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半島はんとうわたった日本語にほんご日本語にほんご文学ぶんがく 「資料しりょうへん




 CONTENTS
文学ぶんがくしょう(「朝鮮ちょうせん芸術げいじゅつしょう」「国民こくみん総力そうりょく朝鮮ちょうせん連盟れんめい文化ぶんか表彰ひょうしょう」「国語こくご文芸ぶんげい総督そうとくしょう」)
創始そうし改名かいめいひょう

韓国かんこくない図書館としょかん入手にゅうしゅ和書わしょ目録もくろく(随時ずいじ更新こうしん)
ほんページは、朝鮮半島ちょうせんはんとうみかど統治とうちにおける言語げんご政策せいさく(あるいはうち一体化いったいか政策せいさく)の「資料しりょうへん」として、作成さくせいしゃ関心かんしん項目こうもくしたがって構成こうせいしていきます。
 陸軍りくぐん大将たいしょうみなみ次郎じろうもと陸軍りくぐん大臣だいじんもと関東軍かんとうぐん司令しれいかん)のだいだい総督そうとく時代じだい(1936.8〜1942.5,昭和しょうわ11ねん〜18ねん)になって、きゅう朝鮮ちょうせんないでは「うち一体いったい」(すめらぎみん)・「国体こくたい明徴めいちょう政策せいさく加速かそくしていきますが、それにともなって朝鮮ちょうせん教育きょういく現場げんばから抹殺まっさつされてゆき、日本語にほんご朝鮮ちょうせんにおいて日常にちじょう生活せいかつのなかでも「国語こくご」としての位置いち確立かくりつしていきます。
 ほんページでは、そうした過程かていなかから作成さくせいしゃ関心かんしん項目こうもくて、手持てもちの資料しりょう随意ずいいテキストしていくことにしました。資料しりょう韓國かんこく場合ばあいには、作成さくせいしゃことわりなく任意にんい翻訳ほんやくしてあります。
 ところで、この時期じきの「国語こくご」とは朝鮮ちょうせんのことではなく日本語にほんごをいい、また「国民こくみん」といった場合ばあいにも、併合へいごうにあるきゅう朝鮮ちょうせんじん人々ひとびとを「日本にっぽん国民こくみん」としています。すると、「国文学こくぶんがく」というものを「国語こくごあらわされた文学ぶんがく」あるいは「日本にっぽんこく文学ぶんがく」と解釈かいしゃくした場合ばあい、この時期じきに「国語こくご」でかれたきゅう朝鮮ちょうせんじん作家さっかによる作品さくひんを、日本にっぽんの「国文学こくぶんがく」あるいは「日本にっぽん文学ぶんがく」とぶべきか(あるいはべるか)どうかという問題もんだいのこります。
 日本語にほんごかれた文学ぶんがく作品さくひん、それを韓國かんこくでは「親日しんにち文学ぶんがく」と表現ひょうげんしていますが、しかしほんページでもそれにならって「親日しんにち文学ぶんがく」と表記ひょうきすると、すでに現代げんだい韓國かんこくにおいて固着こちゃくしたイメージ、イデオロギーから自由じゆうでありえず、作成さくせいしゃ意図いとするところのテキスト意味いみうしなうことになるため、ほんページではその表現ひょうげんならうことはしませんでした。ほんページの表題ひょうだいにおいて、こうしたところをどう表現ひょうげんすべきかについてなやみましたが、便宜上べんぎじょうきゅう植民しょくみん地下ちかにおける「国語こくご」は「日本語にほんご」として、そしてきゅう朝鮮ちょうせんじん作家さっか日本語にほんごによる文学ぶんがく作品さくひんは「日本語にほんご文学ぶんがく」として、従来じゅうらいの「日本にっぽん文学ぶんがく」とは区別くべつすることにしました。ただ、ほんページない翻訳ほんやくぶんにおいて、今後こんごそのような問題もんだいしょうじた場合ばあい原文げんぶん表記ひょうきのままとしました。
