「どうして逃にげるんですか？」

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（１）

　警察官けいさつかんの職務しょくむ質問しつもんというやつ。クソうざいですよね、あれ。

　法律ほうりつでは職務しょくむ質問しつもんはあくまでも任意にんいで、警官けいかんが質問しつもんに答こたえさせることを私わたしたちに強制きょうせいする権限けんげんなどないはず。けれど、やつらは行ゆく手てをさえぎったり、取とり囲かこんだりして、答こたえることをこちらに強制きょうせいしようとしてくる。

　あるとき、「任意にんいですよね。拒否きょひします」と言いって立たち去さろうとした私わたしに、やつらは「どうして逃にげるんですか？」と言いってきた。

　逃にげる？　私わたしは行いきたいところに行いくだけだ。自分じぶんの意思いしで自分じぶんの行いき先さきを決きめるのであって、あんたたちから逃にげているわけではないのに。

　ところが、私わたしが私わたしの勝手かってで歩あるいているという、その私わたしの行為こういが、警官けいかんには「逃亡とうぼう」とうつるらしい。何なになのだろう、これは。

　まず、ただ歩あるいているという私わたしの行為こういを「逃亡とうぼう」とみなしているのは警官けいかんである。それを「逃亡とうぼう」たらしめているのは、私わたしの行為こういの性質せいしつではない。警官けいかんの思考しこうが、私わたしの行為こういを「逃亡とうぼう」と意味いみづけている。

　そして、私わたしの行為こういを「逃亡とうぼう」とみなす警官けいかんは、私わたしが自由じゆうな存在そんざいであることを認みとめていない。やつらは、私わたしを拘束こうそくしてもよいのだと、そういう権限けんげんが自分じぶんたちにはあるのだと思おもい込こんでいる。だから、自分じぶんの思おもい通どおりにならない行動こうどうをとって立たち去さろうとする私わたしに、「どうして逃にげるんですか？」という質問しつもんをむけてくるのである。

　立たち去さろうとするのは私わたしの勝手かってだ。もし、警官けいかんもそれが私わたしの勝手かってだとみなすならば、歩あるき去さっていく私わたしの行為こういは、たんに歩あるき去さっていくという他者たしゃの行為こういにすぎず、それを「逃亡とうぼう」と認識にんしきすることはないだろう。自分じぶんは相手あいてを拘束こうそくしてよいという思おもい上あがり、また相手あいてを拘束こうそくしようという意思いしが、他者たしゃの行為こういを「逃亡とうぼう」とみなす条件じょうけんなのではないか。

（２）

　産経新聞さんけいしんぶんがつぎのような記事きじを出だしている。

＜独自どくじ＞仮かり放免ほうめん外国がいこく人じん１９５人にんが逃亡とうぼう　保証人ほしょうにんに偏かたより - 産経さんけいニュース(2021/12/16 20:40)

　仮かり放免ほうめんされている外国がいこく人じんが「逃亡とうぼう」するケースが増加ぞうかしており、その「逃亡とうぼう」事例じれいが特定とくていの身元みもと保証人ほしょうにんにかたよっているのだという内容ないようの記事きじだ。もっぱら入管にゅうかん庁ちょうの提供ていきょうする統計とうけいに依存いぞんした記事きじで、その背景はいけいを取材しゅざいしたり、統計とうけいの方法ほうほうへの批判ひはん的てきな考察こうさつをへたりした形跡けいせきはない。ただただ入管にゅうかんの役人やくにんのリークをそのまま書かき写うつしただけのもののようだ。簡単かんたんなお仕事しごとでいいですね。

　この記事きじは、政府せいふがめざしている入管にゅうかん法ほう改定かいていにむけての世論せろん誘導ゆうどうのためのものであろう。仮かり放免ほうめん者しゃと一部いちぶの支援しえん者しゃを攻撃こうげきしこれを危険きけん視しする感情かんじょうをあおることで、記事きじ中ちゅうにも言及げんきゅうのある「監理かんり措置そち」制度せいどの新設しんせつにむけての世論せろんづくりをしようということだろう。

　この「監理かんり措置そち」に対たいする批判ひはんはあらためてしなければならないし、仮かり放免ほうめん者しゃを「逃亡とうぼう」に追おい込こんでいるのは入管にゅうかん庁ちょうの非ひ人道的じんどうてきな施策しさくであるということも言いわなければならない。というのも、仮かり放免ほうめん者しゃの多おおくは、帰国きこくしようにもそうできない事情じじょうをかかえているのであって、日本にっぽんでの在留ざいりゅうを切実せつじつに望のぞんでいる人ひとたちだからだ。在留ざいりゅう資格しかくがいっそう遠とおのくような「逃亡とうぼう」など、だれがしたくてするだろうか。それに、「逃亡とうぼう」してしまうと、警官けいかんに職務しょくむ質問しつもんでもされれば、ただちに「不法ふほう残留ざんりゅう」として逮捕たいほされ入管にゅうかん収容しゅうよう施設しせつに送おくられる、そういう不安ふあんをたえずかかえながら生いきていくしかない。ある意味いみ、仮かり放免ほうめん状態じょうたいにもまして過酷かこくな状態じょうたいである。「逃亡とうぼう」する人ひとの多おおくは、そうしたくてそうするわけではない。「逃亡とうぼう」するのにもそれぞれ理由りゆうがあり、その理由りゆうはかならずしも本人ほんにんに責任せきにんがあるものではない。

