人間にんげんのコミュニケーションを拡張かくちょうする、味覚みかく・嗅覚きゅうかくの共有きょうゆう技術ぎじゅつ

――2人ふたりの研究けんきゅう内容ないようを教おしえてください。

宮下みやした：先端せんたんメディアサイエンス学科がっかというところで、未来みらいのコンピューターのあるべき姿すがたを研究けんきゅうしています。中心ちゅうしんにあるテーマは、人間にんげんの表現ひょうげん能力のうりょくを拡張かくちょうする技術ぎじゅつ。味あじや香かおりも表現ひょうげんの一ひとつであり、たとえば生成せいせいAIと対話たいわして思おもい通どおりの味あじを生うみ出だすにはどうしたらいいかなど、技術ぎじゅつ開発かいはつに取組とりくんできました。

石川いしかわ：私わたしたちドコモは、6G時代じだいの新あらたな提供ていきょう価値かちの一ひとつとして、「人間にんげん拡張かくちょう」を実現じつげんする基盤きばんの開発かいはつを進すすめています。多おおくの研究けんきゅう者しゃとタッグを組くみ、感情かんじょうの伝達でんたつや五感ごかんの共有きょうゆうなど、さまざまなプロジェクトを進すすめているところです。ドコモのめざす人間にんげん拡張かくちょうとは、知覚ちかくや認知にんち能力のうりょくを拡ひろげるための技術ぎじゅつ。これによりコミュニケーションをより良よくしていくことが、私わたしたちのゴールです。

――どのような経緯けいいで、二人ふたりは協業きょうぎょうに至いたったのでしょうか？

石川いしかわ：人間にんげん拡張かくちょうを実現じつげんしていく上うえで、ドコモは五感ごかんを共有きょうゆうする「フィールテック」という技術ぎじゅつを開発かいはつしています。味覚みかく・嗅覚きゅうかくの領域りょういきを調しらべてみると、権威けんいある学会がっかいの賞しょうを次々つぎつぎと受賞じゅしょうするなど、宮下みやした教授きょうじゅが最前線さいぜんせんに立たっていたわけです。

宮下みやした：センサーの測定そくてい値ちをベースに自由じゆうに味あじを再現さいげんする「TTTV3」など、すでに技術ぎじゅつの実装じっそうは進すすめていたのですが、コミュニケーションや多様たよう性せいという観点かんてんから何なにかできないかと模索もさくしていました。そこに声こえをかけていただいたのが、高度こうどな通信つうしん基盤きばんを持もつドコモさんです。同おなじ未来みらいを見据みすえながら新あたらしい技術ぎじゅつを社会しゃかい実装じっそうできると感かんじました。

――味覚みかく・嗅覚きゅうかくの共有きょうゆうは、私わたしたちの暮くらしでどのように活用かつようされるのでしょうか。

宮下みやした：たとえば、レストランに足あしを運はこばなくても、お店みせの味あじをダウンロードして自宅じたくで楽たのしめるようになります。味あじのコピーアンドペーストが可能かのうになるので、1億おく円えんのロマネ・コンティを誰だれもがどこでも楽たのしむことができたり、アレルギーを持もつ方ほうが食たべられないものの味あじを楽たのしんだりと、擬似ぎじ的てきな食しょく体験たいけんも可能かのうです。

石川いしかわ：eラーニングと組くみ合あわせれば、料理りょうり教室きょうしつなどでも活用かつようできそうです。味覚みかくの感かんじ方かたを日々ひび分析ぶんせきすれば、体調たいちょう管理かんりにも役立やくだてられるでしょう。また、たとえば香木こうぼくなど限かぎられた人ひとしか知しらない文化財ぶんかざいの香かおりなどを伝つたえることも、意義いぎのある活用かつよう方法ほうほうだと考かんがえています。

