受難の年だった2018年
マスクがなぜここのところ挙動不審なのかを知りたければ、彼の過去の暴走の理由を理解するといい。受難の年だった2018年にさかのぼろう。
当時マスクは、テスラの将来をモデル3に賭けていた。最低価格としては3万ドル(約420万円)を予定しており、高級車を買えないドライバーでもEVに手が届くようにするはずだった。しかし、同モデルがマスクの言うところの「生産地獄」に陥ったため、テスラの投資家たちは次第に懸念を募らせていった。
モデル3を世に出さなければならないというプレッシャーがマスクにのしかかっていたのは明らかだったが、彼はそれを隠そうともしなかった。
テスラの2018年第1四半期決算説明会では、財務に関するアナリストからの基本的な質問を遮り、「退屈で頭の悪い質問は不愉快だ」と言った。マスクはフラストレーションのあまりアナリストたちを完全に無視し、YouTubeに投稿するファンからの質問に答え始めた。しまいには、テスラに懐疑的な投資家に対して「頼むから株を売却してくれ」とせがむ始末だった。マスクは、キャッシュに飢えているときほど出資者の手に噛みつくのだ。
この頃を境にマスクはTwitterでの活動を活発化させ、騒動を起こすこともしばしばだった。タイの洞窟に閉じ込められた少年サッカーチームを救出する動きをマスクが邪魔していると訴えたプロのダイバーについて、マスクは「ペド野郎」と呼び、Twitter上で嫌がらせをした。
メディアについての愚痴をTwitterに書き込み、テスラの株価下落に賭けている投資家を攻撃したりもした。さらには、1株420ドルでテスラを非上場化するとのツイートまで投稿した(実際にはそのような取引は行われていなかったにもかかわらず)。
マスクが後に認めたように、当時テスラは「瀕死」状態で、夏の「生産地獄」から秋の「物流地獄」に入ろうとしていた。
そんなとき、中国共産党という名の救い主が現れた。2019年、テスラから役員らが逃げ出し、資金流出が続くなか、マスクは上海に工場を建設する契約を結んだ。許認可から建設、オープンまで、上海ギガファクトリーはわずか168営業日で建設された。
私を含め、テスラを懐疑的な目で追ってきた者たちは不意を突かれた。私たちが見落としていたのは、中国共産党が一つの目標に向かって突き進むときの驚異的な力だ。同党が、テスラが中国国内に工場を建設することを認めたとき、それは即座にという意味だったのだ。
マスク自身の言葉を借りると、中国がなければテスラは最終的に「本物の自動車会社」にはならなかっただろう。マスクは破滅を回避し、腰を据えて、スターリンクなどの他のプロジェクトに集中し始めた。
Twitterでは相変わらず大暴れしていたが、少なくとも、ガールフレンドを見つけて幸せになりたいとローリングストーン誌に訴えていたわけではない。ついに、マスクの世界は熱狂を保ちつつも一つの均衡にたどり着いたかのように思われた。
一般に、危機的状況から生還した人が得る教訓には2種類ある。一つはより慎重になること。そしてもう一つは、自分は不滅だと思い込み、変わらず危ない橋を渡り続けること。マスクがどちらの道を選んだかは言うまでもないだろう。
マスクの世界はすべてつながっている
人がなんと言おうと、マスクには大きな夢がある。2022年初頭、マスクは世界の頂点で、自分には言論の自由という概念そのものを独力で「直す」力があると断じた。Twitterから得られる賞賛にすっかり依存していたマスクは、そこから始めようと考えた。
その後の成り行きはご存知のとおりだ。マスクは2022年初頭からTwitterの株式を取得し始め、その後、完全買収を提案した。その法外な提示額に取締役会はノーとは言えず、モルガン・スタンレーを筆頭とする銀行団が大部分を融資した。そしてマスクは最終的に、契約の撤回に失敗した末にTwitterの買収を完了した。
だが契約を締結からそれほど間を置かず、マスクはプラットフォームを立て直すためのアイデアを出し尽くした。残されたのは、元従業員たちの不満、懐疑的な広告主、ひどい新社名、そしてウォール街の親切な出資者に負っている巨額の債務だった。
最近では、調査会社ボンド・アングル(Bond Angle)のヴィッキー・ブライアン(Vicki Bryan)CEOのように、Xが収益・信用力をはるかに上回る支出をしているのではないかと疑うアナリストもいる。ブライアンは顧客宛てのメモで次のように記している。
「2022年時点で、Twitterは依然としてキャッシュを燃やし続けており、過去1年で13~15億ドル(約1800〜2100億円)の利息負担があったことから、同社の先は長くないと予想していた」
Xは2023年前半に融資に漕ぎつけたとはいえ、残された選択肢はほとんどないだろうとブライアンは見ている。
「年を越して、Twitterのキャッシュは底をつくかもしれない。イーロン・マスクの選択肢とともに」(ブライアンのメモより)
マスクの流儀のせいで、Xの問題は彼のビジネス帝国全体にも飛び火しかねない。世界で2番目の富豪であるにもかかわらず、マスクの手元には興味深いほどまでにわずかな現金資産しかない。
マスクはテスラから給与を受け取っておらず、また、2023年3月に提出された公開文書によると、彼の保有するテスラ株(全体の約20%相当)の約63%は「特定の個人債務の担保に供されて」おり、プライベートジェットの購入などに充てられている。
