが、チップもかなりのがくで、実家じっかへの仕送しおくりをすこしでもやしたいヴェルデにとってこれ以上いじょうない職場しょくばだった。

 

 だがとある事件じけんがキッカケでオーナーがわり、音楽おんがく担当たんとう全員ぜんいんクビになってしまった。

 すうにんはホールスタッフとしてはたらかないかとこえをかけられていたが、ヴェルデはさそわれなかった。

 

 どうしたものかとこまてているところを、いま店長てんちょう・アンセルにひろってもらった。

 かれ以前いぜんからヴェルデのことをっていたらしい。歌姫うたひめとしてやとうことはできないが、身体しんたいらないホールスタッフでどうかとスカウトしてくれた。

 

 ひろってもらったおんはもちろんある。

 だがそもそものホールスタッフに薄給はっきゅうばれる給料きゅうりょうおう平均へいきんよりもややたかめなのだ。おとうと学費がくひかせぐために出稼でかせぎにていたヴェルデにはありがたいはなしである。


 もうわけなさでホール作業さぎょうほか裏方うらかた作業さぎょう手伝てつだっていたのだが、そのぶん給料きゅうりょういろをつけてくれた。


 仕事しごとには相応そうおう対価たいかを。

 それが店長てんちょう言葉ことばである。


 元々もともと男娼だんしょうとしてはたらいていたかれうとおもみがちがう。ヴェルデはありがたくり、そのぶん、しっかりとはたらくことでみせ貢献こうけんしている。

 

 

 

「――ありがとうございました」

 やくはち分間ふんかんにわたるうたわり、店長てんちょう一緒いっしょにペコリとあたまげる。

 常連じょうれんはもちろん、きゃくたち拍手はくしゅおくってくれた。そしてちかくのきゃくこえをかけてくれた。

 

わたしもリクエストしたいきょくがあるんだが、さけれればいいか?」

「はい。わたしっているきょく限定げんていになってしまうのですが、大丈夫だいじょうぶですか?」

「『カナリアのうたごえ』を。……おもきょくなんだ」

 

 よほどおもれがあるのだろう。きゃくはうっすらとうるんでいる。


『カナリアのうたごえ』はヴェルデにとってもおものあるきょくだ。

 以前いぜんいたみせのオーナーのおりで、開店かいてん閉店へいてんにはかならうたっていたものだ。開店かいてんにはみせのドアをひらき、そとにも音楽おんがくこえるようにしていたため、開店かいてん合図あいずとして城下町じょうかまち人達ひとたちひろわたっていた。

 

 このみせてからうたうのははじめてだが、身体しんたいおぼえている。

 

店長てんちょう

おれかる。担当たんとう以外いがいのスタッフになるので、会計かいけいさきでもいいですか?」


 酒代さかだい一部いちぶがバックになる関係かんけいで、会計かいけい担当たんとうスタッフがおこなうことになる。

 そのため、担当たんとうスタッフ以外いがい注文ちゅうもんする場合ばあいはその支払しはらいをおこなうのがルールとなっている。


 注文ちゅうもんしてもらったときは、余分よぶんたされている伝票でんぴょう商品しょうひんがく記載きさいし、おかね伝票でんぴょう店長てんちょうあづけるまりとなっている。


 今回こんかい店長てんちょうがこのにいるため、かれ注文ちゅうもんってくれるようだ。にはあたらしい伝票でんぴょうとペンがにぎられている。

 

「ああ。さけは……これを」

 

 かれしたのはみせでもさんほんゆびはいるほど高額こうがくさけだった。

 常連じょうれん以外いがいからきょくのリクエストをけることはいままでにもあった。


 ひとによってはさきほどのきょくのチップもわせて、とかなりたかさけれてくれるひともいる。だがここまで高額こうがくなものははじめてだ。おもわず店長てんちょうかお見合みあわせてしまう。


 だがはじめから『きょくのリクエスト』とってくれているし、酒代さかだいまよいなくはらってくれた。こちらから文句もんくうことはない。


 こくりとうなずき、キッチンにかう。

 

「ピザけたぞ」

「ありがとうございます」

 いましがたオーダーをけたさけ一緒いっしょに、常連じょうれんのピザをはこぶ。

 

「おまたせしました。新作しんさくとバジル、シーフードのピザです」

「おお、美味うまそう」

「こののちなんきょくあるんだ?」

「えっと、たぶんさんきょくですね」

 

 店長てんちょうほう確認かくにんする。

 ヴェルデがさけ準備じゅんびをしているあいだきゃくからリクエストとオーダーをいてくれているのだ。

 

今日きょうはたくさんけていいな」

「ああ、つまみももっとたのんでおけばよかった」

「そっちのボトルよこしてくれ」

たのんだのおれだからな!?」

ちいさいことはいいじゃねえか」

 

 ボトルをうばうように、けれどもたのしそうな常連じょうれんたち自然しぜんとヴェルデのほおゆるむ。

 店長てんちょう手招てまねきをされ、リクエストリストを確認かくにんする。二人ふたり相談そうだんして、演奏えんそうするきょくめた。かれらにさけはこんでから演奏えんそうはいるのだった。

 

 


 追加ついかさんきょく好評こうひょうわった。

 とく常連じょうれんたち上機嫌じょうきげんだ。ほろよいでケラケラとわらいながらみせのちにした。かれらを見送みおくったらヴェルデのおもなホール作業さぎょうわり。


 キッチンにかうと、すでにながしには使用しようみの食器しょっき大量たいりょうまれていた。


 今日きょうみせいちばん人気にんきのスタッフ・ニーナがはや時間じかんから出勤しゅっきんしているため、きゃくりが普段ふだんばい以上いじょうになっているのだ。彼女かのじょ出勤しゅっきんがまばらで、後輩こうはいとして可愛かわいがってもらっているヴェルデですらじゅうにち一度いちどはなせればいいほど。出勤しゅっきんすればきゃくきゃくぶように繁盛はんじょうするのである。


 いまもニーナのきゃくから次々つぎつぎとオーダーがはいっており、さっさとあらわないとりなくなってしまう。うでまくりをし、グラスとジョッキを優先ゆうせんしながらあらうことにした。

 



「ふぅ……やっとわった」

 いちかいのクローズ時間じかんまで、きゃく途切とぎれることはなかった。

 はじめはひたすらあらものをしていたヴェルデだったが、途中とちゅういたテーブルから食器しょっき回収かいしゅうしたり、きゃく対応たいおうしている担当たんとうスタッフにわってせき案内あんないしたりがメインとなっていた。


 がくあせぬぐうと、うしろからハンカチがされた。


「ありがとうございます。それで、どうかしましたか?」

明日あしたひるからられるか? 人手ひとでりてないんだ。わりに明日あした常連じょうれんたちかえったらがっていいから」

 

 準備じゅんび手伝てつだいだけなら一時いちじあいだはやればむこと。しがあるときはそのようにわれる。


 けれどわれないということは……。

 問題もんだいきているのだとさとった。それものスタッフにかれると厄介やっかいなことが。

 

 おそらく『さがもの』があるのだろう。

 にっこりとわらってうなずく。

 

大丈夫だいじょうぶですよ〜」

「ん。じゃあたのんだ」

「ところでまかないはでます?」

「デザートもけてやろう」

「やった!」

 

 ちいさくガッツポーズをすると、フッとはなわらわれた。ガキっぽいとでもおもったのだろう。だがおやほどとしはなれた店長てんちょうからればヴェルデなんて子供こどもである。


 明日あしたさがもの成果せいかによってはオレンジジュースもねだろうとしんめる。

 




「おはようございま〜す」

 翌日よくじつ普段ふだんよりもかなりはや時間じかん出勤しゅっきんすると、裏方うらかたスタッフの姿すがたすらなかった。キッチンに店長てんちょうっているだけだ。

 

「おう、たな。これったら早速さっそくたのむ」

ほうは?」

「マーガレットは子供こども風邪かぜいたってうからやすませた。ビリーはしで、エリックにはこのぜん注文ちゅうもんしたタオルをりにってもらってる」

二人ふたりかえってくるまでにませたほうがいいってことですね」

はなしはやくてたすかる。とってもにんともいまさっきたばかりだからしばらくかえってこないけどな。ほら、おまえ昨日きのうねらってたデザートのプリンとオレンジジュースだ」

「バレてたんですね」

「ああ。いながらこれ確認かくにんしとけ」

 

 ほら、とかるわたされたのはまいかみだった。


 いちまい部屋へや使用しよう記録きろく。このいちげつあいだ、いつ・だれが・だれと・どの部屋へや使用しようしたかが記載きさいされている。きゃく名前なまえ偽名ぎめい使つかわれることもおおいのだが、こんにするべきはそこではない。


 二枚目にまいめにはスタッフの問題もんだい行動こうどうかれていた。本来ほんらい、こののものがスタッフのれることはない。今回こんかいさがもののために特別とくべつせてくれたのだろう。


 ヴェルデは好物こうぶつのシチューをべながらわたされたかみ確認かくにんする。

 

「この、この部屋へや使つかってるりつ異常いじょうたかい……」


 どの部屋へや構造こうぞう大体だいたいおなじで、さんじゅうにんちかくのスタッフがその時々ときどきいている部屋へや使つかうのだ。

 毎日まいにち出勤しゅっきんしているわけでもなければ、いちにちなんかいかい利用りようしているわけでもないのに、いちげつじゅうかい以上いじょうおな部屋へや使用しようするなんて不自然ふしぜんだ。


 キッチンで下拵したごしらえをしている店長てんちょうなにわない。


 いままでアンセルから『特定とくていなにか』をさがしてこいと指示しじされたことはない。さが対象たいしょうがなんであれ、スタッフをうたがうことでもあるからだ。彼女かのじょたち刺激しげきしないため、そして矜持きょうじきずつけないために『清掃せいそうちゅうつかってしまった』というからだたも必要ひつようがある。


 だからこれもヴェルデが勝手かってつぶやいていること。

 問題もんだい行動こうどうかれたメモに記載きさいされている人物じんぶつめいとも合致がっちしている。今回こんかいさがもの彼女かのじょ関連かんれん間違まちがいないだろう。


清掃せいそうするついでにいたんでるのとかいろわってるタオルも回収かいしゅうしといてくれ」

了解りょうかいです」

今日きょうは『入念にゅうねんに』な」

「はい」

 

 ヴェルデの推理すいりただしかった。もしも見当けんとうちがいのかんがえをしていれば、なにかしら指摘してきはいる。

 綺麗きれいになったさらたくし、更衣ころもがえしつ清掃せいそうようのエプロンをける。


 

