「人ひとの為ため　ニセモノだから　できること」　フェイクな薬くすりが秘ひめる可能かのう性せい これは嘘うそニュースではありません

――偽薬ぎやくを作つくって販売はんばいしようと思おもったきっかけは何なにだったのでしょう

　当時とうじ勤務きんむしていた中堅ちゅうけん製薬せいやくメーカーが１００周年しゅうねんを迎むかえるにあたって、新しん商品しょうひんの開発かいはつをすることになりました。しかしその企画きかくは、元々もともと販売はんばいしていた乳酸菌にゅうさんきんの薬くすりに「プラス何なにか」という相乗そうじょう効果こうかを期待きたいする枠組わくぐみにとらわれているように感かんじたんです。そこで「プラス」という足たし算ざんではなく、乳酸菌にゅうさんきん「マイナス」乳酸菌にゅうさんきんという引ひき算ざんをしてみてはどうかと考かんがえました。

――乳酸菌にゅうさんきんから乳酸菌にゅうさんきんを引ひき算ざんしたら、何なにも残のこらないですよね

　そうなんです。「それってプラセボ（偽薬ぎやく）だな」って思おもったんです。薬学部やくがくぶ出身しゅっしんなので、もちろん偽薬ぎやくという存在そんざいは知しっていました。そこで「プラセボを売うることはできるのか」といろいろ調しらべているときに、ヤフー掲示板けいじばんで「偽薬ぎやくはどこで買かえますか」という質問しつもんを見みつけたんです。けれど、その回答かいとうも偽薬ぎやくについての的まとはずれな説明せつめいばかりで、どこで買かえるかという答こたえになっていませんでした。い換いかえれば、どこにも偽薬ぎやくが売うっていなかったということでもあるのです。

　そこで、偽薬ぎやくへのニーズはあると考かんがえて、企画きかく会議かいぎに投なげたのですが「検討けんとうに値あたいせず」と全まったくだめでした。おそらく「知名度ちめいどのあるメーカーが偽薬ぎやくを売うると、これまで作つくり上あげてきた信頼しんらいや企業きぎょうイメージが壊こわれる」という理由りゆうではないかと思おもいます。また、偽薬ぎやくのアイデアとほぼ同おなじタイミングで「プラセボ製薬せいやく」という会社かいしゃ名めいも思おもい浮うかびました。「プラセボ」と「製薬せいやく」という相反あいはんするものの結むすびつきも面白おもしろいなと。それで会議かいぎから１、２カ月かげつほどで会社かいしゃを辞やめました。

――それほどまで偽薬ぎやくに可能かのう性せいを感かんじたということですか

　そうですね。これは後あとで知しったのですが、同様どうようの偽薬ぎやくが既すでにありました。しかしそれは医療いりょう機関きかん向むけのもので一般いっぱん向むけには売うられていないんです。もし市販しはんされていたら、プラセボ製薬せいやくはなかったでしょうね。

――どうして一般いっぱん向むけに販売はんばいされてないのでしょうか

　倫理りんり的てきな問題もんだいを考慮こうりょしたのではないかと考かんがえられます。過去かこに「ハーボニー」というＣ型肝炎しーがたかんえん治療ちりょう薬やくが偽造ぎぞう薬やくに差さし替かえられて販売はんばいされる事件じけん（※）もあったので。

（※２０１７年ねん１月がつ、米べいギリアド・サイエンシズ社しゃが製造せいぞう販売はんばいする高額こうがくのＣ型肝炎しーがたかんえん治療ちりょう薬やく「ハーボニー」を、市販しはんのビタミン剤ざいや漢方薬かんぽうやくに差さし替かえた偽造ぎぞう品ひんが市中しちゅうに流通りゅうつうした事件じけん。「日本にっぽんで偽造ぎぞう品ひん流通りゅうつうは起おきない」という安全あんぜん神話しんわに大おおきな衝撃しょうげきを与あたえた。）