それゆえ、マスクがすべての現金調達でテスラ株を当てにすることはリスキーな行為だ。テスラの株価が一定の水準を下回ると、銀行が個人債務の返済を請求でき、マスクはそれに応じなければならない。そして、マスクが大量に株を売却する予兆を投資家が掴もうものなら、テスラ株はあっという間に暴落しかねない。
それに言うまでもなく、マスクは銀行に担保として入れているテスラ株が差し押さえられないよう注意を払う必要がある。皮肉なことに、マスクがXのバランスシートにぽっかり空いた穴を埋める最も簡単な方法は、テスラ株を売却することだ。この状況がいかに問題をはらんでいるかはおわかりいただけただろう。
金にどうしようもなく困ると、マスクはスペースXから借金をする。スペースXは非上場企業で、2021年と2022年に合計15億ドル(約2100億円)の損失を出している。マスクはTwitterを買収する際に同社から10億ドル(約1400億円)を借りている。1カ月以内に返済したが、そのために40億ドル(約5600億円)相当のテスラ株を売却しなければならなかった。
マスクはその富と権力をもって、自身が冒すリスクに責任をとらずに済むもう一つの現実世界をき上げたが、Xの灯を守り続けるのは日に日に限界に近づいている。
地球生活1日目
Twitterとの付き合いが始まってから今に至るまで、マスクは常に最悪のタイミングでキャッシュを燃やしてきた。
何十年もの間、マスクは金利がゼロに近い穏やかな経済情勢の中で活動してきた。しかし、マスクがTwitterの買収に乗り出したのは、世界中の中央銀行がインフレ対策として利上げを始めた直後だった。つまり、借金返済のコストが高くなり、新たな融資を受けるのが難しくなっているということだ。この劇的な変化によって宇宙空間に裂け目が生じ、マスクの現実世界が私たちの現実世界へと雪崩れ込んでくるかもしれない。
テスラ事業の先行きも、大してマスクの助けにはならない。競合他社の参入により、EV市場における同社のシェアは低下した。新規参入を受けて、マスクは2023年初めから自社が販売する自動車の値下げを余儀なくされた。結果、テスラの収益性は深刻な圧力にさらされている。
同社は生産能力を拡大する計画だが、陳腐化しつつあるラインナップを刷新する予定はない。もちろん、サイバードトラックを考慮するなら話は別だが、ほとんどの人の眼中にはないことだ。
2023年11月、テスラは10台のサイバートラックの納車を祝う発表会を開いた。たった10台だ。ほかにも販売価格6万ドル(約840万円)の最安価モデルの発売が予定されているが、発売年は2025年になると同社は発表している。
前出のブライアンは私の取材に対し、マスクは今後も不透明な方法でテスラから資金を吸い上げ続けるだろうとの見立てを語った。だが問題は、流用できる資金があったとして、その金額は果たしていくらだろうか。そして、どれほどの間それを続ける必要があるのだろうか。
「私たちはただただ、イーロンが負けを認めるのを待っているんです」(ブライアン)
30年にわたってディストレスト投資(編注:財政難に陥っている企業の株式や社債を買い取り、企業価値が上がったタイミングで売却する投資手法)に携わってきた経験に基づくブライアンの見解では、Xの自己資本はマスクの軽挙妄動によってとうに底をついている。
銀行団はといえば、保有する貸付債権を額面1ドル当たり85セントで売却することもできず、ブライアンの見方では、40セントで売れればマシだという。
誰が見てもXは信用問題を抱えており、ブライアンいわく、破産という月並みな再建策が求められる。マスクが自転車操業に懲りれば、彼はTwitter買収時の債務を踏み倒すだろう。そうすれば、銀行団は債権回収を加速できる。標準的な債務契約には、一定の要件(支払いなど)が満たされない場合、貸し手が借り手に貸付金残高を全額返済するよう強制できる条項が含まれている。その場合、Xには自己破産が認められる。
「すでに火がつき、二度と戻ることのない金がある。私たちはXの救済事業を進めています。イーロンがいなくなった後なら、会社の再建を人々に見てもらえる。イーロンがしでかしたことをなかったことにして、速やかに救済措置を施せると期待してもらえます」(ブライアン)
それだけでXを存続させることは可能だろうか。そうではないかもしれないが、それが同社の唯一にして最大の希望だ。
ウォール街は大いに恥を知るべきだ。報道によると、Xの債権を保有している銀行団は、最終的に売却にこぎつけても20億ドル(約2800億円)の痛手を被ることをすでに見込んでいるという。
その理由を理解するのは難しいことではない。私は当初から、このTwitter買収という冒険行為には資金も理念もないと指摘してきた。
マスクは常にTwitterを、自身の狭い世界観を反映する場に作り変えようとしていた。ディールブック・カンファレンスでの彼の過激発言から表現を借りれば、そこは彼の「地球」だ。一般的なユーザーのための場所ではない。
マスク信者にそれが理解できると思ったことはないが、さすがに銀行家なら理解できると思っていた。メディアビジネスで誰が何に金を出すのかを知っているはずなのだから。ウォール街の投資家たちが最終的に滅茶苦茶になったXを押し付けられる可能性は大いにある。
とはいえ、この大失態が演じられた後でもまだ救いは残されている。それは、いざその可能性が現実のものとなったとき、彼らは少なくとも何をすべきでないかがわかるだろうということだ。