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仕事をやっつける -「早く仕事をやっつけて遊びにいきたいですね。」と- 英語 | 教えて!goo

「これはヤバかったな」という遅刻ちこくエピソード

不適切ふてきせつ表現ひょうげん該当がいとうするおそれがある内容ないよう一部いちぶ表示ひょうじにしています。

はや仕事しごとをやっつけてあそびにいきたいですね。」

いたいんですが、「わらせて」ではなく「やっつけて」のニュアンスって英語えいごでどうあらわしたらいいのでしょうか。

英語えいごってそもそも日本語にほんごおおくのニュアンスは表現ひょうげんしきれないとあきらめたほうがいいのでしょうか。英語えいごって単語たんごかず日本語にほんごよりすくないからそうおもっているんです。

いさぎよくあきらめたほうがいいよ」
これもどうったらいいのかな?

文脈ぶんみゃくによることはわかるんですが、日本語にほんご単語たんご存在そんざいする以上いじょう、その単語たんごそのものにあきらかなニュアンスがあるとおもっているんです。だから、その単語たんごそのもののニュアンスが日本人にっぽんじん発想はっそう中心ちゅうしんにあるようながします。

そのようなものを翻訳ほんやくさんたちはどうおかんがえですか?

A 回答かいとう (10けん)

Gです。

 フィーリングとうものにたいして興味きょうみがあるようにおもえましたので、この機会きかい使つかわせていただきこの「フィーリング」とはいったいなにか、ということを説明せつめいさせていただき、そのうえでご質問しつもんへの回答かいとうふかめていきたいとおもいますのでんでみてください。

残念ざんねんながら回答かいとうしゃさま理論りろん把握はあくできません。フィーリングとは主観しゅかんてきなものとおかんがえですか。それとも客観きゃっかんてきなもの?ニュアンスとは微妙びみょうちがうところをうものとおもいますが、そちらさまのう「フィーリング」はたんに「意味合いみあい」としかれませんが、なにが具体ぐたいてきちがうのでしょうか。

くちから言葉ことばはすべて主観しゅかんてきなものであることは言語げんご学的がくてきにも定義ていぎふくまれていますね。 なぜ、つたえたいことをひとつの表現ひょうげん方法ほうほう使つかうのか、ということがフィーリングそのものなのです。 ただ意味合いみあいではないのです。 そのひと状況じょうきょう判断はんだんして、それにもとづいてこうえば相手あいてにはわかってくれるとっているからこそ、それがそのひとひとりよがりであろうと、その表現ひょうげん使つかうのです。

説明せつめいてき表現ひょうげんをするときもあるでしょう、敬語けいご使つかうこともあるでしょう、また、くだけた表現ひょうげん使つかったほうがいいだろうとかんじるときもあるでしょう。 わざとあいまいな表現ひょうげんえらぶときもあるでしょう。 しかし、その表現ひょうげんはそのときに表現ひょうげんなのです。 くのであればからでもなおしが出来できますね。 つまり、フィーリングの確認かくにんをしてそのフィーリングにもとづいてなお必要ひつようがある、とかんじるからこそなおすわけです。 くちでの表現ひょうげんはそれが出来できませんね。 できるか出来できないかはここでは問題もんだいになってはいませんが、いってしまっても、なおしても、表現ひょうげんするということにはちがいないのです。

その表現ひょうげんはそのひとっているフィーリングがているのですね。

しかし、ここに社会しゃかい文法ぶんぽううものが存在そんざいするのです。 社会しゃかい文法ぶんぽううのはそのときにつくられている社会しゃかいみとめられている表現ひょうげん方法ほうほうということです。 一般いっぱんてき表現ひょうげんうものはそれなりにひろ範囲はんいでの社会しゃかいみとめられたその状況じょうきょうでの表現ひょうげん方法ほうほうということなのです。

結婚けっこんしようとする相手あいて両親りょうしんのまえでは、それなりの表現ひょうげん方法ほうほうわってくるという社会しゃかい文法ぶんぽうがあるわけです。 I isではだめだと社会しゃかい文法ぶんぽうがあるのです。

