卒業そつぎょう式しき・入学にゅうがく式しきシーズンの到来とうらい。相愛そうあい大学だいがくの住職じゅうしょくで相愛そうあい大学だいがく学長がくちょうを務つとめる釈しゃく徹とおる宗そうさんに、人生じんせいの一区切ひとくぎりと新あらたな門出かどでを迎むかえる若者わかものに向むけて、「はばたくために必要ひつようなこと」を聞ききました。

■人生じんせいの主人公しゅじんこうになる

———今いまの若者わかものに対たいして、どんな印象いんしょうを抱だいていますか。

4、5年ねんくらい前まえの国際こくさい比較ひかく調査ちょうさで、日本にっぽんの若者わかものの自己じこ肯定こうてい感かん（セルフ・エスティーム）が諸しょ外国がいこくに比くらべて低ひくいことが分わかりました。自己じこ効力こうりょく感かん（セルフ・エフィカシー）という、自分じぶんが世よの中なかに貢献こうけんできる実感じっかんみたいなのも、すごく低ひくかったんです。さらに、「友達ともだちの目めが気きになる」というのが、諸しょ外国がいこくの中なかですごく高たかかった。その結果けっかを見みた時ときに、これは生いきづらいだろうなと感かんじましたね。

若者わかものの自己じこ肯定こうてい感かんが問題もんだいになって、教育きょういく現場げんばでも随分ずいぶん議論ぎろんされています。「これがあるから、これができたから」という肯定こうていではなく、まさに存在そんざいそのものを肯定こうていする。そういう教育きょういくの在あり方かたも考かんがえなきゃいけないですね。

そして、まずは自分じぶん自身じしんが、自分じぶんを好すきにならないといけません。最もっとも生いきづらいのは、「自分じぶんを嫌きらいになること」です。自分じぶんを嫌きらいになったら、人生じんせいは一気いっきに苦くるしくなります。だから、自分じぶんを自みずから肯定こうていすることは大切たいせつなことだと思おもいます。自分じぶんの人生じんせいなのに人ひとの目めを気きにしたり、人ひとと比較ひかくをしている限かぎり、いつまで経たっても自分じぶんの人生じんせいの主人公しゅじんこうになれないでしょう？　だから、そこをちょっと考かんがえ直なおしてみませんか、と思おもっています。

———どういうことですか。

中国ちゅうごくに瑞みず巌いわお（ずいがん）というお坊ぼうさんがいました。朝あさ起おきたら、自分じぶんに向むかってあいさつして、自分じぶんで返事へんじをするんです。「ちゃんと生いきてるか？」「はい」「人生じんせいの主人公しゅじんこうか？」「はい、はい」。そうやって暮くらしていたそうです。スティーブ・ジョブズも、毎朝まいあさ鏡きょうに向むかって、「自分じぶんがこれからやる仕事しごとは本当ほんとうに自分じぶんがやりたい仕事しごとか？」と聞きいて、「違ちがう」と返事へんじをする日ひがあまり長ながく続つづいたら、生いき方かたを変かえた方ほうがいい、と言いっています。

———なるほど。

仏教ぶっきょうに百ひゃく喩たとえ経けい（ひゃくゆきょう）というお経けいがあります。古代こだいインドのおとぎばなしみたいなのが100近ちかくあって、その後ごに仏教ぶっきょうの教おしえが付ついているんです。その中なかに、こんな話ばなしがあります。

250頭とうの牛うしを持もっている男おとこがいました。インドで牛うしを持もつのは金持かねもちの象徴しょうちょうなので、250頭とうも持もっているということは大金持おおがねもちです。ところが、そのうち1頭とうが病気びょうきで死しんでしまいます。すると、その男おとこは残のこりの牛うしに対たいして「何なんの価値かちもない」と言いって、残のこりの249頭とうを谷たにに捨すてて殺ころしてしまいます。「そんな人ひとはいないだろう」と思おもいますよね。でも、後うしろの教おしえを読よむと、「実じつは私わたしたちも同おなじようなことをやってしまう」と書かいてあるんです。

受験じゅけんに失敗しっぱいしたり、失恋しつれんしたり、親おやとうまくいかなかったり。こういうことは人生じんせいで起おこり得えますが、それは人生じんせいの250ある要素ようその一ひとつに過すぎません。ところが、一ひとつにつまずいただけで、自分じぶんの人生じんせいを無む価値かちだと思おもってしまうことがあります。残のこり249も大事だいじなものがあるんですから、そちらに目めを向むけ、大切たいせつにしていただきたいです。

