「言葉ことばが全まったく通つうじない」日本にっぽんのVTuberが、中国ちゅうごくでファン24万まん人にん。数字すうじと引ひき換かえに求もとめられる切実せつじつな“覚悟かくご”

「お金かねやファンの数かずは、中国ちゅうごくの方ほうが圧倒的あっとうてきにもらっているので...」

ありのままの姿すがたではなく、アニメ調ちょうのキャラクターになりきって動画どうがに登場とうじょうする「VTuber」。「乙女おとめおと」さんも2019年ねん3月がつにデビューしたVTuberのひとりだ。

主戦しゅせん場じょうとなるはずだったYouTubeのチャンネル登録とうろく者しゃ数すうは3万まん6000人にんあまり。それに対たいし、当初とうしょ、動画どうがをアップしようと思おもってもいなかった中国ちゅうごく・ビリビリ動画どうが（bilibili）では24万まん人にんを超こえるファンを持もつ。

驚おどろくべきは、彼女かのじょは中国語ちゅうごくごを話はなせないということだ。なぜ言葉ことばの通つうじない国くにでここまで人気にんきを得えたのか。取材しゅざいを進すすめると、中国ちゅうごく独特どくとくの魅力みりょくがある一方いっぽう、並々なみなみならぬ覚悟かくごが必要ひつようなことも分わかってきた。

■ 勝手かってにアカウントが出来できていた

乙女おとめさんは歌うたやテレビゲームの実況じっきょうプレイ、雑談ざつだんをメインとした生放送なまほうそうなどを動画どうがにしている。自身じしんで作詞さくし・作曲さっきょくから編曲へんきょくまで手てがけることができ、代表だいひょう曲きょくは「5000兆ちょう円えん欲ほしい！」。曲名きょくめいの通とおり「金銭きんせん欲よくが強つよい」というキャラクター設定せっていだ。

中国ちゅうごく進出しんしゅつのきっかけは、日本にっぽんの「ニコニコ動画どうが」によく似にた中国ちゅうごく「ビリビリ動画どうが」で、自分じぶんのアカウントが「知しらないうちに」開設かいせつされていたことだった。

「ファンによる有志ゆうしのアカウントです。YouTubeの生放送なまほうそうをビリビリ動画どうがでもリアルタイムに見みられるように流ながしていたんです」と乙女おとめさんは振ふり返かえる。

乙女おとめさんの外見がいけんデザインを手てがけた「絵師えし（デザイナー）」や、絵師えしが関かかわった別べつのVTuberがすでにビリビリで人気にんきだったため、乙女おとめさんも注目ちゅうもくされていたという。

やがてTwitterなどにも中国ちゅうごくから応援おうえんメッセージが届とどくようになる。「外国がいこくの人ひとを相手あいてにすることへの不安ふあんはありましたが、それを上回うわまわるくらい応援おうえんや歓迎かんげいをしてくれました」と乙女おとめさん。中国ちゅうごく語ごが一切いっさい話はなせないままに中国ちゅうごく進出しんしゅつを決きめた彼女かのじょを助たすけたのは、「翻訳ほんやく組ぐみ」と呼よばれる中国ちゅうごく独特どくとくの有志ゆうしコミュニティだ。

翻訳ほんやく組ぐみは、乙女おとめさんの動画どうがの日本語にほんごをき取きとり中国ちゅうごく語ご字幕じまくをつける。さらに生放送なまほうそうが始はじまると、コメント欄らんで同時どうじ通訳つうやくをも担当たんとうする。

「中国ちゅうごくは寒さむいですか？と聞きいたら、それを中国ちゅうごく語ごでコメント欄らんに打うち込こんでくれる感かんじです。私わたしは早口はやくちで（日本語にほんごを）ガーッと喋しゃべるので、うちの翻訳ほんやく組ぐみは特とくに高たかいスキルが求もとめられるらしいです」と乙女おとめさんは苦笑くしょうする。

翻訳ほんやくはあくまでボランティア。「それどころか翻訳ほんやく組ぐみの人ひとたちが頑張がんばって投なげ銭せん（※放送ほうそう者しゃに直接ちょくせつお金かねを送おくること）をしてくれる。仕事しごともしてくれるのに、お金かねもくれるという状況じょうきょうになってはいます」と申もうし訳わけなさそうに打うち明あける。