「じゃあってきます〜」

 掃除そうじ用具ようぐに、かいがる。回収かいしゅうしたタオルをれるためのかご廊下ろうかいておき、そのなかにポンポンとれていく。

 

 れた調子ちょうし部屋へや清掃せいそう・チェックをおこなう。りない備品びひんがあれば補充ほじゅうしつつ、いよいよ最後さいご部屋へやのドアノブにをかける。


 このままなにつからなければ、のこりの時間じかんはひたすら雑巾ぞうきんうことになるのだろう。回収かいしゅうしたばかりのタオルはかご山積やまづみになっており、店長てんちょう二人ふたりってもしばらくかかりそうだ。


雑巾ぞうきんいでわりますように……」

 いのりをめて部屋へやむ。


 パッとかんじだと部屋へやわらない。だがこの部屋へやべつだ。さきほど確認かくにんした資料しりょうにこの部屋へや利用りようしゃかんする記載きさいがあった。


 ヴェルデ自身じしん彼女かのじょにはすこになるところがある。部屋へやはいり、さきにクローゼットをひらく。

 

今回こんかいふくがなくなってる」


 セッティングがかり重要じゅうよう役目やくめとして、おんな着替きがえがちゃんと用意よういされているのか確認かくにんするというのがある。いくらそういうみせとはいえ、よごれたふくみせたせるわけにはいかず、着替きがえをわすれたスタッフようふく部屋へや常備じょうびされている。


 ちなみにアンセルのつよいこだわりにより、すべてデザインやシルエットがことなる。

 りにはなるものの、可愛かわいけい・セクシーけい・クールけい幅広はばひろいジャンルに対応たいおうしているうえみせうよりもウンとやすいことから、スタッフからの評判ひょうばんもいい。


 普段ふだん使つかいできるのもありがたいてんである。ヴェルデも配膳はいぜんちゅうふくよごれてしまったとき利用りようさせてもらっている。


 ふくだい給料きゅうりょうから天引てんびきされるため、使用しよう申請しんせい必要ひつようとなる。申請しんせいわすれや意図いとてき申請しんせいをしない一定いっていすういる。といっても部屋へや使用しよう記録きろくのこっているため、備品びひんチェックのさいかならずバレるのだが。

 

 今回こんかい場合ばあい確信かくしんはんだろう。

 わたされた資料しりょうにも前科ぜんかかれていた。

 

「これでななかいか……おおいなぁ」

 

 げつまえはいったばかりのなのだが、よほどかねこまっているのかはじめのうちは着替きがえを使つかうことすらしぶったほどだ。


 ならばと着替きがえをってこさせたが、どれもいにしえされたものばかり。

 そのままならみせせないとまでわれ、ようやく着替きがえを使つかうようになったとおもえばこれだ。

 

 通常つうじょうげつもこのみせはたらいていればふくだいこまることはない。ヴェルデがっているだけでも彼女かのじょには固定こていきゃく何人なんにんもついている。基本給きほんきゅう以外いがいもそこそこかせいでいるはずだ。

 

 それに毎回まいかい用意よういされたふくなくてもいいのだ。

 はじめのすうかいだけ利用りようし、それをまわせばいい。注意ちゅういされるさい、この提案ていあん一緒いっしょにされていたはずなのだがなに事情じじょうでもあるのだろうか。

 

 彼女かのじょのスタッフとの交流こうりゅうけており、ヴェルデも彼女かのじょのことをほとんどらない。わたされた資料しりょうにもくわしいことはかれていない。あるのは意図いとてき申請しんせいかくしをしたとおもわれる記録きろくだけ。

 

最近さいきんなにかがぬすまれたってはなしかないけど、づいてないだけのケースも結構けっこうあるからなぁ」

 

 みせ特性とくせいじょう、おかねこまっているスタッフもおおい。

 ほとんどのスタッフは真面目まじめはたらいてかせぐのだが、ごくまれべつ手段しゅだんめるものがいる。

 

 ホールスタッフの私物しぶつぬすみ、きゃく高値たかねるのである。

 そのにも、バックヤードにいるホールスタッフの様子ようすえがいてっていたこともあった。金額きんがくめばきな服装ふくそうやポーズをえがいてくれるサービスまでしており、店長てんちょうのことにかせばいいのに……とあきれていた。

 

 ちなみに後者こうしゃいまみせ公認こうにんのサービスになっている。

 らないあいだおこなわれているから問題もんだいなだけで、意外いがいにもモデルにされたがわだったのだ。みせぶん不要ふようだが、彼女かのじょたち許可きょかること・げのわりをモデルにバックすることでいた。公認こうにんになったことで、堂々どうどう巨大きょだいたのきゃくてきた。みせにもなんまいかざってある。

 

 

 例外れいがいにしても、ぬすまれたものやなくなったものを発見はっけんしてきたのはヴェルデだ。

 はじめは偶然ぐうぜんだった。バックヤードを清掃せいそうしている最中さいちゅうつかった。そのかい掃除そうじちゅうあらものちゅう偶然ぐうぜんつづいたため、こうして店長てんちょうからこえをかけられるようになった。

 

 今日きょうもおそらくそうだ。ぬすみをはたらいているとすればふくだけではないとおもうが、使用しようみのふくなんらかの手段しゅだんきゃくりつけている可能かのうせいはある。

 

 るなら人目ひとめのない個室こしつ--つまりはかいである。

 そのときていたふくっているだけなら、店長てんちょう大目おおめてくれるのだろうが、すこいや予感よかんがする。

 

 念入ねんいりにさがしてみたが、なかなかつからないからなおのこと。

 やはりこの部屋へやなにかあるとの確信かくしんつよまっていく。そもそも毎回まいかいぶつんでいるなら、部屋へやはどこでもいいはずなのだ。

 

 おおきくいきみ、思考しこうめぐらせる。


「せめてかくされているものかればなぁ」

 愚痴ぐちをこぼしたところでこたえがまえあらわれるわけではない。

 さがしたつもりになっている場所ばしょかならずあるはずなのだ。


 それにヒントはある。


 彼女かのじょ身長しんちょうはヴェルデとほぼおなじ。

 この部屋へやだい使つかえそうなものはベッド一択いったくちかくにものかくせそうなものはないため、たかいところは除外じょがいしていい。

 

 かくすなら清掃せいそう場所ばしょ以外いがい

 普段ふだん清掃せいそうならけない場所ばしょはどこか。


 たまに掃除そうじする場所ばしょもダメだ。みせ開店かいてん準備じゅんびはやわればみずじょう念入ねんいりに掃除そうじされるため、つかる可能かのうせいがある。

 

 よほどのことがなければ確認かくにんされない場所ばしょ

 かつ彼女かのじょ自身じしんしやすい場所ばしょ

 

 かつて盗品とうひんかくされていたまくらなか手洗てあらじょうした確認かくにんみ。

 しのなかにフェイクのいたはなかったし、ベッドの裏側うらがわけられてもいなかった。

 

 のこるは――。

 部屋へやちゅうまわしていたヴェルデの視点してんがとある場所ばしょまる。

 

「マットレス?」

 ベッドはかくしやすい場所ばしょだ。すでに確認かくにんしている。うえはもちろん、左右さゆうにもとく変化へんかはない。裏面りめん異常いじょうはなかった。


 だがマットレス自体じたい裏側うらがわはどうか。

 一人ひとりうごかすにはややおもいが、きずるかたちす。

 

「やっぱりあった」

 ゆか寝転ねころがり、マットレスのした確認かくにんするとちいさながあった。


 さがものをするからとってきていたソーイングセットを使つかい、はじっこをる。あとはなかのものをきずつけないよう、ゆび器用きよういといていく。

 

なかにあるのかみっぽいな。にしてはちいさいような?」

 

 すこしずつなかのものがえてくる。

 

 これはふくろ? なかこなが……。

 ふくろともにメモのはしつかった。はしきされている言葉ことば見覚みおぼえはないが、ふくろ中身なかみがどんなものかは予想よそうできる。

 

厄介やっかいなものを……」

 エプロンのポケットにみ、マットレスをう。うえからシーツをかけ、部屋へや同様どうよう清掃せいそうおこなう。


 最後さいごにドアノブに清掃せいそうちゅうさつをかけてからいちかいりる。バックヤードにいた店長てんちょうはヴェルデのかおると帳簿ちょうぼをつけるめた。

 

「どうだった?」

「これがつかりました」


 ポケットのなかからさきほどつけたものをす。アンセルはメモの内容ないよう確認かくにんするまでもなく、ふくろ中身なかみ理解りかいしたようだ。ふぅ……とながいきく。

 

「うちのみせからこんなのがつかるるとはな……どこにあった?」

「マットレスのなかです。裏側うらがわがありました」

「よくつけたな」

わたしもまさかこんなところにかくしているとはおもいませんでした。いま清掃せいそうさつをかけてますけど、どうしましょう?」

適当てきとう部屋へやらして使用しよう禁止きんしにしておくか……。ヴェルデ、手伝てつだってくれ」

 

 ボリボリとあたまくアンセルにつづき、ヴェルデもさきほどの部屋へやかう。

 

 まだわりあたらしいライトをゆかとしてり、綺麗きれいなおしたシーツはぐしゃぐしゃにまるめて部屋へやはしげた。まわりの家具かぐ適度てきどらしきずもつけ、きゃくあばれたような部屋へやつくす。

 

 勿体もったいないとはおもうが、騎士きし到着とうちゃくするまえかんかれてげられるよりもマシだ。

 しからかえってきたビリーにはったきゃく間違まちがってはいった部屋へやあばれたらしいとうそ情報じょうほうつたえた。


 もっともかれはオープンスタッフの一人ひとりで、元々もともと娼館の下働したばたらきとしてはたらいていたこともあり、うそであることにはすぐづいた。同時どうじのスタッフにもかれたときにはそうつたえてほしい、という意味いみすくってくれる。

 

「じゃあおれいまからヴェルデとこわれた備品びひんしにってくる。エリックには清掃せいそうちゅうさつかかってるところ以外いがいはタオルを補充ほじゅうしておくようにつたえておいてくれ」

かりました。おをつけて」

 

 ビリーに見送みおくられ、ヴェルデとアンセルは城下町じょうかまちす。かうさき雑貨ざっかでも家具かぐでもない。城門じょうもんないにある警備けいび小屋こやである。


 なが調しらべがっているかもしれないとおもうと憂鬱ゆううつだ。開店かいてんまえもどれるといいのだが……。

 

 

 しろかう道中どうちゅう、ヴェルデとアンセルは会話かいわをしながらもではお目当めあてのしなさがしていた。


あたらしいライト、どんなのにしましょうか?」

「このまえしろちかくでいステンドライトをつけたんだが、あれたかいんだよな……」

予算よさんってどれくらいなんですか?」


 ヴェルデのいかけにアンセルはよんほんゆびてた。みせならぶライトの平均へいきん価格かかくがそれくらいだ。すくなすぎず、かといっておおいわけでもない。だからこそセンスのいものをさがすのは困難こんなんである。


