普段は論文や講義で活躍している研究者たちは,プライベートではどんなゲームに,どのように触れているのだろうか? 本連載「研究者のゲーム事情」は,研究者が個人的に遊んでいるゲームについて,専門的な知見も交えて自由に語ってもらう企画である。
初回はスピリチュアリティ研究で知られる社会学者の橋迫瑞穂さんが登場。人気ホラーゲーム「犬鳴トンネル」の実況を題材に,ホラーゲーム実況の魅力を比較検討してもらった。
※カッコ内の名前と年度は,参考文献表に対応している。
実況によるホラーゲームの広がり
現代社会では
怪談やホラーについて
語るのに,ホラーゲームは
見過ごせないジャンルとなりつつある。
家庭用ビデオゲームが
普及して
以来,
名作と
呼ばれるほどのホラーゲームが
次々とリリースされるようになり,
近年では
海外のメーカーやインディーのメーカーも
参入して
裾野が
広がっている。
こうしたホラーゲームの
人気を
後押ししているのが,ビデオゲームをプレイしながら
感想や
分析を
開陳する
映像をYouTubeなどの
動画サイトにアップする,
ゲーム実況者(以下「実況者」)の存在だろう。
近年ではウォーキングシミュレータに
代表される,
一人称視点のホラーゲームが
数多くリリースされて
人気を
集めている。
実況者は
一人称視点で
恐怖の
世界に
入りながら
状況や
感情を「
語る」ことで,ゲームの
持つ
魅力を
引き
出している。
今回は
一人称視点のホラーゲームが
台頭するなかで,
実況者の「
語り」が
果たす
役割に
注目したい。その
際に,
一人称のホラーゲームの
持つ
魅力にも
注目する(※1)。
近年,ビデオゲームをめぐって
議論が
活発化しているが,その
背景には「ゲーム
実況」がデジタルイベントとして
視聴者の
注目を
集めて
一大産業となったという
事情がある(
加藤2017;
金田2009)。そのなかで,メディアを
論じる
根岸貴哉氏はゲーム
実況の
魅力として,
実況者が視聴者と交流を持ちながら実況を行うインタラクティブ性と,
実況者がゲーム
内で
様々な
「成長」を遂げていく様子を
視聴者が
応援する
楽しみを
挙げている。この
場合の「
成長」とは,ゲーム
内でのランクアップやゲーマーとしてのスキルアップだけでなく,
実況者がタレントとして
実績を
積んでいく
過程のことだ(
根岸2023)。
他方,ホラーゲームに
限って
言えば,ゲーム
内でのテクニックがそれほど
重要ではないものも
多い。そうしたゲームでは
実況者はテクニックよりも「
語り」によって
視聴者を
魅了することで,ゲーム
体験に
巻き
込んでいると
言えるだろう。そのことが,
実況者のタレント
性にもつながっているのだ。
では,
彼らの「
語り」はどのように
視聴者を
巻き
込んでいるのだろうか。この
点を
考える
手掛かりとして,デベロッパ
Chilla's Artの
作品の
中から
「犬鳴トンネル」と,その
作品の
再生数の
多い
実況動画を
挙げてみよう。ただし
今回は
紙幅の
都合もあり
厳密な
分析手法は
用いておらず,あくまで
実況動画を
実際に
見聞きした
感想に
留まることを
断っておきたい。
「犬鳴トンネル」実況の多様性
ホラーゲーム「
犬鳴トンネル」は,2019
年11月19
日にSteamにて
配信が
開始された。プレイヤーは
一人称の
視点で
男性主人公を
操作してトンネルを
抜けてから,
廃村となった「
犬鳴村」に
侵入し,ひととおり
動画を
撮影してから
出口を
目指す
筋立てとなっている。
「
犬鳴村」とは,「
旧犬鳴トンネル」の
近くにあった
法治が
及ばないとされる
村(このような
村が
実在したわけではない)の
名前で,
都市伝説として
流布している。
途中にある
電話ボックスやお
墓,
寺に
仕掛けられた
謎を
解きつつ
落ちているメモを
拾うと,
村に
何が
起こったのかがおぼろげにわかる
仕組みだ。
時代は
現在より
少し
前の
設定となっていて,プレイヤーは
霊力を
感知するVHSのビデオカメラを
通して
必要なアイテムを
集めることを
求められる。
設定された
条件をどのようにクリアするのかで
結末が
異なる,マルチエンディングが
採用されている。
Chilla's Artのゲームは,
実際の
映像を
取り
入れながらあえて
粗い
画像として
示すことで,
不気味で
不穏な
雰囲気を
演出することに
特徴があるが,それは「
犬鳴トンネル」も
同様だ。また