———確たしかにSNSなどでも、99の肯定こうてい的てきなコメントがあっても、一ひとつの否定ひてい的てきなコメントが頭あたまにこびりつくことがあります。

心理しんり的てきなメカニズムとして、そのような現象げんしょうは確たしかにあります。でも、一ひとつや二ふたつの悪評あくひょうが来きたとしても、それが自分じぶんの人生じんせいを決きめるわけではありません。人ひとに振ふり回まわされていたら、自分じぶんの人生じんせいの主人公しゅじんこうにはなれません。自分じぶんの中なかに、確たしかにそういう部分ぶぶんもありますが、他ほかにもたくさんの面めんがあると捉とらえていただきたいです。

■人格じんかくのバランスを考かんがえる

———そう捉とらえられるようになるためには、どんな訓練くんれんが必要ひつようでしょうか。

基本きほん的てきには、自己じこ分析ぶんせきと他者たしゃ観察かんさつが必要ひつようです。まず、自分じぶんと同おなじようなタイプの人ひとを観察かんさつします。すると、「ああ、やはりそう言いったか。自分じぶんもきっと、そう言いうだろう」「あんな風ふうに逃にげるか。自分じぶんもそうするだろう」。あるいは、「人前ひとまえであんなことを言いうんだ。自分じぶんはそうは言いわないな」と感かんじることもあるでしょう。すると、だんだんと他者たしゃ観察かんさつが自己じこ分析ぶんせきにつながり、自分じぶんはどこが発達はったつしていて、どこが未み成熟せいじゅくかが分わかってきます。これがファーストステップです。

セカンドステップでは、自分じぶんとは異ことなるタイプの人ひとをまねしてみます。その人ひとをイメージし、その人ひとになり切きってやってみる。やってみて、「結構けっこういけるな」と思おもうかもしれないし、「やっぱりやめておこう」となるかもしれません。それでいいんです。人格じんかくは多面体ためんたいなので、すごく発達はったつしている部分ぶぶんもあれば、そうでない部分ぶぶんもあるというだけの話はなしなんです。誰だれもがそうです。あらゆる面めんで完全かんぜんに発達はったつした人間にんげんなどいないんです。自己じこ分析ぶんせきと他者たしゃ観察かんさつを行おこなうことで、どこがあまり発達はったつしていないか、どこが得意とくいかが、だんだん分わかってくるでしょう。

———そのためには、どういう人ひとと出会であうかも重要じゅうようですね。

ご縁えんや偶然ぐうぜん性せいの問題もんだいも大おおきな要素ようそですけど、感度かんどが高たかくなると、良よい人ひとが集あつまってくるようになります。武道ぶどう家かも、達人たつじんになれば、そもそも危険きけんな状況じょうきょうに遭遇そうぐうしなくなるらしいですよ。自分じぶん自身じしんの多面ためん性せいを成熟せいじゅくさせていけば、きっと出会であいも良よくなっていくでしょう。

———もう一ひとつ、若者わかものの間あいだでよく耳みみにするのが「コスパ（コストパフォーマンス）・タイパ（タイムパフォーマンス）」という考かんがえ方かたです。

コスパ・タイパは、ある種しゅの消費しょうひ者しゃ意識いしきです。支払しはらったコストに見合みあったサービスを受うけるのが当然とうぜんと考かんがえ、サービスとコストが等価とうかでないと感かんじた場合ばあいにクレームをつけるのが賢明けんめいな消費しょうひ者しゃだと。でも、消費しょうひ者しゃ意識いしきだけでは人生じんせいを送おくることはできません。等価とうか交換こうかんでないものが、生いきていく上うえではたくさんあります。そういうところが脆弱ぜいじゃく（ぜいじゃく）になるんですね。先さきほどの多面ためん的てきな人格じんかくの話はなしでいえば、消費しょうひ者しゃ意識いしきがものすごく成熟せいじゅくしているけれど、それ以外いがいが全まったく未熟みじゅくというバランスの悪わるさについての話はなしです。コスパ・タイパを考かんがえなくていいとか、そんなことをしているからダメだというわけではなく、それだけが発達はったつしていると、人格じんかくのバランスがすごく悪わるいということです。