味覚みかく共有きょうゆう技術ぎじゅつが実現じつげんする、多様たようで豊ゆたかな食しょく体験たいけん

――そもそも味覚みかくを伝送でんそうする技術ぎじゅつは、どのような仕組しくみによって成なり立たっているのでしょうか？

宮下みやした：味あじというのは甘味あまみ、塩味しおあじ、酸味さんみ、苦味にがみ、うま味みの基本きほん五味ごみや渋しぶみや辛味からみなどから構成こうせいされます。これを味あじセンサで測定そくてい・データ化かし、各かく味あじの溶液ようえきを調合ちょうごうすれば、食材しょくざいに頼たよることなく味あじを再現さいげんできるわけです。台所だいどころでは調味ちょうみ家電かでん、食卓しょくたくでは調味ちょうみ食器しょっきによって味あじ溶液ようえきを調合ちょうごうして加くわえます。たとえば「ニンニク味あじ」に調合ちょうごうした液体えきたいをパスタに加くわえれば、実物じつぶつのニンニクを入いれることなく味あじを楽たのしむことができます。これが味覚みかくの入出力にゅうしゅつりょくを行おこなう仕組しくみです。

石川いしかわ：味あじをデータ化かして伝送でんそうすると、離はなれた場所ばしょであっても共有きょうゆうができたり、家庭かていの味あじを記録きろくしておくと、将来しょうらい子こどもが成長せいちょうしたときにその味あじを伝つたえることが可能かのうです。今後こんご6Gにより、さらなる高速こうそく・大だい容量ようりょう、低てい遅延ちえんの通信つうしんが実現じつげんすれば、メタバース空間くうかんや映画えいが、アニメなどのコンテンツの中なかにしか存在そんざいしない味あじを、体験たいけんできるようになるでしょう。作者さくしゃが思おもい描えがいた味覚みかくをユーザーにそのまま伝つたえられるため、事業じぎょう者しゃはより魅力みりょく的てきなコンテンツを提供ていきょうでき、ユーザーはこれまでにない臨場りんじょう感かん溢あふれる体験たいけんが可能かのうとなります。

宮下みやした：「テレフォン」「テレビジョン」「テレワーク」と、遠隔えんかく地ちにいる誰だれかに何なにかを伝つたえる技術ぎじゅつは、これまでも歴史れきしの中なかで発達はったつしてきました。やがて「テレテイスト」や「テレイート」がスタンダードになると思おもっています。物流ぶつりゅうや移動いどうを伴ともなわずに地球ちきゅうの裏側うらがわにある味あじに出会であえることは、人間にんげんの体験たいけんを拡張かくちょうさせ、コミュニケーションの幅はばも広ひろがると考かんがえています。

――ドコモとの協きょう創そうでは、どのような形かたちで技術ぎじゅつを応用おうようしていくのですか？

宮下みやした：個人こじんの感覚かんかくを他者たしゃと共有きょうゆうする技術ぎじゅつに挑戦ちょうせんしたいです。そもそも味あじの捉とらえ方かたは一人ひとりひとりで異ことなりますが、その違ちがいを共有きょうゆうできれば、コミュニケーションが促進そくしんされるはず。たとえば、グルメ番組ばんぐみで表現ひょうげんされる個性こせい的てきな味あじについて、視聴しちょう者しゃにデバイスなどで共有きょうゆうできれば、「なるほど、そういうことか」と理解りかいできるわけです。これは色いろの見みえ方かたが人ひとによって異ことなるのと同おなじで、立証りっしょうが極きわめて難むずかしいのがハードルですが、ぜひ挑戦ちょうせんしたいですね。

石川いしかわ：ドコモが開発かいはつしている人間にんげん拡張かくちょう基盤きばんを活用かつようすることで、単純たんじゅんな味あじの伝送でんそうだけではなく、「個人こじんの味あじの感かんじ方かた」まで他者たしゃへ共有きょうゆうできるようになります。「あの人ひとの味覚みかく」を体験たいけんする、といったことまでできるようになるんです。たとえば、料理りょうりをつくっている料理人りょうりにんの方ほうの感覚かんかくが共有きょうゆうできることで、より価値かちが伝つたわるようになるかもしれません。