そして、まれてきてから自分じぶんけられてきた表現ひょうげん方法ほうほうがありますね。 この状況じょうきょうではこの表現ひょうげんがいいだろう、と判断はんだん基準きじゅんとなるものですね。 これを自己じこ文法ぶんぽうといいます。 社会しゃかい文法ぶんぽう客観きゃっかんてきなものとすれば個人こじん文法ぶんぽう主観しゅかんてきとなるわけです。

フィーリングとはじつはこの自己じこ文法ぶんぽうもとづいたもの、ということなのです。

つたいたいことを自分じぶんなりの社会しゃかい文法ぶんぽうなかからえらばれら自己じこ文法ぶんぽうもとづいた表現ひょうげん方法ほうほうをするいち手前てまえ感情かんじょうがフィーリングなのです。 

意味合いみあい、と単語たんごだけではこれを表現ひょうげんすることは出来できません。

たとえば、このご質問しつもんで、「おれは」と表現ひょうげん方法ほうほうはまずまずいとされる、のが社会しゃかい文法ぶんぽうなのです。 それを自分じぶんみと使つか表現ひょうげん方法ほうほう自己じこ文法ぶんぽうもとづいた表現ひょうげんとなりそうするべきだというのがフィーリングの一部いちぶであるわけです。 社会しゃかい文法ぶんぽうがいくらここではまずいだろうとしても、自分じぶんではかまわないとかんじ「おれはこういう英訳えいやくをするね」とうフィーリングがあればそうくわけです。 それはそのひと自己じこ文法ぶんぽうであるわけです。 その自己じこ文法ぶんぽう影響えいきょうされたのがフィーリングなのです。

I ain't got no money.は学校がっこう文法ぶんぽうではバツとするかもしれません。 でも、この表現ひょうげん普通ふつう使つかわれる社会しゃかいではその社会しゃかい文法ぶんぽうではOKなのです。 その社会しゃかいにいればこの表現ひょうげん使つかうことが「状況じょうきょうにあっている」とうことになるかもしれないわけです。 しかし、一般いっぱんてき社会しゃかいでは使つかってはいけないと社会しゃかい文法ぶんぽうがあり、それをっているひとにとっては使つかわないと自己じこ文法ぶんぽうがあるわけです。 そして、わたしのように、ちが社会しゃかいしているものにとっては「使つかける」必要ひつようかんじているわけですからわたし個人こじん自己じこ文法ぶんぽうではちゃんと使つかけて「その社会しゃかいむ」ことができるわけです。

いかえると、使つかえない学校がっこう文法ぶんぽうをつかえるとかんがえているひとは、Fxxk youと表現ひょうげん使つかってもいいとかんがえる自己じこ文法ぶんぽうっているひとおなじレベルの使つかえない学校がっこう文法ぶんぽうもとづいた自己じこ文法ぶんぽうつくられてしまっているとうことになるわけです。 学校がっこう文法ぶんぽう試験しけん文法ぶんぽうは「学校がっこうだけで通用つうようする文法ぶんぽうのついたもの」「試験しけんだけに通用つうようする文法ぶんぽうのついたもの」とうことになり、学校がっこう試験しけんがその社会しゃかいであるわけですから、かれらの社会しゃかい文法ぶんぽうだともえるわけですが、一般人いっぱんじん使つか社会しゃかい文法ぶんぽうではないわけです。 だから、学校がっこう文法ぶんぽう沿っているだけの英文えいぶん結局けっきょく一般いっぱん社会しゃかいでは使つかえないおかしな英文えいぶん」となってしまうわけです。

自分じぶんっている英語えいごりょくがほかのひとつフィーリングをせないとわけにはならないということにもなるわけです。 それがいくら学校がっこう文法ぶんぽう沿っていてもです。 なぜなら社会しゃかい文法ぶんぽう沿っていないからなのです。

わらせて」ではなく「やっつけて」と表現ひょうげんをするということはそれなりにそのちがいをっているということであり、「やっつけて」と表現ひょうげんいたこともんだこともなければどうやっても英訳えいやく無理むりだということなのです。 わらせて、という一般いっぱんてき表現ひょうげんはある程度ていど英語えいごりょくがあれば英訳えいやくできるでしょう。 でも、そのフィーリングがあるときに使つか表現ひょうげんではないわけですから、翻訳ほんやくにはならないわけです。