 うーんとなやみながらあるつづけているうちに目的もくてき到着とうちゃくしたのだ。すかさず門番もんばんまえにやってくる。


用件ようけんは?」

事件じけんきたからその報告ほうこくに」

「ならあちらで記入きにゅうを。わったらおくもの提出ていしゅつするように」

「ああ」


 アンセルはれた様子ようすでスタスタとすすんでいく。かれ書類しょるい要件ようけん記入きにゅうしているあいだ、ヴェルデはうえ見上みあげた。


 一体いったいどれほどのたかさがあるのだろう。ぼんやりとかんがえていれば「くぞ」とこえをかけられる。


 モノがモノであるため、なかでの事情じじょう聴取ちょうしゅおこなわれることになったらしい。部屋へやなかひかえていた騎士きしともおくへとすすもうとしている。いそいでそのつづいた。



 ヴェルデが城内じょうないはいるのはこれでさん度目どめだ。

 いち度目どめおうたばかりのころ。スリからたすけてくれた騎士きし怪我けが手当てあてをするからとなかまねいてくれたのだ。そして度目どめまえみせをクビになるキッカケとなった事件じけん調しらべ。


 原因げんいんはタバコの始末しまつによる発火はっかだった。

 事件じけんせいはないと判断はんだんくだされたものの、がかなりおおきくがり、怪我人けがにんおおたため、すこおおごとになったのだ。


 ヴェルデはそのときれたはしら背中せなかたりきずった。当時とうじのオーナーが引退いんたいしたのもやはりこのとき火事かじ原因げんいんだった。


 オーナー交代こうたいみせなおしにより、スタッフの選定せんていはじまり、解雇かいこいたった——と。


 調しらべにかっているあいだ給料きゅうりょう見舞みまいきんたことだけがすくいだった。あのときのようにほそ通路つうろとおりながら、ちいさな部屋へやとおされる。


「こちらですこしおちください」

 ヴェルデはアンセルとよこならびながら、さきほどの会話かいわつづきをはじめた。


「ライト、シンプルなデザインがいいですよね」

「ああそうだな。それでいて部屋へやのとかぶらないのな」

いままで使つかってたのはとりのデザインだったのでおなじのがいいですかね?」

近々ちかぢかあの部屋へや騎士きしはいるだろうし、犯罪はんざいこった部屋へやおもわれるとイメージがわるいからえたほうがいい……いや、ここはまるでおなじデザインのもの用意よういするべきか?」

なにでですか?」

「だってえるだろ」

「すみません、よくわかりません」


 くびかしげれば、アンセルは背徳はいとくかんが〜とかたす。へんなスイッチをしてしまったようだ。

 アンセルが経営けいえいするみせおう酒場さかばでも活気かっきがあり、それは美人びじんぞろいのホールスタッフとアンセルのこだわりのつよさによってっている。


 かれ手腕しゅわんはヴェルデもよく理解りかいしているのだが、かれ思考しこうにはなかなかついていけないところがある。とくえるだのえるだののはなしはトンとダメだ。早口はやくちかたるアンセルをながす。


 アンセルとてだれかにはなすことで自分じぶんなか意見いけんかためたいだけで、他人たにん意見いけんしいわけではないのだ。はいはい、と適当てきとう相槌あいづちっていると、べつこえ会話かいわざった。


「そのとり緑色みどりいろではないか? ってきみがなぜここに……」

 

 けば、そこには騎士きしだんふくをまとったこう身長しんちょう男性だんせいっていた。


 薄紫うすむらさきかみいまにもドアわくにぶつかってしまいそうなほど。黄金おうごんにきらめくひとみはヴェルデを見据みすえている。襟元えりもとにはよんまい花弁はなびらえがかれたバッチがつけられている。このくにでは騎士きしだん階級かいきゅうをバッチの花弁はなびら枚数まいすうあらわす。

 

 見習みならいはいちまいで、騎士きしだん全員ぜんいんをまとめるそう司令しれいかんまいよんまいといえば近衛このえ騎士きし騎士きし団長だんちょうクラスである。想像そうぞうよりもずっとえらひとてしまったとヴェルデは緊張きんちょうかためる。

 

 おそらく貴族きぞく。だがヴェルデはまえ男性だんせいっている。


 はじめてこの場所ばしょとき怪我けがをしたヴェルデの治療ちりょうをしてくれたのがかれだ。あまりにも綺麗きれいひとみまれそうになったからよくおぼえている。


 おもえば一目惚ひとめぼれだったのだろう。

 はじめてのこいだったから、づいたのはずっとのことだが。きゃくからリクエストされた恋愛れんあいソングをうたっていたとき自覚じかくするなんておもわなかった。

 

 あのときはパニックで散々さんざんいてしまった。

 自分じぶんおうに、ちち炭鉱たんこうはたらきにているのだとか、シチューがきだとかどうでもいいことを散々さんざんはなしたがする。


 おもかえすとなかなかにずかしい。


 こい自覚じかくしてからも、あのときのおれいげにくことなんてできなかった。

 それにきっとかれはヴェルデのことなんておぼえていないだろうと。そうおもっていた。

 

 いや、おぼえているはずないか。

 警備けいび小屋こやには毎日まいにちのように城下町じょうかまちちゅうひとがやってくる。もうななねんまえのことをおぼえているはずがない。


 まえみせにいたときてくれたのだろう。

 ならここではなしひろげるのは迷惑めいわくというものだ。れられたくないこともあるかもしれない。

 

 それに、かれがここに理由りゆうひとつ。

 仕事しごとのためだ。ペコリとあたまげるだけにめておく。


「おう、リオネルじゃねぇか。おまえてくるなんてめずらしいな」

いまっている事件じけんとのかかわりがあるかもしれないからな。それでいろは」

みどりだ。ちょうどこのかみみたいな」


 店長てんちょうはヴェルデのかみゆびさしながらこたえた。

 するとリオネルとばれた騎士きしは「やはりそうか」とつぶやきながら椅子いすこしろす。

 

なにかあるのか?」

さきほど提出ていしゅつしてもらった証拠しょうこひん関連かんれんがあるんだが……」

 

 その言葉ことば皮切かわきりに、騎士きしだんがわ事情じじょうはなしてくれた。

 

 騎士きしだんながらく薬物やくぶつ売買ばいばい組織そしきっているらしい。

 そして最近さいきん売買ばいばいする場所ばしょがかりをつかめたらしい。

 

「それが、緑色みどりいろとりだったと?」

らえたものからききだしたはなしをもとにえがいたものがこれだ。みせ使つかっているものとおなじか?」

 

 ヴェルデとアンセルはまえされたのぞむ。そしてほぼ同時どうじにフルフルとくびよこった。

 

「いや、羽根はねいろちがう。身体しんたいはこのいろだが、はねいろひかりてたみたいなあかるいいろだ。いまにもんでいきそうなリアルさにかれて購入こうにゅうしたから間違まちがいない」

「それにこんなくさりいていませんでした」

「あれをつけたのがバレないよう、部屋へやらすさいにランプはっちまったが破片はへんなら提出ていしゅつできるぞ?」

おおきいカケラだけつなわせても大体だいたいいろ確認かくにんできるかと。わたしいまからもどってってきましょうか?」

「いや、あと部屋へやとその部屋へや使用しようしていたというスタッフの調しらべをさせてもらう。そのさい君達きみたちにも協力きょうりょくしてほしい」

当然とうぜん。こちとら善良ぜんりょう市民しみんだからな。あいつは今日きょう出勤しゅっきんしてくる予定よていだ。こちらとしてはスタッフのなか仲間なかまがいる可能かのうせいかんがえたくないが、店内てんない騎士きしひかえているとリークされてげられてもこまる。はたらいているところにきゃくとしてるのが一番いちばんだとおもうんだが」

本当ほんとうならすこおよがせたいところだが……末端まったんだろうからな。そうさせてもらおう」


 リオネルとアンセルのあいだ計画けいかくがサクサクとすすんでいく。ヴェルデはそれをているだけ。このまま出番でばんはないかなぁとぼんやりとかんがえていると、すぐに否定ひていされた。


「ヴェルデはさわぎになったときおれ一緒いっしょのスタッフときゃく対応たいおうな。常連じょうれんたち接客せっきゃく後回あとまわしでいい。おっさんたち完全かんぜん無関係むかんけいだからな」

「あまりおおきなさわぎにならないといいんですけどね……」


 かれらはヴェルデがまえふくめ、いちかいがっていない。いだけんだらサクッと会計かいけいませてかえるため、滞在たいざい時間じかんみじかめだ。早々そうそうてんおく案内あんないされるため、きゃくがそちらにかえば目立めだつ。かれらがのテーブルにくのもおなじ。


 今回こんかいいちけん関与かんよすることはほぼ不可能ふかのうだ。

 さわぎがあったからと早々そうそうみせたとしても問題もんだいないのだ。


 あと事情じじょうはなし、謝罪しゃざいすればいい。事情じじょう事情じじょうだけにゆるしてくれるだろう。


くち出口でぐちかためさせてもらうつもりだが、常連じょうれんとは?」

さけとつまみとヴェルデのうた目的もくてきにくる、こえがでかいだけの善良ぜんりょうなおっさんたちだ。このあたりだとよるいだけするやすみせはないからうちのみせ利用りようしてるみたいだな」

たしかに彼女かのじょうたにはみせかよ魅力みりょくがあるから」

さけ料理りょうり美味うまいぞ。調しらべが無事ぶじんだらいにくるといい」

「ああ、ちかいうちに」


 リオネルは納得なっとくしたようにうなずく。店長てんちょう用意よういされたかみみせ間取まどえがく。出入でいぐちとして使つかえそうな場所ばしょ念入ねんいりに。


 決行けっこうそなえてはない、ヴェルデとアンセルは一足ひとあしさきしろのちにした。ものくとてきた手前てまえぶらでもどるわけにはいかないのだ。


「あった!」

おなじのあるなんてツイてるな〜。じゃあこれと、こうそっちのランプもひとつ」

ふたうんですね」

予備よびいちあったほうがいいだろ」


 ランプがこわれることなんて早々そうそうないのだが、なにおもうところがあるのだろう。ランプをり、みせへともどるのだった。


 

 開店かいてんまでの時間じかん、ヴェルデはひたすらに雑巾ぞうきんう。チクチクチクチクと無言むごんはりうごかすのである。


 ねんのため、れい部屋へやからはタオルを回収かいしゅうしてきていない。なに証拠しょうこひんになるかからないからだ。これらも場合ばあいによっては調しらべられるのだろうが、そのときいとけばいい。