――偽薬ぎやくにはどういう意義いぎがあるのでしょうか

　偽薬ぎやくの価値かちはプラセボ効果こうか（有効ゆうこう成分せいぶんを含ふくまない偽薬ぎやくによって症状しょうじょうが改善かいぜんする効果こうか）と考かんがえがちなんですが、実際じっさいに何なにかに効きくということを標榜ひょうぼうしているわけではないんです。それはそれとしてまた別べつに考かんがえるべきことであって、「無効むこうである」「効きかない」ということこそがその価値かちではないでしょうか。

　例たとえば「薬くすりの飲のみすぎによる副作用ふくさようで困こまっているが、飲のまないと安心あんしんできない」という状況じょうきょうを解決かいけつするために、飲のんでも意味いみがない偽薬ぎやくをゼロのものとして取とり入いれるという方法ほうほうがあるだろうと考かんがえています。

――「プラセプラス」は実際じっさいにどのような場面ばめんで使つかわれているのでしょうか

　１ひとつは薬くすりを何なん十じゅう錠じょう、何なん百ひゃく錠じょうと飲のまずにはいられないオーバードーズ（過剰かじょう服薬ふくやく）に悩なやまれている方ほうが、いつも飲のんでいる薬くすり瓶びんにプラセプラスを加くわえて飲のむという使つかい方かたです。「薬くすりを飲のみたい」という欲求よっきゅうをどうにかしたいけれども、飲のまざるを得えないときに、偽薬ぎやくという効きかないものでかさ増ぞうしして、気分きぶんがどうなるか試ためしてみたいという場合ばあいです。

　もう１ひとつは、本物ほんものの薬くすりだと偽いつわって渡わたす使つかい方かたです。特とくに認知にんち症しょう介護かいごの場合ばあい、認知にんち症しょうの高齢こうれい者しゃの方ほうは夜よる眠ねむれないからと規定きてい量りょう以上いじょうの睡眠薬すいみんやくを飲のまれる場合ばあいがあるんです。そうすると薬くすりが効ききすぎて、日にち中ちゅうの活動かつどう量りょうが低下ていかしてぼんやりしてしまいます。ぼんやりした状態じょうたいではふらつきや転倒てんとうのリスクが高たかまり危険きけんですし、夜間やかんには目めが冴さえてしまい、また睡眠薬すいみんやくを求もとめることになります。しかし、本人ほんにんはそうした副作用ふくさようの自覚じかくがないので、寝ねつけないという症状しょうじょうはもっと薬くすりを飲のまなければ解決かいけつしないと思おもい込こんでしまっているのです。

　この悪循環あくじゅんかんを止とめるために、プラセプラスを睡眠薬すいみんやくとして渡わたします。プラセプラスを購入こうにゅうされる介護かいご者しゃにとってまず大事だいじなことは「過剰かじょうな服薬ふくやくを無理むりなく止とめる」という点てんです。薬くすりの飲のみたがりは拒否きょひすれば暴言ぼうげんや暴力ぼうりょくに発展はってんすることもありますが、そうしたことを避さけ、まずは相手あいてに寄より添そい偽薬ぎやくを飲のんでもらう。

　このような対応たいおうができるのは偽薬ぎやくが無効むこうだからこそで、何なにはともあれ介護かいご者しゃのストレスが減へることを期待きたいしています。介護かいご者しゃに安心あんしん感かんを提供ていきょうすることが偽薬ぎやくの主要しゅような価値かちです。偽薬ぎやくを飲のんだ高齢こうれい者しゃが満足まんぞく感かんを得えて、不安ふあんを背景はいけいとする症状しょうじょうの訴うったえや薬くすりへの執着しゅうちゃくが減へったり、「薬くすりがよく効きいた」と報告ほうこくすることが仮かりにあったとしても、それは副次的ふくじてきなものです。

　また他たには子こどもの習ならい事ごとの発表はっぴょう会かいの前まえに「緊張きんちょうが収おさまる薬くすり」として飲のませる親御おやごさんもおられます。介護かいご関係かんけいでの用途ようとは想定そうていしていましたが、こういう使つかい方かたがあるとは想定そうていしていませんでした。


