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『反哲学入門』 木田元 | 新潮社
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はん哲学てつがく入門にゅうもん

木田きだはじめちょ

693えん税込ぜいこみ

発売はつばい:2010/05/28

  • 文庫ぶんこ

哲学てつがくはわからなくてたりまえ! 記念きねんてき名著めいちょ待望たいぼう文庫ぶんこ

形而上学けいじじょうがく」「わたしかんがえる、ゆえにわたし存在そんざいする」「超越ちょうえつろんてき主観性しゅかんせい」──。哲学てつがくのこんな用語ようごせられると、われわれははじめから、とても理解りかいできそうにもないとあきらめてしまう。だが本書ほんしょは、プラトンにはじまる西洋せいよう哲学てつがくながれと、それをることによって出現しゅつげんしてきたニーチェ以降いこうはん哲学てつがくうごきを区別くべつし、その本領ほんりょう平明へいめいかしてみせる。現代げんだい思想しそう状況じょうきょうをも俯瞰ふかんした名著めいちょ

目次もくじ
まえがき
だいいちしょう 哲学てつがく欧米おうべいじんだけの思考しこうほうである
自分じぶんをどうかんがえるかは、哲学てつがくじょうだい問題もんだいです〉
〈もともと「哲学てつがく」という言葉ことば自体じたいが、西にしあまねによるあきらかな誤訳ごやくなんです〉
哲学てつがく根本こんぽん問題もんだいは、「存在そんざいとはなにか」をうことだ〉
だいしょう 古代こだいギリシアでこったこと
西洋せいよう西洋せいようたらしめたひとはソクラテスとプラトンです〉
〈ソクラテスはきわめつきの皮肉ひにく、というぐらいにかんがえておいたほうがいい〉
〈プラトンは自分じぶん思想しそう、つまり「つくる」論理ろんりしんになるものをつけた〉
だいさんしょう 哲学てつがくとキリストきょうふか関係かんけい
〈「キリストきょう民衆みんしゅうのためのプラトン主義しゅぎにほかならない」〉
〈プラトン主義しゅぎとアリストテレス主義しゅぎとは覇権はけん交替こうたいりかえしていた〉
学生がくせい時代じだい教師きょうしになってからもわたしはデカルトが苦手にがてでした〉
だいよんしょう 近代きんだい哲学てつがく展開てんかい
〈「啓蒙けいもうとはなにか。それは人間にんげんがみずからまねいた未成年みせいねん状態じょうたいすこと」〉
近代きんだい哲学てつがくしょ文体ぶんたいはカントのあたりでおおきくわります〉
〈ヘーゲルは世界せかいを、人間にんげんにとっての自由じゆう拡大かくだい道程どうていと――〉
だいしょう 「はん哲学てつがく」の誕生たんじょう
〈ニーチェ以前いぜん以後いごを、おな哲学てつがく一線いっせんならべるのは、おかしい〉
〈ニヒリズムはプラトン以来いらいすでにはじまっていたことになります〉
肉体にくたい手引てびきとするあらたな世界せかい解釈かいしゃくをニーチェは提唱ていしょうしようとしている〉
だいろくしょう ハイデガーのじゅう世紀せいき
〈ハイデガーの思想しそうは、ナチズムとはなしてかんがえることはできない〉
〈『存在そんざい時間じかん』は完成かんせいしょであり、肝腎かんじん本論ほんろんをふくむ下巻げかんされないでしまった〉
世界せかいりょうしるべするようなひとつの民族みんぞくがそのかたえるということになれば〉
あとがき
解説かいせつ 三浦みうら雅士まさし

書誌しょし情報じょうほう

仮名がな ハンテツガクニュウモン
シリーズめい 新潮しんちょう文庫ぶんこ
発行はっこう形態けいたい 文庫ぶんこ
はんがた 新潮しんちょう文庫ぶんこ
ぺーじすう 304ページ
ISBN 978-4-10-132081-6
C-CODE 0195
整理せいり番号ばんごう き-33-1
ジャンル 哲学てつがく思想しそう思想しそう社会しゃかい
定価ていか 693えん

書評しょひょう

いつか再読さいどくするのために

ナツノカモ

 いつか再読さいどくするのために、大切たいせつ本棚ほんだな仕舞しまっているほんがある。だれしもそんなほんがあるだろうか。今回こんかいそのなかからさんさつえら再読さいどくしたので紹介しょうかいしたい。
 ぼく再読さいどくよろこびをおしえてくれたのは大学だいがく時代じだいのサークルの先輩せんぱいだった。なぜか後輩こうはいにも敬語けいご使つかうそのひとは、ひまあました落研の部室ぶしつでこうった。「ほんむと心持こころもちになるじゃないですか。またあんな心持こころもちになりたいとおもって、時間じかんってからもう一度いちどむんですよ」。いたとき、「心持こころもち」という言葉ことばがなんだかいなとぼくおもった。
 宮部みやべみゆき本所ほんじょ深川ふかがわふしぎ草紙ぞうし』は江戸えど義理ぎり人情にんじょうえがいた時代じだい小説しょうせつしゅうだ。だいさんいてけほり」のなかでその「心持こころもち」という言葉ことばてくる。やや古風こふうなこの表現ひょうげん時代じだい小説しょうせつだからこそ自然しぜん使つかわれていた。

