現在、FIAが探究する領域は主に3つ。テクノロジーが1) デザイナーのコレクションの制作プロセスをどう変えるか。2)ランウェイやショーケースなど、コレクションの見せ方をどう変えるか。3)Eコマースなど、デザイナーと小売業界、そして消費者との関係をどう変えるかだ。
生成AIとVFXを使ったランウェイの制作から、3DのECサイトの研究、デジタルヒューマンスタイリストの開発、手軽なモーションキャプチャーの研究など、プロジェクトで扱う技術領域は広い。18年のロンドン・ファッション・ウィークに際しては、ジョージ・ルーカス率いるインダストリアル・ライト&マジック(ILM)と共同でデジタルと物理世界を融合したファッションショーも開催した。テック企業だけでなく、デジタル技術に保守的なファッションブランドとも積極的に提携している。
わたしたちは技術屋ではない
大学として活動するのは、テクノロジーに対して中立の立場を取れるからだ。「最新技術について話す人は多いのに、自らその技術を使ったことがある人がいかに少ないかに驚かされます」と、ドリンクウォーターは話す。実際、テクノロジーは自分で使ってみないとわからないことも多い。
「以前、ファッションブランドのエグゼクティブたちにヘッドマウントディスプレイ(HMD)を試してもらったことがあります。その際には、その重さや閉塞感に拒否反応を示す人も多くいました。学生もまた、閉鎖的なVRよりも周りが見えるMRの体験を好む傾向にあることがわかっています」。FIAは現在、そうしたHMDへの抵抗感をどう減らすかを研究するプロジェクトを実施している。「体験やレンダリングされる映像の質を大幅に向上すれば、そうした拒否反応は減るのか。それとも、そもそも問題は別にあるのか。それを模索しています」
加えて、何が「よいコンテンツ」になるのかも考えなければならないとドリンクウォーターは語る。「バーチャルにファッションを体験できるというアイデアには心躍らされます。けれども、それが本当に消費者の望む体験なのかはまだわかっていません。現実世界をそのままバーチャルで再現するだけでいいのか。どれも、試してみなければわからない問題です」
最新技術には常に誇大宣伝やハイプがつきまとう。それ故に、実際に技術を使い、何がうまくいったか、何がうまくいかなかったか、そしてその価値や意義を語ることがFIAの役割だとドリンクウォーターは考えている。「技術を売るのではありません。専門的知見を共有するのです」
マシュー・ドリンクウォーター|MATTHEW DRINKWATER
ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションの研究開発部門、ファッション・イノべーション・エージェンシー(FIA)のヘッド。イマーシブ技術から生成AIまで、企業やファッションブランドとの共同プロジェクトに多く携わる。
PHOTOGRAPH: HARRY MITCHELLカリキュラムでは間に合わない
ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションの新キャンパスには、FIAとのコラボレーションのために多くの企業やブランドが足を運ぶことになる。そのなかで、テック企業は作品の制作に取り組む未来のデザイナーの姿を、そしてファッションブランドは最新機器とそれを学ぶ学生たちの姿を目にするだろう。そのリアルな姿が、ふたつの産業の距離を縮める一助になるかもしれない。