懐なつかしいお菓子かし―武井たけい武雄たけおの『日本にっぽん郷土きょうど菓子かし図譜ずふ』を味あじわう―

　こんな画帳がちょうが遺のこされていたのか！　本書ほんしょをめくりながら、夢ゆめまぼろしを見みる思おもいがして興奮こうふんが抑おさえられなかった。
　幼おさないころ「コドモノクニ」「キンダーブック」でその絵えを見みかけていた画家がか、武井たけい武雄たけおによる『日本にっぽん郷土きょうど菓子かし図譜ずふ』。和綴わとじの和紙わしに、じかに水彩すいさいで描えがいた羊羹ようかん、饅頭まんじゅう、煎餅せんべい、あられ、飴あめ、豆まめ菓子かし、餅菓子もちがし……全国ぜんこくから集あつめた百ひゃく六ろく十じゅう九きゅう種しゅをスケッチして記録きろくするユニークな画帳がちょうである。旅先たびさきでこれぞという郷土きょうど菓子かしに出会であうたび欣喜雀躍きんきじゃくやく、いくつか買かい求もとめては友人ゆうじん知人ちじんに送おくったり配くばったりするのを愉たのしみにしている私わたしのような者ものにとって、武井たけい武雄たけおの水彩すいさいによる郷土きょうど菓子かしは、土地とちの物語ものがたりの入いりぐちに立たたせてもらうかのよう。それが未知みちの菓子かしであっても、扉とびらをそっと押おすと、東西とうざいの風土ふうどやら空気くうきやらお国言葉くにことばやら、水彩すいさい画がのなかからすーっと流ながれ出でてくる心地ここちを味あじわう。
　このたびあらたに編あまれた本書ほんしょには、贅沢ぜいたくな試こころみがいくつもある。全ぜん三さん巻かんにおよぶ『日本にっぽん郷土きょうど菓子かし図譜ずふ』の画面がめんをそのまま掲載けいさいすることによって、画帳がちょうと郷土きょうど菓子かしの存在そんざいに光ひかりを当あてる。と同時どうじに、美術家びじゅつか・伴ばん田た良輔りょうすけ、虎屋とらや文庫ぶんこ・今村いまむら規子のりこ、武井たけい武雄たけおの作品さくひんを収蔵しゅうぞうするイルフ童画どうが館かんの山岸やまぎし吉郎よしろうや河かわ西見にしみ佳けい、諸氏しょしの目めをつうじて、画家がかの内面ないめんや魅力みりょくをあますところなく引ひき出だす。ページをめくりながら、とかく地味じみな場所ばしょに押おしやられがちな郷土きょうど菓子かしに肩入かたいれしたくなり、食たべたい、見みたい、知しりたい気持きもちに火ひをつける絶妙ぜつみょうの塩梅あんばい。
　まず、図譜ずふに描えがかれた菓子かしをためつすがめつ。東京とうきょうの「芝しば神しん明太めんたい々餅もち」。曲まげ物ものに詰つめられたあんころ餅もちの色彩しきさいの妙みょう、思おもわず指ゆびを伸のばしたくなる。大阪おおさかの「大阪おおさかやぐらおこし」。粟あわおこしと包つつみ紙しと意匠いしょう箱ばこのポップなコントラストに、浪花なにわの空気くうきがむんむんする。「弘前ひろさき駄だ菓」一いち〜五ご。各かく見開みひらきいっぱいに配はいされた駄菓子だがしの愛嬌あいきょう、にぎにぎしさ……冒頭ぼうとうわずか三さん作さくで、さっそくもっていかれる。全編ぜんぺんにわたって、運筆うんぴつはあくまでも写実しゃじつ的てき、デフォルメを嫌きらいながら菓子かしの質感しつかんや色合いろあいを忠実ちゅうじつに捉とらえて記録きろくしているのに、なぜだろう、ふっと現実げんじつを超こえて絵空事えそらごとに見みえるときがある。
　このあたりに、武井たけい武雄たけおという画家がかの創造そうぞう性せいの秘密ひみつを嗅かぎとる思おもいがする。童画どうが家かとして児童じどう雑誌ざっしを手てがけ、抽象ちゅうしょう表現ひょうげんによる版画はんが、グラフィックデザイン、みずから刊本かんぽん作品さくひんと呼よんだ美術びじゅつ作品さくひんほか、とにかく自由じゆう奔放ほんぽうな活動かつどうぶり。郷土きょうど玩具おもちゃの研究けんきゅうと蒐集しゅうしゅうに打うち込こみ、そののち郷土きょうど菓子かしに着目ちゃくもくした。『日本にっぽん郷土きょうど菓子かし図譜ずふ』第だい一いち巻かんの描えがき始はじめは昭和しょうわ十じゅう一いち年ねん、四よん十じゅう二に歳さいのとき。第だい三さん巻かんは昭和しょうわ十じゅう五ご年ねんから昭和しょうわ三さん十じゅう三さん年ねんにかけて。戦時せんじ下かにありながら、それでも執着しゅうちゃくした失うしなわれかけの甘あまい菓子かしは切せつなさや悔くやしさの断片だんぺんでもあっただろう。むろん、各地かくちに散ちらばる菓子かし職人しょくにんの技術ぎじゅつ、包装ほうそうや意匠いしょうにまつわる文化ぶんかへの思おもい入いれも託たくされていた。
　でも、手放てばなしで褒ほめちぎったりはしない。
　余白よはくに、詞書ことばがきよろしく率直そっちょくな寸評すんぴょうが記しるされる。
「もう一ひとつもう一ひとつとあとをひく　つまる處しょ　胃いを惡あくるくするの菓子かし也」（名古屋なごや黄金おうごん）
「あまきことおどろくばかり　口中くちじゅうむせぶが如ごとし」（新潟にいがた無花果いちじく甘露煮かんろに）
「五色ごしきといへど四よん色しょくなり」（京きょう三條さんじょう五ごしき豆まめ）
「いでたち　あまりにものものしく　こわいであります」（別府べっぷ柚ゆず煉ねり）
「月餅げっぺいの類るいと何等なんら異ことなるところなく　個性こせいの全まったくない菓子かし」（小倉こくらぎおん太鼓たいこ）
　かと思おもえば、歯はぎしりしつつギブアップ。
「容色ようしょく千せん態たい千せん様ようにて到底とうていその眞しんを写うつし得えず　この種たね石せき菓子かしのうちにて最もっとも写実しゃじつ的てき　最もっとも複雑ふくざつなり」（大磯おおいそさゞれ石いし）
　対象たいしょうを捉とらえ、即興そっきょうで描えがき、空間くうかんをデザインし、言葉ことばをあやつる手腕しゅわんとエネルギー。こんな画家がかがいたのだ。
　巻末かんまつ、十じゅう八はちページにおよぶ懇切こんせつ丁寧ていねいな「今いま、食たべられるお菓子かしのガイド」付つき。武井たけい武雄たけおの貴重きちょうな仕事しごととともに、こうして日本にっぽんの菓子かし文化ぶんかの水脈すいみゃくが保たもたれることがむしょうにうれしい。

（ひらまつ・ようこ　エッセイスト）
波なみ　2020年ねん2月がつ号ごうより