劇団げきだん新派しんぱ、復活ふっかつへの幕開まくあき　月つき乃助が緑郎ろくろう襲名しゅうめい

劇団げきだん新派しんぱが俳優はいゆう陣じんを拡充かくじゅうして人気にんき回復かいふくを目指めざしている。歌舞伎かぶきから移籍いせきした市川いちかわ月がつ乃助が9月、人間にんげん国宝こくほうだった名優めいゆう、喜多村きたむら緑郎ろくろうの二に代目だいめを襲名しゅうめい。新人しんじんもデビューし、話題わだいを集あつめる。

「初代しょだいは新派しんぱを象徴しょうちょうした女形おんながた。男役おとこやくの自分じぶんがその名なを頂いただくことには悩なやんだ。しかしいまの新派しんぱは全盛期ぜんせいきより公演こうえんの場ばが少すくないのが実情じつじょう。男役おとこやくとして劇団げきだん再興さいこうの一翼いちよくを担になうことが自分じぶんの道みちと思おもう」。47歳さいの月つき乃助は襲名しゅうめいを控ひかえ、新派しんぱ俳優はいゆうとして生いきる覚悟かくごを語かたる。

襲名しゅうめい披露ひろうの「九きゅう月がつ新派しんぱ特別とくべつ公演こうえん」は9月1～11日にちに東京とうきょう・新橋しんばし演舞えんぶ場じょう、同どう17～25日にちに大阪おおさか松竹しょうちく座ざで開ひらかれる。水谷みずたに八重子やえこや波なみ乃久里子さとごら新派しんぱメンバーのほか、歌舞伎かぶきの尾上おがみ松也まつや、市川いちかわ猿弥えんや、市川いちかわ春猿しゅんえんらが参加さんか。また松也まつやの妹いもうと、春本しゅんぽん由香ゆかが新しん加入かにゅうする。「口上こうじょう」のほか、新派しんぱの名作めいさくである川口かわぐち松太郎まつたろう作さく「振袖ふりそで纏まとい（ふりそでまとい）」、北條ほうじょう秀司しゅうじ作さく「深川ふかがわ年増としま」、泉いずみ鏡花きょうか作さく「婦ふ（おんな）系図けいず」を上演じょうえんする。

「婦ふ系図けいず」は今回こんかい、初代しょだい緑郎ろくろうが衣装いしょうや所作しょさについて記しるした演出えんしゅつ資料しりょうをもとに上演じょうえんする。スリからドイツ語どいつご学者がくしゃに転身てんしんした早瀬はやせ主税ちからの、恋人こいびとの芸者げいしゃと恩師おんしとの間あいだで揺ゆれ動うごく心情しんじょうが見みどころ。「人間にんげんの善悪ぜんあくや心しんの機微きびをずぶとく描えがいた魅力みりょく的てきな戯曲ぎきょく。初代しょだいの演出えんしゅつをしっかり舞台ぶたいに表現ひょうげんしたい」と月つき乃助は意気込いきごむ。

明治めいじ時代じだい、江戸えど期きに演劇えんげきの中心ちゅうしんだった歌舞伎かぶきとは異ことなる新あらたな現代げんだい劇げきとして、政治せいじ的てき主張しゅちょうの強つよい「壮士そうし芝居しばい」や「書生しょせい芝居しばい」が生うまれた。「旧派きゅうは」と位置いちづけられた歌舞伎かぶきに対たいするジャンルとして「新派しんぱ」と呼よばれるようになる。そのなかでも、政治せいじ性せいよりも芸術げいじゅつ性せいを追求ついきゅうする一派いっぱの中心ちゅうしんにいたのが初代しょだい緑郎ろくろうだった。第だい2次じ世界せかい大戦たいせん後ご、複数ふくすうの劇団げきだんが結集けっしゅうして「劇団げきだん新派しんぱ」が発足ほっそくし、現在げんざいに至いたる。

様式ようしき美びを重視じゅうしする歌舞伎かぶきに対たいし、リアルな演出えんしゅつで遊女ゆうじょや芸者げいしゃらの境遇きょうぐうを表現ひょうげんして男女だんじょの情じょうを描えがき出だしてきたのが特徴とくちょうだ。初代しょだい緑郎ろくろうの弟子でしで女形おんながたの花柳はなやぎ章太郎しょうたろう、女優じょゆうとして芸げいを引ひき継ついだ初代しょだい水谷みずたに八重子やえこを経へて、いまはその長女ちょうじょの二に代目だいめ八重子やえこと、十じゅう七なな代目だいめ中村なかむら勘三郎かんざぶろうの長女ちょうじょである波なみ乃久里子さとごを二に枚まい看板かんばんに活動かつどうする。