 こうしてっているのは、元々もともと予定よていをなぞることですこしでもしんかせるため。同時どうじ更衣ころもがえしつ出入でいりするスタッフを確認かくにんするためでもある。


 たら雑巾ぞうきんいをげてホールに手筈てはずとなっている。

 

 彼女かのじょ出勤しゅっきんしてきたのは開店かいてんギリギリの時刻じこく。メイクもかるませ、みせった。ヴェルデもすぐに彼女かのじょつづく。


 そして開店かいてん早々はやばやはいってきた新規しんききゃくから『オレンジジュース』のオーダーをける。まさかリオネル本人ほんにんるとはおもわなかったが、事前じぜんめた手筈てはずしたがう。

 

 彼女かのじょ担当たんとうきゃくはまだいない。

 つかまえるならいまがチャンスだった。

 

 オレンジジュース同様どうように、合図あいずしなとしてめていたサービスひんはこんでいく。

 

「オレンジジュースおたせしました! こちらサービスのチーズです」

 

『チーズ』なら作戦さくせん決行けっこう

『ナッツミックス』ならすこ待機たいき

 

 かれは「わるいな」とわらい、れい彼女かのじょ指名しめいした。

 いかにもおかねちそうなリオネルにられ、接客せっきゃくスマイルでやってきた彼女かのじょうでつかむ。

 

確保かくほ!」

 リオネルのさけびに、まだすくないきゃくたちかたまった。がり、いそいでものもいたがそちらはそと待機たいきしている騎士きしたち捕獲ほかくされることだろう。スタッフもおなじ。

 

 無事ぶじつかまり、うで拘束こうそくされた彼女かのじょ姿すがたて、ヴェルデはホッとむねろした。

 

協力きょうりょく感謝かんしゃする」

 ピシッと敬礼けいれいをし、リオネルは彼女かのじょれてってった。


 騎士きしはいったという情報じょうほうきゃくとスタッフたちめぐることだろう。今後こんご、よほどの理由りゆうがなければこのみせ使つかわれることはないはずだ。

 

「ほらおまえら、仕事しごともどれ〜」

 アンセルはパンパンと両手りょうてはたき、かたまっているスタッフの意識いしきもどす。

 

みなさんにはつまみをサービスさせてもらいますので」

ものじゃないのかよ〜」

ものをサービスしたらスタッフに注文ちゅうもんできないでしょう?」

「そりゃあちがいねぇや」

 

 きゃくたち店長てんちょう様子ようすて、次第しだいにいつもの調子ちょうしもどっていく。


 騎士きしみせ突入とつにゅうしてくることはほとんどないが、あることはあるのだ。それもみせ自体じたい監査かんさはいったわけではなく、目的もくてきはスタッフいちにん最近さいきんはいったばかりということもあり、問題もんだいこしたやとってしまったのだろうと納得なっとくしてくれたようだった。


 スタッフがわからしても、いていたれていかれただけ。なにかあったのだろうとおもいつつもふかむことはせず、自分じぶんたち仕事しごともどってった。

 

  ヴェルデたち事件じけんかかわるのはこれでわり。

 あとは騎士きしだんがわがどうにかしてくれるはずだ。


 

 ――そのときのヴェルデはそうしんじてうたがっていなかった。


 

 だが作戦さくせん決行けっこうからにち。ヴェルデとアンセルは騎士きしだんされていた。

 彼女かのじょいた情報じょうほうについて確認かくにんしてほしいことがあるらしい。そしてリオネルから衝撃しょうげきてき言葉ことばいた。

 

彼女かのじょはなしによると、仕入しいれも販売はんばいもあの部屋へやおこなうように命令めいれいされていたようだ。ねんのため、ここ最近さいきん彼女かのじょ足取あしどりもったがめぼしいところとくにないことから、証言しょうげん間違まちがいないとおもわれる」

「でもなんでうちのみせなんだ? それも毎回まいかいまった部屋へやだなんて」

「そのけんについてはまだかっていない。とはいえ、おまえみせ関与かんようたがってはいない」

「うちにうしくらいところなんてないぞ。ましてやくすりだなんて」


 苦々にがにがしくてる店長てんちょう

 一昨日おととい冷静れいせい対応たいおうしていたかれだが、おもうところがあるらしい。


騎士きしだんが『みどりのカナリア』の情報じょうほうつかんでいるとった組織そしき利用りようされたのではないかとかんがえている」

「でもそれじゃあ、犯人はんにん協力きょうりょくしゃがスタッフかきゃくなかにいることになりませんか?」


 部屋へやかれているインテリアのデザインをることができるのは、あの部屋へやはいったものだけだ。


 カナリアのランプを設置せっちしたのはもうかなりまえのことなので、部屋へや使用しようれきさかのぼり、犯人はんにん候補こうほ特定とくていすることは困難こんなんだ。一度いちどかぎりのきゃくや、すでにみせうつったきゃくもいる。候補者こうほしゃ範囲はんいはかなりひろくなってしまう。


「……我々われわれもそうかんがえている。今日きょう今後こんご協力きょうりょくしてもらいたいとつたえたくててもらった。おれ直接ちょくせつくべきなのだろうが、目立めだつからな」

「それはかまわない。うちも綺麗きれいにしてもらったほうたすかる。な、ヴェルデ」

「はい」


 リオネルはホッとしたようにわらった。

 かれわかれ、ついでだからとしをしてからみせかえる。二人ふたりたまねぎと人参にんじん両手りょうてにいっぱいって、かえったらしたごしらえを手伝てつだわされることとなった。

 

 

 その一時いちじあいだのことだ。

 騎士きしだんつかまった彼女かのじょ毒殺どくさつされたのは。


 開店かいてんまえにやってきた私服しふくのリオネルからかされて、おもわずこえうしなった。

 

のどきむしり、さけびながらんでいった。くちふうじのためにころされたのだろう。調しらべたところ、昨晩さくばんほんれられていた。おそらく、それにどくられていたのだろうとのことだ」

すこになることがあるんだが、薬物やくぶつ売買ばいばいをしていたのならそこまでかねこまるものなのか? あいつ、うちでのかせぎはわるくなかったんだよ。なんか事情じじょうがあるのかとおもってふかくはかなかったけどよ」

 

 このみせはたらものはおかねこまっていることがほとんどだ。だからこそ、短期間たんきかん高額こうがくかせげるよるみせはたらみちえらんだ。


 事情じじょうふかくはかないのが暗黙あんもく了解りょうかいとなっている。だが今回こんかいはなしべつだ。

 

「よほどかねこまっていたか、みずからも薬物やくぶつ使用しようしゃだったか。後者こうしゃならもうけたかねすべやくえるだろうな」

じつわたしになることがあるんです。いままでづかなかったんでんすけど、よくよくかんがえてみると、彼女かのじょ不審ふしんうごきをするようになったのってわたしみせ腕時計うでどけいつけてからなんです」

 

 おもすのはひとがつほどまえ

 ホールスタッフの一人ひとり腕時計うでどけいをなくしてしまったときつかれ、店内てんないだい捜索そうさくしたのだ。


 結局けっきょく手洗てあらじょうちていた。ったときとしたのだろう。

 かなりかりづらいところにあったが、開店かいてんには確実かくじつにあったことと、のスタッフが閉店へいてんにはしていなかったと証言しょうげんしたことで、捜索そうさく範囲はんいしぼりこめた。

 

 彼女かのじょ部屋へやふく利用りようするようになったのはそれからだ。

 一見いっけんするととくかかわりがないようにおもえるが、いまになっておもうとわざと申請しんせいをしないことでうたがってくれとっていたようなものだ。


 実際じっさい、リオネルに確保かくほされたさい彼女かのじょ抵抗ていこうらしい抵抗ていこうをしていない。

 

「そういえば一緒いっしょはいってたメモはなんだったんだ?」

解読かいどくちゅうだ。だが彼女かのじょ間際まぎわさけんだのは『ヴェルデ』の名前なまえだった。そのかすかにげろとっているようにもこえたと。おれはそのにいたわけではないが、犯人はんにんきみねらっているのではないだろうか」

「え、わたし? なんで……」

 

 犯人はんにんにとって都合つごうわるいことをってしまったとでもいうのか。

 背筋せすじつめたいあせつたう。だが必死ひっしかんがえたところで、殺人さつじんおか相手あいてにらまれるようなことをしたおぼえがない。

 

理由りゆう不明ふめいだが、ねらわれている可能かのうせいがある以上いじょうはなってはおけない。おれ警護けいごたることとなった。店内てんないでの警護けいごはもちろん、出勤しゅっきん退勤たいきんにはいえへの送迎そうげいおこなうつもりだ」

「なんでですか!?」

 

 さきほどよりもおおきなこえ疑問ぎもん言葉ことばくちにする。

 けれどかれ冷静れいせいそのものだ。

 

おれはいいとおもうぞ。騎士きしまもってもらえるなら安全あんぜんだろ」

「そんな簡単かんたんに……」

犯人はんにんつかまるまでの辛抱しんぼうだ。警護けいごがしやすいよう、ヴェルデはホールかキッチンにたせるようにする。リオネルはカウンターせきおくせききなほう使つかってくれ。おく常連じょうれんがいるからうるさいが」

「そちらにこう」

勤務きんむ時間じかんえよう。おまえもずっとヴェルデをているのは大変たいへんだろ」

仕事しごとだから問題もんだいない」

感情かんじょうめんではなく、仕事しごととのいのはなしだ」

「それは……」

常連じょうれんたちかえったらがるようにして、ひる前後ぜんこうてきてもらうようにすればいいか。もの仕込しこみはおれ一緒いっしょにすればいいし、掃除そうじいちかいならてられるしな」

 

 本人ほんにんきにして、はなしはサクサクとすすんでいく。ヴェルデが抗議こうぎこえげても、二人ふたりそろって無視むしむ。ヴェルデを心配しんぱいしてのことだと理解りかいしていてもくやしいものだ。


 リオネルがおくせき陣取じんどったのを確認かくにんし、ようやく仕方しかたないとあきらめた。開店かいてん時間じかん間近まぢかせまっていることもあり、渋々しぶしぶ更衣ころもがえしつあしけるのだった。

 

 だがみせおく常連じょうれんたち指定していせきのようなものだ。

 わかおとこ一人ひとり、ポツンとすわっていれば目立めだつ。それもみせがわ使つかってか、食事しょくじさけたのんでくれるからなおのこと。


 接客せっきゃくをするのは当然とうぜんのようにヴェルデである。れいのスタッフを確保かくほしたとき居合いあわせたホールスタッフはもちろん、のスタッフからの視線しせんいたい。