 なお、うえ記文きぶんにおいて、にちみかど統治とうち従来じゅうらいてき呼称こしょうである「朝鮮ちょうせん」については「きゅう朝鮮ちょうせん」とし、「朝鮮ちょうせんじん」については「きゅう朝鮮ちょうせんじん」と表記ひょうきすることにしてあります。



   
しょう

朝鮮ちょうせん藝術げいじゅつしょう(1939.10 朝鮮ちょうせん藝術げいじゅつしょう委員いいんかい
おも  むね 朝鮮ちょうせん芸術げいじゅつ振興しんこうのため、朝鮮ちょうせんないにおけるかく方面ほうめん芸術げいじゅつ活動かつどう表彰ひょうしょうすることを目的もくてきとする。かく芸術げいじゅつ分野ぶんやより、もっとも優秀ゆうしゅう芸術げいじゅつ作品さくひんあるいは芸術げいじゅつ活動かつどう選考せんこうし、ふたたびそのなかからほんしょう主旨しゅしごうする作品さくひん作家さっかあるいは団体だんたい授与じゅよする。その選考せんこうのため、きょうしろおよ東京とうきょうに「朝鮮ちょうせん藝術げいじゅつしょう委員いいんかい」を設置せっちし、文学ぶんがく作品さくひんである場合ばあいには芥川賞あくたがわしょう委員いいんかい委嘱いしょくする。
たい  ぞう 朝鮮ちょうせんないにおいて発表はっぴょうされた文学ぶんがく演劇えんげき映畫えいが舞踊ぶよう音楽おんがく会話かいわとう分野ぶんやで、前年ぜんねんの1がつから12がつまでの期間きかんちゅうのものにたいして選考せんこうしたのち翌年よくねんがつ決定けってい発表はっぴょうする。
もと  じゅん
設置せっち団体だんたい 朝鮮ちょうせん藝術げいじゅつしょう委員いいんかい資金しきん毎年まいとし菊池きくちひろし拠出きょしゅつし、株式会社かぶしきがいしゃモダン日本にっぽんしゃ設置せっち )
だいいちかい
1940.3
ひかり洙『無明むみょう
審査しんさ委員いいん 全般ぜんぱん菊池きくちひろし
文学ぶんがく久米くめ正雄まさお佐藤さとう春夫はるお宇野うの浩二こうじ横光よこみつ利一としかず川端かわばた康成やすなり瀧井たきい孝作こうさく山本やまもと有三ゆうぞう佐々木ささき茂索もさく谷崎たにざき潤一郎じゅんいちろう小島こじま政二郎まさじろう室生むろう犀星さいせい菊池きくちひろし
映畫えいが長谷川はせがわ如是閑にょぜかん谷川たにがわ徹三てつぞう中村なかむら武羅夫むらお濱本はまもとひろし岩崎いわさきあきら筈見はずみ恒夫つねお飯島いいじまただし板垣いたがき鷹穂たかほ内田うちださんゆう
演劇えんげき藤森ふじもり成吉せいきち村山むらやま知義ともよし関口せきぐち次郎じろう秋田あきた雨雀うじゃく長田ながた秀雄ひでお北村きたむら喜八きはち
美術びじゅつ石井いしい柏亭はくてい結城ゆうき素明そめい
音楽おんがく山田やまだ耕作こうさく近衛このえ秀麿ひでまろ田村たむらとらぞう増澤ますざわ健美たけみ小松こまつこう輔・野村のむら光一こういち堀内ほりうち敬三けいぞう太田おおた綾子あやこ萩原はぎはら英一ひでかず鈴木すずき乃婦のぶ
舞踊ぶよう石井いしいばく高田たかだせい
だいかい
1941.4
文学ぶんがくやすししゅん受賞じゅしょうさくしょう
会話かいわこう羲東(受賞じゅしょうさくしょう
舞踊ぶようかん成俊なりとし(40.7の日比谷公会堂ひびやこうかいどうにての公演こうえんその
審査しんさ委員いいん だいかい審査しんさより、審査しんさ朝鮮ちょうせん文人ぶんじん協会きょうかい委嘱いしょくされることとなった。
