No.93　東京とうきょう都と足立あだち区く千住せんじゅのきそば柏かしわ屋やの「ほろ酔よいセット」はかたじけなくて涙なみだが流ながれるのである

　15歳さいの時ときに足立あだち区くが嫌いやで、嫌いやで（歩あるいていると毎日まいにちにようにカツアゲに合あうような町まち）脱出だっしゅつして50年ねんだが、その時ときから、足立あだち区くと言いっても千住せんじゅ（デルタ地帯ちたい）だけは、荒川あらかわを越こえた他ほかの町まち（これ埼玉さいたま文化ぶんか圏けんのような）と比くらべ民度みんどが高たかかったような気きがする（これは町まちとしての歴史れきしの違ちがいなのだろう）。足立あだち区くを東京とうきょうの下町したまちという人ひとがいるが、千住せんじゅは堂々どうどう下町したまちとしての顔かお持もっているが、それ以外いがいの足立あだちは郊外こうがいであって、決けっして下町したまちとは言いえないである。
　そんな足立あだち区く嫌きらいで、絶対ぜったいにこの町まちには戻もどらないぞと言いっていた私わたしも、仕事しごとの関係かんけい上じょう動どう線せんで北千住きたせんじゅに引ひっかかってしまうため、最近さいきんはよく訪おとずれるのだが、その変貌へんぼうぶりに驚愕きょうがくするばかりである。住すみたい町まちのランキングに入はいったり（まさか）、大学だいがくが二ふたつもあり（電気通信大学でんきつうしんだいがく、東京藝術大学とうきょうげいじゅつだいがく－失礼しつれいだが芸大げいだいと足立あだち区くでは余あまりにイメージに乖離かいりがありすぎ、え、信しんじられない状態じょうたい）、北千住きたせんじゅ駅えきの1日にちの乗降じょうこう客数きゃくすうが上野うえの駅えきを越こえたと聞きいた時ときはぶったまげたのもである。実じつは昔むかしの郊外こうがい足立あだち人じん（今いまでもそうかもしれないが）は外そとで何なにかするハレ時じは、銀座ぎんざか上野うえのに向むかい、北千住きたせんじゅは通過つうかしていたのではないかと思おもう。そのためオジサンも偉えらそうに足立あだち区くに対たいする含蓄がんちくを述のべたが、千住せんじゅの町まちを知しったのは最近さいきんでビギナーなのである。