全員ぜんいんが翻訳ほんやくに従事じゅうじするわけではないが、乙女おとめさんが翻訳ほんやく組ぐみとやりとりするグループチャットには120人にん以上いじょうが加入かにゅうし、生放送なまほうそうスケジュールなどを元もとに、翻訳ほんやく担当たんとうのシフトを組くんでいるという。繰くり返かえすが、彼かれらに報酬ほうしゅうはない。あくまで「推おし」を広ひろめたいという気持きもちが原動力げんどうりょくだ。乙女おとめさんも「ファン何なん万まん人にんという数値すうち目標もくひょうは立たてずに、日本にっぽんと中国ちゅうごくの親善しんぜん大使たいしという立たち位置いちになりたい」と意気込いきごむ。

■運営うんえい側がわも日本人にっぽんじん「V」が欲ほしい

ビリビリ動画どうがも日本にっぽんのVTuberの進出しんしゅつを歓迎かんげいする。決算けっさん資料しりょうによると、2020年ねん9月がつ末まつ時点じてんでビリビリ動画どうがのユーザー数すうは月間げっかん平均へいきんで1億おく9700万まん人にん。前年ぜんねん同期どうき比ひより54%増加ぞうかした。

日本にっぽんでも人気にんきのあるスマホゲームの中国ちゅうごく展開てんかいを手掛てがけるなど、ゲーム分野ぶんやの収益しゅうえきも大おおきいが、動画どうがコンテンツはビリビリの「顔かお」。なかでもVTuberは今後こんご期待きたいされる成長せいちょう領域りょういきの一ひとつだ。

「Vtuberには百ひゃく万まん人にん規模きぼのコアファンがおり、一いち千せん万まん人にん規模きぼの潜在せんざい的てきなファンがいるのです。私わたしたちはずっとこの領域りょういきに人材じんざいなどを投入とうにゅうしています」そう話はなすのは、ビリビリ動画どうがの王おう宇陽（おう・うよう）ライブ事業じぎょう部ぶ総そう経理けいりだ。ビリビリ動画どうがでは、顔出かおだしの「リアル」なクリエイターが人気にんきの中心ちゅうしん。しかし、運営うんえい側がわはVTuberにも可能かのう性せいを見出みいだしている。

「リアルなクリエイターには1000万まんを超こえるファンがいて、一方いっぽうでVTuberは200万まんくらい。数字すうじには差さがあります。しかし我々われわれがVTuberのサポートを始はじめたのは2018年ねん。成長せいちょうスピードはとても速はやい」と王おうさん。すでにYouTubeでは多おおくの日本人にっぽんじんがVTuberとしてデビューしていて、コンテンツを充実じゅうじつさせたいビリビリにとっては重要じゅうような「輸入ゆにゅう元もと」になる。

翻訳ほんやく組ぐみなどの有志ゆうしのサポートに加くわえ、ビリビリ側がわも豊富ほうふな収益しゅうえきプランを用意よういする。再生さいせい数すうに応おうじた収入しゅうにゅうや投なげ銭せんのほか、中国ちゅうごく国内こくないや海外かいがい企業きぎょうの宣伝せんでん案件あんけんも仲介ちゅうかいする。人気にんきが出でればVTuberを集あつめたオフラインのコンサートにも呼よぶ。

「コンサート開催かいさいや協賛きょうさん企業きぎょうとのやりとりなど、個人こじんのVTuberが多おおくのことをこなすのは難むずかしい。ビリビリ側がわが支援しえんすることによって、こうした夢ゆめも叶かないます」と王おうさんは胸むねを張はる。

■一番いちばん最初さいしょに「覚悟かくごを決きめて」

しかし、海外かいがい、特とくに複雑ふくざつな歴史れきし問題もんだいを抱かかえる中国ちゅうごくへの進出しんしゅつはリスクを伴ともなう。

VTuberでは過去かこにも、「キズナアイ」が台湾たいわんを「中国ちゅうごく台湾たいわん」と呼よぶなどして批判ひはんが寄よせられた。「中国ちゅうごく台湾たいわん」は「台湾たいわんは中国ちゅうごくの一部いちぶ」とする中国ちゅうごく政府せいふの主張しゅちょうに沿そった呼称こしょうだった。

2020年ねんにはVTuber事務所じむしょ「ホロライブ」に所属しょぞくする2人ふたりが、ビリビリにも同時どうじ配信はいしんされているYouTubeの放送ほうそうで、「動画どうがの視聴しちょう者しゃが多おおい国くに」として台湾たいわんを取とり上あげた。台湾たいわんを「国くに」として扱あつかうことは中国ちゅうごく大陸たいりくではタブーとされる。