しかし、やっつけて、という表現ひょうげんらなければ、どんな状況じょうきょう使つかうのかどんなフィーリングにもとづいて使つかっているのかをらなければ英訳えいやくする、つまり、翻訳ほんやくはできないのです。 それにもかかわらずこういう表現ひょうげんができる、ということ自体じたい矛盾むじゅんしているのです。

やっつけて、という表現ひょうげんかんしていくら説明せつめいいて状況じょうきょう理解りかいしても、フィーリングをかんじることはできないのです。 フィーリングをかんじることができなければ、英語えいご表現ひょうげんもできない、ということです。 できないからわるい、ということではなく、ただたんにそれだけの英語えいご表現ひょうげん経験けいけんがないということであり、ずかしいことではないのです。 ずかしいことはわからないのに翻訳ほんやくしようとする意識いしきなのです。

ビジネス英語えいご・ビジネス日本語にほんご両方りょうほう経験けいけんがなくしては翻訳ほんやくはできないでしょう。 意味合いみあいはわかっていても、です。専門せんもん用語ようご英語えいごとしての専門せんもん用語ようご日本語にほんごとしての専門せんもん用語ようごとしてっていなければ、翻訳ほんやくできない、ということなのです。 だからわたしには翻訳ほんやくできないところがたくさんある、と自他じたみとめているのです。 

英語えいご生活せいかつし、英語えいごでビジネスをしているわけですから、意味合いみあいはわかります。 ですから、この表現ひょうげんはこういうことをいっているんだ、とは説明せつめいできるつもりです。 とくに、貿易ぼうえき物流ぶつりゅう関係かんけいのことならより専門せんもんてき説明せつめいできるつもりです。 しかし、それを日本語にほんご専門せんもん用語ようご使つかって、専門せんもん用語ようご使つかっている日本人にっぽんじんにも「専門せんもん用語ようごいているいるんだよ」というフィーリングはわたしには「翻訳ほんやく」できないのです。 

先日せんじつもこのカテでビジネス英語えいごてき専門せんもん表現ひょうげん一般いっぱんてき日本語にほんご表現ひょうげん翻訳ほんやくしたものがただしい翻訳ほんやく質問しつもんしゃかんがえてしまい、ビジネスに精通せいつうしているとおもわれる方々かたがた専門せんもんてき日本語にほんご表現ひょうげん回答かいとう無視むしされてしまったのです。 

つまり、その英文えいぶん使つかわれる社会しゃかい文法ぶんぽう経験けいけんがあるひと知識ちしき経験けいけんもとづく自己じこ文法ぶんぽうもとづいた(自己じこ文法ぶんぽうであるかぎ日本語にほんご表現ひょうげんにもその各自かくじちがいはてきますが)日本語にほんごでの社会しゃかい文法ぶんぽうもとづいた、つまりその専門せんもんてき表現ひょうげんもとめる社会しゃかいでの日本語にほんご表現ひょうげん使つかわなくては、専門せんもんてき日本語にほんご表現ひょうげん精通せいつうした相手あいてが「こいつはブロークンジャパニーズ」とわれても仕方しかたないわけです。 そうすると、その翻訳ほんやく翻訳ほんやくとしての役割やくわりをしなかったということになるのです。

フィーリングとはそのひとがなぜその表現ひょうげん使つかうのか、という部分ぶぶん表現ひょうげんなかふくまれている、ということなのです。 

ということはぎゃくに、その日本語にほんごのフィーリングを100%ちゃんとつたえるには、辞書じしょわけをそのままつけててただけでは(それがいくら本人ほんにんがその英文えいぶん日本語にほんごやくをきれいになおしても)相手あいて自己じこ文法ぶんぽう社会しゃかい文法ぶんぽうにあっている必要ひつようがある、ということなのです。

いまから学校がっこうきます、という日本語にほんご表現ひょうげんを、From now, I go to school.とやくしても、この日本語にほんご表現ひょうげんが「ひとうために学校がっこうにいきます」といいたいというフィーリングをすための表現ひょうげんであったら、From now I go to school.では翻訳ほんやくにならないのです。 おかりでしょうか。

I have to leave now to go to the school (to see a person).という状況じょうきょうっているのかもしれないわけです。 go to schoolとgo to the schoolという表現ひょうげんとのちがいが学校がっこう文法ぶんぽうてきにわかっても翻訳ほんやくには反映はんえいされていないわけですね。

