一瞬ブラックアウトした直後、眩しい光が視界に入った。ゲートを越えたのは明らかであり、それが意味するところをアイリスは察知している。
『エイリアンがぁぁっ!』
急激な方向転換。視界に入った輝きはビーム砲である。恐らくはゲートに居残った艦隊が慌てて撃ち放ったものだろう。だが、カザインの攻撃は完全にタイミングを逃している。想定外の進攻であり、彼らは通過ラグの合間に撃ち放てなかったらしい。
アイリスは素早く機体を操り、間一髪のところでビーム砲を回避している。
「アイリス中尉、とんでもないことをしでかしたのではないですか!?」
『集中しろ! 恐らく追っ手もゲートを抜けてくるぞ! 砲撃準備だ!』
確かに今は問答している場合ではない。ミハルたちは追われていたのだ。加えて、ここはゲートの裏側である。追っ手だけでなく、艦隊からの砲撃も考慮しなければならない。
「航宙機は任せて大丈夫ですか!?」
『任せろ。貴様は艦隊にぶち込んでやれ!』
恐らく居残った艦隊も、そのうちに航宙機を射出するだろう。ならば先手とばかりに重イオン砲を撃ち込むべきである。
「当たれぇぇ!」
距離はあったけれど、ミハルが撃ち放った重イオン砲は減衰することなく宙域に長い尾を引いた。どうやらゲートの裏側には抵抗粒子が散布されていないようだ。
「もう一隻!」
照射ラグが回復するや直ぐさま撃ち放つ。密集して停泊していた艦船の数隻を一度に撃ち抜いている。
『落ちろォォッ!!』
アイリスもまた攻撃を仕掛けていた。ゲートから現れた追っ手を彼女は次々と照準に収めていく。
アイリスたちを追いかけてゲート裏へと戻ってきた航宙機は四十機あまり。予想よりも多く引き連れてしまったようだ。
『ちっ、大量だな! 餌が良すぎたのかもしれん!』
ミハルが艦船を撃ち抜くや、アイリスが航宙機を撃墜する。しかし、流石に航宙機が多すぎる。支援がないアイリスは次第に攻め手を失い、追い込まれていく。
『ミハル、航宙機に撃ち込め! 戻ってきた奴らを牽制しろ! 奴らをどうにかしないことには、どこまでも逃げることになるぞ!』
「分かってます! 狙ってんですから黙っててください!」
ミハルとて危機は察知できた。助かったのは停泊した艦隊が積極的に攻撃してこないことだ。直ぐさま向き直る艦船が四隻あるだけで、奥側に停泊した艦船は少しも動かなかった。
「貫けぇぇっっ!」
砲身は真後ろを向いている。複座機であったことは幸運だった。ミハルが放つ重イオン砲は強烈な輝きを宙域に残しながら後を追う有人機群を撃ち抜く。
四つの爆発痕が宙域に刻まれた。尚もミハルは照準を睨み付けている。照射ラグが回復するや撃ち放ってやろうと。
「いける!!」
再び宙域を裂く一筋の光。その軌跡には、またもや無数の爆発が起きた。抵抗粒子の散布がないにしても、想像を絶する威力である。
『ミハル、反転するぞ!』
「了解! 引き続き、航宙機へ撃ち込みます!」
追っ手の数が減ったところで機首を変え、アイリスも参戦。二人して航宙機群を撃ち落としていく。
一見すると大規模な航宙戦が起きたかのようだ。しかし、この戦闘はたった一機によってもたらされたものである。カザインにとっては惨状ともいえる結果が宙域には残されていた。
『よし、艦隊に突っ込むぞ!』
「ええ!? 引き返すんじゃないのですか!?」
ほぼ航宙機を殲滅したところで、アイリスが再び旋回する。このままゲートを潜れば良かったというのに、彼女は停泊中の艦船へと向き直っていた。
『手土産が必要だ! このまま戻っては司令に怒鳴られてしまう!』
「もう手遅れですって!!」
声を張って訴えたが、アイリスは聞く耳を持たない。このところのリハビリで溜まった鬱憤を晴らすかのようであった。
『殲滅するんだ! 艦船はあと十六隻! 全部一撃で沈めろ!』
「ああもう、どうしてこんなことに!」
ゲートに居残っていた艦隊は二十隻。そのうち四隻を爆散ないし足を止めた。残すところは十六隻である。
「届けぇぇ!!」
回避機動によって距離が拡がったけれど、感覚的には撃ち抜けると思う。主導権のないミハルは現状を受け入れ、撃てる限りに撃ち抜こうと考え改めている。
巨大な爆発が起きた。重イオン砲は途轍もない威力を発揮している。距離を取ったことは結果的に良かったのかもしれない。機動力に勝り、的の小さい彼女たちは艦船を圧倒できた。