 だがスタッフよりもするど視線しせんけるひともいる。ける相手あいてはヴェルデではなく、リオネルではあるのだが。

 

「ヴェルデちゃん、このひとは?」

 いつもとおなじくらいに来店らいてんした常連じょうれんたちは、見慣みなれぬわかおとこにらみつける。

 

「えっと、このひと今日きょうはじめてくるおきゃくさんで」

「ヴェルデじょう指名しめいしたのはまずかったか?」

 

 ヴェルデが適当てきとう誤魔化ごまかそうとしていたというのに、リオネルはあぶらそそぐかのごとく。

 どうせこれからしばらくは警護けいごするのだから指名しめいしたとってしまったほうはやいのはかる。理解りかいはできる。だがいいかたというものがあるだろう。


 ヴェルデをむすめのように可愛かわいがってくれている常連じょうれんたちかおには青筋あおすじかんでいる。だが一人ひとりだけ冷静れいせいなままの男性だんせいがいた。コウルである。

 

「まぁおまえたちけ。にいちゃん、ここにすわっているならちょうどいい。ヴェルデちゃん難攻不落なんこうふらくエピソードをかせてやろう」

「え」

「そうだな。それがいい。ヴェルデちゃん、ビールを人数にんずうぶん

「つまみはいつものな」


 コウルの言葉ことば賛同さんどうするかたち常連じょうれんたちもいつものせきく。

 難攻不落なんこうふらくエピソードとはなにのことか。まったおぼえがない。リオネルも真面目まじめ必要ひつようはないのだが、なぜかである。


 ジョッキをに、常連じょうれんたちのテーブルに椅子いすせているではないか。ヴェルデにはリオネルのかんがえがまるでからない。


 だがいま勤務きんむちゅうだ。オーダーがはいったからには対応たいおうしなければならない。

 

「ビールとおつまみですね」


 かれらがへんなことをはなすとはおもえないが、うしがみをひかれる気分きぶんでキッチンへともどる。そしていそいでテーブルにビールをはこぶと、なぜかリオネルは仲間なかまとしてむかれられていた。


 この短時間たんじかん一体いったいなにがあったのか。

 コウルはかれ背中せなかをバンバンとはたき、そうかそうかとうれしそうにわらっている。

 

「おまたせしました」

「お、ヴェルデちゃんたな! こいつぁ本気ほんきだぞ、なんせななねんだからな」

「えっと、なにのことでしょう」

 

 ななねんというと、ヴェルデがおうたのがちょうどそのくらいなのだ。まさかリオネルもヴェルデのことをおぼえていてくれたのだろうか。あわ期待きたいいだくが、すぐにそんなはずがないとくびる。

 

「いや、おっさんがあんまりうのも野暮やぼってもんだよな。いっぱいおごってやるから頑張がんばれよ、若造わかぞう

「はい。ありがとうございます」

 

 コウルはそうげると、リオネルにビールをご馳走ちそうする。ついでに追加ついかさけとビールの注文ちゅうもんける。


 ヴェルデが皿洗さらあらいをしているあいだおくせきはいつも以上いじょうがりをせていた。

 滞在たいざい時間じかんもいつもよりながく、会計かいけいするときにはどこか名残惜なごりおしそうなけていたほどだ。

 

 テーブルを片付かたづけながら、リオネルにこえをかける。


「あの、大丈夫だいじょうぶでしたか?」

「ああ、のいい人達ひとたちだった。本当ほんとうきみのことを大事だいじおもっていて」

かれらにはこのみせてからずっとよくしてもらってるんです。あ、追加ついかなにかいりますか?」


 いつもの調子ちょうしこえをかける。

 けれどかれかるくびり、ヴェルデのみみくちせた。

 

「そろそろがりの時間じかんだろう? 裏口うらぐちってる」


 ひくこえささやかれ、ビクッと身体しんたいねた。

 かれ平然へいぜんとした様子ようす自身じしん腕時計うでどけい指先ゆびさきたたく。今日きょうしがあるからとはや出勤しゅっきんしたため、がりもはやいのだ。

 

 耳元みみもとはなしたのは、まわりのきゃくかれないため。堂々どうどう一緒いっしょみせれば、みせがいでの営業えいぎょうもやっているのかと勘違かんちがいされてしまう。


 リオネルはみせのこともかんがえてくれたにすぎないのだ。騎士きしだんふくではなく、わざわざ私服しふく着替きがえてからきてくれたのも気遣きづかい。


 男性だんせいたいせいがないヴェルデが過剰かじょう反応はんのうしてしまっているだけなのだ。


「……着替きがえてきます」

「ああ」


 文句もんくいたい気持きもちをグッとこたえ、あかくなったかおかれからそむける。そして早足はやあし更衣ころもがえしつかったのだった。

 

「おたせしました」

 裏口うらぐちでリオネルと合流ごうりゅうしたときにはもうすっかりかおねついていた。

 

いえはどっちだ?」

「こっちです」


 リオネルに案内あんないするかたちあるれたみち辿たどる。

 だがいえちかづくと、リオネルの表情ひょうじょう次第しだいかたくなっていく。警戒けいかいしてくれているのだろう。

 ヴェルデはふかかんがえず、アパートのまえあしをとめた。


「ここです。おくってくれてありがとうございました」

 ペコリとあたまげる。

 けれどかれ表情ひょうじょうさきほどよりもけわしいものになっている。


一人暮ひとりぐらしだといていたんだが」

「そうですよ?」


 ここは単身たんしんしゃけのアパートだ。さほどひろくはないが、そのぶん、お値段ねだんもかなり手頃てごろだ。


 なによりヴェルデがいえごす時間じかんながくない。シャワーはみせのを使つかわせてもらっているし、食事しょくじだってさんかいのうちいちかいみせまかないでませている。場合ばあいによってはひる追加ついかされ、あさくこともおおい。


 休日きゅうじつはいつもよりもしっかりて、洗濯せんたくぶつをして、ものって、とごしていればあっというあいだわってしまう。


「こんな、かぎをかけていても侵入しんにゅうされそうな部屋へや女性じょせい一人ひとりらしを……」

「そんなにひどくないですよ!? 平民へいみんならこのくらいが普通ふつうです」

「……さきえよう。いてきてくれ」


 うでかれ、ズンズンとあるく。だが歩幅ほはばはヴェルデにわせられている。強引ごういんなのかやさしいのかからなくなる。


「どこにくんですか?」

おれいえだ」

「それはちょっと……。わたし、これでもおんなでして」

女性じょせいという自覚じかくがあるならもっとマシないえんでくれ。それに、なにもしない。かみちかってもいい」

「ですが……」


 そういながらすすんでいくさきにあるのは貴族きぞくがい。ヴェルデとはえんがないとおもっていた場所ばしょだ。

 比較的ひかくてき市場いちばちかい、ちいさめのいえなら場所ばしょかれいえはあった。だがおくにあるだい豪邸ごうていくらべて、というはなしであって、ヴェルデのらしている部屋へやよりもウンとひろい。


 リオネルはかぎけ、そのままいえなかすすんでいく。うでかれたヴェルデも当然とうぜんかれつづかたちとなり、たくさんあるドアのひとつであしめる。


きみにはこの部屋へや使つかってもらおうとおもう。しばらく使つかっていないからすこほこりっぽいかもしれないが、明日あした清掃せいそうれるから今晩こんばん我慢がまんしてほしい」


 部屋へやにはいかにもこうそうな家具かぐならんでいる。ベッドだって、みせ一番いちばんひろ部屋へやかれているものよりおおきい。


「さすがにこんなに立派りっぱなお部屋へや使つかわせていただくのはもうわけないといいますか、わたし自宅じたくでも大丈夫だいじょうぶですので」

「あのいえではセキュリティめん問題もんだいがある。なにかあってからではおそいんだ」

家族かぞくでも恋人こいびとでもない男女だんじょひと屋根やね生活せいかつするだって、普通ふつうなにかあったってうたがわれるものなんですよ……」

下世話げせわうわさながものたちきみまもってはくれない」

かえりたい……」


 ヴェルデはボソっとつぶやく。

 だがかえってくるのはすげない言葉ことばである。


きみいえのセキュリティめん問題もんだいがあった場合ばあいは、おれいえ保護ほごすると店長てんちょう了解りょうかいってある。本当ほんとうれてくるとはおもってもみなかったが、犯人はんにん逮捕たいほまで我慢がまんしてくれ」


 いつの了解りょうかいなんてったのだろうか。勝手かってはなしすすめてしまうなんて、店長てんちょう店長てんちょうである。かれなりにヴェルデのことを心配しんぱいしてくれているのはかるが、事前じぜん相談そうだんしてしかった。


「せめて着替きがえはりにかせてください……」

「もうおそいので明日あした以降いこうにしてくれ。おれはただ……心配しんぱいなんだ」


 まゆげ、こまったように説得せっとくされる。まるでヴェルデが駄々だだねているようだ。恋人こいびとでも婚約こんやくしゃでもないわか男女だんじょひと屋根やねしたごすなんておかしいはずなのに……。すでにふさがれていた。


 ヴェルデが抵抗ていこうあきらめたのをさっし、リオネルはやわらかくわらった。

 そしてべつ部屋へやくと、なにやら真新まあたらしいふくってきた。


おおきいかもしれないが、寝巻ねまきはこれを使つかってくれ。男物おとこものだが新品しんぴん綺麗きれいだから」


 いかにもこうそうなくろいパジャマである。おそらくシルクせい。ヴェルデにはおおきすぎる。好意こういとはいえことわるべきなのだろう。だがいちにちはたらいたふくで、これまた立派りっぱなベッドを使つかうのもけた。


 どうしたものかとなやんでいると、しょんぼりとむリオネルとった。


「やはり、わたしふくいやか?」

「……ありがたく使つかわせていただきます」


 警護けいごだって仕事しごととはいえ、好意こういであることにはちがいない。これ以上いじょうことわるのもわるいと、自分じぶんにいいきかせることにした。


「ところで食事しょくじんでいるのか?」

開店かいてんまえまかないをべました」

「そうか。ならよるはいいな。今日きょうはゆっくりてくれ」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみ、ヴェルデじょう


 やわらかく微笑ほほえまれ、すこしだけソワソワする。きっとれない場所ばしょたからだ。そうにちがいない。ヴェルデはりたパジャマにそでとおす。ズボンはながすぎたので、うえだけワンピースのようにることにした。

 

 かない。

 そうおもっていたのもはじめだけ。自分じぶんおもっている以上いじょうつかれていたらしい。やわらかいベッドにおぼれるようにねむりの世界せかいちていった。

 