なぜなら、まさしく翻訳ほんやくできるひとは、授業じゅぎょうけるために学校がっこうく、というフィーリングはない、という状況じょうきょうかんがえられる、ということをっているからなのですね。

つまり、「日本語にほんご単語たんご存在そんざいする以上いじょう、その単語たんごそのものにあきらかなニュアンスがあるとおもっているんです。だから、その単語たんごそのもののニュアンスが日本人にっぽんじん発想はっそう中心ちゅうしんにあるようながします。」という理解りかいがフィーリングに直接ちょくせつ関連かんれんしているわけです。

学校がっこうく、という表現ひょうげんに「あきらかにちがうフィーリングが複数ふくすうある」という日本人にっぽんじん発想はっそう中心ちゅうしんでもあるわけです。

ですから、あいしている、という日本語にほんご英語えいごのI love youとのギャップがあるかぎり、「あいしている」という社会しゃかい文法ぶんぽうつ「異性いせいへの感情かんじょう」がその「あきらかなニュアンス」がI love youという英語えいご表現ひょうげんには反映はんえいされていない表現ひょうげんとなってしまうわけです。

それよりもI can't live without youという表現ひょうげんのほうがあっているかもしれないわけです。 

したにもきましたが、ある状況じょうきょうである行動こうどうたいし、現地げんちじんならどのような表現ひょうげん、いいまわしを使つかうかとうことは一般いっぱんてき有意義ゆういぎになるものの、「翻訳ほんやく」とちがうようながします。

ただ現地げんちじん使つか表現ひょうげんではなく、日本人にっぽんじんとしてその表現ひょうげん使つかうフィーリングをしてはじめて翻訳ほんやくえるのだとおもいます。

>また、色々いろいろためしやくていますが、たりったりですね。これも興味深きょうみぶかいところでしょう。

たりったりとえても、今回こんかいのように「やっつけて」と表現ひょうげんには「わらせて」だけではないフィーリングがていなくてはならないのです。 それがていなければ翻訳ほんやくとはならないわけです。

wrap it upと表現ひょうげんには辞書じしょではかれていない「やっつけて」のフィーリングがちゃんとはいっている、とわたしや#4さんがかんじるところなのです。 わらせて、ときちんとうフィーリングのように辞書じしょではいてあるかもしれませんが、インフォーマルな表現ひょうげんとして「わらせる」より「やっつけて」にちかくなるわけですね。

もうひとつの表現ひょうげんがあります。 それはLet's get done with it.と表現ひょうげんです。 Let's get done with it and go for a beer.とかんじの表現ひょうげんですね。 かなりくだけた表現ひょうげんですので「やっつけて」のフィーリングはているとおもいます。

また、いてください。

こんにちは#1です。



>>しかし、put away は「しまう」ニュアンスで、かならずしも完成かんせいさせるとの意味合いみあいはうすいのではないかと心配しんぱいですがいかがでしょう。


片付かたづける」というのによく使つか言葉ことばはput awayとput backがあります。
その「しまう」というニュアンスはput backのほうですね。

Put back your toys properly, sweetie!
(ほら、おもちゃをちゃんとしまってよ(片付かたづけてよ)!)

という具合ぐあいです。

でput awayは「片付かたづける」でも「(使用しようみのゴミとうを)片付かたづけるというニュアンスで

Put it away! (てちゃえよ!)

というニュアンスです。

質問しつもんしゃさまのご質問しつもんなか

(「わらせて」ではなく)

という要求ようきゅうがございましたので、さきかれているget it doneはモロにその要求ようきゅうかなっていないかとぞんじます。

また、wrap it upというよく使つか素敵すてき言葉ことばられますが、これは現地げんち辞書じしょえいえい)のなかで

to finish a job

説明せつめいされています。

ですから、貴方あなたさまの(わらせるではなくろいう)ご要求ようきゅうてはまらないかとおも提案ていあんをやめました。

いろんな方々かたがたがいろんな名案めいあんしてくださっていますし、そのなかでどれかえらんで使つかわれるといかとぞんじます。

もうすこ野蛮やばんな(?)いいかたでよければkillやbeatを使つかってみてもいかもしれません。

No.3です。

補足ほそく質問しつもんにおこたえします。

回答かいとうしゃへのおれい拝読はいどくしていると、なかなか英語えいごには精通せいつうされているご様子ようす。ならば、ご自分じぶんでフィーリングの英語えいご創造そうぞうされてみては如何いかですか?