ていとら燮・杉本すぎもと長夫ながおきむひがし煥・辛島からしま驍・やすししゅん寺田てらだあきらいよいよ鎮午・たかしせき百瀬ももせ千尋ちひろやなぎ致眞
だいさんかい 不明ふめい
だいよんかい
1943.3.20
文学ぶんがくかげあおかわらいえ
美術びじゅつひさし鉉(42.10の個展こてん、とくに作品さくひん華陽かようほら」にたいして)
演劇えんげき移動いどう劇団げきだんだいいちたい(42.11までの201箇所かしょ259かい公演こうえん功績こうせきにたいして)
音楽おんがく:咸和鎮(「こえ制作せいさく朝鮮ちょうせん雅楽ががく補修ほしゅう満州まんしゅうこく宮廷きゅうてい要請ようせい雅楽器ががっきハンボルを製作せいさくした功績こうせきその
だいかい
1944.4.25
文学ぶんがく松村まつむら紘一こういち 詩集ししゅうを』
美術びじゅつぞうはん
だいろくかい
1945.5.8
文学ぶんがくぼくしょうかず受賞じゅしょうさくしょう
音楽おんがく厚生こうせいさかえだん受賞じゅしょうさくしょう
審査しんさ委員いいん 香山かやま光郎みつお松村まつむら紘一こういち金村かなむらはちみね石田いしだ耕造こうぞう齋藤さいとう清衛きよえ辛島からしま驍・山田やまだ忠次ただつぐ
國民こくみん總力そうりょく朝鮮ちょうせん聯盟れんめい文化ぶんか表彰ひょうしょう(1942)
おも  むね 朝鮮ちょうせんにおける「国民こくみん文学ぶんがく」の向上こうじょう発展はってんする優秀ゆうしゅう作品さくひん文学ぶんがく美術びじゅつ音楽おんがく舞踊ぶよう演劇えんげき映畫えいが図書としょ)にたいして授与じゅよする。
たね  るい 国民こくみん総力そうりょく朝鮮ちょうせん連盟れんめい文化ぶんかしょう ・国民こくみん総力そうりょく朝鮮ちょうせん連盟れんめい文化ぶんか推薦すいせん ・国民こくみん総力そうりょく朝鮮ちょうせん連盟れんめい文化ぶんか紹介しょうかい
ゆだね  いん 委員いいんちょう なべえい三郎さぶろう
委員いいん しんじはらきよし八木やぎ信雄のぶお古川ふるかわけんしゅう本多ほんだ武夫たけお倉島くらしまいたるかつらF淳・山之内やまのうち二郎じろう黒木くろきつよし八幡やはたあきらしげる今村いまむらゆたか尾高おだか朝雄あさお津田つだつよし辛島からしま驍・浅川あさがわはくきょうじょ椿つばき寺田てらだあきら萩山はぎやま秀雄ひでお宮本みやもと和吉かずよし田中たなか豊蔵とよぞう竹井たけいれん
監査かんさ 西山にしやまつとむ田中たなか初夫はつお
受  しょう
(1942.3.20)
文化ぶんか推薦すいせんしょう 「志願しがんへい行進こうしん」(キング・レコード会社かいしゃ日本にっぽん雄弁ゆうべんかい講談社こうだんしゃ製作せいさく
文化ぶんか推薦すいせんしょう ちぇうけたまわたけたましい
文化ぶんか紹介しょうかいしょう 「皇國こうこく女性じょせいかん」(きょうじょう公立こうりつだい二高等女学校編及発行)
文化ぶんか紹介しょうかいしょう 『太陽たいよう太鼓たいこ』(ビクター蓄音器ちくおんき会社かいしゃ製作せいさく
國語こくご文藝ぶんげい總督そうとくしょう(1943ねん創設そうせつ しょう賞状しょうじょうおよ副賞ふくしょう1000えん
たい  ぞう かく年度ねんど発表はっぴょうされた小説しょうせつ戯曲ぎきょく随筆ずいひつなど文芸ぶんげい作品さくひん全般ぜんぱんから最優秀さいゆうしゅう作品さくひんへん