 ◇ ◇ ◇



「はぁ……」

 ヴェルデを部屋へや案内あんないしたのち、リオネルは部屋へや項垂うなだれていた。

 彼女かのじょ手前てまえ、ポーカーフェイスをたもつづけていたが、心臓しんぞういまにもしそうだった。


 ななねんまえ

 警備けいび小屋こやでヴェルデにこいをした。

 かみおな緑色みどりいろひとみうるませ、くやしさでくちびる彼女かのじょ庇護ひごよくがそそられた。

 すこしでもけようとはなしいていると、彼女かのじょ自分じぶんのことをポツポツとはなしてくれた。


 名前なまえはヴェルデ。

 彼女かのじょには優秀ゆうしゅうおとうとがいること。

 おとうと学費がくひかせぐため、家族かぞくみんなで頑張がんばっていること。

 ちちちかくの炭鉱たんこう出稼でかせぎに、彼女かのじょおうにやってきたらしい。


おうならきっと仕事しごとがいっぱいあるからってわれて。家族かぞくはなれてらすのはさびしいし、大好だいすきなおかあさんのシチューがべられないのはつらいけど、まさか大好だいすきなうた仕事しごとにできるなんておもってなかったから、いまとてもたのしくて」

 はなしていくうちに彼女かのじょほおすこしずつゆるんでいく。やわらかな表情ひょうじょうに、リオネルのしんまであたたかくなる。


 おうみやこてからわるいことばかりでなくてよかった。

 むねろす。けれどちいさな恋心こいごころみのることはない。


 リオネルは騎士きしで、彼女かのじょはたまたま警備けいび小屋こや利用りようしたにすぎない。出稼でかせぎにきた彼女かのじょ警備けいび小屋こやえんなんてないほういにまっているのだ。


 さびしいが、ひそかに少女しょうじょしあわせをねがつづけていた。

 それは上司じょうしれていかれた酒場さかば彼女かのじょつけたときおなじだった。


 かつてうた仕事しごとにできるのがたのしいとかたってくれた彼女かのじょは、のびのびとこえみせちゅうひびかせていた。まるで彼女かのじょ自身じしんひとつの楽器がっきであるかのように。おと一体いったいになる彼女かのじょているだけでしあわせだった。


 づけばあしみせくようになり、うたみみかたむけながらカウンターでさけむのがリオネルのたのしみになっていた。いつまでもつづくとおもっていたが、実家じっか用事ようじおうはなれているあいだ火事かじきてしまった。


 修復しゅうふく工事こうじわったのちみせおとずれたが、そこにヴェルデの姿すがたはなかった。てっきり実家じっかかえったのだとおもっていた。


 再会さいかいするなどゆめにもおもっていなかった。

 アンセルとは顔見知かおみしりではあるものの、かれみせ興味きょうみなどなかった。いや、ヴェルデ以外いがい女性じょせい興味きょうみがないといったほうただしいか。づくはずもない。


 警護けいごもうとき、アンセルは一瞬いっしゅんとてもおどろいたようにまるくしていた。

 彼女かのじょはきっと見逃みのがしていただろうが、おそらく部下ぶかたちおな反応はんのうをすることだろう。それでもリオネルを信頼しんらいし、まかせてくれた。


 信頼しんらい裏切うらぎるつもりはない。

 リオネルはただ、ヴェルデにわらってほしいだけなのだ。このつかまえたいというよく一切いっさいない。


 このさき彼女かのじょすすみち障害しょうがいになるのなら、たとえ相手あいておのれであろうともてる覚悟かくごである。


彼女かのじょかなしませるなどだんじてゆるされることではない。おれおれ職務しょくむまっとうするのみだ」


 くちし、おのれ覚悟かくごさい確認かくにんする。緊張きんちょうかんのないかおおもはたき、気合きあいをれる。


 つぎったとき平静へいせいくずれることはないはず。

 同僚どうりょう部下ぶかからけられた『はがねかべのリオネル』の伊達だてではないのだ。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝よくあさ

 リオネルにみせまでおくってもらうと、事情じじょうらない裏方うらかたスタッフが満面まんめんみでむかれてくれた。

 

「ヴェルデ、あのひとよね!? 長身ちょうしんのイケメンにおかえりされたってホールのうわさしてたわ!」

「おかえりとかではなくて」

「ああ、そうよね。あの常連じょうれん相手あいて本気ほんき発言はつげんしたんですものね、おかえりなんてかたはよくないわよね。もうってるの?」

ってないわ!」

「まだはじまったばかりってことね。うんうん、いいとおもうわ。わたし応援おうえんしてるから!」

 

 両手りょうてをガッとつかまれ、応援おうえんされる。

 純粋じゅんすい好意こういであるとかるだけにこばみづらい。

 

「お、たな。とりあえずこれな」

「こ、こんなに!?」


 今日きょう使用しようするぶん野菜やさいすべばこめられ、ゆかにドンッとかれる。そのうえにはかた指定していのメモまでせられている。


 いままでもしたごしらえの手伝てつだいをしたことはあったが、ここまでまかされるのははじめてだ。つい戸惑とまどってしまう。

 

「しばらくヴェルデがしも準備じゅんびくわわるからってビリーにはなしたら、ならそのぶんんだものをつくりたいっていいだしてさ。うちとしても料理りょうりだけたのしんでかえきゃくえてきたし、このあたりでレパートリーをやしたいとおもってたところなんだ。ためし作品さくひんつくっている期間きかんまかないにもいろんなのがてきてうれしいだろ?」

「ビリーさんの料理りょうり美味おいしいですもんね。もちろん、店長てんちょうのもきですが」

 

 店長てんちょうとおり、元々もともと好評こうひょうだった料理りょうり人気にんきがここ最近さいきんでさらにたかまっている。

 担当たんとうスタッフが人気にんきだとなかなかてもらえないため、長時間ちょうじかん滞在たいざいするために食事しょくじませてしまうきゃくえたことが発端ほったんだ。


 だが一度いちどべてもらえればビリーの料理りょうり美味おいしさにづいてもらえる。つぎがあれば、ついでの食事しょくじではなくメインでたのんでもらえるのである。


 最近さいきんはちょっぴりおとく日替ひがわりセットメニューなるものもできたほどだ。

 

おれもいくつかつくるつもりだ。ところでヴェルデはプリンってつくれるか?」

「はい。実家じっかではたまにつくってました」

「なら今日きょうつくってみてくれ。試食ししょくしてみて、ビリーからも許可きょかりれば期間きかん限定げんていみせのデザートにくわえようとおもう」

「え、わたしのもくわえるんですか。つくったことがあるってっても素人しろうとですよ?」

「どうせしばらく早出そうしゅつになるからな。なんかそれらしい理由りゆうがあったほうがいいだろ。もちろん、時間じかん余裕よゆうがあればプリン以外いがいつくってくれてもいいぞ」

かんがえておきます」

 

 店長てんちょうかいかせないための理由りゆうけを用意よういしてくれたのだ。

 ヴェルデはなるほどとうなずき、酒場さかばでも注文ちゅうもんしてもらえそうなデザートをかんがえる。常連じょうれんたちにあったらうれしいデザートがないかいてみよう。

 

 やす時間じかんかんがえ、さきにプリンをつくる。

 ビリーが出勤しゅっきんするまえなのでではなくオーブンを使用しようすることにした。

 

「えっと自分じぶんようとビリーさんと店長てんちょうみっつでいっか」

常連じょうれんたちとあいつのぶんもな。警護けいごれいとでもってわたせばよろこぶだろ」

「リオネルさんにもよろこんでもらえるかはともかく、わたすならビリーさんのチェックがわってからのほうがいいんじゃ」

 

 常連じょうれんたちよろこんでくれるだろうが、リオネルはどうだろうか。

 かれ貴族きぞくだ。直接ちょくせついたわけではないが、間違まちがいない。そんな相手あいて料理人りょうりにんでもないヴェルデがつくったプリンをわたすのはけてしまう。

 

大丈夫だいじょうぶ大丈夫だいじょうぶ。ヴェルデがつくったってえばあいつ、よろこんでうから」


 心配しんぱいするヴェルデとは対照たいしょうてきに、店長てんちょうかる調子ちょうしかえす。

 店長てんちょう言葉ことば意味いみからぬまま、ヴェルデはプリンづくりの準備じゅんびかる。


先輩せんぱいぶんもいいですか?」

「いいぞ。ときわたしておく」


 プリンえきとカラメルをつくり、オーブンにれているあいだ野菜やさいかわく。プリンをやしているあいだのこりの下拵したごしらえをませ、わったらホールの掃除そうじをして、とごしていればあっというあいだ開店かいてん時間じかんになっていた。まかないをいそいでべて、ホールようのエプロンにえる。

 

 途中とちゅう出勤しゅっきんしてきたスタッフたちからも祝福しゅくふく言葉ことばおくられた。いだとってくれるひとがいればらくなのだが、のいいじんたちばかりなのだ。

 

 だが身分みぶんたかいリオネルが酒場さかばむすめ関係かんけいったと勘違かんちがいされるのはあまりいいこととはえない。ヴェルデ自身じしんほどわきまえており、勘違かんちがいをするはない。


 だがまわりはちがうのだ。

 リオネルの本気ほんき宣言せんげんがアクセルとなり、訂正ていせいするのはむずかしい。

 

「あとで相談そうだんしないと……」


 すでにおくせきにはリオネルがひかえている。

 メニューをながら、今日きょう夕食ゆうしょくなにべるか思案しあんしているのだろう。そういう姿すがたすらもまっている。おもわずためいきてしまいそうになるくらいにカッコいいのである。

 

 のスタッフからの生暖なまあたたかい視線しせんけながら、ヴェルデはプリンをってリオネルのテーブルにかう。


 プリンはすこまえにビリーと店長てんちょう試食ししょくしてもらい、ともに合格ごうかくをもらっている。明日あしたからはみせせるとってくれた。それでもすこ緊張きんちょうしてしまう。

 

「こちら試作しさくひんのプリンです。よければどうぞ」

ちがう。『ヴェルデのプリン』だ。明日あしたから期間きかん限定げんてい商品しょうひんとしてすつもりだから感想かんそうかせてほしい」

 

 うしろからやってきた店長てんちょうがすかさずヴェルデの言葉ことば訂正ていせいする。みにきたのだろう。そこまではいいが、商品しょうひんにヴェルデの名前なまえけるなんていていない。おどろきの表情ひょうじょうける。だがヴェルデよりもリオネルのほうがずっとおどろいていた。

 

きみつくったのか?」

「えっと、一応いちおう料理りょうりちょう店長てんちょうからは大丈夫だいじょうぶってってもらえたんですが、おくちわなかったら全然ぜんぜんのこしていただいて大丈夫だいじょうぶですので!」

