ともぐい

　むくつけき猟師りょうしが宿敵しゅくてきの熊くまと死闘しとうを演えんじる。その闘たたかいをとおして彼かれはおのれを見みつめ直なおし、幸福こうふくのなんたるかを知しり、最後さいごにはなまぬるい人間にんげん界かいへ堕おちるか、さもなければ孤高ここうの魂たましいを手放てばなすことなく雪山ゆきやまに果はてるか――読よみはじめてすぐにそんな筋立すじだてが見みえたのだが、結論けつろんから言いえば半分はんぶんほどは当あたっていた。
　時代じだいは日にち露ろ戦争せんそう前夜ぜんや、国家こっかが戦争せんそうへと突つき進すすむ混乱こんらんは北海道ほっかいどうの片田舎かたいなかにも波及はきゅうし、町まちで暮くらす人々ひとびとの生活せいかつを侵食しんしょくしつつあるが、熊くま撃げきちを本領ほんりょうとする熊くま爪つめの人生じんせいは単純たんじゅん明快めいかいな原理げんりにのっとって動うごいている。獲物えものを狩かってその肉にくを喰くらう。彼かれのすべてはその一いち点てんにかかっている。殺生せっしょうは生いきていくうえで必要ひつような行為こういにすぎず、そこに善悪ぜんあくや悲喜ひきの入はいり込こむ余地よちはない。殺ころしたほうが得とくならばためらうことなく殺ころすし、そうでなければ殺ころす必要ひつようはない。ただそれだけのことだ。
　そんな熊くま爪つめにとって、ほかの人間にんげんたちは異物いぶつ以外いがいのなにものでもない。彼かれらは煩雑はんざつで、熊くま爪つめには理解りかい不能ふのうな行動こうどう原理げんりに縛しばられている。だから熊くま爪つめは人里ひとざと離はなれた山中さんちゅうに独居どっきょし、獲物えものが獲えれたときだけ町まちへ下おりて肉にくや毛皮けがわを商あきなう。人生じんせいとはその繰くり返かえしで、いかなる変化へんかも煩わずらわしいだけだ。「お前まえの幸福こうふくというものは、何なにだろうね。あるいは、幸福こうふくというものを感かんじる能力のうりょくが、お前まえにはあるのか、ないのか、どちらだろう」懇意こんいにしている大だい店てんの主おもにこう言いわれれば、熊くま爪つめはこう切きり返かえす。「毎日まいにち、なんも変かわらなければ、それでいい」
　しかし、この有為転変ういてんぺんの世界せかいにあって、変化へんかは否応いやおうなくやってくる。ある日ひ、熊くま爪つめは熊くまに襲おそわれた瀕死ひんしの男おとこを救すくう。聞きけばその男おとこも猟師りょうしで、はるばる熊くま爪つめの山やままで熊くまを追おって来きたのだという。しかも、ただの熊くまではない。追跡ついせき者しゃを返かえり討うちにしたのは冬眠とうみんを逃のがした「穴あな持もたず」で、すでに何なん度ども人間にんげんの集落しゅうらくを襲おそっている凶暴きょうぼうな個体こたいだ。熊くま爪つめの縄張なわばりに厄介やっかいな極道ごくどう熊ぐまが入はいり込こんでしまった。
　前述ぜんじゅつのとおり、熊くまとの死闘しとうはもちろんある。それによって熊くま爪つめが作つくり変かえられ、彼かれなりに悟さとりを得えるのもまた定石じょうせきどおりだ。その過程かていで大だい自然しぜんの美うつくしさ、残酷ざんこくさ、人間にんげん存在そんざいの曖昧あいまいさ、危あやうさを活写かっしゃしていく筆ふでも冴さえている。しかしこの作品さくひんの凄味すごみはなんといっても、私わたしの読よみが当あたらなかったあとの半分はんぶんにこそ宿やどっている。
