──では逆に、あえて新しい取り組みをする理由は?
テクノロジーに引っ張られ過ぎると物語を失います。けれども、テクノロジーを無視すれば観客を失います。重要なのはバランスです。そもそも、テクノロジーは常に変化するものです。やがて人はスクリーンを使わなくなるかもしれませんが、それすらも一時的な変化かもしれません。となると結局のところ大切なのはその技術で何を表現したいかです。一方で、演劇は新技術のインキュベーターにもなりえます。芸術的表現を追求した結果、新しい技術が生まれることだってありえますよね。
──なぜ自然に組み込まれていることが大切なのでしょう?
演劇は何世紀にもわたって物語を伝えてきました。CGIのようなディテールがなくとも、観客が想像力で物語を補完しながら鑑賞します。そうした観客と演じ手との協働が、演劇の素晴らしい点でもありますね。その意味で、演劇は必ずしもテクノロジーを必要としていないのです。だからこそ、芸術や物語にリードされるかたちでテクノロジーが入ることが大切になります。演劇の感覚、つまり観客の想像力の余地を残しながら、アーティストの手で想像を絶するような芸術を生めるようにするのです。
──時代とともに変わる観客たちに適応していく、ということですか?
15年もすれば、ほぼすべての観客がインターネット世代になるでしょう。その世代とどうつながるか考えなくてはなりません。また、アクセシビリティも重要です。特別版『テンペスト』のチ ケット価格が通常版と同じだったのは、なるべく多くの人に技術を享受してほしかったからです。イノべーションにおける最大のリスクは、自分が何者であるかを見失うこと。世界における自分たちの存在意義を見失うということでもあります。常に立ち位置を確認しながら、どう変化に適応していくかを見定めていく必要があります。
──ちなみに、ストーリーテリングにおける2Dと3Dの最大の違いは?
「一緒にいる」という感覚です。2Dでは物理的なつながりを見失うことがあります。概念的なものと物理的なものとの違いとも言えるでしょう。2Dでもつながりは感じられますが、空間コンピューティングのような3D技術は「自分の足で立つ」感覚を再現するのかもしれません。それが身体性にどんな影響を与えるのか、そして接触や身体の動き、ニュアンス、エイブルイズム(非障害者優先主義)といった面でどんな変化を起こし、そのためにどんなデザインをするのか考えなければなりません。
──根本的な質問になりますが、なぜ演劇において「一緒にいる」という感覚が大切なのでしょう?
演劇における最高のストーリーテリングは俳優たちです。その演技から生まれる熱気があり、観客 たちの集団的なエネルギーがある。そこにその日の天気や気分といった一回限りの条件が合わさっ て、ひとつの公演をつくり上げます。ライブだからこそ、公演の体験は毎回異なるのです。バーチャルで何かを制作する際には、常にその点を念頭に置いていなくてはなりません。演劇の未来は 演劇であり続けます。テクノロジーはさらにその芸術形式を拡げるためのものなのです。
──150年もの歴史がある劇団となると、伝統を求める観客も多いのでは?
特別版の『テンペスト』では、従来の観客はシェイクスピアを通じて入り、テクノロジーへの驚嘆とともに帰っていきました。一方で、テクノロジーを目当てに来て、シェイクスピアとともに帰った人も多くいます。『Dream』は観客の76%が新規予約者です。それは、チームを変え、方法を変えたからです。新しい観客にリーチするには、異なる背景をもつ人と時間をかけて協働しなければなりません。同じ業界の同じ思考の人と新しいことをしようとしても、さして変化は起きません。