もと  じゅん 日本にっぽん精神せいしん立脚りっきゃくする国語こくご作品さくひんであるもの。民衆みんしゅう啓発けいはつ宣伝せんでん効果こうか良好りょうこうなもの。芸術げいじゅつてき内容ないよう豊富ほうふなもの。
設置せっち団体だんたい 國民こくみん總力そうりょく朝鮮ちょうせん聯盟れんめい
だいいちかい
1943.4.3
金村かなむらりゅうずみ亞細亞あじあ詩集ししゅう』 (最終さいしゅう候補こうほさく: まきひろし 『しずかなあらし』、佐藤さとうきよしあおれいしゅう』)
受賞じゅしょう理由りゆう 日本にっぽん精神せいしん一貫いっかんしているだけでなく、円熟えんじゅくした文学ぶんがくてき形式けいしきそなえていてる。
國語こくご文藝ぶんげい聯盟れんめいしょう
1943.4.5
まきひろし 『しずかなあらし
受賞じゅしょう理由りゆう 朝鮮半島ちょうせんはんとう知識ちしきじんすめらぎみんする過程かていえがき、半島はんとう文壇ぶんだん国語こくご確立かくりつし、戦時せんじ半島はんとう文化ぶんか推進すいしんおおきく寄与きよした。
選考せんこう委員いいん 総督そうとく総務そうむ局長きょくちょうどう情報じょうほう課長かちょうどう図書としょ課長かちょうどう情報じょうほう事務じむかんどう調査官ちょうさかんどう図書としょ事務じむかん朝鮮ちょうせんぐん報道ほうどう部長ぶちょう津田つだつよし国民こくみん総力そうりょく朝鮮ちょうせん連盟れんめい部長ぶちょう)・寺本てらもと喜一きいち連盟れんめい文化ぶんか課長かちょう)、芳村よしむら香道こうどう齋藤さいとう清衛きよえ辛島からしま驍・寺田てらだあきらいよいよ鎮午・やなぎ致眞・しろ鐡・杉本すぎもと長夫ながお楠田くすだ敏郎としお
だいかい
1944.3.15
石田いしだ耕造こうぞう
受賞じゅしょう理由りゆう 雑誌ざっし國民こくみん文学ぶんがく』をつうじて日本にっぽん精神せいしんせっすることを提唱ていしょうした努力どりょく功績こうせきおよび『転換期てんかんき朝鮮ちょうせん文學ぶんがく』のため。
選考せんこう委員いいん 総督そうとく情報じょうほう課長かちょうどう調査官ちょうさかんどう保安ほあん課長かちょうどう事務じむかんどう學務がくむ課長かちょうどう教學きょうがくかん朝鮮ちょうせんぐん報道ほうどう部長ぶちょう海軍かいぐん武官ぶかん松本まつもと大佐たいさ国民こくみん総力そうりょく朝鮮ちょうせん連盟れんめい弘報こうほう部長ぶちょうどう文化ぶんか課長かちょうどう参事さんじ寺本てらもと喜一きいちぶんほう理事りじちょう辛島からしま驍・寺田てらだあきら随筆ずいひつ)・いよいよ鎮午(小説しょうせつ)・やなぎ致眞(戯曲ぎきょく)・ちぇみず評論ひょうろん)・百瀬ももせ千尋ちひろ短歌たんか)・松村まつむら紘一こういち)・山田やまだ忠次ただつぐ俳句はいく)・寺田てらだ良之助よしのすけ川柳せんりゅう)・芳村よしむら香道こうどうぶんほう)・齋藤さいとう清衛きよえ楠田くすだ敏郎としお大家だいけ虎之助とらのすけ長崎ながさき祐三ゆうぞうたけ秀雄ひでお
だいさんかい
1945.3.22
ていじんさわ
受賞じゅしょう理由りゆう 武山たけやま大尉たいい』『きよし凉里界隈かいわいとうにおいて、国語こくご文学ぶんがくとくに戦争せんそう文学ぶんがく多大ただい功績こうせきのこした。
選考せんこう委員いいん 不明ふめい


     
はじめ改名かいめいひょう