　獣肉じゅうにくや毛皮けがわを売うりに行いく大だい店てんで、熊くま爪つめは盲目もうもくの少女しょうじょ・陽子ようしを見初みそめる。男女だんじょの葛藤かっとうについては、すでに多おおくの先人せんじんたちによって取とり上あげられてきた。生活せいかつを共ともにする男女だんじょがそれぞれの領分りょうぶんを守まもるために、もしくは相手あいての領分りょうぶんを侵略しんりゃくするために永劫えいごう不変ふへんの葛藤かっとうを繰くり返かえす。が、本ほん作さくではその葛藤かっとうがより原始げんし的てきで、けだものじみている。時代じだいは明治めいじに入はいり、人々ひとびとは文明開化ぶんめいかいかの洗礼せんれいを受うけたとはいえ、舞台ぶたいは文明ぶんめい社会しゃかいから遠とおく隔へだたった北海道ほっかいどうの僻地へきちだ。厳きびしい自然しぜんのなかでの生活せいかつは、今日きょうの我々われわれの目めから見みればまだ充分じゅうぶんに荒々あらあらしい野性やせいを残のこしている。
　そのなかでも、熊くま爪つめと陽子ようしの放はなつ野性やせいはひときわ異質いしつで濃厚のうこうだ。社会しゃかいに溶とけ込こめない、もしくは社会しゃかいに組くみ込こんでもらえないという意味いみで、ふたりともたしかに半端はんぱ者しゃなのかもしれない。だから、同類どうるい相しょう哀あわれむのも理解りかいできる。だけど、彼かれらの軸じく足あしがかかっている場所ばしょは根本こんぽん的てきに異ことなる。二に十じゅう一いち世紀せいき的てきなジェンダーの概念がいねんなど吹ふき飛とんでしまうくらい、ふたりの立場たちばは揺ゆるぎなく凝こり固かたまっている。こう言げんって差さし支つかえなければ、けっして超越ちょうえつできない性別せいべつの壁かべによって分わけ隔へだてられている。彼かれらは男女だんじょではなく、そう、一対いっついの雄お雌めすなのだ。さながら雄ゆう熊ぐまと雌めす熊ぐまが生存せいぞんをかけて闘たたかうように、熊くま爪つめと陽子ようしも守まもるべきものを守まもるために本能ほんのうをむきだしにして喰くらい合あう。
　クライマックスで熊くま爪つめが垣間見かいまみせる人間にんげん性せいは、彼かれを幸福こうふくにしたのだろうか？　たとえそうだったとしても、逆説ぎゃくせつ的てきには、という保留ほりゅうがつくかもしれない。陽子ようしの揺ゆらぎを、これもまた愛あいのかたちなのだと割わり切きることができれば楽らくなのだけれど、この物語ものがたりでは西洋せいようから輸入ゆにゅうされた概念がいねんとしての愛あいの出でる幕まくなどない。熊くま爪つめと陽子ようしはただおのれの来きし方かたで掴つかみ取とったもの、経験けいけんによって魂たましいに刻きざみこまれたものだけを武器ぶきに現実げんじつに立たち向むかったにすぎない。それでも最後さいごの瞬間しゅんかん、熊くま爪つめはたしかに獣ししであることをやめた。あるいは、より高次こうじの美うつくしい獣ししになった。陽子ようしは求もとめるものを手てに入いれた……。
　ともぐいの果はてにふたりは理性りせいの光ひかりを見みたのだ、とうとう人間にんげんになれたのだ、とは言いいたくない。ふたりは最後さいごまで人ひとと獣ししのあいだで揺ゆらいでいた。人間にんげんの部分ぶぶんで相手あいてをいたわり、獣ししの部分ぶぶんで攻撃こうげきした。あるいは逆ぎゃくに獣ししの部分ぶぶんで相手あいてを慈いつくしみ、人間にんげんの部分ぶぶんで恐おそれた。それが熊くま爪つめの在あり方かただったし、陽子ようしの在あり方かたでもあった。ふたりの末路まつろに悲かなしみを感かんじることさえも、彼かれらの本質ほんしつからすれば、上うえから目線めせんの人間にんげん的てき感傷かんしょうにすぎない。野性やせいはそんなものをいっさい寄よせつけない。今日きょう的てきな幸福こうふくというちっぽけなヒューマニズムでは測はかれない、むきだしの物語ものがたりだ。