仕事しごとをやっつける」なんて言葉ことばじついたこともりませんし、使つかったこともありません。すくなくともまわりで使つかひと過去かこ現在げんざいもいませんでした。国語こくご辞典じてんにもっていないでしょう。それでも意味いみはなんとなくつうじますし、ニュアンスもつたわります。

英語えいごもそれとおなじです。作家さっかあたらしい造語ぞうご表現ひょうげんし、翻訳ほんやくあたらしい訳語やくごつくします。ハリーポッターの原作げんさくなど、たこともいたこともないかたりのオンパレードです。それを翻訳ほんやくしゃ松岡まつおか見事みごと新語しんご創造そうぞうしてあてはめるわけですから、それも才能さいのうでしょう。

No.3の回答かいとうでは優等生ゆうとうせいてき回答かいとうになりましたが、仕事しごとを「わずらわしい」「うっとおしい」「面倒臭めんどうくさい」「憎憎にくにくしい」ものとかんじ、「仕事しごとをやっつける!!!」というニュアンスで新語しんご創造そうぞうするとしたら、

Butcher it!!!
「ぶっころす!」

と、主語しゅごはぶいて命令めいれいがたにするでしょうね。仕事しごとはつまらないものとしてitであらわし、「する」という動詞どうし感情かんじょうめて使つかいます。こんな表現ひょうげん仕事しごとたいして使つかわない、こんな表現ひょうげんはない、といった批判ひはんにはみみかたむけません。自分じぶんのフィーリングで造語ぞうごしたひとつのcreationなのですから。

そのスタンスで、「いさぎよくあきらめろ」は

Cut off!!!
っちゃえ!」

使つかうかもしれません。文法ぶんぽうてき正誤せいごせい使用しようれきいません。自分じぶんのフィーリングで造語ぞうごしたひとつのartなのですから。

あなたも、その回転かいてんはやのうをフルに回転かいてんさせて、ご自分じぶんなりの造語ぞうご創造そうぞうされてみては如何いかでしょう。そのできの如何いかをこの質疑しつぎ再度さいどうてみられては如何いかですか?

参考さんこうまでに。

>How's about getting the work done real quick, then we can get the hell out of here?



>No worries, just drop it, ok?

>これってどうですか?
>それから、回答かいとうあんくらべるとどうちがうんでしょう。

#6です。どちらもいいんじゃないでしょうか。回答かいとうあんについては、あまりにも例文れいぶんおおいのでいちいちくらべられないんですが(笑)、上記じょうき例文れいぶん特徴とくちょうは、「How about」をれることで「~ですね」というよりは「~ましょうよ」というニュアンスをつよめていることや、「real quick」で速度そくどかんきたせていること。「No worries」で「あれやこれやとなやむなよ」というニュアンスをしていることですね。「drop」という単語たんごはいることで、「とにかくやまのような書類しょるいかかえていようと、バサッととしちゃってオッケー」というかんじもつたわりまよ。

いずれにしても、「ニュアンス」というものは、む(く)にん主観しゅかんですから、なかには「いや、わたし解釈かいしゃくではちがうニュアンスだ」とかんじるひともいるかもしれませんが、訳者やくしゃのようにかんじるひと確実かくじつにいるわけですよね。そのあたり「意味いみやくす」のと「ニュアンスをやくす」のとでは微妙びみょう作業さぎょう内容ないようちがってきます。

質問しつもんみっつあると解釈かいしゃくします。



>「やっつけて」のニュアンスって英語えいごでどうあらわしたらいいのでしょうか。

わたしみなさんの訳文やくぶん、どれもいとおもいますが、には「let's get it over with」がおもいつきました。「こんな面倒めんどうなものは、さっさとませてしまおう」といたい場合ばあい使つかいますね。

>「いさぎよくあきらめたほうがいいよ」これもどうったらいいのかな?

同様どうように「Just forget about it.」がおもいつきました。

>そのようなものを翻訳ほんやくさんたちはどうおかんがえですか?