『ミハル、お前だけズルいぞ! 私だけが怒られるじゃないか!?』
「知らないですよ! こんなところで死にたくないだけです!」
尚も撃ち放つ。攻勢に転じたミハルたちは次々と敵艦を沈めていた。
近寄ることすら許さぬ重イオン砲は間違いなく圧倒している。もしも艦船にカザインの兵士が残っていたとすれば、恐怖におののいていることだろう。
『私も攻撃するぞ! 小言などは御免だ! この宙域を平定し、逆に褒められてやる!』
もうどうにでもなれとミハルは思った。何を言っても聞くはずがない。だとしたら生き残る最善を尽くすのみ。
ただし、ミハルも手応えを感じていた。この無謀な戦いの結末。どうみてもカザインは浮き足立っており、積極的な反撃に転ずるようには思えなかったのだ。
「アイリス中尉は素直に怒られるべき! 反省すべきです!」
『猛省しておるから戦っておるのだ! 落ちろぉぉっ!!』
正直に宇宙海賊の方が手強い。ほぼ無抵抗なままカザインの艦隊は次々と姿を消していく。
ふとミハルは思った。残存部隊の指揮艦はどこにいるのだろうかと。
「アイリス中尉、ひょっとして指揮艦は太陽系側にいるのではありませんか!?」
今まで人類がゲートを越えたことなどなかった。従ってカザインは残存艦隊に戦力を残していない可能性がある。指揮を執る者が残っていない。だからこそ無抵抗なのではないかと。
『その可能性も十分考えられる。とりあえず速攻で終わらせるぞ! 奴らの戻る場所を壊滅へと追い込み、我々は救援に行く』
「いや、今すぐに向かいましょうよ!?」
アイリスがミハルの意見を受け入れる可能性は皆無である。これまでも少しですら考慮してもらえなかったのだ。
『駄目だ! ここは一掃しておかねばならない!』
やはり一蹴されてしまう。けれど、それは自己保身のためではなかった。またも叱責を避けるための行動かと思いきや、意外にもアイリスは状況を把握できている。
『ミハル、よく見ろ。恐らく向かって奥側の艦船はもぬけの殻だ。戦闘が始まってから少しも動いていない。現状で稼働しているのは四隻のみ。それ以外の乗組員は大戦後に引き上げていると思わないか?』
大戦直後は二百隻あまりがゲートに残っていた。だが、その大半は大戦後に母星方向へと戻っている。アイリスはそれに多くの乗組員が搭乗していたのだと予想しているらしい。
「いやでも、どうして!?」
『この愚妹め。よく考えろ? 奴らはゲートに生産拠点がない。エネルギーの補給もままならんのだぞ? 恐らく奥側の艦隊は我らを牽制するためだけじゃなく、臨時の補給源となっている。有人機群がわざわざ我らを追って戻ってきたのはそれが理由に違いない。ゲート裏の予備戦力を分かっていたからだろう……』
「ならどうして彼らは侵攻したのですか!? 偵察にしては大規模すぎます!」
ミハルには分からなかった。大規模な侵攻といっても、GUNSの戦力からすれば問題ないレベルだ。勝てる見込みは少しもなかったのだから、それは無駄でしかないと。
『それはアレが奴らにとって問題となっているからだ……』
アイリスは語る。急な侵攻の意図。その目的が何であるのかを……。
『オリンポス基地がな――――』
カザインの目的に気付かされたミハル。確かに新造基地の存在を発見したとすれば、詳細を知る必要がある。以前の大戦時もイプシロン基地が狙われたのだ。次なる戦いがいつになるのか不明だが、カザインが情報収集を始めたとして不思議ではなかった。
『従ってゲート裏に陣取る輩は殲滅する。少しの情報も漏らしてはならない。ゲートの裏表関係なく我らは全てを撃墜するのみ……』
ミハルは考えさせられていた。規律は守るべきだと今も思うけれど、アイリスの話も理解できるものだ。大局を見るならば、確かにここで叩いておくべきだろうと。
「了解しました。早く終わらせて救援に向かいましょう」
『決定だな! 我らは苦楽を共にする姉妹弟子! エイリアンを一掃するぞ!』
言ってアイリスは機体を斜めに滑らせるような鋭い機動をし、艦隊が撃ち放つビーム砲を回避。更には猛然と艦隊に突っ込んでいく。その機動は完全復活を予感させるもの。並外れた才能のみが成せる技であった。
『ワハハ! これでミハルも同罪だぁぁっ!!』