（ひがしやま・あきら　作家さっか）
波なみ　2023年ねん12月がつ号ごうより
単行たんこう本ほん刊行かんこう時じ掲載けいさい

構成こうせい：加山かやま竜司りゅうじ

目撃もくげき情報じょうほうも相次あいつぎ、熊くま報道ほうどうに事欠ことかかない今いま。明治めいじ後期こうきの猟師りょうしを題材だいざいにした小説しょうせつ『ともぐい』と、現代げんだいの女性じょせい猟師りょうしを描えがく漫画まんが『クマ撃げきちの女おんな』の作者さくしゃが、フィクションで熊くまを扱あつかうことについて語かたり尽つくす。

相次あいつぐ熊くま害がいと過熱かねつする熊くま報道ほうどう

河崎かわさき　私わたしの実家じっかは北海道ほっかいどうの別海べっかい町まちで酪農らくのうをやっているのですが、O（オ）SO（ソ）18が出没しゅつぼつした標茶しべちゃ町まちの隣となり町まちなんです。車くるまで1時じ間あいだほどかかるので、離はなれてはいるのですが、こちらに来きたとしてもおかしくはない位置いち関係かんけいでした。ただ、放牧ほうぼく中ちゅうの牛うしや馬うまがヒグマに襲おそわれ、尻しりを噛かまれたり引ひっかれたりすること自体じたいは、さほど珍めずらしいことではないんですよね。

安島あじま　僕ぼくが取材しゅざいでお世話せわになっている猟師りょうしの方ほうも、OSO18は特別とくべつではなく“通常つうじょう運転うんてんの熊くま”というい方いかたをしていました。たまたま被害ひがいが大おおきくなってしまったんだろう、と。OSO18に関かんしては、メディアが「怪物かいぶつ」を求もとめたような印象いんしょうも受うけました。熊くまの目撃もくげき例れいが全国ぜんこく的てきに増ふえていますけど、それは実感じっかんします？

河崎かわさき　私わたしが子こどもの頃ころよりは確実かくじつに増ふえています。ただ、うちの地域ちいきでは、お互たがいに干渉かんしょうしない関係かんけいは維持いじできているんですよ。それだけに、2021年ねんに札幌さっぽろ市しの東ひがし区くでゴミを出だしている最中さいちゅうに人ひとが襲おそわれたというニュースを見みたときは、すごくショックを受うけました（注ちゅう：東ひがし区くで人ひとが熊くまに襲おそわれたのは1878年ねん以来いらい143年ねんぶり）。集落しゅうらくのなかで暮くらしている人間にんげんが安心あんしんできなくなるというのは、ものすごく印象いんしょう的てきな出来事できごとでしたね。

安島あじま　実際じっさいに熊くまを目撃もくげきされたことはありますか？　僕ぼくは動物どうぶつ園えんでしか見みたことがないんです。

河崎かわさき　大体だいたい200メートルほどの距離きょりで目撃もくげきしたことがあります。大おおきな川かわ沿ぞいの、橋はしを渡わたったあたりで、道路どうろを横断おうだんしていました。夏なつ前まえでやせ細ほそっていたし遠目とおめだったので、最初さいしょは犬いぬかと思おもったんですが、どうもサイズが違ちがう。さすがに「やばいな」と思おもいました。

安島あじま　200メートルは怖こわい。僕ぼくは取材しゅざい中ちゅうにデントコーン畑はたけ（とうもろこしの一種いっしゅ）で熊くまの糞くそを見みつけただけで、もう怖こわくて仕方しかたがなかった。害がい獣じゅうの駆除くじょが報道ほうどうされると「可哀想かわいそうだ」とか「ほかにやり方かたはなかったのか」と言いわれますけど、それは安全あんぜん圏けんで見みている人ひとの意見いけんじゃないかな、と思おもいます。

河崎かわさき　その感情かんじょうは人間にんげん特有とくゆうの優やさしさだと思おもうので、なきゃいけないことなんですけれども、それを現場げんばで苦労くろうしている人ひとにぶつけるのは違ちがいますよね。ただ、私わたしは『ともぐい』を物語ものがたりとして書かいたのであって、熊くまへの注意ちゅうい喚起かんきのために書かいたわけではないんですよ。

安島あじま　僕ぼくの場合ばあいはちょっと違ちがっていて、というのも長期ちょうき連載れんさいのマンガの場合ばあい、連載れんさい中ちゅうに何なにか事件じけんや出来事できごとがあれば、その時々ときどきで自分じぶんの考かんがえを作品さくひんに込こめられるんですよね。だから「熊くまを舐なめている奴やつを怖こわがらせたい」という意図いとも、じつは少すこしだけありました（笑）。とはいえ、熊くまは怖こわいだけじゃないとも言いいたいので、それはこれから描えがいていくところですね。注意ちゅうい喚起かんきという点てんでは、11巻かんの巻末かんまつのおまけマンガは、まさにそのためだけに描えがいたんです。

