人工衛星が捉えた大量のハイパースペクトル画像(光を波長ごとに分光して撮影した画像データ)を地球へ送信する前に衛星軌道上で解析できれば、貴重な時間とエネルギーを大幅に節約できる。そこでオーストラリアの科学者たちは、CubeSat(キューブサット)と呼ばれる超小型の人工衛星に人工知能(AI)を搭載することで、衛星上で画像処理とデータ圧縮を実行することに成功した。
「従来の地球観測衛星には、リアルタイムに地球を写した複雑な画像を軌道上で分析する処理能力はありませんでした」と、サウスオーストラリア大学(UniSA)の地理空間学者のステファン・ピーターズ博士は説明する。この課題を克服するためにピーターズらが構築したのが、キューブサットの限られた処理能力と消費電力、わずかなデータストレージの制約内で動作する軽量なAIモデルだ。
オーストラリアの大学や研究機関によるコンソーシアム「SmartSat CRC」から資金援助を受けてUniSAが主導するこのプロジェクトでは、南オーストラリア初となるキューブサット「Kanyini(カニーニ)」に搭載すべく、オンボードのAIを用いたエネルギー効率が極めて高い早期火災煙検出システムを、ピーターズ率いる研究チームが開発した。宇宙から火災を早期に発見することで、被害を最小限に抑えることが目的だ。
雲と煙を見分けて送信データを最小化
カニーニのプロジェクトは、南オーストラリア州政府とSmartSat CRC、パートナー企業の協力によって実現した。そのミッションは、6Uサイズ(縦10cm×横10cm×高さ60cm)のキューブサットを地球低軌道に打ち上げて森林火災を検出するほか、内陸と沿岸の水質をモニターすることにある。
衛星のセンサーが地球からの反射光を異なる波長で捉えて詳細な地表マップを生成するハイパースペクトルイメージングは、火災の監視や水質評価、土地管理など、さまざまな用途に活用される。
オンボードAIを活用した新たなモデルは、このハイパースペクトル画像をダウンリンク(衛星から地球への送信)する際のデータ量を元サイズの16%まで減らすことで、エネルギー消費を69%削減することに成功した。これにより、従来の地上側での処理の500倍の速さで火災発生時の煙を検出できるようになったという。
「火の手が上がる前にセンサーが火災を判別する最初の兆候は煙です。これを早期に検出できるかにかかっています」と、ピーターズは言う。
ピーターズによると、目的達成に必要な重要な情報は、ほとんどの場合において収集されるデータのほんの一部にしか含まれていない。しかし、従来の人工衛星ではデータをオンボードで処理できないことから、すべてのデータをいったん地上にダウンリンクしたうえで解析する必要があった。
そこで、実際にオーストラリアで発生した森林火災のシミュレーション画像を用いて煙と雲を区別できるAIモデルをトレーニングすることで、地上にダウンリンクして解析するデータを最小限に抑えたというわけだ。過去に南オーストラリアのクーロン地域で発生した火災のシミュレーションでは、カニーニのオンボードAIが煙を検出して南極の地上局にデータを送信するまで14分もかからなかったという。