エンタメけいなんねんもやってきましたが、すくなくともえい←→についていえば、やくせないニュアンスなどありません。上手じょうず下手へたはあれども、「表現ひょうげんしきれないとあきらめ」れば、それはすなわち「職場しょくば放棄ほうき」。報酬ほうしゅうはもらえないと覚悟かくごしたほうがいいのはもちろん、あまりつづけると業界ぎょうかいからされます。たとえ字幕じまく字数じすう制限せいげんのような制約せいやくがあって、そのではニュアンスをしきれなくても、どこかでなんらかのかたちすものです。長文ちょうぶん記事きじなら、そもそも原文げんぶんおな順序じゅんじょぶんならべる必要ひつようなどありませんしね。

日本語にほんご単語たんご存在そんざいする以上いじょう、その単語たんごそのものにあきらかなニュアンスがある」「だから、その単語たんごそのもののニュアンスが日本人にっぽんじん発想はっそう中心ちゅうしんにある」のであれば、たとえば「英語えいごけんひと発想はっそう中心ちゅうしんにあるニュアンスをった表現ひょうげん英語えいごなかからつけてくること」こそが翻訳ほんやく作業さぎょうなわけで、言語げんごえるだけなら、辞書じしょめくれるひとだれでもできます。単語たんごひとつのニュアンスに数日すうじつなやむのなんてたりまえですよ。

この回答かいとうへの補足ほそく

ありがとうございます。
翻訳ほんやく真実しんじつひとつではない、とうことですか。
わたし先生せんせいつぎ提案ていあんしていただきました。

How's about getting the work done real quick, then we can get the hell out of here?

No worries, just drop it, ok?

これってどうですか?
それから、回答かいとうあんくらべるとどうちがうんでしょう。

補足ほそく日時にちじ:2007/07/13 22:10

アメリカに39ねんほどんでいるものです。

 わたしなりにいてみますね。

わたしもLet's wrap it up andと実際じっさい使つかわれている表現ひょうげんでこのフィーリングをすものとしては最適さいてきだとおもいます。

日本語にほんご表現ひょうげん辞書じしょてき単語たんごってきて学校がっこう文法ぶんぽう表現ひょうげんしようとしても、このこの非常ひじょうくだけた日常にちじょう使つかわれる表現ひょうげんてこないわけです。

>「わらせて」ではなく「やっつけて」のニュアンス

なのです。 このニュアンス、わたしうフィーリングをしている表現ひょうげんということは実際じっさい使つかわれている、このフィーリングがあるときに自然しぜんくちからてくる表現ひょうげんでなくてはならないのです。 Let's wrap this/it up and get out (of) here for a drink!!とふう使つか表現ひょうげんなわけです。 get outa/outta hereとふうけばもっとくだけたフィーリングをすことが出来できますね。

>「いさぎよくあきらめたほうがいいよ」これもどうったらいいのかな?

あきらめちゃえよ、あきらめなって、とうフィーリングであれば、簡単かんたんに、Give it up!とってしまいます。 

しかし、いさぎよくやめたほうがいいよ、とうアドバイスてき表現ひょうげんをしたいのであればYou may want to give it up.とかもっと普通ふつうてき表現ひょうげんのI think you should give it up/you should forget it.とかんじにっていくことで、副詞ふくし形容詞けいようしでフィーリングをそうとするとどうしても、外人がいじんさん英語えいごになりがちになるのをふせぐことが出来できます。 そうしないと、くどい・ぎこちない表現ひょうげんのイメージになってしまいます。 つまり、使つかわれている表現ひょうげんではなく、いかにもつくったえい作文さくぶんになってしまうわけです。

ておかりのように、いさぎよく、と部分ぶぶん英単語えいたんごはいっていませんね。 えい作文さくぶんとはどうしても単語たんごひとひとつをやくさないといけない、とかんじてしまうひとがいるのですね。 そうではなく、表現ひょうげん自体じたいにそのフィーリングをったものを使つかうことでわざわざえい作文さくぶんをする必要ひつようがないのです。 

ですから、うえ表現ひょうげんのほかに、No need to hang in. No need to waste your time on it.とうような表現ひょうげん自体じたいがこの、いさぎよくあきらめる、とうフィーリングを表現ひょうげんすることが出来できるわけです。 やくすと、ちがうようですね。 それは、やくすからフィーリングがつかめないとうことでもあるのです。 だからこそ、日本語にほんごかいすな、とうことになるわけです。

中学ちゅうがくならった使つかえる文法ぶんぽう(使つかえない学校がっこう文法ぶんぽうばれるものではなく)のYou'd betterという表現ひょうげん応用おうようして、

Probably better off giving it up

Probably you'd be better off without it.