物質ぶっしつ的てきな限界げんかいを突破とっぱできれば、コミュニケーションはもっと豊ゆたかになる

――将来しょうらい、人間にんげん拡張かくちょうは、どのように私わたしたちの生活せいかつや社会しゃかいを豊ゆたかにするのでしょうか？

宮下みやした：世よの中なかに溢あふれる争あらそいごとの原因げんいんは、コミュニケーションにおける情報じょうほう量りょう不足ふそくだと思おもっています。相手あいての文化ぶんか、話はなしている文脈ぶんみゃくを理解りかいできないから、勝手かってな妄想もうそうから誤解ごかいが生しょうじる。小ちいさな喧嘩けんかから戦争せんそうまで、メカニズムは同おなじかもしれないとすら思おもいます。だから、コミュニケーション技術ぎじゅつが発達はったつすれば、争あらそいの種たねを減へらせるかもしれない。情報じょうほう量りょうを高たかめる一ひとつの手段しゅだんが、味覚みかく・嗅覚きゅうかくを含ふくむ体験たいけんの共有きょうゆうです。

石川いしかわ：歴史れきしを振ふり返かえっても、食糧しょくりょうの奪うばい合あいが戦争せんそうの根底こんていにあるケースがありますよね。食しょくという一ひとつの分野ぶんやを解決かいけつするだけでも、世界せかいの様相ようそうはがらりと変かわるはずです。近年きんねんのインターネットのコミュニケーションは視覚しかくと聴覚ちょうかくが中心ちゅうしんで、うまく情報じょうほうが共有きょうゆうされない部分ぶぶんが多おおいために、足あしの引ひっ張はり合あいや誹謗ひぼう・中傷ちゅうしょうが生しょうじていると感かんじます。人間にんげん拡張かくちょうの技術ぎじゅつを社会しゃかいに実装じっそうしていくことで、人ひとと人ひととがもっとわかりあえる未来みらいをつくっていきたいです。

――最後さいごに、宮下みやした教授きょうじゅが思おもい描えがく未来みらいを教おしえてください。

宮下みやした：まず前提ぜんていとして、個人こじんの健康けんこう、食しょくの持続じぞく可能かのう性せいの保証ほしょうが必要ひつようです。味覚みかくメディアを使つかえば、減げん塩しお食しょくを美味おいしくしたり、好すきなものだけ食たべても完全かんぜん栄養食えいようしょくにできたりします。また、代替だいたい肉にくを肉にくと同おなじ味あじにしたり、絶滅ぜつめつ危惧きぐの食材しょくざいを複製ふくせいしたり、賞味しょうみ期限きげんに達たっしても「味あじのタイムマシン」で新鮮しんせんな味あじに戻もどしてフードロスを減へらしたりと、さまざまな試こころみを行おこなっています。

そのうえでの最終さいしゅう的てきなゴールは、“表現ひょうげんの民主みんしゅ化か”です。音楽おんがくでは、シンセサイザーを使つかうことで、演奏えんそうできない楽器がっきや自分じぶん以外いがいの声こえのみならず、未知みちの音おとも開拓かいたくして多様たような表現ひょうげんが生うみ出だされています。料理りょうりでも同おなじように、味覚みかくメディアの力ちからが味あじの表現ひょうげんを大おおきく拡張かくちょうしていくでしょう。そして、技術ぎじゅつの間口まぐちが広ひろがり、誰だれもがその表現ひょうげん活動かつどうに参入さんにゅうしていけるようになります。その結果けっか、われわれ人類じんるいはこれまでとは比くらべ物ものにならないぐらいの豊ゆたかな幸しあわせを手てに入いれられるようになると思おもいます。