浜名湖のクロダイなどを狙う大勢の釣り人たち=湖西市の新居海釣公園で
厚着をした釣り人たちが横一線に並んで糸を垂らす。先月中旬、浜名湖の今切口に近い新居海釣公園(湖西市)で、多くの人がクロダイを狙っていた。昼までに十五匹釣り上げた男性(67)は「ぐっ、とくる手応えがいい」。この時期は二〇センチ程度のものが多いが、四〇センチ超の大物が姿を見せることもあるらしい。
クロダイは東アジアの沿岸に分布する大型魚。川を遡上(そじょう)することがあり、「川鯛(だい)」と呼ぶ地域もある。味はマダイよりも淡泊。一年を通じて市場に並び、釣り人にも人気がある。
ただ、カキ漁師にとっては頭の痛い存在だ。毎年九月から育てる稚貝を食いあさり、不漁の一因になっている。
浜名湖のクロダイは秋には網にかからなくなり、漁業関係者は、より暖かい外海へと南下すると考えていた。「でも、今は一年中、居ついている。湖の水温が上がって、居心地がよくなったのか」。カキ漁師の堀内昇さん(63)=浜松市西区舞阪町=は、稚貝に群がるクロダイを三、四年前からよく見るようになった。追い払うこともできず、「まるで天敵の養殖をしているみたいだよ」と嘆く。
稚貝は熱さに弱いため、湖内でも水温が低い海寄りの場所で育て始め、一年後、餌になるプランクトンが多い湖の奥に移して太らせる。何でも食べる雑食性のクロダイにカキが襲われるのは、殻がまだ軟らかいときだ。水中につるしているたくさんの稚貝がクロダイに食い尽くされると、稚貝を付けていた白いホタテの貝殻の連なりだけが残る。
過去にない不漁だった二〇一九年度の一、二割程度の漁獲量と予想される今季も、プランクトンの異常発生がもたらした「赤潮」のほか、クロダイによる食害が影を落とした。ただ、漁師たちは手をこまねいているわけではない。
堀内さんは一九年九月、今季に収穫する分の稚貝の一割強に、クロダイよけの網を試しに張ってみた。同じように食害が問題になり、網を使い始めていたノリ養殖の若手漁師のアドバイスがヒントだった。横七十二メートル、縦三メートルの網を二枚特注し、稚貝に引っ掛からない程度の距離を空け、棚につるした。すると、その棚の稚貝はほとんど無事だった。漁師仲間は「これはやらにゃいかん」と口をそろえ、二〇年九月に準備した来季の二一年度の収穫分で、一斉に網を取り入れた。
「来季に収穫するカキは今のところ百点満点」。堀内さんは自信を見せるが、それでもまだ気がかりなことがある。クロダイはなぜ、カキを狙うようになったのか。
思い浮かぶのは、小魚やエビ、貝などが集まる「海のゆりかご」と呼ばれている水生植物のアマモの激減だ。アマモの周りにはクロダイの餌がたくさんいたが、五、六年前から大半がなくなり、生物を育む力が弱まったとみられている。水温上昇などが関係していると言われるが、原因は特定されていない。
クロダイの食害は近年、アサリでも深刻化している。県水産・海洋技術研究所浜名湖分場は一六年、クロダイがアサリを食べる様子を撮影し、被害を裏付けた。高木毅(つよし)分場長(58)は「浜名湖のクロダイは飢えている」と話す。解剖してみると、胃の中が海藻のアオサだけだったクロダイがいたためだ。
アマモが減り、アサリに続いてクロダイが群がる獲物。「カキが食べられなくなったら、次は何を狙うんだろう」。堀内さんに、新たな疑問が浮かんでいる。