　でも、ここではその話はなしはしない。「どうして逃にげるのか？」　その理由りゆうを論ろんじるべき局面きょくめんはたしかにあるだろうし、わたしもそうすることがあるわけだけれども。しかし、それより先さきに言いうべきもっと大事だいじなことがあると思おもうからだ。それは、仮かり放免ほうめん者しゃは人間にんげんだということである。言いうまでもないあたりまえのことだけれど、それがあたりまえだと思おもわれていないから、上記じょうきの産経新聞さんけいしんぶんの記事きじのようなものが書かかれるのである。

（３）

　さきの産経新聞さんけいしんぶんの記事きじは、「仮かり放免ほうめん外国がいこく人じん１９５人にんが逃亡とうぼう」という見出みだしをかかげている。まるでライオンか毒どくヘビが逃にげ出だしたかのような書がきぶりである。相手あいてが自分じぶんと対等たいとうな人間にんげんだと思おもっていたら、こんな無礼ぶれいな言葉ことばえらびができるわけがない。

　「仮かり放免ほうめん」というのは、退去たいきょ強制きょうせいの対象たいしょうとなっている外国がいこく人じんを入管にゅうかん収容しゅうよう施設しせつから一時いちじ的てきに出所しゅっしょさせる措置そちである。定期ていき的てきに入管にゅうかん局きょくに出頭しゅっとうすること、入管にゅうかん局きょくの許可きょかした住所じゅうしょに住すむことなどが義務ぎむづけられている。入管にゅうかんが「逃亡とうぼう」と呼よんでいるのは、仮かり放免ほうめん者しゃが出頭しゅっとうせず、居所きょしょが不明ふめいになるという事態じたいだ。ようするに、入管にゅうかんにとって、連絡れんらくのとれない、どこに住すんでいるのかわからない状態じょうたいになったということだ。

　入管にゅうかんは仮かり放免ほうめん者しゃに対たいして、身体しんたいを拘束こうそく（収容しゅうよう）すべき存在そんざいとみなしている。一時いちじ的てきに収容しゅうようは解といているけれど、本来ほんらいは施設しせつに収容しゅうようして送還そうかんすべき対象たいしょうなのだと考かんがえている。だから、仮かり放免ほうめんしたひとがどこにいるかわからなくなったら、それを「逃亡とうぼう」といいあらわす。入管にゅうかんの立場たちばからそれが「逃亡とうぼう」と呼よばれることは、理屈りくつとして理解りかいできる。

　けれども、仮かり放免ほうめん者しゃが人間にんげんであるとともに、仮かり放免ほうめん者しゃでない人ひともふくめた私わたしたちも人間にんげんである。私わたしたちと入管にゅうかんの立場たちばはちがうし、入管にゅうかんの言葉ことばづかいに私わたしたちがならうべき理由りゆうもない。産経新聞さんけいしんぶんや、その下劣げれつな記事きじを掲載けいさいしたYAHOOニュース（こちらはリンクを貼はらないが）も、人間にんげんを毒どくヘビあつかいして侮蔑ぶべつする記事きじを自身じしんのニュースサイトにのせない自由じゆうも、じつはあったのだ。

　くりかえすが、入管にゅうかんは仮かり放免ほうめん者しゃを拘束こうそくすべき存在そんざいとみなすからこそ、「逃亡とうぼう」という言葉ことばを使つかう。でも、在留ざいりゅう資格しかくがまだ認みとめられていないけれど私わたしたちの社会しゃかいでともに生いきている住民じゅうみん、また、国籍こくせき国こくに帰かえるのは危険きけんだからとここに残のこることを希望きぼうしている人ひとたちは、「拘束こうそくされてしかるべき存在そんざい」なのか？　私わたしはそうは思おもわない。あなたはどう思おもいますか？

　「どうして逃にげるんですか？」　その問といを口くちにするまえに、私わたしがその問といを発はっするべき立場たちばなのか考かんがえたい。たとえば、知しり合あいや家族かぞくが私わたしとの連絡れんらくをたってゆくえ知しらずになったら、それを「逃亡とうぼう」「逃にげた」と言いいあらわすだろうか？　それを「逃亡とうぼう」「逃にげた」と言いいあらわしたくなるのは、どんなときだろうか？　仮かり放免ほうめん者しゃ、あるいは技能ぎのう実習じっしゅう生せいについて「逃亡とうぼう」という言葉ことばが使つかわれることがしばしばあるけれど、そのことに違和感いわかんをおぼえないとしたら、それはなぜなのだろうか？