　まー昔むかしから渋しぶい飲のみ屋や（煮込にこみの大橋おおはし、千住せんじゅ揚あげの永見ながみ、串くし揚あげの天てん七なな他た）が犇ひしめいていて、呑のみ助すけには堪たまらない場所ばしょだと、噂うわさには聞きいていたが、40年ねんぶりに同窓会どうそうかいで訪おとずれた時ときにはオジサンのための町まちではないかと興味深きょうみぶかく街まちを眺ながめたものである。さて、また枕まくらが長ながくなったが、本日ほんじつはその千住せんじゅの町まちで120年ねん（明治めいじ37＜1904＞年ねん創業そうぎょう）の長ながきにわたり営業えいぎょうしている大衆たいしゅう蕎麦そば屋や「柏かしわ屋や」をご紹介しょうかいしたい。ひょっとする文豪ぶんごう森もり鴎外おうがいも千住せんじゅに住すんでいた時ときに訪おとずれたのではないかと思おもわせるほどの長ながさである。ただ、ハッキリ言いって何なにの変哲へんてつもない大衆たいしゅう蕎麦そば屋やである。そばもそば粉こ6割わりうどん粉こ４ぐらいで、山形やまがたの祖父そふに言いわせるとこれはうどんだとのこと（生前せいぜん、来らい京きょうすると、東京とうきょうの大衆たいしゅうそばに激怒げきどしていたー子供こどもながら、それを見みて、それならば食くわなければいいのにと内心ないしん思おもったが、怒いかりたくて食たべている感かんがあり、それはそれで楽たのしかった）。ただ、私わたしに言いわせれば、この何なんの変哲へんてつのなさが良よいのである。最近さいきん、この変哲へんてつのない蕎麦そば屋やが少すくなくなってきた。それでは、変哲へんてつもある蕎麦そば屋やとは何なにか、脱だつサラした拘かかわりのありそうな偏屈へんくつオヤジが蕎麦そばを打うち（なぜか作さく務つとむ衣ころもを着きている）、いかにもという店構みせがまえで、蕎麦そば前まえに創作そうさく料理りょうりなどを出だし、それをまたありがたかって、客きゃくが通つうぶって食たべている店みせ。なぜか銀座ぎんざや神楽坂かぐらざかあたりに多おおくある（老舗しにせ高級こうきゅう蕎麦そば屋やとは違ちがう）。さてこの「柏かしわ屋や」、15時じぐらいに遅おそめの昼食ちゅうしょくに、あんかけうどん（大だい好物こうぶつ）でも食たべようと蕎麦そば屋やを探さがしたのだが千住せんじゅも大衆たいしゅう蕎麦そば屋やがないなと思おもいながらも宿場しゅくば町まち通どおりを歩あるいていて偶然ぐうぜん見みつけた店みせ。店内てんないに入はいると、まさにザ・大衆たいしゅう蕎麦そば屋や、壁かべに木組きぐみのメニューがズラリと並ならぶ。四よん人にん掛かけテーブルが左右さゆう三みっつあり、奥おくが厨房ちゅうぼうで、二に階かい席せきもあるようだ。さすがに時分時じぶんどきではないので、客きゃくはカップルと中年ちゅうねん男性だんせいが一人ひとり。空あいている席せきにどうぞと言いわれ、右側みぎがわの真まん中なかのテーブルに腰こしを落おち着つける。注文ちゅうもん品ひんは決きまっていると思おもいながらもメニューの頁ぺーじを捲めくると、物凄ものすごい品数しなかず、そば・うどんのメニューは完璧かんぺきに揃そろっている（最近さいきんここまで完璧かんぺきに揃そろっている店みせも少すくない）。セットメニューも充実じゅうじつしており、創作そうさくそばもバラエティーに富とんでいて、地獄じごく、山賊さんぞく、海賊かいぞくといた名前なまえの風変ふうがわりの蕎麦そばもある。蕎麦そば前まえのツマミも充実じゅうじつしており、このように中休なかやすみがないのだから、これは昼ひる飲のみには絶好ぜっこうの店みせであることを発見はっけん。それならばビールをとお酒さけのメニューの頁ぺーじを捲めくりながら、横よこの壁かべを見みると、「ほろ酔よいセット」（写真しゃしん参照さんしょう）なる文字もじが目めに入はいる。最初さいしょの信念しんねんがぐらつき、この後のち何なにもない暇ひま人じんには、こちらがいいのではと都合つごうの良よい悪魔あくまの囁ささやきが…。おねえさんが注文ちゅうもんを聞ききに来くる。「あん…ほろ酔よいセット」でという声こえが、つい口くちから意志いしもなく出でてしまう。「お酒さけはどうします」と言いわれ「大瓶おおびんで」と「あさひ、きりん」どちらにと、「あさひ」と応こたえるオジサンがいたのであった。すぐに目めの前ぜんにほんまもんの633のあさひ大瓶おおびんが（普通ふつうは大瓶おおびんを語かたった中なか瓶びんが多おおい＜特とくに東京とうきょうは＞）…。こうなったら諦あきらめて、頑張がんばって飲のむかと、頑張がんばらずによいのに、気張きばってビールを口くちへ流ながし込こむ。うーん冷ひえ冷びえで最高さいこうだのーと至福しふくのひと時じを向むかいつつ、もう一いち杯はい口こうの中なかへ流ながし込こむと、おつまみの一いち品目ひんもく、板いたわさが目めの前まえに。何なにと申もうし訳わけ程度ていどのツマミではなく、この柔やわらかさは山口やまぐちではないだろう、それならば小田原おだわらか、それとも紀文のりふみか6切きりの蒲鉾かまぼこが皿さらに登場とうじょう、かなりの量りょうの山菜さんさいも乗のっかっている。お酒さけが進すすむ進すすむ。次つぎのツマミ天てんぷらも目めの前まえに登場とうじょう、これもまたまたしっかりと6種しゅあるのはスゴイ（ししとう、かぼちゃ、ナス、えび、いか、あなご）。ビールもなくなり、ここはもう一いち杯はいと、蕎麦そば焼酎しょうちゅう雲海うんかいのロックを所望しょもう（600円えん）。カップルの客きゃくもこの「ほろ酔よいセット」で飲のんでいる。

一人ひとりで飲のんでいる男性だんせいは焼酎しょうちゅうのお茶ちゃ割わりで、あったかい蕎麦そばを啜すすっている。何なんだか長閑のどかである。気取きどりのない、かなり自由じゆう度どの高たかいお店みせである。こういうゆったりとした緩ゆるやかなスローな時間じかんが流ながれる店みせが少すくなくなってきているのである。忙いそがしい時ときは、厨房ちゅうぼうも店員てんいんもしっちゃかめっちゃかだろうが、昭和しょうわから何なにも変かわっていないような気きがする。「ほろ酔よい」になったので、天てんぷらを蕎麦そば用ように少すこし残のこし、もり蕎麦そばを注文ちゅうもん。しばらくするともり蕎麦そばが運はこばれる。先述せんじゅつしたように蕎麦そばは何なに物ぶつでもない、汁しる（ツユ）も120年ねんの老舗しにせの割わりにはキレがなく、ユル汁じるである。でもこれで良よいのである。旨うまい蕎麦そばを食たべにきたのではない。今いまやこういった蕎麦そば屋やも絶滅ぜつめつ危惧きぐ種しゅなのだろうが、これからもズーっと続つづけて欲ほしいものである。今後こんごオジサン、この店みせ頻繁ひんぱんに利用りようさせていただきますよ、と心しんに誓ちかい蕎麦湯そばゆを汁しるに注そそぎ啜すする。これで会計かいけい2,700円えんはかたじけないのである（聞きくところによると、やはりこの「ほろ酔よいセット」は超ちょう人気にんきメニューだそうだ）。