時間じかんには、物理ぶつり的てきに流ながれる時間じかん（クロノス）と、心しんに流ながれる時間じかん（カイロス）があります。コスパ・タイパを重視じゅうしすると、支出ししゅつしたコストを回収かいしゅうするのが当然とうぜんとなり、どれだけ寄より道みちをせずに最短さいたん距離きょりで行いくか、みたいなことになってきます。でもそうなると、心しんと体からだの時間じかんが縮ちぢんでしまうと思おもいますね。

この縮ちぢまったカイロスを伸のばすのが、現代げんだい人じんの課題かだいだと思おもっています。伝統でんとう文化ぶんかはカイロスを伸のばす代表だいひょう的てきな例れいです。文化ぶんかには非合理ひごうりな面めんがありますよね。この理屈りくつに合あわないものが、カイロスを伸のばすんです。何なにをしているのかよく分わからない、無駄むだと思おもわれるような時間じかん。つまり、儀式ぎしきのようなものが大事だいじなんです。入学にゅうがく式しきや卒業そつぎょう式しきのような儀式ぎしきって、よく分わからないけれど、じっと辛抱しんぼうしていなきゃいけないでしょう？

現代げんだい人じんは、こういった意味いみの分わからない時間じかんを過すごすのがすごく苦手にがてです。でも、そうした時間じかんを無駄むだだと言いって削けずっていくと人生じんせいを最短さいたん距離きょりで進すすめるかというと、そういうわけでもないんです。そうした時間じかんがなかったら、発達はったつしない側面そくめんがあるんですね。子育こそだては、まさにそうです。「効率こうりつ的てきに」という考かんがえ方かたは、子育こそだてとは真ま逆ぎゃくの方向ほうこうです。子育こそだては、これまで自分じぶんが十分じゅうぶんに発達はったつさせてこなかった人格じんかくを、大おおきく成長せいちょうさせてくれるんですね。

■きちんとゲートをくぐる

———では、最後さいごに、ヒトが人ひとになるために重要じゅうようなことは何なにだと思おもいますか。

そうですね。「ゲートをくぐって行いく」ことは、大事だいじだと思おもいますね。ちゃんと卒業そつぎょうするって、大事だいじなことなんです。中退ちゅうたいが間違まちがっているわけではありませんが、人生じんせいにはここが区切くぎりみたいなものがあります。だから、成人せいじん式しきや結婚式けっこんしきのような儀式ぎしきはすごく大事だいじだと思おもいますし、しなくても良よさように思おもえること、なぜするのか理由りゆうがよく分わからないことでも、「きちんとゲートをくぐる」という価値かちを大切たいせつにすることを提案ていあんしたいと思おもいます。

釈しゃく徹とおる宗そう（しゃく・てっしゅう）／1961年ねん生うまれ。大阪おおさか府ふ出身しゅっしん。浄土真宗じょうどしんしゅう本願寺ほんがんじ派は如来寺にょらいじ住職じゅうしょく。相愛そうあい大学だいがく学長がくちょう。『落語らくごに花はな咲さく仏教ぶっきょう』で2017年ねん河合かわい隼雄はやお学芸がくげい賞しょう。『不ふ干ひ斎ときハビアン』『喜怒哀楽きどあいらくのお経けいを読よむ』など著書ちょしょ多数たすう。

＃はばたけラボは、日々ひびのくらしを通つうじて未来みらい世代せだいのはばたきを応援おうえんするプロジェクトです。誰だれもが幸しあわせな100年ねん未来みらいをともに創つくりあげるために、食しょくをはじめとした「くらし」を見みつめ直なおす機会きかいや、くらしの中なかに夢中むちゅうになれる楽たのしさ、ワクワク感かんを実感じっかんできる体験たいけんを提供ていきょうします。そのために、パートナー企業きぎょうであるキッコーマン、クリナップ、クレハ、信州しんしゅうハム、住友生命保険すみともせいめいほけん、全国ぜんこく農業のうぎょう協同きょうどう組合くみあい連合れんごう会かい、日にち清しんオイリオグループ、雪印ゆきじるしメグミルク、アートネイチャー、東京農業大学とうきょうのうぎょうだいがく、グリーン・シップ、ヤンマーホールディングス、ハイセンスジャパンとともにさまざまな活動かつどうを行おこなっています。