河崎かわさき　あれは本当ほんとうに実用じつよう的てきで、興味深きょうみぶかく拝読はいどくしました。

動物どうぶつをどう殺ころすか、という問題もんだい

河崎かわさき　安島あじま先生せんせいは、どういった発想はっそうから『クマ撃げきちの女おんな』を描えがかれたのですか？

安島あじま　いちばんベースにある考かんがえ方かたは、自然しぜんと人間にんげんの関係かんけい性せいを描えがきたいということでした。もともとは動物どうぶつ商しょう、つまり動物どうぶつを売うる人間にんげんを主人公しゅじんこうにしたマンガを描えがこうとしていたところから変遷へんせんがあって、現在げんざいの形かたちにたどり着つきました。だからテーマ自体じたいは最初さいしょから変かわっていなくて、「人間にんげんは動物どうぶつをどう扱あつかうのか」みたいなものですね。

河崎かわさき　私わたしは明治めいじから大正たいしょう初期しょきにかけての北海道ほっかいどうの文献ぶんけんを読よむのが好すきで、そういったものを読よんでいると、どうしても「熊くまの被害ひがいはセット」みたいなところがあるんです。いまよりも性能せいのうのよくない銃じゅうを使つかい、電気でんき柵しがらみもないところで家畜かちくを飼かい、どうやって生いき抜ぬいてきたのか。人間にんげんがどのように動物どうぶつに相対あいたいしてきたのかに興味きょうみを持もっていまして、それで14年ねん前まえに熊くまに関かんする小説しょうせつを書かきはじめたんです。「人間にんげんは動物どうぶつをどう扱あつかうのか」というテーマは、どこから着想ちゃくそうを得えたのですか？

安島あじま　いま学校がっこう教育きょういくでは、動物どうぶつの命いのちの大事だいじさや平等びょうどうを道徳どうとくとして教おしえますよね。しかし、親戚しんせきの家いえが肉屋にくやを営いとなんでいたのですが、そこでは害がいになるネズミとかをバンバン殺ころしていたわけです。割わりと雑ぞうに。そういったものを幼少ようしょう時じから目まの当あたりにして、「あちらとこちらで言いっていることには齟齬そごがあるな」と。その矛盾むじゅんについて考かんがえ続つづけていたんです。幼少ようしょう期きの体験たいけんというのは大おおきいかもしれません。

河崎かわさき　私わたしの場合ばあい、子こ牛うしが生うまれたときに、両親りょうしんから「名前なまえをつけるんじゃない」と厳きびしく言いわれました。真まっ白しろな子こが生うまれると、やっぱり「シロ」と名付なづけたくなるじゃないですか（笑）。でも、雄ゆうであればすぐ肉にくになるし、雌めすとして10年ねん近ちかく乳ちちを出だしてもらったとしても、最後さいごは必かならず肉にくになるんです。

安島あじま　ああ、やっぱり名前なまえをつけると愛着あいちゃくが湧わいちゃいますよね。

河崎かわさき　結局けっきょくは、人ひとの食たべるためのものをアウトソーシングし、生いき物ものの命いのちを奪うばうために育そだてているというのが本質ほんしつだと思おもうんですよね。ただ、人間にんげんが動物どうぶつにどういう感情かんじょうを抱いだくか、そこに人間にんげん性せいが炙あぶり出だされると思おもいます。

安島あじま　本当ほんとうにそうだと思おもいますね。

河崎かわさき　『クマ撃げきちの女おんな』は、猟師りょうしさんの癖くせの強つよさがそれぞれ描えがき分わけられている点てんがすごいですね。同おなじ猟師りょうしであっても、キャラクターによって動物どうぶつの扱あつかい方かたがそれぞれ違ちがう。どう扱あつかい、どう殺ころすか。つまり「動物どうぶつの殺ころし方かた」ですよね。目めを逸そらさずにそこを描えがかれているのが素晴すばらしいです。

安島あじま　ありがとうございます。『ともぐい』を読よんだときには、河崎かわさき先生せんせいも同おなじことをやろうとしているように感かんじられて、それで嬉うれしかったんです。

