「千年紀という節目の年にこの本に出合えたことは奇跡」。甲南女子大(神戸市東灘区)で29日発表された源氏物語の写本。わずかに現存する鎌倉時代の写本のなかでも最古級とわかり、関係者は興奮を隠せなかった。軍艦奉行を務めた勝海舟の蔵書印もあり、「堅い役職についていた勝海舟が恋物語を読んでいたとは」との驚きも。平安王朝のヒロインと幕末のヒーローの新たな魅力を示す史料にもなりそうだ。
「これだけ古い別本が出てくることは、今後ほとんどないでしょう」と話すのは、同大文学部の米田明美教授(53)。同大の「梅枝の巻」の写本は、主流である「河内本」とされていたため、長年保管庫に保存され顧みられることはなかった。が、千年紀を機に再読していた米田教授はこれまでの写本と異なる記述があることに気づいた。
光源氏が紫の上を「あなたの書は素晴らしい」とほめる場面。他の写本ではこれに対する紫の上のせりふはないが、この写本では「いたうなすかし給そ(ご冗談をおっしゃいますな)」と答えていた。
これまで寡黙とされていた紫の上と、光源氏との仲むつまじさが伝わってくる記述で、米田教授は「まさか別本では」と胸が高鳴ったという。
写本には勝海舟の維新後の名前である「勝安芳」との蔵書印も押されていた。この名は元号が明治に変わってから名乗っていたとされており、軍艦奉行を罷免され、閉居していたときに読んでいたと推測される。
米田教授は「『女が読むもの』と思われがちな源氏物語を、軍事の専門家が読んでいた。維新後、気持ちに余裕ができた海舟が恋物語を手に取ったのかななどと思いをめぐらせるだけでも楽しい」と話す。
勝の口述を記録した「氷川清話(ひかわせいわ)」には1864年に軍艦奉行を罷免され、66年に再任するまでの間について「(閉居を命ぜられたおかげで)少々の学問ができた。源氏物語やいろいろの和文もこの時に読んだ」とい残している。
勝の半生を描いた「それからの海舟」の著者である作家、半藤一利さんは「面白い。でも勝は女性的なのが嫌いだから、本当に読めたのかなあ」と笑いながら話した。