李栄薫教授の身が危ないという笑えないジョーク
日韓問題への自由な発言だけは保証されるべき
石川 達夫(2007-06-11 13:30)
先日、朝鮮日報に 李栄薫(イ・ソンフン)教授 「厳格なジャッジなき学界が歴史を歪曲」という記事が載せられました。
この記事の中で、李教授は大胆にも、韓国の教科書が日韓の近現代史を一部歪曲していると指摘して、こう結んでいます。
「このように商業化された民族主義が横行し、被害意識だけが膨れ上がった結果、(植民地支配を実際に体験した)高齢者よりも若い世代で反日感情が強くなった。これは、商業化された民族主義と間違った近現代史教科書に基づく公教育のせいだ」
この記事はニューシングにもピックアップされ、 「李栄薫教授の今後が心配です。早く、どこかの国へ逃げてください」というコメントがつけられています。
恐らくは冗談半分のコメントではあるものの、もしかしたら本当に李教授の身が危ないのでは、と少し心配になります。
というのも、この記事は「李栄薫ソウル大教授インタビュー」と題するシリーズ記事の3番目のものですが、その最初の記事の中で、「いつからか文章を書く際に自分で検閲をするようになった。だが、真の検閲者は韓国の暴力的民族主義だ。これにやられた人は、謝罪や引退、または逃亡に追い込まれるほかない」と述べられているからです。
それにもかかわらず、李教授はすこぶる大胆です。韓国史学界の持つオーソドックスな主張、「朝鮮王朝が滅亡したのは『凶暴な盗賊』(=日本)のせいであり、『善良な主人』(=朝鮮王朝)」のせいではない」との見方に対し、このシリーズの第2番目の記事で、「歴史から何も学ぼうとしない無責任な姿勢」と批判し、次のように指摘しました。
「朝鮮王朝は19世紀にはすでに事実上解体されていた。人口の増加により火田民(焼き畑農業を行う農民)が増えたため山林は荒廃し、少し雨が降っただけでも土砂が田畑に押し寄せ、農業生産力は減少した。18世紀中ごろに比べ、農業生産力は19世紀末にはほぼ3分の1の水準にまで衰退した。こうした農業生産力の衰退の影響で1850年代以降にコメ価格が暴騰し、それが政治的・社会的混乱へとつながり、それに対し朝鮮王朝は何ら有効な対策を打ち出すことができなかった」
李教授のこうした発言は、同教授の数年前の別の発言を思い起こさせます。それは従軍慰安婦問題に関する発言です。
やはり、朝鮮日報の伝えるところによると「韓国戦争当時、韓国人による慰安所や米軍部隊近くのテキサス村に対する韓国人の反省と省察がない」「日本は挺身隊を管理した責任があるが、韓国民間人の問題も取り上げるべきだ」と語ったとされています。
この以前の李教授の発言は波紋を呼びました。たとえば韓国挺身隊問題対策協議会は「李教授の発言は日本の右翼の中でも極右からやっと出てくる主張で、私たちを驚愕と怒りに震えさせる」とし、「これは日本人の妄言で傷付けられた被害者たちの息の根を止めるもの」と憤りをあらわにしました。
韓国挺身隊問題対策協議会はまた「こうした植民史観を持った者が国立大教授としての資格があるのか疑問」とし、「李教授は被害者と国民の前に公開謝罪後、自主的に辞任し、ソウル大も李教授を罷免せよ」と主張したとのことです。
韓国の人々の心情と反応は、同じ人間として理解できます。しかし正直なところ、李教授がこうした外部からの圧力による辞任や罷免を免れたことに安堵の念を抱かざるを得ません。そして引き続き「謝罪や引退、または逃亡」といった憂き目に遭わないよう願わざるを得ません。
というのも、たとえば「日本が朝鮮の近代化に寄与した」とする、このもうひとつの「史実」のある程度の「正確さ」はすでに李教授を批判する一部の人々によっても認められつつあるからです。
それら反対派のひとりは、「国家を維持する重要な要素である愛国心が消えてしまう危険性」ゆえに李教授の意見は「新聞、放送で吹聴して回る」べきものではないとしました。
その心情と反応は理解できます。しかし正直なところ、だからといって特定の言説を外部からの圧力によって封じるべきなのでしょうか。
じつを言うと、この日韓の歴史認識のズレを指摘した記事が以前オーマイニュースにも載せられたことがあります。
これは「たね記事」でしたが、一定の価値があったと言えます。日韓の歴史認識に関する日本人の一般市民の声が、とりあえずニュースサイトから流されることになったからです。
多くの日本人にとって、日本人の一般市民や韓国の学識者によるこのような発言はそれほど関心がないことかもしれません。しかし身近に日韓問題として報じられるニュースの底流に流れているのが、この日韓の歴史認識のズレなのです。
それゆえに、日韓問題に関するこうした自由な発言が、少なくともここオーマイニュースで引き続き保証され、できるならネット上の他の公の場でもそうであることが望まれます。
それはなぜか? 物事の正否はともかく、日本人であれ韓国人であれ、わたしたちは両国でどのような主張が、どのような根拠に基づいて行なわれているのか、それに対する人々の反応はどのようなものなのか、その本当のところを是非とも知りたいと思うからです。
インターネット上に寄せられた李教授の身が危ないのでは?という笑えないジョーク交じりのコメントは、単なる教授周辺の問題でもなければ、韓国の人々だけの問題でもありません。いうなればインターネットを利用して情報を収集する世界中のすべての人にかかわるものです。
実際にどんな主張や意見があるのか。誰が、どんな根拠に基づいて、どの程度それを信じているのか。日韓問題のようなデリケートな事柄においてさえ、それを全く封じてしまうことは誰の益にもなりません。