Probably better to give it up/to forget it.

うような方向ほうこうにもっていけるとおもいます。

日本語にほんご単語たんご存在そんざいする以上いじょう、その単語たんごそのものにあきらかなニュアンスがあるとおもっているんです。だから、その単語たんごそのもののニュアンスが日本人にっぽんじん発想はっそう中心ちゅうしんにあるようながします。

おはよう、と表現ひょうげん現実げんじつにはGood morningの発想はっそうとはちがいますね。 でも、日本語にほんごやく英語えいごやくとしてちゃんと「たいとして」存在そんざいするのですね。 日本語にほんご表現ひょうげんのフィーリングをつかむことで、「おな状況じょうきょうのときにどんな英語えいご表現ひょうげんをするのだろうか」と発想はっそうこり、事実じじつそのときに使つか英語えいご表現ひょうげん立派りっぱ使つかえるわけです。

これでいかがでしょうか? かりにくいてんがありましたら、補足ほそく質問しつもんしてください。 

この回答かいとうへの補足ほそく

ありがとうございます。
残念ざんねんながら回答かいとうしゃさま理論りろん把握はあくできません。フィーリングとは主観しゅかんてきなものとおかんがえですか。それとも客観きゃっかんてきなもの?ニュアンスとは微妙びみょうちがうところをうものとおもいますが、そちらさまのう「フィーリング」はたんに「意味合いみあい」としかれませんが、なにが具体ぐたいてきちがうのでしょうか。
したにもきましたが、ある状況じょうきょうである行動こうどうたいし、現地げんちじんならどのような表現ひょうげん、いいまわしを使つかうかとうことは一般いっぱんてき有意義ゆういぎになるものの、「翻訳ほんやく」とちがうようながします。
また、色々いろいろためしやくていますが、たりったりですね。これも興味深きょうみぶかいところでしょう。

補足ほそく日時にちじ:2007/07/13 22:02

仕事しごとをやっつける


なら
wrap it up
最適さいてきかと。こういうのは、ぐだぐだ講釈こうしゃくをしててくる
ものではなく、センスです。

この回答かいとうへの補足ほそく

ありがとうございます。
そのとおり、センスだとおもいます。
問題もんだいはそのセンスはどうにつけるのか、がポイントになりますでしょう。
たくさんやってれば、自然しぜんくものだとおもいますか。
まれつきの才能さいのう

補足ほそく日時にちじ:2007/07/13 21:58

はじめまして。



1.ご質問しつもん1.:
英語えいごってそもそも日本語にほんごおおくのニュアンスは表現ひょうげんしきれないとあきらめたほうがいいのでしょうか。英語えいごって単語たんごかず日本語にほんごよりすくないからそうおもっているんです。>

英語えいごもそんなにてたものではありませんよ。日本語にほんご動詞どうしなどが、様々さまざま助詞じょし助動詞じょどうし駆使くしすることで、幅広はばひろ表現ひょうげん述語じゅつごまれるように、英語えいごにも、様々さまざま副詞ふくし前置詞ぜんちしおぎなうことで、ゆたかな動詞どうしまれます。


2.「はや仕事しごとをやっつけて~」:

質問しつもんぶん場合ばあい副詞ふくし前置詞ぜんちしをあわせると、あらわしたい動詞どうしつかります。
れい
(1)I struggle out through the work.
直訳ちょくやく)「その仕事しごと苦闘くとうしてげ、仕事しごとから脱出だっしゅつする」

struggle:「もがく」「苦闘くとうする」といった意味いみがあります。
out:「徹底てっていして」「最後さいごまでげて」「~脱出だっしゅつして」といった意味いみあらわ副詞ふくしです。
through:「とおして」「つらぬいて」という意味いみ副詞ふくしです。