「ありがたくいただこう」

あまいもの、おきなんですか」

あまいものが、というか……ああ、きだ」

 

 すこずかしそうにかおそむける。

 だがそんなにずかしがることはない。酒場さかばでスイーツをたの男性だんせいじんおおいのだ。常連じょうれんたちもよくたのんでいる。とくにフルーツケーキがときさけよりもごはんよりもさきしてくれとたのむほどだ。

 

「よかった。ご注文ちゅうもんはおまりですか?」

「ではAセットを」

「Aセットですね。かしこまりました」

 

 伝票でんぴょう記入きにゅうし、キッチンにオーダーをとおす。

 そのすぐにやってきた常連じょうれんたちにもプリンをすととてもよろこんでくれた。そのさいいたリクエストをきっちりとメモにるのもわすれない。

 

 

「おつかさまでした~」

 常連じょうれんたち見送みおくり、昨日きのうおなじく裏口うらぐちからる。

 そとっていてくれたかれは「荷物にもつとう」とばしてくれる。


 気遣きづかいはうれしいがヴェルデの荷物にもつなんてポシェットくらいだ。このくらい自分じぶんてるとフルフルとくびった。


 けれどまっすぐにかれつめたまま。

 はたらいているあいだげようとおもっていた言葉ことばがあるのだ。

 

「あの、わたし、やっぱり自宅じたくらそうかなとおもっていまして」

危険きけんだ。了承りょうしょうしかねる」

のスタッフから勘違かんちがいされてて。酒場さかば女性じょせい一緒いっしょいえかえっているところをいにられたらマズいですよね?」

「いや、まったく」

 

 顔色かおいろひとえずに一蹴いっしゅうされてしまった。

 リオネルはこと重要じゅうようせい理解りかいしていないのだ。どうすればかんがなおしてくれるだろうか。首筋くびすじきながらかんがえる。

 

きみこまることがあれば、こちらも対応たいおうかんがえるが……。いまさらだが恋人こいびとは?」

「……いません」

解決かいけつには誤解ごかいのこさぬようにつとめよう。いま我慢がまんしてくれ。もちろん、いえかえりたい以外いがいでの提案ていあん可能かのうかぎれるつもりだ。おとこおれなにもしないとっても信用しんようできないというのであれば女性じょせい職員しょくいんまわせるよう、手配てはいすすめて……」

「そっちの心配しんぱいはしていません!」

 

 ヴェルデとてそんな心配しんぱいはしていない。

 あくまでもはたかられば勘違かんちがいされる、というはなしをしているのだ。


 うわさ拡散かくさんりょくというものは意外いがいにも馬鹿ばかにならない。ひとうわさななじゅうにちなんてうが、さほど興味きょうみのない話題わだいならそのくらいでわすれるだけ。自分じぶんちかしい存在そんざい話題わだい印象いんしょうつよければいつまでもおぼえているものなのだ。

 

 だがうわさ片割かたわれの心配しんぱいごとはヴェルデとはまるでちがうものだった。

 あきれたようなけられる。

 

きみ女性じょせいなんだからもっと警戒けいかいしてくれ」

「リオネルさんのようなひとあそぶようなみせ中心ちゅうしんがいみせですから。下手へたしてあとなにわれるかわからないおんなにはさないんですよね。ちゃんとかってます」

 

 以前いぜん、ホールスタッフがそんなことをはなしていた。


 本来ほんらいかれのようなひとがあのみせることはないのだ。

 それにかれがヴェルデのがわにいるのは警護けいごのため。仕事しごとである。へん期待きたいをするほどロマンチックな思考しこうわせていない。

 

べつにそういうわけでは……。まぁいい。一度いちどきみいえこう。昨日きのう着替きがえをりにきたいとっていただろう」

「そのままいえらしたいんですが」

「ダメだ」

 

 すげなくことわられ、渋々しぶしぶいえふく回収かいしゅうする。

  っておいた食品しょくひんけい回収かいしゅうゆるしてもらえなかった。


 リオネルいわく、そこにどくられている可能かのうせいがあるからと。

 もったいないと文句もんくえば、危機きき管理かんり能力のうりょく云々うんぬんとお説教せっきょうはじまったため、あきらめざるをなかった。


 回収かいしゅうしたふくですら、一度いちどリオネルのいえ洗濯せんたくをするという徹底てっていっぷりだ。

 


 ◆ ◆ ◆

 


 十日とおか我慢がまんすればかえれるだろうとかんがえていたヴェルデだったが、その捜査そうさはなかなか進展しんてんしなかった。


 づけばかれいえらすようになってからひとがつ経過けいかしていた。


 一緒いっしょ朝食ちょうしょくべ、酒場さかばまでおくってもらい、夕方ゆうがたみせ合流ごうりゅうし、おなかえる。

 絶対ぜったい一人ひとりでは出歩であるかないよう、かたくいいつけられているため、ちょっとしたものとき荷物にもつりにとき一緒いっしょだ。休日きゅうじつ一緒いっしょ料理りょうりすることもある。リオネルは一人暮ひとりぐらしれきながいようで、料理りょうり得意とくいだったのだ。


 このいえでのらしにもれてきた。

 ことあるごとに危機ききかんうすいと指摘してきされるが、なんだかんだ上手うまくやっている。


 週間しゅうかんまえにはレースいと大量たいりょうんだ。

 かれとのしのさい雑貨ざっか安売やすうりしているのをかけたのだ。ヴェルデとしてはあまり荷物にもつやしたくなかったが、ひまつぶせるものがほしかった。


「よし、できた!」

 レースをむのは久々ひさびさで、ってきた練習れんしゅうわりにコースターをんだ。わってから、コースターがまいあることにづいてあたまかかえた。


 練習れんしゅうするだけならまいつく必要ひつようはない。

 しかもいちまい黄色きいろいとで。リオネルのひとみいろである。完全かんぜん無意識むいしきだった。

 

 だがわざわざくのもちががして、かといって自分じぶん使つか勇気ゆうきはない。

 そこで食事しょくじさいなにわずにコップのしたいてみた。


「こういうのもいいな」


 リオネルの反応はんのうはたった一言ひとことだけ。顔色かおいろひとつえず、色味いろみなんてまるでにしていなかった。それどころか翌日よくじつきみ似合にあいそうなのをつけた」とって黄色おうしょくのリボンをおくってくれたくらいだ。


 黄色おうしょくきくらいにしかおもわれていない。ヴェルデが意識いしきしすぎているだけなのだ。

 それからは自宅じたくもどってからも使つかえそうなテーブルマットやなべきなどをつくっては、たまに使つかっている。


 ◇ ◇ ◇

「なぁおまえたち、いつのったんだ?」

 いつものようにリオネルが酒場さかば食事しょくじをしていると、アンセルがやってきた。


 には注文ちゅうもんしていた『ヴェルデのプリン』がある。彼女かのじょはこんできてくれるとおもっていたが、いまあらものからはなせないようだ。


 ここからでははっきりとはえないのだが、今日きょう今日きょうとて一生懸命いっしょうけんめいはたらいている姿すがたあいらしい。


なにのことだ?」

「ヴェルデがけているリボンおくったのおまえだろ。まえまでニーナがおくったバレッタをけてたのに。ってるなんていてないってれるニーナをなだめるの大変たいへんだったんだからな」

ってない。警護けいごをしているだけだ」


 好意こういはあるが、それをひょうすつもりはない。

 リオネルがすべきは、ヴェルデに安心あんしんしてらしてもらうことなのだから。自分じぶん警戒けいかい対象たいしょうはいってはもともないのである。


 ったプリンにスプーンをし、あまめのカラメルを堪能たんのうする。

 だがアンセルはリオネルの返答へんとう納得なっとくいかない様子ようすだ。表情ひょうじょうゆがめ、気配けはいがない。


「……その警護けいご対象たいしょうにリボンをおくった理由りゆうは」

ものをしているときつけてな、以前いぜんははがアクセサリーはいくらあってもこまらないというはなしをしているのをおもした。アクセサリーもかみめもたようなものだろう」


 みせさきかざられたリボンをとき、ヴェルデのかおかんだのだ。

 そしてはは言葉ことばおもした。


「なんで黄色きいろなんだ」

いろなにしょくもあったが、黄色おうしょくのレースをんでいたのをおもしてあのいろにした」

おくものにもいろにも他意たいはないと」

「あったら問題もんだいだろ」


 女性じょせい相手あいておくものをするのは軽率けいそつだっただろうか。

 だが彼女かのじょもレース小物こものつくっては食事しょくじさい使つかっている。彼女かのじょふか意味いみなく使用しようしているように、リオネルの行動こうどうにもふか意味いみはない。


 ましてやいろなんて、相手あいてってもらえればなんでもいいだろう。


黄色おうしょくのアイテムおくっておいて、真顔まがおでいいきるおまえほう問題もんだいだとおもうがな」

「もしやいやがっていたのか」

いやがってたらけねえよ……」


 アンセルはおおきなためいきき、キッチンにもどっていった。

 リオネルとしてはへんなことをっている自覚じかくはないのだが、おくものなら直感ちょっかんてきえらぶのではなく真剣しんけんかんがえたほうがよかったのかもしれない。


 あまりにも直感ちょっかんてきすぎた。だが真剣しんけんおくものなど相手あいてこまらせるだけ。

 このくらいの距離きょりかんがちょうどいい。


 リオネルはそう結論けつろんけ、ふたたびプリンにスプーンをばすのだった。



 ◇ ◇ ◇


 

「ねぇ恋人こいびとさん、今日きょうてるよ」

今日きょう一緒いっしょかえるの?」

わたし昨日きのう一緒いっしょものしてるのちゃった」


 いつからか、スタッフたちはヴェルデをつけると々としてはなしかけてくるようになった。

 もとより会話かいわおおほうではあったのだが、リオネルを恋人こいびとだと勘違かんちがいするようになってからは頻度ひんどしている。


 ニーナにいたっては、うらめしそうにリオネルをにらみつけている。

 せめて彼女かのじょにだけは事情じじょうはなしておきたいのだが、はたら時間じかんをずらしている関係かんけいでなかなか時間じかんれずにいる。


 恋人こいびと勘違かんちがいされる原因げんいんおもたるふしはあるのだ。


 ひとつは、いつでもまもれるようにとちか距離きょりあるいているため。警護けいごのためなので仕方しかたない。

 そしてもうひとつはヴェルデがわるい。かれからもらったリボンがうれしくて、頻繁ひんぱんけているのだ。


 ものちゅうにコウルとかれおくさんにったときも、それはもう自分じぶんむすめ恋人こいびとれてきたかのようによろこんでくれて、とても居心地いごこちわるかった。


 そのさい、コウルがたかさけ意味いみおしえたからだろう。

 注文ちゅうもんけたスタッフにバックマージンがはいることをったリオネルはこのさかいに、毎日まいにちのようにゴールドを注文ちゅうもんするようになった。

 