続けられた台詞に眉を顰める。いつまで経ってもアイリスという人を理解できない。真面目に戦局を考えているかと思えば、冗談にも似た話を口にする。
「言っときますけど、私は反対でしたからね?」
まあしかし、戦闘後のことを考えられるのは凄いと感じる。叱責を受ける場面は全てが無事に終わったことを意味するのだから。
『さあ行けミハル! 巨大充電器の土手っ腹を撃ち抜けぇぇっ!』
四隻の艦船では彼女たちを止められなかった。それは巨大な的でしかなく、一発必中との言葉通り、瞬く間に彼女たちは宙域を平定してしまう。
「中尉、もう反応はありません。早く戻りましょう!」
『ああ、急ぐぞ! ベイルの奴はどうでもいいが、愛しい弟が心配だ!』
アイリスは機首を変えソロモンズゲートに再突入していく。もう既に援軍は出ているはずだが、加勢しようと全開機動である。
またもや視界が暗くなった。モニターが切り替わる瞬間の闇。しかし、何事もなかったかのように直ぐさま視界が回復している。
太陽系側も派手な爆発痕が幾つも見えた。敵味方の判別ができない数多の残骸が宙を舞っている。
『そこを退けぇぇ!』
早速とアイリスが撃ち放つ。まだ敵航宙機が残っており、彼女は僚機の援護を始めていた。
敵艦隊は重イオン砲と航宙戦団の艦船により全てが足を止めた模様。全ての航宙機を排除すれば、この度の交戦は終結となるはずだ。
『こちら管制、PT001応答せよ……』
不意に通信が届いた。それは恐れていたことである。許可なく交戦に参加しただけでなく、ゲートを越えてしまったのだ。褒められる要素があるとすれば、無事に帰還したことくらいであろう。
『アイリス・マックイーンだ。交戦中だぞ?』
管制にアイリスが応答する。後ろめたいと考えていないのか彼女は強気なままだ。
『帰還を命ずる。これは戦団長の指示である。貴官は速やかに帰還してくれ』
『ふん、テレンス大佐か……。分かった。帰還する……』
意外にもアイリスは素直に命令に応じている。
テレンス大佐は彼女が所属する第三航宙戦団の戦団長であり、フロント閥の重鎮でもあった。戦局は収束に向かっていたし、アイリスも今以上に問題を大きくしたくなかったのかもしれない。
オリンポス基地へと向かうはずが、ミハルはどうしてか再びイプシロン基地へと戻っていた。しかも捕虜を尋問するような部屋へと連行されている。
「中尉のせいですよ?」
「知らん! タイミング良く現れるエイリアンが悪い!」
しばらくは二人きりであった。ギアも没収されており、正確な時間すら分からない。ミハルは非常に長いと感じたけれど、アイリスは慣れているのか鼻歌交じりである。
どれくらい経過しただろう。牢屋にも似た重厚な扉が開く。現れたのは大柄な男性。恐らくは話にあったテレンス大佐であるはずだ。
「まずお前たちに聞く。どうして交戦に参加した?」
向かいの簡易椅子に着席するや、テレンスが聞いた。どうしてと言われてもミハルに理由はない。よって質問に答えたのはアイリスである。
「どうしても何も敵が現れたんだ。あの数だぞ? 我らが早々に参戦しなければどうなっていたかは貴方にも分かるだろう?」
アイリスは臆面もなく正当性を主張する。結果として最小限の被害で済んだのは事実だが、命令違反も明らかであったというのに。
考えるような素振りのテレンス。実際に彼は助けられたとも考えていた。しかし、団員を取り纏める立場ではアイリスの主張を認めるわけにはならない。
「結果ではない。過程を問うているのだ。少なくとも中尉は管制に指示を仰ぐべきであった。どのような結果をもたらそうとも先走った行動は許されない」
「元より私は罰を受けるつもりだ。しかし、ミハルは関係ない。私の一存で連れ回しただけだからな!」
アイリスの話は意表をつくものであった。ミハルは思わずアイリスに視線を向けている。てっきり共謀したように言われるものと考えていたけれど、彼女はミハルを庇っていた。
「それは通話データから確認済みだ。よってミハル三等曹士は一週間の独房行きとなる」
「ちょっと待て! ミハルは関係ないと説明しただろう!?」
戦団長であるというのに、アイリスは声を荒らげている。本当に意外な光景であった。あのアイリスがここまで擁護してくれるなんて考えもしないことだ。
「軍規に抵触したのだ。これは寛大な処置である。ちなみにアイリス中尉は一ヶ月の謹慎に加え、降格が決まった……」