この際さい、運営うんえい元もとの「カバー」はビリビリ上うえで「一ひとつの中国ちゅうごく原則げんそくを支持しじします」などとする声明せいめいを発表はっぴょう。その内容ないようが今度こんどはTwitterで拡散かくさんされ、結果けっか的てきに日本にっぽんのファンからも批判ひはんを浴あびる事態じたいとなった。

中国ちゅうごく進出しんしゅつのメリットとリスクの天秤てんびんを、どう計はかれば良よいのだろうか。中国ちゅうごくのサブカルチャー事情じじょうに詳くわしい北京ぺきん動どう卡動優ゆう文化ぶんか傳でん媒なかだち有限ゆうげん公司こうしの峰岸みねぎし宏行ひろゆきさんは「まずは歴史れきしを学まなんで」と呼よびかける。

「VTuberに限かぎらず、タレントやアーティストも（中国ちゅうごく関係かんけいの）問題もんだいは、いずれもよく似にたケースです。VTuberの良よいところは“しがらみ”がないことですが、自分じぶんの先輩せんぱい方かたに起おきた事件じけんは認識にんしきしなくてはいけないと思おもいます」と峰岸みねぎしさんは警鐘けいしょうを鳴ならす。

一方いっぽうで、盧溝橋ろこうきょう事件じけんが起おきた7月がつ7日にちなど、中国ちゅうごくでは日本にっぽん関連かんれんの話題わだいが歓迎かんげいされない日ひもある。火種ひだねの全すべてを把握はあくするのは容易よういではない。

「参謀さんぼう役やくが必要ひつようです。まずは翻訳ほんやく組ぐみとよく相談そうだんすることです。全すべて言いいなりになるかは別べつですが、彼かれらの力ちからを借かりてやっていくという意識いしきがないと、どこかでつまづくのではないでしょうか」

これは乙女おとめおとさんも実践じっせんしている方法ほうほうだ。彼女かのじょの翻訳ほんやく組ぐみは事前じぜんに触ふれないほうがいいアニメや話題わだいなどを知しらせてくれ、ミスがあった場合ばあいにも対応たいおうのアドバイスをしてくれているという。

「歴史れきしを学まなんでリスクを減へらすことで、YouTubeとビリビリ動画どうがの両方りょうほうでうまくやっていけるのではないでしょうか」と峰岸みねぎしさん。一方いっぽうで、万まんが一いち『炎上えんじょう』に至いたってしまった場合ばあいの対応たいおうも進出しんしゅつ前まえに決きめておくべきだと話はなす。

「日本にっぽんと台湾たいわんのファンを取とるか、あるいは中国ちゅうごく（大陸たいりく）のファンを取とるか、選択せんたくしなければいけないことが多々たたあります」という。例たとえばキズナアイやホロライブの例れいのように「台湾たいわん」の国際こくさい上じょうの地位ちいをめぐるケースでは、双方そうほうのファンを納得なっとくさせるのは難むずかしい。

「どちらに重おもきを置おくか。今後こんご中国ちゅうごく大陸たいりくの活動かつどうを諦あきらめるならば（大陸たいりく側がわの意思いしに沿そった）謝罪しゃざいを突つっぱねるという選択肢せんたくしもあります。これは中国ちゅうごくだからではなく、アメリカや韓国かんこくなど、日本にっぽんと密接みっせつな国くにではどこでも起おこりえること。政治せいじ的てきな問題もんだいに巻まき込こまれた場合ばあい、“二枚舌にまいじた”はやめるべきです」

無償むしょうで翻訳ほんやくを買かって出でてくれるファンの存在そんざい、14億おく人にんという大おおきな市場いちば。中国ちゅうごくはVTuberにとっても魅力みりょく的てきな進出しんしゅつ先さきな一方いっぽうで、リスクも小ちいさくないのが現実げんじつだ。峰岸みねぎしさんは次つぎのように総括そうかつする。

「非常ひじょうに魅力みりょく的てきな場所ばしょですし、受うけ入いれてくれる土壌どじょうもある。進出しんしゅつしてすぐにファンがつく中国ちゅうごくは相当そうとう優やさしい商圏しょうけんと言いえるかもしれません。しかし、もし炎上えんじょうしたらどうするかは、一番いちばん最初さいしょに覚悟かくごを決きめておいて欲ほしいと思おもいます」