ことわり: この項目こうもくは、きゅう朝鮮ちょうせん植民しょくみん地下ちかにおける悪政あくせいはじめ改名かいめい政策せいさく日本にっぽん近代きんだい日本語にほんご文学ぶんがく研究けんきゅうするにさいして、なにかしらの参考さんこうとなるために作成さくせいしているもので、けっして親日しんにち人物じんぶつ来歴らいれきさらすという目的もくてき作成さくせいしているものではありません。いかなる事情じじょうがあろうとも、抑圧よくあつされたにおいて、はじめ改名かいめいしんから支持しじするものがいようはずがないからです。なお、分類ぶんるい作家さっかによっては活動かつどう多岐たきまたがるためにあくまでも便宜べんぎじょうのものとしています。作成さくせいしゃ調査ちょうさ判明はんめいした範囲はんいにおいて、随時ずいじ追加ついかしていきます。



ぶん がく
きむおこりりん金野こんのおこりりん
金龍きんりゅうずみ金村かなむらりゅうずみ) 中央大学ちゅうおうだいがく
きむひがし煥=白山はくさん青樹あおき
きむあずまひとしひがしぶんじん小説しょうせつ
きむはじめ鎮=金村かなむらはちみね小説しょうせつ
かねひさし清川きよかわ士郎しろう小説しょうせつ
きむきよしE=宮原みやはら惣一そういち小説しょうせつ
金文きんぶん輯=大江おおえ龍之介りゅうのすけ評論ひょうろん
きむ素雲そうん=鐡甚平じんべい詩人しじん随筆ずいひつ) 東京とうきょう開成かいせい中学ちゅうがく
ひかり洙=香山かやま光郎みつお小説しょうせつ
せきかおるまきひろし小説しょうせつ
まこともと大村おおむら謙三けんぞう小説しょうせつ
ぼくえいひろし芳村よしむら香道こうどう評論ひょうろん
ぼく世永よなが木戸きど世永よなが詩人しじん
ていしょうはじめ岩谷いわたにかねもと評論ひょうろん
ていとら燮=東原ひがしはらとら燮(評論ひょうろん
しゅ耀翰=村松むらまつ紘一こういち朝鮮ちょうせん文人ぶんじんほう国会こっかい理事りじ満州まんしゅうこく芸文げいぶん協会きょうかい朝鮮ちょうせん代表だいひょう
ちょう赫宙=野口のぐちみのる小説しょうせつ
ちぇみず石田いしだ耕造こうぞう評論ひょうろん
ちょうえんじ鉉=徳田とくたえんじ鉉(評論ひょうろん
しろ 鐡=しろあきら評論ひょうろん
いんけん平沼ひらぬまぶんはじめ評論ひょうろん
いけ奉文ともゆきいけへい奉文ともゆき小説しょうせつ
映画えいが演劇えんげき
きむひろし洙=岸本きしもとひろし朝鮮ちょうせん演劇えんげき文化ぶんか協会きょうかい常務じょうむ理事りじ
きむかんしゅう金澤かなざわ秀典ひでのり映畫えいが興行こうぎょう社長しゃちょう
きむ赫=矢野やの赫彦(劇団げきだんゆう楽座らくざ代表だいひょう
みずほもとむ牧山まきやまみずほもとめ朝鮮ちょうせん演劇えんげき協会きょうかいちょう
 あきら青山あおやまあきら朝鮮ちょうせん演芸えんげい協会きょうかいちょう
あけぼのきょう木元きもとただし演出えんしゅつ
ぼくけいひろしこうやつむらみのる朝鮮ちょうせん交響こうきょうかん鉉楽だん指揮しきしゃ
あん夕影せきえい安田やすださかえ映畫えいが俳優はいゆう監督かんとく朝鮮ちょうせん映畫えいがじん協会きょうかい理事りじ
やすしょうかず安田やすだ辰雄たつお映畫えいが俳優はいゆう監督かんとく朝鮮ちょうせん映畫えいがじん協会きょうかいちょうちょ韓國かんこく映畫えいが側面そくめん秘史ひし』)
あん英一ひでかず安部あべ秀樹ひでき朝鮮ちょうせん演劇えんげき文化ぶんか協会きょうかい理事りじ
もと およげ日夏ひなつ英太郎えいたろう京都きょうと新興しんこうキネマ監督かんとく
ちょうさわはじめ福川ふくかわもとだい日本にっぽん舞踊ぶよう連盟れんめい理事りじ
げん ろん
きむ東進とうしん金本かなもと東進とうしん毎日まいにち新報しんぽうしゃ専務せんむ取締役とりしまりやく
