やく200にん参加さんかした個人こじんせん頂点ちょうてんったのは、中大ちゅうだい菅野かんのようふとし(かんの・ようた、2ねん)だった。決勝けっしょう中嶋なかじま亮介りょうすけ東洋大とうようだい4ねん)を上手じょうずげでやぶった。

東日本ひがしにっぽん体重たいじゅうべつじゅん優勝ゆうしょうはあったが、大学だいがくでのはつ優勝ゆうしょうが「学生がくせい横綱よこづな」というビッグタイトルになった。中大ちゅうだいからは79かい大会たいかい成田なりたあさひげん大相撲おおずもうじゅうりょうごうふう以来いらい、17ねんぶりで「(ごうふうは)大学だいがく稽古けいこにもなんかいていただき、四股しこ基本きほん運動うんどうをアドバイスしていただきました。(中大ちゅうだいから)17ねんぶりの優勝ゆうしょうで、自分じぶんにとってもうれしい」とひかえめなみをかべた。

自分じぶん相撲すもうは「いのいちおもたってから左上ひだりうえしゅるイメージ」という。準々じゅんじゅん決勝けっしょうひだりからの上手じょうずげでデルゲルバヤル(日体大にったいだい2ねん)をやぶった。「まだまだいが欠点けってんいをみがいて一気いっきまえたい」と修正しゅうせいてんげた。

埼玉さいたま入間いるま出身しゅっしんあに4にんあね2にんの7にんきょうだいのすえ小学しょうがく2~4ねんまではリトルリーグでプレーし「西武せいぶライオンズのファンでした」。小学しょうがく3ねんとき、わんぱく相撲すもう埼玉さいたま大会たいかい優勝ゆうしょうし、4ねんからのわんぱく相撲すもう全国ぜんこく大会たいかいでも横綱よこづな目指めざしたが、いち出場しゅつじょうできず「くやしい気持きもち」が反骨はんこつしんとなり本格ほんかくてき相撲すもうんだという。高校こうこう和歌山わかやま強豪きょうごう簑島みのしまだかうでみがき、タイトルは2つ獲得かくとく(2ねん高知こうち大会たいかい、3ねん金沢かなざわ大会たいかい)。中大ちゅうだいすすみ、花開はなひらいた。

学生がくせい横綱よこづなになり、大相撲おおずもう幕下まくしたしの資格しかくた(有効ゆうこう期限きげんは1ねん)が、もちろん卒業そつぎょうまでちゅう大相撲おおずもううでみがく。そののことは「これからさきにつながる優勝ゆうしょう。3、4ねんでもしっかりタイトルをっていどもうかと。当然とうぜん気持きもちはあります」と角界かくかいりを目指めざす。