一人称視点のため,プレイヤーは
主人公の
外見はもちろん,
主人公の
性格や
犬鳴村との
関わりさえ
知ることが
難しい。
推理小説などで
用いられる
手法の
一つ,
「信用できない語り手」の立場にある登場人物を,プレイヤーが操作しながら実況することが,ホラーとしての側面をより盛り上げる要素となっているのだ。
YouTubeの
登録者数が189
万人を
超えている
実況者の
ガッチマン氏は,このChilla's Artの
作品をいち
早く
紹介して
人気を
後押しした。「
犬鳴トンネル」の
実況動画もリリース
直後の2019
年11月22
日にアップロードして,
現在は
再生数が
154万回を
超えている(2024
年2
月16
日現在)。
オープニングのトンネルの
場面では,ガッチマン
氏はゲームの
概要を
説明しつつトンネルの
周辺を
探ってみせている。
時折冗談を
挟むなど,
視聴者に
話しかけるようない
回しが
多く,
終始語りは
冷静だ。そのため,ゲーム
内で
不気味な
現象に
出会っても,
状況を
確認するだけに
留まる。だが,
村内に
入って
謎を
解く
段階になると,その
難しさから
沈黙したりボヤいたりすることが
多くなるのである。
終盤にはバッドエンドに
向かっていることを
察して
分析と
反省を
述べつつ,
最後に
主人公が
怪異に
襲われて
倒れたことを
確認している。その
際には,
主人公を「
私」と
呼ぶ。
ガッチマン氏の実況動画 ※スクリーンショット掲載許可済み,以下同 |
同じく「
犬鳴トンネル」を
実況している
レトルト氏は,これまでもホラーゲームだけでなくさまざまなジャンルのゲームを
取り
上げており,
登録者数は250
万人以上だ。また,ホラーゲームのなかでもテキストを
中心に
物語が
進んでいくノベルゲームの
実況が
多く,
時に
画面を
見る
必要のない
朗読動画としても
受容できるところに
特徴がある。「
犬鳴トンネル」の
再生数は,
108万回を
越えている(2024
年2
月16
日現在)。
ゲームの
冒頭でレトルト
氏は「
犬鳴トンネル」の
概要やゲームの
進め
方だけでなく,
実際にあった
事件について
自分で
調べたことを
紹介している。レトルト
氏の
実況の
特徴的な
点として
主人公について
分析し,わざわざ
犬鳴村に
出かける
理由にいわゆる「つっこみ」を
入れて,
他者として
扱う
傾向が
強いことが
指摘できるだろう。さらに,
見たものや
起こったことを
逐一言葉にし,
落ちているメモを
朗読するため,
視聴者は画面を見なくても何が起こっているか把握できる点も
特徴的だ。
終盤ではバッドエンドに
向かっていることに
気づくと,ゲーム
内容を
振り
返りつつクリア
条件について
検討を
始める。
終盤に
至っても
主人公を「お
前」と
呼んで
他者として
扱いながら,
怪異に
襲われる
様子や
主人公の
背景について
冗談を
交えて,その
様子を
語り
続けている。
そのほか,
特徴的な
実況者として,
おついち氏が
挙げられる。おついち
氏は3
人組の
実況者集団TEAM-2BRO.のメンバーで,
普段は
複数で
実況を
行っているが,「
犬鳴トンネル」は
単独で
取り
上げている。この
実況は
編集を
経ずに
画面にそのまま
流す,いわゆる
生配信方式で
行われた。
生配信では,YouTubeのチャット
欄に
視聴者からの
感想やコメントが
反映される
仕組みとなっている。
再生数は
47万回だ(2024
年2
月16
日現在)。
おついち氏の実況動画 |
おついち
氏による
実況では,
自身がゲームだけでなくホラー
全般を
好んでいることが
随所からうかがえる。そのため
冒頭では,ゲームを
進める
上でルールだけでなく,
都市伝説としての「
犬鳴村」について
細かな
解説が
行われるのが
特徴的だ。
犬鳴村に
入ると
謎を
解くためのひとり
言や,
沈黙の
時間が
増えていく。だが,それに
反応するチャットが
多く
流れるため,
画面上では
相互性が
発生している。
終盤では
謎解きが
十分でなかったためにバッドエンドに
向かっていることに
気づき,エンディングを
見届けるとすぐさま
最初からゲームをやり
直して,1
週目のゲームを
振り
返りつつグッドエンドを
回収している。2
周目ではある
程度展開が
分かっているためか,ホラーについての
知識や
思い
出に
関する
雑談も
増えている。そしておついち
氏の
実況の
特徴として,
主人公を「