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――いっそ、庄太しょうたのあとをってしまおうかという心持こころもちが、つめたいみずのように身体しんたいにしみてくる。
 亭主ていしゅくしたわか女房にょうぼうさびしさをつのらせる場面ばめんである。いてけほりあらわれるきし涯小そうが、もしかしたらんだ亭主ていしゅけた姿すがたなのではないかとうたがうところから、物語ものがたりすすんでいく。
 本所ほんじょ七不思議ななふしぎ題材だいざいにしたななつのおはなしは、どれもこれもあじわいある人情話にんじょうばなし仕上しあがっている。不思議ふしぎ出来事できごとき、それにつられてひとしんうごくのだが、提示ていじされたなぞはスッキリ解決かいけつしたり余韻よいんというかたちのこったり。らしのなかかなしみもくるしみも、かなわないせつないおもいもえがかれているのに読後感どくごかんがたまらなくく、もう一度いちどこの「心持こころもち」をあじわえたことがうれしい。
 保坂ほさか和志かずしハレルヤ』を再読さいどくしておどろいたことがある。もともと大好だいすきな小説しょうせつで、すべての著作ちょさく本棚ほんだなならんでいるのだが、表題ひょうだいさく「ハレルヤ」をはつ読のさい身体しんたい射抜いぬかれたような心持こころもちになったはずのいちぎょうが、再読さいどくどこにも見当みあたらなかった。どうしてそんなことがきるのか。もしかしたら誤読ごどくあいだちがった記憶きおくすらも読書どくしょたのしみであり、また再読さいどくよろこびなのかもしれない。

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きるよろこび」には、じゅうはちねんまえ谷中たになか墓地ぼち偶然ぐうぜんひろった子猫こねこはなちゃんのことがえがかれている。はなちゃんは「きるよろこび」をその全身ぜんしん表現ひょうげんした。片方かたがたひらかず、自分じぶんえさべるちからのない状態じょうたいはなちゃんをひろった「わたし」は、くすりませえさべさせた翌日よくじつ夕方ゆうがた見違みちがえるほど元気げんきになったはなちゃんの様子ようすて、そのきようとするちからおどろく。
――「きているよろこび」とか「きているくるしみ」といういいかたがあるけれど、「きることがよろこび」なのだ。
 それからはなちゃんは「わたし」の家族かぞくになり、じゅうはちねんはちカ月かげつ歳月さいげつきた。「ハレルヤ」でははなちゃんが旅立たびだえがかれていて、最後さいごはなちゃんの様子ようすと「わたし」のしんなか小説しょうせつになっている。
 これはただの喪失そうしつえがいた物語ものがたりではない。たんいのちおもさを物語ものがたりでもない。そもそも物語ものがたりですらもなく、ぼくはこの小説しょうせつつうじて世界せかい人間にんげん時間じかん記憶きおく存在そんざいについてかんがえさせられた。きっと読了どくりょう自分じぶんわすれたり仕舞しまんでいた大切たいせつなにかをおもすことになるとおもう。そんな小説しょうせつだ。
 木田きだはじめはん哲学てつがく入門にゅうもん』を再読さいどくした理由りゆうは、はつ読のときによくからなかったからだ。再読さいどくよろこびには、あのころからなかったことがかるようになる」ことがふくまれる。

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 哲学てつがくニーチェ以前いぜん以後いごけ、以後いごを「はん哲学てつがく」とする著者ちょしゃこころみは、今回こんかいとんでもなく面白おもしろめた。様々さまざま哲学てつがくしゃたちの思索しさく解説かいせつされているのだが、「なぜかれがそうかんがえるにいたったか」が著者ちょしゃ憶測おくそくまじえてこまかくかれており、そのことにはつ読時てんではづかなかった。
――インセスト・タブーにたいするこうした反撥はんぱつ心理しんりてき動機どうきとしてはたらいて、ニーチェは西洋せいよう文化ぶんか形成けいせい総体そうたい批判ひはんてきるような壮大そうだい歴史れきしてき視野しやひらきえたのではないかとおもっています。
 哲学てつがくしゃというどこかとおくにかんじる存在そんざい著者ちょしゃほどきしてくれるほんであり、かんがえることのよろこびをあじわえる名著めいちょだ。
 今回こんかい再読さいどくしたさんさつぼくはまた本棚ほんだな大切たいせつもどした。さい再読さいどくたら、今度こんどはどんな「心持こころもち」になれるだろうか。

(なつのかも 落語らくご作家さっか
なみ 2024ねん2がつごうより

著者ちょしゃプロフィール

木田きだはじめ

キダ・ゲン

1928(昭和しょうわ3)ねんうまれ。山形やまがたけん出身しゅっしん哲学てつがくしゃ東北大学とうほくだいがく文学部ぶんがくぶ哲学てつがくそつ中央ちゅうおう大学だいがく名誉めいよ教授きょうじゅ。マルティン・ハイデガー、エドムント・フッサール、モーリス・メルロ=ポンティなどの現代げんだい西洋せいよう哲学てつがくしゃ主要しゅよう著作ちょさくかりやすい日本語にほんご翻訳ほんやくしたことでられる。終戦しゅうせん直後ちょくご闇屋やみやらしをてていたエピソードも有名ゆうめいおも著書ちょしょに、『現象げんしょうがく』『はん哲学てつがく』『現代げんだい哲学てつがく』『ハイデガーの思想しそう』『メルロ=ポンティの思想しそう』『闇屋やみやになりそこねた哲学てつがくしゃ』『ピアノをくニーチェ』『哲学てつがく人生じんせいやくつのか』などがある。

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