きむただし金子かねこただしぜん思想しそう報国ほうこく連盟れんめい幹事かんじ
きよし金川かながわきよし毎日まいにち新報しんぽうしゃちょう
あきら洙=國本くにもとあきら洙(毎日まいにち新報しんぽうしゃ調査ちょうさ部長ぶちょう
ひさがね宮村みやむらひさがね毎日まいにち新報しんぽうしゃ論説ろんせつ委員いいん
あきら煥=やすきょうあきら煥(言論げんろんほう国会こっかい常務じょうむ理事りじ
ひさし上田うえだ龍男たつおみどりはた連盟れんめい理事りじ言論げんろんほう国会こっかい評議ひょうぎいん
Yえきとおる瑞原みずはらYえきとおる(『しん時代じだいしゃ初代しょだい社長しゃちょうひろし文書ぶんしょかん主人しゅじん
きよしすずみずはらきよし(『しん時代じだいしゃだい社長しゃちょう
あきらしげる八幡やはたあきらなり放送ほうそうきょくだい放送ほうそう部長ぶちょう
ちぇ 麟=佳山かやま麟(毎日まいにち新報しんぽう(聞?)しゃちょう
じょ 椿つばき大川おおかわしげるしゅ毎日まいにち新報しんぽうしゃ主筆しゅひつ朝鮮ちょうせん文化ぶんかしゃちょう
文明ぶんめいK=文明ぶんめいK一ろう(『朝鮮ちょうせん新聞しんぶん社長しゃちょう
かわ星野ほしの相河そうごみどりはた連盟れんめい理事りじ言論げんろんほう国会こっかい評議ひょうぎいん
いんもと赫=平沼ひらぬまもと赫(みどりはた連盟れんめい役員やくいん
政治せいじ
ぼく正煕せいき高木たかぎ正雄まさお大統領だいとうりょう



韓国かんこくうち図書館としょかん入手にゅうしゅ和書わしょ目録もくろく
以下いかは、作成さくせいしゃ関心かんしんのままに韓国かんこくない図書館としょかんにて複写ふくしゃ入手にゅうしゅした和書わしょ目録もくろくです。随時ずいじ更新こうしんしていきます。
朝鮮ちょうせん案内あんない
・『最新さいしん朝鮮ちょうせん移住いじゅう案内あんない』 山本やまもと庫太くらたろうちょ みんともしゃ 明治めいじ37ねんがつ
・『朝鮮ちょうせん渡航とこう案内あんない最近さいきん韓國かんこく事情じじょう)』 天野あまのまことひとしちょ 新橋しんばしどう 明治めいじ37ねんがつ
・『最新さいしん韓國かんこく事情じじょう』 おか庸一よういちちょ 明治めいじ38ねん 8がつ
・『最新さいしん韓國かんこく事情じじょう要覧ようらん』 統監とうかん 明治めいじ42ねんがつ
・『訂正ていせい増補ぞうほ 最近さいきん朝鮮ちょうせん要覧ようらん』 朝鮮ちょうせん雑誌ざっししゃ編纂へんさん にちかん書房しょぼう 明治めいじ43ねん11月
・『きょうじょう内地ないちじん』 おか良助りょうすけちょ にちかん書房しょぼう 明治めいじ43ねん12月
・『きょうじょう案内あんない』 青柳あおやぎみなみめいちょ 朝鮮ちょうせん研究けんきゅうかい 大正たいしょうねんがつ
・『朝鮮ちょうせん鐡道旅行りょこう案内あんないつけ金剛山こんごうさん遊覧ゆうらんしおり)』 朝鮮ちょうせん總督そうとく鐡道きょく 大正たいしょうねんがつにち發行はっこう
・『朝鮮ちょうせん鐡道旅行りょこう便覧びんらん』 朝鮮ちょうせん總督そうとく編纂へんさん 大正たいしょう12ねん12月25にち發行はっこう
・『朝鮮ちょうせんける立身出世りっしんしゅっせみち就職しゅうしょく成功せいこう指針ししん學校がっこう職業しょくぎょう案内あんない)』 朝鮮ちょうせん社會しゃかい事情じじょう調査ちょうさかい 大阪おおさか屋號やごう書店しょてん 昭和しょうわねん11月7にち發行はっこう