プラセボ製薬せいやく株式会社かぶしきがいしゃ代表だいひょうの水口みずぐち直樹なおきさん
――逆ぎゃくに偽薬ぎやくが持もつデメリットというものはありますか

　本物ほんものと称しょうして偽薬ぎやくを渡わたすのは、騙だますということなので、偽薬ぎやくだとバレたときに渡わたす側がわと渡わたされる側がわの信頼しんらい関係かんけいが壊こわれるしまう可能かのう性せいがあります。ただ、介護かいごの現場げんばではプラセプラスが出でる前まえから「ミンティア」のような清涼せいりょう菓子かしを使つかって同おなじようなことをされていました。

――いくら何なんでもミンティアはさすがにバレると思おもうのですが

　そう思おもうんですけど、実際じっさいには「この薬くすり、スースーするねえ」って言いいながら飲のまれるそうです。本来ほんらい眠気覚ねむけざましとして使つかわれるミンティアを睡眠薬すいみんやくとして出だしてもよく眠ねむれたっていうのは介護かいご業界ぎょうかいではあるある話はなしだそうで。また「お医者いしゃさんから１錠じょうだけきついの出だされています」のように、きつい「薬くすり」とは言いわず、きつい「の」と嘘うそにならないギリギリの範囲はんいにとどめるとか、施設しせつごとにいろいろあるようです。

――会社かいしゃのスローガン「人ひとの為ため　ニセモノだから　できること」はよくできているなと感心かんしんしました

　例たとえば２８日間にちかんサイクルで服用ふくようする低てい用量ようりょうピルのパッケージには、１週間しゅうかんの休きゅう薬やく期間きかん中ちゅうも服用ふくようの習慣しゅうかんを忘わすれないよう、偽薬ぎやくが１週間しゅうかん分ぶん入はいっています。けれど、なぜかこの偽薬ぎやくを飲のまない人ひとが結構けっこういて、気持きもち悪わるいという理由りゆうで捨すてている人ひともいるんです。そこには「偽薬ぎやく」に対たいする印象いんしょうの悪わるさがあるんじゃないかと。

　「偽にせ」の漢字かんじってイメージが悪わるいじゃないですか。そこで実じつは良よいものだと思おもってもらおうと、実際じっさいの成なり立たちは知しらないのですが、偽にせを「人ひと」と「為ため」に分わけて、すなわち「人ひとの為ため」になるのではないかと。それと、偽物にせものについて語かたられる時ときは偽物にせもの「なのに」と逆接ぎゃくせつで語かたられがちなので、より積極せっきょく的てきに肯定こうていする意味いみを込こめて順接じゅんせつの「だから」としました。


標語ひょうご「ヒトノタメ　ニセモノダカラ　デキルコト」（プラセボ製薬せいやくサイトから）

――会社かいしゃとして、今後こんごの目標もくひょうなどはありますか

　商品しょうひんのラインナップを増ふやしたいです。同おなじ錠剤じょうざいでも色いろや大おおきさなどを変かえて種類しゅるいを増ふやしたり、刻印こくいんを入いれたりなどですね。他ほかにもカプセルや粉薬こぐすりなどの様々さまざまな剤ざい形がたがありますし、座薬ざやくが欲ほしいという要望ようぼうもあります。

――「偽にせ座薬ざやく」ということですね。と言いうより、座薬ざやくを乱用らんようする人ひとがいることに驚おどろきです

　他たの薬くすりと同おなじように、解熱げねつや痛いたみ止どめとして座薬ざやくの効能こうのうを信しんじ切きっている人ひとがいるんです。なので、医療いりょう業界ぎょうかいでも実際じっさいには座薬ざやくを使つかわず、看護かんご師しさんが指ゆびサックやゴム手袋てぶくろをつけて患者かんじゃの肛門こうもんに指ゆびを入いれるだけの通称つうしょう「指ゆびスポ」で対処たいしょされている場合ばあいがあります。

