北関東きたかんとうの異い界さかい　エスニック国道こくどう354号線ごうせん―絶品ぜっぴんメシとリアル日本にっぽん―

　そろそろ次つぎのステップに進すすみたい。旅たびが好すきで、日本にっぽんの中なかでも異い文化ぶんかを求もとめてあちこち巡めぐってきた。高円寺こうえんじのインド料理りょうり店てん、新大久保しんおおくぼのアジア食材しょくざい店てん、群馬ぐんまのブラジルスーパー。訪おとずれる度たびに「日本にっぽんにいるのに外国がいこくにいるみたい！」「こんな食材しょくざい信しんじられない、面白おもしろい！」と無邪気むじゃきにはしゃいだ。違ちがいに興味きょうみを持もつことは、排除はいじょすることよりは何なん倍ばいもいいかもしれない。しかし最近さいきん、自分じぶんの異い文化ぶんかの面白おもしろがり方ほうに嫌気いやけがさしてきた。外国がいこくの文化ぶんかは私わたしを楽たのしませるためのコンテンツではない。そこにはいつも生活せいかつが、人生じんせいがある。自分じぶんと同おなじように普通ふつうで特別とくべつな、なまの暮くらしだ。
『北関東きたかんとうの異い界さかい　エスニック国道こくどう354号線ごうせん―絶品ぜっぴんメシとリアル日本にっぽん―』は、海外かいがいからやってきた人々ひとびとの日本にっぽんでの生活せいかつを外側そとがわから消費しょうひするのではなく、出会であいも葛藤かっとうも丁寧ていねいにすくい上あげようとする本ほんだ。北関東きたかんとうは海外かいがいからの移住いじゅう者しゃが特とくに多おおく、人口じんこうの一いち割わりを超こえる地域ちいきもある。彼かれらはなぜ日本にっぽんにやってきて、その地域ちいきに根付ねついたのか。そこにひとことで言いえるような理由りゆうは存在そんざいしない。それぞれに切実せつじつな事情じじょうがあり、勇敢ゆうかんなドラマがあり、具体ぐたい的てきなキーパーソンがいる。
　まず、移住いじゅうの背景はいけいには幾重いくえもの歴史れきしのレイヤーが存在そんざいしている。南米なんべいに渡わたった日系にっけい移民いみんの子孫しそんが日本にっぽんに移うつり住すむ。ロヒンギャの人々ひとびとが迫害はくがいを逃のがれてやってくる。戦争せんそう、国家こっか破綻はたん、バブル、リーマンショック。世界せかい情勢じょうせいは複雑ふくざつに絡からみ合あい、互たがいに影響えいきょうしあっている。入管にゅうかん法ほうの改正かいせいや技能ぎのう実習じっしゅう生せい制度せいどなど、システムが変かわることがきっかけで職しょくを得えたり失うしなったりすることもある。大おおきな変化へんかに一番いちばん先さきに振ふり回まわされるのは、いつだって社会しゃかいの中なかで弱よわい立場たちばにいる民衆みんしゅうだ。製造せいぞうや生産せいさんの現場げんばで労働ろうどう力りょくが必要ひつようとされた北関東きたかんとうに、さまざまな社会しゃかいの荒波あらなみに揉もまれた人々ひとびとが集あつまった。新型しんがたコロナやロシアによるウクライナ侵攻しんこうの影響えいきょうもあり、現在進行形げんざいしんこうけいで世界せかいは変化へんかし続つづけている。
　日本にっぽんの高齢こうれい化かが進すすむ中なかで、農業のうぎょうや建築けんちく業ぎょう、介護かいご職しょくでも外国がいこく人じんが活躍かつやくしている。外国がいこく人じん労働ろうどう者しゃが日本にっぽん社会しゃかいを支ささえている一方いっぽうで、軋轢あつれきや差別さべつは絶たえない。文化ぶんかのはざまで孤独こどくを感かんじる子こどもたちも多おおく存在そんざいする。出入国しゅつにゅうこく在留ざいりゅう管理庁かんりちょうでの死亡しぼう事件じけんも、社会しゃかいのムードと無関係むかんけいとは言いえないだろう。もう、「異い文化ぶんかって面白おもしろいね」で済すませている場合ばあいではない。
　嬉うれしいのは著者ちょしゃの室橋むろはし裕和ひろかずさんのフラットな視点してんだ。十じゅう年間ねんかんタイに住すんでいたという室橋むろはしさんは、その経験けいけんから時ときおり移住いじゅう者しゃの立場たちばを反転はんてんさせて読者どくしゃに示しめしてくれる。「僕ぼくもタイに暮くらしていたときに『なぜバンコクのスクンビット通どおりのプロンポン地区ちくに日本人にっぽんじんが多おおいのか』とタイ人じんに不思議ふしぎがられたものの答こたえられなかった」。日本にっぽんでは日本にっぽんで生うまれ育そだった日本人にっぽんじんがマジョリティだから、自分じぶんたちが何なにか強つよい立場たちばであると勘違かんちがいしてしまいそうになることがある。でも多数たすう派はの立場たちばにいるのはたまたまそう生うまれただけだし、一いち歩ほ外がいに出でれば私わたしも誰だれかにとってのよそ者ものなのだ。
　日本にっぽん政府せいふが船賃ふなちんや移民いみん会社かいしゃ手数料てすうりょうを支給しきゅうするなど、国策こくさくとしてブラジルへの移住いじゅうが推おし進すすめられていたのはわずか百ひゃく年ねんほど前まえのこと。芥川賞あくたがわしょうの第だい一いち回かい受賞じゅしょう作さくは石川いしかわ達三たつぞうの『蒼氓そうぼう』で、貧まずしさにあえぐ日本人にっぽんじんがブラジル移民いみんとして渡わたり伯はくする姿すがたが描えがかれている。そして今いま、円えん安やすや不ふ況きょうの影響えいきょうからオーストラリアなどに出稼でかせぎに行いく若者わかものがじわじわと増ふえていると聞きく。私わたしも日本にっぽんの閉塞へいそく感かんを案あんじ、シンガポールやカナダに住すんでみたいなと妄想もうそうすることがある。移民いみんとは決けっして特別とくべつな人々ひとびとのことではない。また、常つねに変かわり続つづける世よの中なかで、この先さき絶対ぜったいに難民なんみんになる可能かのう性せいがない人ひとなど世界中せかいじゅうどこにもいない。
　読よんでいるだけで胸むねが苦くるしくなるような逆境ぎゃっきょうや、ロマンあふれるビジネスの話はなしのあいだに差さし込こまれるのは、取材しゅざいで出会であった人々ひとびとと食卓しょくたくを囲かこむシーンだ。見みたことも聞きいたこともない、だけど確実かくじつに美味おいしいということが伝つたわってくる多種たしゅ多様たような料理りょうりたち。ページの隙間すきまから湯気ゆげとスパイスの香かおりが立たちのぼる。孤独こどくを感かんじる時とき、希望きぼうが見みえない時とき、人々ひとびとはいつも美味おいしいご飯はんで心しんとお腹なかを満みたしてきた。北関東きたかんとうで築きずきあげられたカラフルなコミュニティにするりと入はいり込こみ、いつも食たべな食たべなと料理りょうりをすすめられている室橋むろはしさん。なんだかこちらまで異い文化ぶんかのあたたかい食卓しょくたくに招まねかれた気持きもちになる。食しょくを共ともにすることで人生じんせいが混まざり合あい、違ちがいを超こえて人間にんげん同士どうしになっていくようにも見みえた。好奇心こうきしんと胃袋いぶくろが交互こうごに刺激しげきされ、読よみ終おわる頃ころにはすっかりお腹なかがすいていた。