俺」と
呼びつつも,
彼が
何者でどのような
性格なのか,なぜ
犬鳴村に
向かっているかなど,
細かい
分析を
披露している
点が
挙げられるだろう。
「実況」は何を照射しているか
以上,
三者三様の
実況についての
概要を
説明した。ここからは,それぞれの
実況についての
特徴をとらえつつ,
三者を
比較したい。
ガッチマン
氏はゲーム
内で
見たものを
客観的に
伝えることと,
謎解きの
思考過程を
披露する,いわばひとり
言に
近い
語りを
交互に
行うことで
視聴者をゲームに
巻き
込んでいる。
他方で,
恐怖演出に
対して
驚きを
示すこともなく,
時折冗談を
混ぜることで,
視聴者の
恐怖を
緩和する
役割を
担う。だがそれだけでなく,
時に
語りを
入れないことで,
視聴者の
注意を
画面そのものに
向けさせることにも
成功している。したがって,
ゲームの画面に対して補完的な語りを展開させていると
言えるだろう。この
特徴はバッドエンドを
迎える
場面において,
主人公とプレイヤーとの
距離を
強調する
語りを
展開することと
相関している。
レトルト
氏は
見たものを
逐一語るとともに,ゲームでの
感想や
感情を
素直に
語ってみせていて
総じて
多弁だ。そのため,
視聴者は
画像を
見ていなくても
物語の
展開がおおよそわかるようになっている。
一人称の
視点に
立つにも
関わらず,
主人公を
突き
放して
語ってみせているのも,そうした
語りの
特徴の
延長と
言えるだろう。レトルト
氏にとって
主人公は
自分自身と
重なる
存在ではなく,あくまでゲームの
物語を
進める
登場人物だからだ。こうして,レトルト
氏の
語りは
ゲームを「物語として書き換える」役割を担っていると
言える。
他方でおついち
氏は,ゲーム
内での
出来事にはほとんど
言及せず,
自らの
趣味であるホラーについての
知識やひとり
言を
展開する
語りが
多い。しかし,「
犬鳴トンネル」では
生配信形式をとっているため,
視聴者との
相互性が
画面に
現れている。そのため
語りがなくても,おついち
氏といっしょにゲームを
楽しんでいる
感覚を
視聴者は
味わうことができるのだ。
主人公もあくまでゲームの
登場人物でしかなく,
徹底的に客観的に分析してみせるのがおついち氏の特徴といえよう。
こうしてみると,ホラーゲームの
実況者は「
語り」によって
視聴者をゲーム
体験に
巻き
込むのは
共通しているが,それぞれの
巻き
込み
方には
異なった
特色があることが
改めて
分かる。これは,ホラーゲームの
実況者の
人気が
高まった
点と
一人称のホラーゲームが
注目されるようになった
点が,ほぼ
同時期に
起こったことと
関係しているかもしれない。
実況者は
それぞれ画面で展開される眼前の状況を一人称の視点でとらえた「語り」と,
ゲーム内にいる不可視の主人公との間に距離を置いた「語り」を
使い
分けながらゲーム
実況を
展開していて,その
「語り」の使い分けが個性を発揮する働きをしていると
言ってよいだろう。
したがって,
ホラーゲーム実況者の目的はあくまで「ホラーゲームについて語る」ことにある。実況者は,ゲーム
内で
起こる
怪異について
自身が
感じた
恐怖の
感情を
視聴者に
伝えたり,
怪異についての
解釈を
視聴者に
押し
付けることに
重点を
置いていない。そして
視聴者はそれぞれの
実況者の「
語り」を
通したホラーゲームの
楽しさに,
魅力を
感じているのである。それが
視聴者の
実況者に
対する
信頼や
愛着を
促して,
彼らがタレント
性をより
発揮する
方向につながっているのではないだろうか。この
点における
実況者と
視聴者の
関係の
持つ
意味について,さらに
掘り
下げてみよう。
ポリフォニーとしてのゲーム実況
怪談研究家の
吉田悠軌氏は,「
体験談が
取材・
再構成・
発表という
怪談行為によって
語り
継がれていく
運動」を
「実話怪談」としたうえで,
実話怪談は
伝達の
問題によって
別人が
入り
込み,
細部についての
精度が
欠けることがあったとしても
問題はなく,むしろ
伝達の
過程に「
別人の
怪談行為が
入ることで,その
話は
洗練され
力強くなる」という,いわば
「しゃべり」の重なりに魅力があると
述べている。その
上で
実話怪談そのものも,
解釈したことについて
話芸のなかでも
発話形式が
決められていない「しゃべり」によって
構成される。
吉田氏は