(2)I fight out the work.
直訳ちょくやく)「その仕事しごとをやっつけて退しりぞかせる」
fight:「~とたたかう」という文字通もじどおりのたたかいになります。
out:ここでは「やりく」「そとす」といった副詞ふくしはたらきをかしています。


3.「いさぎよくあきらめたほうがいいよ」:

(1)あきらめる:
give up with「あきらめる」
break off「関係かんけいつ」
clean up「片付かたづける」「清算せいさんする」
clear off「同上どうじょう

など、off「はなれて」、up「わって」といった副詞ふくしを、るい動詞どうしえると、動詞どうしのニュアンスとわさって、いろいろな「あきらめる」を演出えんしゅつできます。

(2)いさぎよく:
definitively「決断けつだんして」
frankly「あっさりと」
straight「ストレートな」(形容詞けいようし
with a strong will「つよ意志いしって」

など、副詞ふくしかぎらず形容詞けいようし駆使くししたり、前置詞ぜんちしなどで自由じゆうにニュアンスを表現ひょうげんできます。

(3)「いさぎよくあきらめたほうがいいよ」:
上記じょうき単語たんごなどを、フィーリングによって自由じゆうわせるといいかとおもいます。


4.ご質問しつもん2:
文脈ぶんみゃくによることはわかるんですが、日本語にほんご単語たんご存在そんざいする以上いじょう、その単語たんごそのものにあきらかなニュアンスがあるとおもっているんです。だから、その単語たんごそのもののニュアンスが日本人にっぽんじん発想はっそう中心ちゅうしんにあるようながします。>

英語えいごはなしたりいたりするときは、日本語にほんごわすれて英語えいご発想はっそう、ニュアンスでかんがえることが大事だいじです。日本語にほんご重視じゅうし英語えいごは、ときにとんちんかんな英訳えいやくになってしまいますから。


以上いじょう参考さんこうまでに。

この回答かいとうへの補足ほそく

ありがとうございます。
しかし、どうしても英語えいごより日本語にほんごほう繊細せんさい表現ひょうげんができるとおもっています。文化ぶんかてきちがいに起因きいんするものでしょうが、西洋せいよう文化ぶんかほう大雑把おおざっぱでアバウトながしてなりません。なぜかはさだかではありませんが。
また、struggle outとfight outは苦労くろうする意味合いみあいをあらわしているかもしれませんが、やはり「やっつける」とはどこがちがうかと心配しんぱいしています。
いさぎよく」ってそもそもニュアンスが微妙びみょうなのかもれませんね。
それから、になったのですが、日本語にほんごかんがえず、英語えいごだけでかんがえるとなるとたしかに状況じょうきょうおうじたいいまわしがありますが、これを使つかうって本来ほんらい意味いみでの翻訳ほんやくであるか、疑問ぎもんかんじてしまいます。
わたしがもとめているのは、バンドエイドてきな「これでつうじる」ではなく、多少たしょう不自然ふしぜんでも日本語にほんご単語たんご意味合いみあいのなかにあるひびきをあらわしたいのです。

補足ほそく日時にちじ:2007/07/13 21:46

>「やっつけて」のニュアンスって英語えいごでどうあらわしたらいいのでしょうか。


knock off the job はだめですか?

この回答かいとうへの補足ほそく

ありがとうございます。
しかし、ここでは job でいいのか心配しんぱいです。work じゃないんですか。

補足ほそく日時にちじ:2007/07/13 08:02

こんにちは。



「やっつける」を英語えいご感覚かんかくとらえますと(その時点じてんで、質問しつもんしゃさまのリクエストにはずれているかもれませんが)

put away

clean up

という言葉ことばになりそうなかんじですね。
ようは「片付かたづける」ですね。

We wanna put away our job quickly and go out together, huh?

くらいでそうでしょうか?

また

It's gonna be better to give it up willingly.

(いさぎよくあきらめたほうがいいよ)

くらいでいかがでしょうか?

参考さんこうになればさいわいです。

この回答かいとうへの補足ほそく

ありがとうございます。
しかし、put away は「しまう」ニュアンスで、かならずしも完成かんせいさせるとの意味合いみあいはうすいのではないかと心配しんぱいですがいかがでしょう。

補足ほそく日時にちじ:2007/07/13 07:56

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