・『朝鮮ちょうせん讀本とくほん』 池田いけだ秀雄ひでお平井ひらい三男みつおちょ 松山まつやまぼう 昭和しょうわねん10がつ26にち發行はっこう
・『朝鮮ちょうせん年鑑ねんかん』 きょうじょう日報にっぽうしゃ 昭和しょうわ14ねん10がつ


ぶん がく
・『朝鮮ちょうせん文學ぶんがく傑作けっさくしゅう』 大阪おおさか屋號やごう書店しょてん 大正たいしょう13ねん11がつ10日とおか發行はっこう
・『おっと警備けいびに』 横山よこやまただしちょ せいひかりしゃ 昭和しょうわ元年がんねん12がつ
・『朝鮮ちょうせん風土ふうど歌集かしゅう』 市山いちやま盛雄もりおへん 眞人しんじんしゃ 昭和しょうわ10ねんがつ 發行はっこう
・『日本にっぽん文學ぶんがく研究けんきゅう きょうじょう帝国ていこく大学だいがく文學ぶんがくかい論纂ろんさんだい輯 大阪おおさか屋号やごう書店しょてん 昭和しょうわ11ねんがつ發行はっこう
・『モダン日本にっぽん 朝鮮ちょうせんばん』 昭和しょうわ14ねん11月 だい10かん だい12ごう
・『モダン日本にっぽん 朝鮮ちょうせんばん 臨時りんじだい増刊ぞうかん』 昭和しょうわ15ねんがつ だい11かん だいごう
・『朝鮮ちょうせん文學ぶんがく選集せんしゅう だいいちかん』 ちょう赫宙編著へんちょ 赤塚あかつか書房しょぼう 昭和しょうわ15ねんがつ10日とおか發行はっこう
・『朝鮮ちょうせん文學ぶんがく選集せんしゅう だいかん』 ちょう赫宙編著へんちょ 赤塚あかつか書房しょぼう 昭和しょうわ15ねんがつ20日はつか發行はっこう
・『朝鮮ちょうせん文學ぶんがく選集せんしゅう だいさんかん』 ちょう赫宙編著へんちょ 赤塚あかつか書房しょぼう 昭和しょうわ15ねん12がつ10日とおか發行はっこう
・『いしかね』 鐡甚平じんべいちょ 東亞とうあ書院しょいん 昭和しょうわ17ねん6がつ20日はつか発行はっこう
・『半島はんとうあさ』 湯浅ゆあさ克衛かつえちょ さん教書きょうしょいん 昭和しょうわ17ねんがつ10日とおか發行はっこう
・『転換期てんかんき朝鮮ちょうせん文学ぶんがく ちぇ戴瑞ちょ 昭和しょうわ18とし
・『しん半島はんとう文学ぶんがく選集せんしゅう』(國民こくみん文学ぶんがく作品さくひんだい1輯) 石田いしだ耕造こうぞうへん 人文じんぶんしゃ 昭和しょうわ19ねん5がつ発行はっこう
・『しん半島はんとう文学ぶんがく選集せんしゅう』(國民こくみん文学ぶんがく作品さくひんだい2輯) 石田いしだ耕造こうぞうへん 人文じんぶんしゃ 昭和しょうわ19ねん12月発行はっこう

人名じんめいろくその
・『ざいかん人士じんし名鑑めいかん 中田なかた孝之たかゆきかいちょ 木浦きうら新報しんぽうしゃ 明治めいじ38ねんがつ 發行はっこう
・『ざいかん實業じつぎょう名鑑めいかん』 にちかん商業しょうぎょう興信所こうしんじょ蔵版ぞうはん にちかん商業しょうぎょう興信所こうしんじょ 明治めいじ40ねんがつ 發行はっこう
・『朝鮮ちょうせん紳士しんし名鑑めいかん 日本にっぽん電報でんぽう通信つうしんしゃきょうじょう支店してん 明治めいじ44ねんがつ
・『朝鮮ちょうせん在住ざいじゅう内地ないちじん實業じつぎょう家人かじんめい辞典じてん だいいちへん』 川端かわばた源太郎げんたろうへん 朝鮮ちょうせん實業じつぎょう新聞しんぶんしゃ 大正たいしょう2ねん10がつ発行はっこう
・『ざい朝鮮ちょうせん内地ないちじん紳士しんし名鑑めいかん 朝鮮ちょうせん公論こうろんしゃ編纂へんさん朝鮮ちょうせん公論こうろんしゃ 大正たいしょうねんがつ 發行はっこう