息を呑むミハル。少しばかりい返したくもなるけれど、彼女は何の弁明も口にできない。軍の決定に逆らうなんてできなかった。
舌を鳴らすアイリスは険しい表情をしている。どうにも一悶着起きそうな雰囲気だ。
「まあしかし、良い話もある」
テレンスが続ける。伝えられたことは全て罰であったというのに、朗報とも呼べる話がまだあるのだと。
「先ほど機体データの解析中に統轄本部議会で軍規が変更となった――――」
どうやら議題に上がっていた専守防衛という規定の改定議案がようやく可決したらしい。それによりゲートを越えて侵攻する準備が整ったようだ。
「もう少し早ければ不問に付すこともできたかもしれない。しかし、君たちの行動履歴は明確に施行前である。緊急時であったため交戦参加まではどうにかできただろうが、ゲートを越えてしまった事実はどうしようもない」
「いやしかし、例外があっただろう!? 確か、やむを得ない場合を除くとあったはずだ!」
アイリスは反論する。軍規が変更される以前からやむを得ない事態には許されるはずだと。更には即時施行となったのなら、何も問題なかろうと。
ところが、テレンスは首を振った。軍部としても損失でしかない二人のパイロットを罰したわけ。それには判然とした理由があったようである。
「お前たちは艦隊を一掃しただろう? あれは帰還するための適切な機動ではなかった」
告げられたのは良かれと思って行動した結果である。オリンポス基地の情報を守るために帰還するという選択を捨て、宙域から敵軍を排除したのだ。
「それが問題か? 上層部は馬鹿の集まりじゃないか? 我ら二人が戦ったからこそ、オリンポスの情報は漏れなかったのだぞ?」
「もちろん、それは軍部も評価している。だが、規則とは守られるためにあるのだ。違反した者を罰するためにある。だからこそ、お前たち二人は共に罰を受けるのだよ」
「この非常時にどういうことだ! 大佐はそれで構わんのか!? 罰を与えるなら私だけにしろ! 納得いくまで私はここを動かんぞ!」
正論を述べているのはテレンスである。けれど、彼自身もこの決定には不服だった。彼女たちの行動は英雄的価値があると内心は考えている。
「落ち着け。一応は戦団として上申している。圧倒的なデータを持ち帰ったのだ。PT001が得た情報はこれまでで一番価値があるものだ。新型機のテストデータよりも遥かに有意義なもの。その価値を評価してもらい軽減してもらおうとしている。しばらく独房で静かにしていろ。クェンティン司令が何とかしてくれるだろう……」
部隊どころか派閥が動いてくれるようだ。共にトップシューターとなった実績がある。罪をなかったことにはできないようだが、長く独房にいるようなことは避けられるのかもしれない。
「仕方ないな……。ミハル、しばらく我慢してくれ……」
嘆息するアイリスはようやく語気を弱めた。ミハルの罰が軽減されるのなら、それで構わないと言った風に。
「ただでさえ私は異動先で目立つ立場だっていうのに……。反省してくださいよ?」
愚痴のように返したミハルだが、実をいうと咎めるつもりはなかった。
無茶であり独断すぎた行動に他ならないけれど、結果的にアイリスの行動は正義だと感じる。きっと、このあと大勢の命を救うことになるだろうと思えてならない。
ゲートに張り付いていた敵軍が一掃されたのだ。新たな局面へと向かう切っ掛けになるだろうと。
二人は独房へと連行されている。素直に従ったからか、手錠はなく係員に誘導されて歩いて行く。ベッドしかない簡素な部屋へと各々が閉じ込められていた。
ミハルはベッドへと腰をかけている。
木星にいた今朝方には予想できない現状だ。今頃は新しい配属先で落ち着いていた頃だろうに、独房で呆けているなんて。
「まあ悪い予感はしたけどね……」
現状は考えうる最悪の想定すら越えていたけれど、アイリスが操縦士を買って出た時点でトラブルは避けられないと考えてもいたのだ。ミハルは特別に重い罰でもなかったから、久しぶりにゆっくりできる時間が得られたと考え直すことにした。
「休暇と思えば楽でしょ。ご飯も届くはずだし……」
ゴロリとベッドに寝転がる。パイロットスーツのままであったけれど、ミハルは直ぐに眠ってしまう。シャトルライナーで十分眠ったはずなのに、既に寝息を立てていた……。