――意外いがいに分わからないものなんですね

　僕ぼくも実際じっさいに座薬ざやくを試ためしてみて分わかったのですが、確たしかに入いり口くちには感覚かんかくがあるんですが、中なかまで入はいると異物いぶつ感かんは残のこらないですね。だから偽にせ座薬ざやくはあったら絶対ぜったいに面白おもしろいです。それと痛いたみを専せん門もんにされている整形外科せいけいげかの先生せんせいからも興味きょうみを持もってもらっていて、湿布しっぷを必要ひつよう以上いじょうに欲ほっしがる高齢こうれい者しゃへの問題もんだい意識いしきから、実験じっけんとして偽にせ湿布しっぷが作つくれないかと。湿布しっぷの有効ゆうこう成分せいぶんから来くるにおいを再現さいげんするのが難むずかしくてできていませんが……。

――「処方しょほうされる湿布しっぷにかかる医療いりょう費ひだけで年間ねんかん１３００億おく円えんにのぼる」というデータ（※Ｙａｈｏｏ！ニュース個人こじん・市川いちかわ衛まもる氏しの記事きじ）もあります

　湿布しっぷに限かぎらず、偽薬ぎやくを活用かつようすれば医療いりょう費ひの低減ていげんが期待きたいできます。ただ、プラセプラスは３０錠じょう９９９円えんで、１錠じょうあたりの価格かかくだと今いまはまだバファリンのほうが安やすいという現状げんじょうがあります。大量たいりょう生産せいさんすれば安やすくできるのですが、事業じぎょう規模きぼとして割高わりだかにならざるを得えないのが課題かだいです。

――近年きんねん、フェイクニュースが社会しゃかい問題もんだい化かしたことで、偽にせ（フェイク）に対たいするネガティブな印象いんしょうが強つよまったように感かんじます。

　最近さいきん読よんでいる『顧客こきゃくを説得せっとくする７ななつの秘密ひみつ』（ジェームズ・Ｃ・クリミンス／すばる舎しゃ）という、進化しんか心理しんり学がくに関係かんけいしたマーケティングの本ほんで、「人間にんげんの中なかにはトカゲが住すんでいるから、理性りせい的てきな方向ほうこうで納得なっとくさせるよりも、トカゲが直感ちょっかん的てき、本能ほんのう的てきに反応はんのうするような仕掛しかけを作つくりなさい」ということが書かかれていました。

――トカゲ、というのは脳のうの原始げんし的てきな部分ぶぶんを指さすたとえですよね

　はい。本ほんでは快感かいかんを与あたえることによって他人たにんを行動こうどうさせるテクニックが紹介しょうかいされているのですが、フェイクニュースも誰だれかが信しんじたくて信しんじていると言いうより、何なにかが分わかった、納得なっとくしたことで得えられる人間にんげんの快かい感情かんじょうをコントロールしている気きがします。

　人間にんげんの本能ほんのう的てきな、意識いしきにのぼらない部分ぶぶんにアプローチして制御せいぎょするテクニックが洗練せんれんされてきているので「あいつはバカだからフェイクを信しんじるんだ」としてしまうのはとても危険きけんだと感かんじています。

　プラセボ効果こうかに対たいしても「私わたしは疑うたぐり深しんいからプラセボ効果こうかが起おきにくい」というのはまた違ちがっていて、理性りせいによってコントロールできるものではない気きがしています。「頭あたまが良よいから薬くすりに対たいして思おもい込こんだりできないんだ」というのではないし、そのような「理性りせいによってとらえられる」という思おもい込こみこそが危険きけんではないでしょうか。

――ありがとうございました

（※今日きょう４月がつ１日にちはエイプリルフールです。）

水口みずぐち直樹なおき（みずぐち・なおき）
１９８６年ねん、滋賀しが県けん生うまれ。プラセボ製薬せいやく株式会社かぶしきがいしゃ代表だいひょう取締役とりしまりやく。２０１０年ねん京都大学きょうとだいがく薬学部やくがくぶ卒業そつぎょう。２０１２年ねん同どう大学院だいがくいん薬学やくがく研究けんきゅう科か修了しゅうりょう。製薬せいやく会社かいしゃに研究けんきゅう開発かいはつ職しょくとして入社にゅうしゃ。２０１４年ねんに退社たいしゃ独立どくりつ、現在げんざいに至いたる。プラセボ製薬せいやくのウェブサイトはこちらから。