 捜査そうさ協力きょうりょくのおれいのつもりなのか。

 ヴェルデははじめの発見はっけん以降いこう警護けいごけてもらっているだけでなんやくにもっていない。それに頻度ひんどたかすぎる。


 ヴェルデとしては実家じっか仕送しおくりできる金額きんがくえるのはうれしいことであるが、おかね大丈夫だいじょうぶなのか。常連じょうれんけてむほどのりょうがあるさけたのんでいるのも心配しんぱいだ。


 ついちらちらと確認かくにんしてしまうのだが、毎回まいかいちゃんとしている。たださけきなのだろうか。いえんでいる姿すがたたことはないが……。

 


 注文ちゅうもんはいたび、ヴェルデはうたうたう。

 リオネル以外いがいにもさけたのんでくれるおきゃくさんはいて、最近さいきん最低さいていさんきょくうたっている。さけれてくれるきゃくなかには担当たんとうスタッフにリクエストをき、そのきょくうたってほしいとたのひともいるくらいだ。


 常連じょうれんたちはいろんなきょくけるからか、毎日まいにち上機嫌じょうきげんかえっていく。リオネルもグラスをらしながら気持きもちよさそうにいてくれる。

 

 うた回数かいすうえれば、そのぶん給料きゅうりょう右肩みぎかたがりになっていく。

 給料きゅうりょうだければ、身体しんたいきよいままなのが不思議ふしぎなくらいだ。おとうと学費がくひまったいま自分じぶんがこのまちのこ理由りゆうがない。

 

 それにこのままみせにいたら、ヴェルデはダメになってしまいそうだ。

 うたをメインにかせげることにたいしてではない。仕事しごとにもやりがいはある。

 

 ただ、毎日まいにちリオネルとごしていると勘違かんちがいしてしまいそうになる。黄金おうごんひとみつめられると、そのまままれてしまいたいとさえおもうのだ。


 指先ゆびさきかるれただけで、いちにちちゅうそこにかれねつあつまっているようながして。無自覚むじかく自分じぶんながめている。手入ていれしていてもすぐにガサガサになってしまう平民へいみんだ。

 


 初恋はつこいというものがこれほどまでに厄介やっかいなものだなんてゆめにもおもわなかった。

 再会さいかいしなければちいさなのままでわらせられたのに……。


 リオネルはヴェルデのとどくようなひとではない。仕事しごと一緒いっしょにいてくれているだけだとあたまでは理解りかいしている。


 けれど気持きもちは日々ひびすくすくとそだってつぼみにまで成長せいちょうしている。

 このままではたらない場所ばしょはなかせ、ぐされしてしまいそうだ。

 

 捜査そうさわってからもおもしてしまうのだろう。

 ことあるごとにリオネルをおもすのかとおもうと自分じぶんいやになる。


 いまだってさらあらいながらかれのことをかんがえて憂鬱ゆううつになる。


 こういうときそと空気くうきうのが一番いちばんだ。

 チラリと視線しせんうごかすと、ゴミ箱ごみばこがこんもりとやまになっていた。みせうらしにくだけだからちょうどいい。


「ゴミってきます」

「それならあとおれが」

「すぐだから大丈夫だいじょうぶですよ」


 める店長てんちょうにそうかるげ、ふくろくちしばる。両手りょうてひとつずつおおきなふくろつ。両手りょうてふさがっているため、裏口うらぐちのドアに体重たいじゅうをかけるようにしてひらく。すると地面じめんおおきなかげができた。


「やっぱりおれたち運命うんめいあいされてるんだ。きみむすばれるのはあいつじゃない」

 かおげると、不気味ぶきみわらおとこった。


「あなたは……」


 以前いぜん、『カナリアのうたごえ』をリクエストしたきゃくだ。だがあのときとはちがい、うつろである。それでいてぱら特有とくゆうのアルコールしゅうがない。


 一瞬いっしゅんで、このおとこ犯人はんにんだと理解りかいした。


おぼえていてくれたんだね。おれあいしてる、ヴェルデ」


 きしめられ、あたま口付くちづけをとされた。気持きもわるくてこわくて、身体中からたじゅう鳥肌とりはだつ。いますぐたすけをびたいが、こえない。


 いつのリクエストがはいってもこえせるように練習れんしゅうしていたのに。なぜこんな大事だいじときなくなるのか。


 こわさにくやしさがじり、なみだる。


きみうれしいよね。はや一緒いっしょになろう」

 おとこはそうつぶやくと、ポケットから液体えきたいはいったちいさなびんした。びんそこかすかだが、しろこな沈澱ちんでんしている。


 いやだ、いや

 たすけて、リオネルさん。


 ちいさくふるえながら、あたまなかかれぶ。


こわくないよ、これをむと気持きもちよくなれる。あのときみたいに自由じゆううたえるんだ」


 とろけたようなみのおとこ小瓶こびんぶたけたときだった。

 おとこ身体しんたいがぐらりとれた。かれちからけたことで、ヴェルデも解放かいほうされた。そのまま地面じめんほうされるかとおもいきや、あたたかなきしめてくれた。


 かおなんてなくてもかる。

 ヴェルデがもとめた体温たいおんだ。


「ヴェルデじょうにそんなものは必要ひつようない。彼女かのじょいま気持きもちよく、自由じゆううたっている」

「リオネル、さん……」

おそくなってすまない」

最近さいきんてきただけのおまえなにかる! 年間ねんかんおれはずっと彼女かのじょおもつづけてきた。おれたち運命うんめいくさりつながれてるんだよ!」

「そうか、おれななねんだ」

「は」

怪我けがをしていていた彼女かのじょ一目惚ひとめぼれをし、上司じょうしれていかれたみせつけ、そしてまた再会さいかいした。おれたちほうがよほど運命うんめいだとはおもわないか」

「まさかあのときのこと、おぼえて……」


 ヴェルデのかおまる。

 だがリオネルはそのまま言葉ことばつづける。


なな年間ねんかん、ヴェルデじょうのことをわすれたことはない。おれ彼女かのじょあいしている。だがくさりつなごうとおもったことはいちもない。彼女かのじょかごなかとりにするつもりはない」

おれはヴェルデのためにかねかせいで、かおえて……運命うんめいだから。それが、ヴェルデののぞみだから。ヴェルデはおれあいしてくれる……おれのことをうたって……おれだけのカナリア」


 おとこつめてるようにかおきむしる。

 その様子ようす狂気きょうきちていると同時どうじくるしんでいるようにもえた。


 正気しょうきではないのだ。

 リオネルのうでつかちからつよくなる。


大丈夫だいじょうぶだ、大丈夫だいじょうぶ

 リオネルはヴェルデの耳元みみもとでそうつぶやく。そしてさやれたままのけんおとこはらなぐった。おとこ抵抗ていこうするひまさえなく、そのままフラリと地面じめんしずんでいった。


「リオネルさま、ヴェルデじょう、ご無事ぶじですか!」

問題もんだいない。犯人はんにん確保かくほした。れていけ」

「はっ!」


 やってきた騎士きしたちによっておとこ回収かいしゅうされていく。

 カナリアやくさりというワードをはっしていたことから、彼女かのじょ毒殺どくさつしたのもかれ間違まちがいないだろう。


 これにていちけん落着らくちゃく

 おとこ姿すがたえなくなり、緊張きんちょう強張こわばっていた身体しんたいからちからけてしまう。


大丈夫だいじょうぶか?」

「は、はい。ありがとうございます」

いま女性じょせいぶ。いや、店長てんちょうほうがいいか」


 ヴェルデをささえたまま、リオネルはまわりを確認かくにんする。


「あの、ひといてもいいですか?」

 かれはなれるまえに、ヴェルデにはどうしてもいておきたいことがあった。


「なんだ?」

「さっき、わたしのことあいしてるって……。あれは本当ほんとう、ですか? 犯人はんにん手前てまえ、そうっただけならいいんです。っていただく必要ひつようまったくなくて……」


 ずかしくてかおからそうだ。こえふるえてしまっていることだろう。


 けれどリオネルはあくまでも仕事しごとでヴェルデにいていてくれただけ。

 この機会きかいのがしたらいつえるかからないのだ。


 緊張きんちょうするヴェルデとは対照たいしょうてきに、リオネルはもうわけなさそうにまゆげる。


本当ほんとうだ。だがおれいえらすように提案ていあんしたのはきみまもるためだ。だんじて下心したごころなどではない。……くん負担ふたんをかけないよう、この気持きもちをつたえるつもりもなかった。警護けいごしていた相手あいてじつ好意こういせていたなんて気持きもわるいだろう。わすれてくれ」

気持きもわるくなんてないです! わたしも、きでしたから。ななねんまえのあの治療ちりょうしながらはなしいてくれたあなたに一目惚ひとめぼれをしたんです……」

「ヴェルデじょう……」

仕事しごとじゃなくても、わたしってくれますか?」

「それはつまり……恋人こいびとになってくれるということだろうか」

「リオネルさんさえよければ」

いやなはずがない! きだ、ヴェルデじょうあいしてる」

「どうかヴェルデと」

「ならおれのことはリオネルとんでくれ」


 さきほどとはちがう。

 正面しょうめんから全身ぜんしんつつむようにきしめられる。かれむねからはバクバクと心臓しんぞうねるおとこえる。きっとヴェルデの鼓動こどうおなじくらいはげしくうごいているのだろう。


「ヴェルデ!」

無事ぶじか!」

 いきおいよくドアがひらいたおとにビクンと身体しんたいねた。裏口うらぐちからてきたのは店長てんちょうとニーナである。

 二人ふたりまえにして、アンセルはまずそうにらしている。


わたし無事ぶじです。ご心配しんぱいをおかけしてもうわけありません」

「そこの騎士きしがちゃんとていれば!」

「ニーナ。嫌味いやみをいうのはのちにしてやれ。もどるぞ。……邪魔じゃましてわるかったな」


 店長てんちょうはニーナのうでくと、ゆっくりとドアをめた。

 リオネルとヴェルデはかおわせて、フッとわらいをこぼす。


「あとであやまりにいかないと」

「ならおれ一緒いっしょこう。ったことを報告ほうこくしたい。あいしてる、ヴェルデ」


 ななねんまえつよしんかれた黄金おうごんひとみにヴェルデはいまつめられている。

 ほおえられたのを合図あいずにゆっくりとじる。おくれてやってきたキスと、このさきつづくであろう幸福こうふくゆだねるのだった。


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