河崎かわさき　現代げんだいでは、まったく狩猟しゅりょうに触ふれなくても生いきていくことは可能かのうじゃないですか。実際じっさいに狩猟しゅりょう免許めんきょや銃砲じゅうほう所持しょじ許可きょかを取得しゅとくするには、手続てつづきや審査しんさのハードルがすごく高たかい。それでも、あえて野生やせい動物どうぶつを狩猟しゅりょうすることに意味いみがあるとしたら、どういったものなのか。『クマ撃げきちの女おんな』では、それが物語ものがたりの芯しんに通つう底そこしていて、まさに現代げんだい日本にっぽんで狩猟しゅりょうをする意味いみがすごく如実にょじつに描えがかれています。しかもそれが主人公しゅじんこうの視点してんだけではなく、いろいろとあり、ときに衝突しょうとつもしますよね。『クマ撃げきちの女おんな』ですごくリアルだなと思おもったのが、主人公しゅじんこうチアキの狩猟しゅりょう犬けんが熊くまに怪我けがを負おわされて、動物どうぶつ病院びょういんに担かつぎ込こむ回かいです（第だい6巻かん収録しゅうろく第だい43話わ）。

安島あじま　獣しし医師いしが「治なおっても狩猟しゅりょうは無理むりかもしれません」「安楽あんらく死し…させますか？」と問といかける回かいですね。

河崎かわさき　手術しゅじゅつが成功せいこうして狩猟しゅりょう犬けんが一命いちめいをとりとめたときに、チアキが「またクマが撃うてますぅ！」と言いうんですけど、それに対たいして獣しし医師いしが「……連つれて行いくのは構かまいませんけどね　本当ほんとうに気きをつけてあげてください」と冷静れいせいに注意ちゅういする。回復かいふくした狩猟しゅりょう犬けんを再ふたたび狩猟しゅりょうに連つれていくかどうかチアキがひとりで内省ないせい的てきに思おもい悩なやむのを描えがくのは簡単かんたんですけど、第三者だいさんしゃがちゃんとその立場たちばにふさわしいことを言いって、きちんと釘くぎを刺さしてくれているんですよね。

安島あじま　いまの社会しゃかいでは、動物どうぶつをものとして扱あつかってはいけない風潮ふうちょうがあるじゃないですか。でも、使役しえき動物どうぶつとして扱あつかう側面そくめんもあるので、その両面りょうめんを見みせたい、という気持きもちがあるんです。世間せけん一般いっぱんでは、犬いぬは愛玩あいがん動物どうぶつとして扱あつかわれますけど、狩猟しゅりょう犬けんは使役しえき動物どうぶつですから、同おなじ動物どうぶつなのにその違ちがいを端的たんてきに出だせますよね。

河崎かわさき　私わたしは1年間ねんかんニュージーランドに行いって、住すみ込こみで牧羊ぼくようを教おしえてもらったことがあるんですけど、牧羊ぼくよう犬けんというのは、狩猟しゅりょう本能ほんのうに蓋ぶたをして牧羊ぼくようをさせるんですよ。新あたらしく子犬こいぬを引ひき取とってきたときには、やっぱり子犬こいぬだから可愛かわいがりたくなるんですけど、「やめなさい」と言いわれました。牧羊ぼくよう犬けんにするために褒ほめることは大事だいじだけど、必要ひつよう以上いじょうに可愛かわいがると牧羊ぼくよう犬けんとしての働はたらきができなくなってしまう。そうなると「お前まえが自分じぶんで撃うち殺ころすことになるんだよ」と諭さとされました。

安島あじま　ペットとして甘あまやかしすぎて番犬ばんけんが務つとまらない、なんて話はなしはよく聞ききますよね。

河崎かわさき　使役しえき犬けんとしての犬いぬは、その目的もくてきのために適切てきせつに使つかわないと、結局けっきょくは役やくにたないものとして、その個体こたいを殺ころさなきゃいけなくなるんです。

安島あじま　その一方いっぽうで、「可愛かわいいだけ」というのも役割やくわりなんだな、とも思おもうんです。最近さいきん、実家じっかがペットとして犬いぬを可愛かわいがっているんですけど、そばにいるだけで人間にんげんの役やくに立たっている。これだけ人間にんげんに懐いだく動物どうぶつも珍めずらしいですよね。

