きみと、どこかとおくへプロローグ　たびのはじまり
　かんせいしタラ　ぜひ、
　キミと　ドコかとおくへ
　たびにでたいナ。

　ポップスターじゅうに散ちらばったローアのパーツをみんなで集あつめていたあの頃ころ。マホロアはふと、そんなことを言いった。いつもと変かわらない、朗ほがらかな笑顔えがおを浮うかべているのに、その瞳ひとみはなぜか哀あいしげに見みえた。まるで、捨すてなければならないのに、どうしても捨すてられない宝物ほうもつを、ただじっと見みつめるような。そんな目めを、していた。
　マホロアは、そのときの会話かいわを覚おぼえているだろうか。たぶん、覚おぼえているのだろうな。マホロアは頭あたまが良よいから、きっと記憶きおく力りょくも優すぐれている。一方いっぽうぼくに対たいしては、自分じぶんが言いったことなんてカービィは覚おぼえちゃいないだろう――とか、そんなふうに思おもっていそうだ。確たしかにぼくは、マホロアに比くらべたら理知的りちてきでもなんでもないし、人ひとよりぽけーっとしてる自覚じかくはある。でも、大切たいせつなことは、ちゃんと心しんに焼やき付ついているんだよ。

心配しんぱいさっき見みたばかりなのに、結局けっきょく気きになってまた横目よこめでチラリと確認かくにんする。
クラスメイト兼けん、部活ぶかつ仲間なかま兼けん、恋人こいびとは…というと、寝ねている間あいだにクラスの女子じょし達たちに髪かみを三みっつ編あみにされていた。

こしのある綺麗きれいな黒髪くろかみ。
あの髪かみに触ふれていいのは自分じぶんだけなのに。

そうだ。ほんとは髪かみだけじゃなくて。あの手てだって指ゆびだって、バンダナだって。そう。全部ぜんぶ。全部ぜんぶって言いったらほんと、全部ぜんぶだ。頭あたまの先さきからつま先さきまで。

そう考かんがえたら なんだか悲かなしくなってきた。どうせ独ひとり占じめは叶かなわないのだ。もう微塵みじんも目めにうつしたくなくて、眠ねむいフリをして机つくえに突つっ伏ぷした。

付つき合あうことを了承りょうしょうした時ときの、虎とら鉄てつの嬉うれしそうな顔かおを今いまでも思おもい出だす。あの顔かおが、はしゃぐ声こえが、今いまでも自分じぶんのキモチを支ささえている。

マレビト育成いくせいキット　女おんなの喘鳴ぜんめいが聞きこえる。
　肺はいに水みずが溜たまっているような、酷ひどい音おとだ。
　がらんとしたワンルームは明あかるかった。住すむ人間にんげんのいない部屋へやは、今いままで経へてきた生活せいかつの跡あとが全すべて除去じょきょされて、何なにも無ない展示てんじケースのように淡々たんたんとして静謐せいひつだ。だがそこに、濡ぬれそぼった女おんなの放はなつ濁にごった喘あえぎ声ごえだけが繰くり返かえされている。
　暁あかつき人じんはためらいつつ、リビングに足あしを踏ふみ入いれた。すぐ後うしろでKKも息いきを潜ひそめている。
　カーテンの無ない掃はき出だし窓まどから、昼下ひるさがりの柔やわらかい光ひかりが部屋へやを照てらしている。
　女おんなは壁かべの隅すみにいた。住人じゅうにんが残のこした忘わすれ物もののように、脈絡みゃくらくもなく倒たおれ伏ふくしていた。
　暁あかつき人じんが近ちかづくと、女おんなはゆっくりと顔かおを上あげた。
　ごぼごぼと篭こもったような水音みずおとがする。こんなにも明あかるい部屋へやにいながら、濁にごった深ふかい水底みなそこを思おもわせる。重おもく、暗くらく、茫洋ぼうようとした水みず。それはこの女おんなの、胸腔きょうこうにあたる所ところから聞きこえる音おとだ。

旅人たびびとのハーバリウム　凝こり性しょうの自覚じかくはあった。
　作業さぎょうに集中しゅうちゅうしすぎて寝食しんしょくを忘わすれてしまうのはしょっちゅうだし、目的もくてきの為ためならとことん下調したしらべする。ミニゲーム作づくりも、よろず屋や経営けいえいも、全ぜん宇宙うちゅうの支配しはいですら。やるならば徹底的てっていてきに、隅すみから隅すみまで趣向しゅこうを凝こらさなければ気きが済すまない。そんな性分しょうぶんと一時いちじの異常いじょうなテンションがコラボレーションして誕生たんじょうしたのが――この、カービィ専用せんよう監禁かんきん部屋へやである。
「……イヤ、チガウヨ、チガウンダヨ、ローア」
　心しんはあれど物ものは言いわぬ我わが船ふねローアに生なまぬるい視線しせんを向むけられたような気きがして、ボクは咄嗟とっさに弁解べんかいする。
「カービィをココに閉とじ込こめようトカ企たくらんでナイヨ、ホントダヨ！」
　我わがながら悲かなしくなるほど信憑しんぴょう性せいに欠かける。しかし、今回こんかいばかりは真実しんじつだ。ボクがこの部屋へやを作つくるに至いたったのには、それなりの経緯けいいがあった。