実話怪談のこうした
特性を
指摘した
上で,
実話怪談の
魅力を
「様々な人間の声によるポリフォニー」であること
述べている(
吉田2023)。この
吉田氏の
主張をい
換えると,
実話怪談とは,形式の無い「しゃべり」という発話の重なりにおいて,怪談研究家が改めて拡散されたナラティブを取材によって回収し,かつ再構成することで成り立っている。そして
見方を
変えると,
実話怪談を
取材する
怪談研究家もまた,「しゃべり」によって「ポリフォニー」に
参加しているのだ。
吉田氏による
実話怪談の
仕組みから
検討すると,
ホラーゲームの実況はゲーム内で起こった怪異を「しゃべり」によって構成する点において,「実話怪談」と重なる部分があると言える。実況において,「しゃべり」の
対象はあくまでゲーム
内で
起こる
怪異に
限られるが,
今回取り
上げた「
犬鳴トンネル」のように,
事実であることを
証明しにくい
怪異をクリエイターが
再構成したものとしてホラーゲームをとらえることは
可能だろう。だとしたら,ホラーゲームの
実況と
実話怪談が
同質の
性格を
帯びていても
不思議はない。
もっと
言えば,「
犬鳴村」のように
実際に
流布している
都市伝説がゲームの
素材となるのも,またそれが
実況という
形で
人気を
得るのも,
吉田氏が
述べるような「
様々な
人間のポリフォニー」を
発生させる
素地を
持つものだからだ。そして
実況の
場合,その
上に
視聴者の
声が
時に
上乗せされる。ホラーゲーム
実況と
実話怪談の
両者が
近年,イベントの
題材として
存在感を
増しているのは,この「ポリフォニー」の
魅力にほかならない。
ただし,ホラーゲームの
実況は
実話怪談と
異なり,ゲーム
内で
起こったことに「しゃべり」を
乗せていく
形式をとっている。つまり,
起こったことと「しゃべり」にタイムラグが
発生せず,しかも
視聴者は
起こった
出来事を
実況者とともに
見ている。だから,
実況者は
出来事に
対して
物語としての
再構成を
図る
必要がそれほどなく,むしろ
出来事そのものにどのように「しゃべり」をあてがうかに
注意が
払われるのだ。
その「しゃべり」はホラーゲーム内で起こっている怪異に沿ったものである必要はなく,ゲームを遊ぶことの楽しさを視聴者にまで届ける「しゃべり」であることに価値がある。
実話怪談の
話者と
異なり,ホラーゲームの
実況において
実況者自身の
個性が
重要なのは,
彼らの「しゃべり」そのものに個性が必要だからではないだろうか。そしてその
個性が,
登録者数やファンの
数に
直結している 。したがって
実話怪談と
決定的に
異なる
点として,
実況者は「ポリフォニー」の調和をかき乱して,突出した個性を発揮する必要があることが挙げられる。
今日では,ホラーゲーム
実況がゲーム
実況のなかでも
大きな
人気を
集めている。それが
実話怪談の
特徴と
重なりあう
部分があることに
注目するなら,ホラーゲーム
実況の
持つ
魅力は
怪談を
語る
行為そのものが
持つ
魅力の
素地の
上に
成り
立つものであることにも
目を
向ける
必要がある。したがって,ゲーム
実況がなぜ
人々を
魅了するのかを
明らかにするには,ゲームのジャンルにも
目を
配りつつ,
他の領域における「語り」の魅力にも目を向ける必要があるのではないだろうか。
※1……この論考は2023年12月9日に武蔵大学で行われた「話芸・パフォーマンスアートとしての実話怪談」でのパネル発表「アートパフォーマンスとしてのホラゲー実況」を元にしている。
◆参考文献
金田淳子2009「ゲーム
実況,そして
刺身――ゲーム
実況プレイ
動画の
覚え
書き」『ユリイカ
総特集RPGの
現在』41(4),pp.184-190,
青土社.
加藤裕康2017「ゲーム
実況イベント――ゲームセンターにおける
実況の
成立を
手がかりに」『
現代メディアイベント――パブリックビューイングからゲーム
実況まで』pp109-151,勁草
書房.
根岸貴哉2023「ゲーム,
実況者,
視聴者の
関係性からみる
実況生放送の
構造」『
立命館ゲーム
研究センター
紀要』(5),pp91-98,
立命館ゲーム
研究センター.
吉田悠軌2023「
誰が
誰の
話を
誰に
語っているのか?――
複数の
声が
紡ぐ『
実話怪談』という
運動」『ユリイカ
総特集生活史/エスノグラフィー――
多様な<生を記録することの思想』51 (11)pp.84-97,青土社.