河崎かわさき　そうした命いのちに対たいする異ことなった価値かち観かんが、先さきほどあげたシーンの、たった2コマの中なかに凝縮ぎょうしゅくされているところが素晴すばらしいんです。

お互たがいの作品さくひんの読よみ所しょ

安島あじま　『ともぐい』の主人公しゅじんこうの熊くま爪つめは、すごく即そく物的ぶってきな考かんがえ方かたをしているように感かんじられました。しかもそこが徹底てっていされていて、ちょっとびっくりしたんです。

河崎かわさき　熊くま爪つめは熊くまに近ちかめの人間にんげん、という意識いしきで書かいてましたね。

安島あじま　お屋敷やしきの若わかい衆しゅが熊くま爪つめを運はこぶときに「余あまりにも臭におう」と表現ひょうげんするのがリアルでした。ああいうタイプの主人公しゅじんこうって、あまり多おおくないと思おもうんですが、モデルはいるんですか？

河崎かわさき　ビジュアル的てきなイメージとしては、愚おろかしさも含ふくめて『愛あいしのアイリーン』（新井あらい英樹ひでき）の岩男いわおですかね。

安島あじま　岩男いわおでしたか、すごい！　新井あらい先生せんせいの作品さくひんがお好すきなんですか？

河崎かわさき　高校生こうこうせいぐらいの頃ころに『愛あいしのアイリーン』を読よんで、すごく衝撃しょうげきを受うけたんです。それが軸じくにありました。

安島あじま　『ともぐい』は、最初さいしょは明治めいじ時代じだいの狩猟しゅりょう者しゃのルポみたいな始はじまり方かたをするじゃないですか。男性だんせい視点してんの。ルポとして読よめるくらいな情報じょうほう量りょうなんですけど、次第しだいに人間にんげんの正体しょうたいを暴あばこうとしているように感かんじたんです。その物語ものがたり展開てんかいが斬新ざんしんでした。熊くま爪つめは即そく物的ぶってきで軸じくがあり、あまり揺ゆらぎがないように見みえて……、性せいの問題もんだいでブレてくる。

河崎かわさき　そうですね。揺ゆらぐほどほかの世界せかいを知しらないというか、選択肢せんたくしを知しらないというか。自分じぶんにはこの生いき方かたしかないだろう、と思おもっていたんですが、それが女おんな関係かんけいで揺ゆらぐことに。

安島あじま　いやもうね、男おとこの情なさけない感かんじも、女おんなの怖こわい感かんじも、全部ぜんぶ書かいてある！　これはマンガではできないなぁ、と。僕ぼくがやっているのは文学ぶんがくじゃなくて娯楽ごらくなんですけど、ちょっと負まけた気きがしました。

河崎かわさき　いや、そんな（笑）。

安島あじま　何なにかもう、濃厚のうこうなものをぶち当あてられた気きがしています。完璧かんぺきな小説しょうせつですよ。エンタメ性せいがあるのは大前提だいぜんていとして、まったく逃にげずに人間にんげんのあり方かたを書かこうとしています。帯おび文ぶんに「熊くま文学ぶんがく」と書かかれていますが、『ともぐい』はまさしく文学ぶんがくですね。

河崎かわさき　『クマ撃げきちの女おんな』のラストは、もう決きまっているんですか？

安島あじま　だいたいは想定そうていしてます。

河崎かわさき　安島あじま先生せんせいの狩猟しゅりょうに対たいする視点してんとか、猟師りょうしさんに対たいする視点してんが、非常ひじょうに公平こうへいで誠実せいじつでフラットなものですから、描えがき手しゅを信頼しんらいしながら読よみ進すすめていけるんですよ。その安心あんしん感かんがすごくあり、物語ものがたりの行ゆく末すえ、たとえば主人公しゅじんこうが最初さいしょの願望がんぼうをどのようにして叶かなえていくのか。主人公しゅじんこうを取とり巻まく人ひとたちがそれをどうやって見守みまもっていくのか、今後こんごも注目ちゅうもくしていきます。

（あじま・やぶた　漫画まんが家か）
（かわさき・あきこ　作家さっか）
波なみ　2024年ねん1月がつ号ごうより
単行たんこう本ほん刊行かんこう時じ掲載けいさい