1950～60年代ねんだいの全盛期ぜんせいきは新橋しんばし演舞えんぶ場じょうなどの大だい劇場げきじょうで毎月まいつき公演こうえんを開ひらいていたが、初代しょだい緑郎ろくろうや章太郎しょうたろうら名優めいゆうを相次あいついで亡なくし、客足きゃくあしが遠とおのいた。近年きんねんは中規模ちゅうきぼ劇場げきじょうでの公演こうえんが中心ちゅうしんで、公演こうえん回数かいすうも限かぎられる。女優じょゆうの二に枚まい看板かんばんに対たいして、主役しゅやく級きゅうの男役おとこやくの層そうが薄うすく、歌舞伎かぶきなどから客演きゃくえんを招まねくことが多おおい。人気にんき回復かいふくに向むけ、俳優はいゆう陣じんの拡充かくじゅうが課題かだいだった。

月つき乃助は三さん代目だいめ市川いちかわ猿之助えんのすけ（現げん・猿翁えんおう）のもとで長ながらく歌舞伎かぶきの修業しゅうぎょうを積つんできた。「小ちいさい頃ころから時代じだい劇げき好すきだった」といい、一般いっぱん家庭かていから国立こくりつ劇場げきじょうの歌舞伎かぶき俳優はいゆう研修けんしゅうを経へて88年ねんに初舞台はつぶたいを踏ふむ。スーパー歌舞伎かぶき「ヤマトタケル」や「新しん・三国志さんごくし」では主役しゅやくも演えんじた。新派しんぱへは2011年ねんの初はつ参加さんかから出演しゅつえんを重かさね、共演きょうえんした久ひさ里子さとごらの強つよいラブコールを受うけて今年ことし1月がつ、正式せいしきに移籍いせきを果はたした。

23歳さいの新人しんじん、春本しゅんぽん由香ゆかのデビューも話題わだいを呼よぶ。歌舞伎かぶきの故こ尾上おがみ松助まつすけを父ちちに持もつが、祖父そふと母ははは新派しんぱ俳優はいゆう。八重子やえこの部屋へや子ことして本格ほんかく的てきな修業しゅうぎょうに入はいる。八重子やえこは「まずは新派しんぱの基礎きそを身みにつけて、それからは自由じゆう奔放ほんぽうに新あたらしい風かぜを入いれていってもらいたい。新派しんぱはもともと色々いろいろな人ひとが集あつまってできた演劇えんげき。基礎きそを勉強べんきょうをしながら、ミュージカルやほかのお芝居しばいにも出でて行いってほしい」と期待きたいを寄よせる。

月つき乃助は「師匠ししょうも移籍いせきについて『ブラボー』と言いって喜よろこんでくれた。スーパー歌舞伎かぶきを生うみ出だした師匠ししょうのように、新派しんぱでも現代げんだいや近きん未来みらいを舞台ぶたいにした『スーパー新派しんぱ』をやってみたい。究極きゅうきょくの目標もくひょうは新橋しんばし演舞えんぶ場じょうで年間ねんかん12カ月かげつ連続れんぞく公演こうえんができるようになること」と言いう。

新派しんぱの歴史れきしに詳くわしい演劇えんげき評論ひょうろん家かの大だい笹ささ吉雄よしお氏しは「世代せだい交代こうたいの時期じきを迎むかえ、二に代目だいめ緑郎ろくろうにはこれからの新派しんぱを引ひっ張ぱること、ほかの中堅ちゅうけんメンバーにはもっと前まえに出でてくることを期待きたいしたい。俳優はいゆうを充実じゅうじつさせる一方いっぽうで、かつては現代げんだい劇げきのジャンルだったことを再さい認識にんしきして、名作めいさくの継承けいしょうと同時どうじに新作しんさくをもっと上演じょうえんすることを望のぞみたい」と話はなしている。

（文化ぶんか部ぶ　小山こやま雄つよし嗣）

［日本経済新聞にほんけいざいしんぶん夕刊ゆうかん2016年ねん8月がつ22日にち付づけ］