かいりきベアは200を超えるBPMや3拍目に16分音符を挟むシンセリフといったkemuの音楽性を踏襲した楽曲群で2012年頃にヒットするが、2015年頃からはシンセを排した楽曲に主軸を移す。また、ほぼ時を同じくして動画も前回触れた「単色背景」系へと変化する。2018年8月2日投稿の「ベノム」はその後のTikTokでの人気も相まって自身最大のヒットを記録する。路線変更後も高BPMの楽曲は多いが、「ベノム」はBPM152(ナユタン星人「エイリアンエイリアン」と同じ)と比較的低BPMのダンスロックだ。コード進行もJust the Two of Us進行を用いており、2016年頃の流行を踏襲している楽曲と言えるだろう。
【公式】 ベノム/かいりきベア feat.flower
音楽的には、第3回で触れたぶつ切り/スタッターのみならず、リバース=逆再生なども取り込んだギターエディットが非常に特徴的だ。モジュレーション系のエフェクトのかかったリードギターも記名性が高い。また、2019年3月30日投稿の「アンヘル」はBメロが3連のリズムを刻んでおり、アメリカを中心に流行しているトラップを意識したアプローチのようにも思える。これに近い展開は2019年最大のヒットボカロ曲であるDECO*27「乙女解剖」や、wowakaのボカロPとしての遺作「アンノウン・マザーグース」(2017年)でも聴ける。ここから筆者が連想するのが、ヒットボカロ曲には度々Bメロで3拍子になるものが存在することだ。当連載に登場した楽曲だけでも、トーマ「バビロン」、Orangestar「Alice in 冷凍庫」、164「天ノ弱」などが挙げられる。ローカルな「ボカロっぽさ」とグローバルな流行のハイブリッドとしてこのような展開が生まれたと捉えることはできないだろうか。インタビューで「流行りを意識してクランチギター系の曲を作っている」(参照:音楽ナタリー)と語っているように、戦略的に楽曲を作っている様子も見受けられるが、kemu的な高速シンセロックから単色背景のダンスロックと流行をいち早く察知し、確実に成功を収める嗅覚と手腕は非常に優れたものだろう(ちなみに、かいりきベアと親交もある『ヘイセイプロジェクト』のぷすも似た変化を辿っており、現在は音楽ユニット・ツユで活躍中だ)。
2014年投稿の「薔薇泥棒」や「ガラクタ通り四番地」などにおいては、初期ハチを彷彿とさせるようなアコースティックなパーカッションが目立ったが、「ビターチョコデコレーション」では一転、TR-808のカウベルなどのリズムマシン的な音色のパーカッション/ビートが目立つ。2:08から始まるCメロのベースやビートからもトラップを連想することは容易いだろう。イントロ/Cメロの不安定なピアノや、少し外れた音高感を持つパーカッション(シンセ?)も相まって、ヒットボカロ曲としてはややオルタナティブな印象も受ける一方で、この楽曲のヒットも2016年頃のエレクトロニックミュージックやJust the Two of Us進行の流行と連続的な現象と捉えることもできる。過去から現在にかけての多くの楽曲ではピアノの使い方(グリッサンドや、低音部にベースを担当させるなど)が共通しており、これもsyudouの楽曲のゴシック感を演出する要素の1つだろう。ボカロヒットチャートにはsupercell~wowaka~kemu~Orangestar~ぬゆりなどと連なるピアノロック/ピアノポップの系譜(それぞれの影響関係は別として「メルト」「ローリンガール」「地球最後の告白を」「Alice in 冷凍庫」「フラジール」など)が存在するが、syudouをその先端に位置付けることも不可能ではないように思える。