日常生活の隙間からしのびよる怪しい影
引いている。何かが、僕の身体を……後ろへ引き倒そうとしているのだ。
それは、ダッフルの裾にくっついていた。
顔を右へねじ向けて、眼を開けた。
真っ白い女の顔が見えた。眼ばかりが洞みたいに黒く、唇がひどく紅い。口紅じゃあない、あれは血だ。
女の人は白い着物を着ていた。同じ色の手が袖口からのびて、ダッフルの裾を掴んでいる。(「オータム・ラン」より)
怪奇小説の名手がおくる幻想ホラー短篇集。
・黒丸
・サラ金から参りました
・化粧(メイク)
・オータム・ラン
・安住氏への手紙
・漬物ならぬ
・曲がり角
・求婚者たち
・風の十文字
・娘の正体
●菊地秀行(きくち・ひでゆき)
1949年、千葉県生まれ。青山学院大学卒業後、雑誌記者の傍ら同人誌に作品を発表し、1982年『魔界都市“新宿”』でデビュー。1985年、『魔界行』三部作が大ヒット、人気作家の座を不動のものとした。伝奇・幻想・バイオレンス小説の第一人者。著作は300冊を超える。