（ふじおか・みなみ　文筆ぶんぴつ家か／ラジオパーソナリティ）
波なみ　2023年ねん4月がつ号ごうより
単行たんこう本ほん刊行かんこう時じ掲載けいさい

　タイトルにある「エスニック国道こくどう354号線ごうせん」とは群馬ぐんまから茨城いばらきを横断おうだんする国道こくどうのこと。都道府県とどうふけん別べつ魅力みりょく度どランキングではいつも最下位さいかいあたりをうろうろする北関東きたかんとうの各かく県けん……。でも実じつはこのエリア、日々ひび進化しんかを続つづける「ガチ異国いこく飯めしスポット」の宝庫ほうこなのです。
　ロモ・サルタド、テンペ、フェイジョン、ハンディ、シアークルマ、ヤムウンセン、そしてもちろんカレー！　どうして、この道みち沿ぞいでこんなバラエティ豊ゆたかな料理りょうりが食たべられるのか……？
　それを解とき明あかしたのが、アジア専門せんもんライターの室橋むろはし裕和ひろかずさん。354号線ごうせん沿線えんせんには、バブル期き以降いこう、出稼でかせぎのために来日らいにちした外国がいこく人じん労働ろうどう者しゃが多おおく住すんでおり、本格ほんかくエスニックスポットも増ふえていったのです。
　旅館りょかんの居きょぬきで入居にゅうきょした寺院じいんや日系にっけいペルー人じん親子おやこが営いとなむレストラン、テナントのほぼ全すべてを外国がいこく人じんの店みせが占しめる「亀かめ仙人せんにん街がい」、そして技能ぎのう実習じっしゅう生せいたちの昼休ひるやすみ……。室橋むろはしさんはおよそ1年ねんをかけてメシを共ともにし（時じには1日にち4食しょくも！）、彼かれらの人生じんせいに耳みみを傾かたむけました。浮うかび上あがってきたのは、日本にっぽん全体ぜんたいの縮図しゅくずともいえるシン日本人にっぽんじんの姿すがただったのです。
『孤独こどくのグルメ』風ふうルポルタージュとしても、北関東きたかんとうエスニック料理りょうりガイドとしても楽たのしめる1冊さつ。ぜひ、著者ちょしゃと北関東きたかんとうを旅たびしてみてください。（ノンフィクション編集へんしゅう部ぶ・MS）