・『職員しょくいんろく追録ついろく』 大正たいしょう12ねんがつ 發行はっこう
・『会員かいいん名簿めいぼ 昭和しょうわさんねん 釜山ぷさん商業しょうぎょう會議かいぎしょ 昭和しょうわねん發行はっこう
・『朝鮮ちょうせん人名じんめいろく きょうじょう日報にっぽうしゃ 昭和しょうわ14ねん10がつ
・『釜山ぷさん繁榮はんえいかいいん名簿めいぼ』 明治めいじ41ねんがつ發行はっこう
・『釜山ぷさん名士めいしろく銀行ぎんこう会社かいしゃ名鑑めいかん昭和しょうわ10としばん 釜山ぷさん名士めいしろく刊行かんこうかい 昭和しょうわ10ねんがつ發行はっこう

随筆ずいひつ紀行きこう
・『半島はんとうやま風景ふうけい 竹中たけなかかなめちょ 古今ここん書院しょいん 昭和しょうわ13ねんがつ
・『随筆ずいひつ朝鮮ちょうせん じょうした 寺田てらだ壽夫としおへん きょうじょう雑筆ざっぴつしゃ 昭和しょうわ10ねん10がつ
さん ぎょう
・『韓國かんこく鐡道線路せんろ案内あんない 統監とうかん鐡道管理かんりきょく 明治めいじ41ねんがつ發行はっこう
・『朝鮮ちょうせん鐡道 あきら 朝鮮ちょうせん総督そうとく鐡道きょく 大正たいしょうねん10月發行はっこう
・『朝鮮ちょうせん鐡道 だいいちかん 創始そうし時代じだい』 朝鮮ちょうせん総督そうとく鐡道きょく 昭和しょうわ12とし
・『きょうしろ協賛きょうさんかい報告ほうこく はじめせいねん記念きねん朝鮮ちょうせん物産ぶっさん共進きょうしんかい きょうじょう協賛きょうさんかい残務ざんむ取扱とりあつかいしょ 大正たいしょうねんがつ發行はっこう
・『朝鮮ちょうせんじん商業しょうぎょう』 朝鮮ちょうせん總督そうとく 大正たいしょう14ねんがつ發行はっこう
・『朝鮮ちょうせん専賣せんばい だいいちかん』 朝鮮ちょうせん總督そうとく専賣せんばいきょく 昭和しょうわ11ねんがつ
・『朝鮮ちょうせん専賣せんばい だいかん』 朝鮮ちょうせん總督そうとく専賣せんばいきょく 昭和しょうわ11ねんがつ
・『朝鮮ちょうせん専賣せんばい だいさんかん』 朝鮮ちょうせん總督そうとく専賣せんばいきょく 昭和しょうわ11ねんがつ
・『朝鮮ちょうせん林野りんや調査ちょうさ事業じぎょう報告ほうこく 朝鮮ちょうせん総督そうとく農林のうりんきょく編纂へんさん 昭和しょうわ13ねんがつ發行はっこう
・『朝鮮ちょうせん總督そうとくキネマ』 朝鮮ちょうせん總督そうとく官房かんぼう文書ぶんしょ 昭和しょうわ14ねん10がつ25にち發行はっこう
・『釜山ぷさんこうぜいいちはん 相澤あいざわ仁助にすけへん にちかん昌文まさふみしゃ 明治めいじ38ねんがつ發行はっこう
・『釜山ぷさん居留民きょりゅうみんだん植林しょくりん』 釜山ぷさん居留民きょりゅうみんだん役所やくしょ 大正たいしょう元年がんねん10がつくだり

そう きょう
・『朝鮮ちょうせん神宮じんぐうおさむ』 大正たいしょう15ねん
・『龍頭山りゅうとうざん神社じんじゃ史料しりょう 山川やまかわちょ 龍頭山りゅうとうざん神社じんじゃ社務しゃむしょ 昭和しょうわ11ねん10がつ
れき ふみ
・『朝鮮ちょうせん年代ねんだい』 奥田おくだだきせいちょ 吉川弘文館よしかわこうぶんかん 明治めいじ43ねんがつ
 しょ
・『鮮満植物しょくぶつ字彙じい 村田むらた麿まろちょ 成光なるみつかん書店しょてん東京とうきょう) 昭和しょうわねんがつ


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