印しるしパ空中くうちゅう戦せん－インドの空爆くうばくはどのような成果せいかを上あげたのか

　2019年ねん2月がつ27日にち、インドとパキスタンの空軍くうぐんが交戦こうせんした。両りょう空軍くうぐんが交戦こうせんしたのは、1971年ねんの印しるしパ戦争せんそう以来いらい、約やく50年ねんぶりである。何なにが起おきたのだろうか。インドはこの空爆くうばくで何なにを得えたと言いえるのだろうか。軍事ぐんじ上じょう、内政ないせい上じょう、外交がいこう上じょうに分わけてまとめておくことにした。

何なにが起おきたのか

　事実じじつ関係かんけいについては、印しるしパ双方そうほうのフェイクニュース合戦かっせんもあり、解釈かいしゃくに相当そうとう開びらきがあるが、大おおまかには以下いかのようになる。

　事ことの発端ほったんはテロ事件じけんであった。2019年ねん2月がつ14日にち、印しるしパ双方そうほうが領有りょうゆう権けんを主張しゅちょうするカシミール地方ちほうのインド側がわで自爆じばくテロがあり、少すくなくともインド治安ちあん部隊ぶたいの兵士へいし40名めいが殺害さつがいされた。このテロ事件じけんは、パキスタンが支援しえんするテロ組織そしきジェイシェ・ムハマンド(Jaish-e-Mohammad)の犯行はんこうと考かんがえられた。

　そこで2月がつ26日にち、インド空軍くうぐん機き12機きがパキスタン国内こくないの「テロリストの訓練くんれんキャンプ」に対たいし空爆くうばくを敢行かんこうしたところ、翌日よくじつ（2月がつ27日にち）、今度こんどはパキスタン空軍くうぐん機き24機きが、インドの軍ぐんの施設しせつに対たいして爆ばく撃げきを実施じっしした。その際さい、印しるしパ間あいだで空中くうちゅう戦せんが発生はっせい、双方そうほうが1機き撃墜げきつい、撃墜げきついされたインド空軍くうぐんパイロットがパキスタン側がわの捕虜ほりょとなった。

　2月がつ28日にち、拘束こうそくされていたインド機きのパイロットの解放かいほうが発表はっぴょうされ、3月1日にちに解放かいほう、インド側がわに引ひき渡わたされた。インド軍ぐんパイロットの解放かいほうを機きに、緊張きんちょうは抑おさえられた状態じょうたいにある。

軍事ぐんじ上じょうの成果せいか

　インドは空爆くうばくで何なにを得えたと言いえるのか。軍事ぐんじ面めんから見みた場合ばあい、インドは、パキスタン奥地おくちをも攻撃こうげきできるようになったことを証明しょうめいしたと考かんがえられる。

　パキスタンがテロ組織そしきを支援しえんするようになったのは、1971年ねんの第だい3次じ印しるしパ戦争せんそうに負まけてからであり、50年ねん（カシミールだけ見みれば1989年ねん以来いらい約やく30年ねん）近ちかい歴史れきしがある。だから、インドは少すくなくとも1990、1999、2001-02、2008年ねんに、パキスタン側がわのテロ組織そしき訓練くんれんキャンプ攻撃こうげきを検討けんとうした。それにもかかわらず、2016年ねんまでは実行じっこうしなかったのである。

　その原因げんいんの一ひとつは、その軍事ぐんじ的てき能力のうりょくに自信じしんがなかった可能かのう性せいがある。インドの軍事ぐんじ戦略せんりゃくはもともとパキスタンを大だい規模きぼ戦車せんしゃ部隊ぶたいで南北なんぼく真ま二ふたつにするという、いわゆるスンダルジー・ドクトリンとよばれるものである。そのような大だい規模きぼな攻撃こうげきは、テロ事件じけんに即応そくおうできず、また、パキスタンが核兵器かくへいきを使つかう可能かのう性せいも考かんがえると実施じっしは難むずかしい。特とくに2001年ねんのインド国会こっかい襲撃しゅうげき事件じけん後ごの対応たいおうの際さい、インドはそのことを痛感つうかんした経緯けいいがある。

　そこで、インドが新あたらしく研究けんきゅうしてきたことは、4つの方法ほうほうである。戦車せんしゃ部隊ぶたいを中心ちゅうしんとする限定げんてい攻撃こうげき（コールド・スタート・ドクトリン：cold start doctrine）[1]、特殊とくしゅ部隊ぶたいによる襲撃しゅうげき、海上かいじょう封鎖ふうさ、空爆くうばくの4つである。その結果けっか、2016年ねん、パキスタン側がわのテロリスト訓練くんれんキャンプ7箇所かしょを特殊とくしゅ部隊ぶたいで襲撃しゅうげきし、今回こんかい、空爆くうばくも実施じっししたのである（2016、2019年ねんとも、海上かいじょう封鎖ふうさの準備じゅんびも同時どうじ並行へいこうで実施じっししたものとみられている）。

　特とくに今回こんかいの空爆くうばくは、パキスタンのテロ支援しえんに対たいし、過去かこにない圧力あつりょくを加くわえた可能かのう性せいがある。今回こんかいインドは、新型しんがたの精密せいみつ誘導ゆうどう爆ばく弾だんを使用しようし、印しるしパを隔へだてる管理かんりラインから70kmも奥地おくちを攻撃こうげきすることに成功せいこうした。爆ばく弾だんやセンサー類るいの射程しゃていが伸のびれば伸のびるほど、より奥地おくちを攻撃こうげきできるようになる。首都しゅとが印しるしパ国境こっきょうから100km圏内けんないにあるパキスタンにとっては、今後こんごのテロ支援しえんも含ふくめた政策せいさく決断けつだんの際さいに、大おおきな圧力あつりょくになるものとみられる。

内政ないせい上じょうの成果せいか

　今回こんかいの攻撃こうげきは、インドの国内こくない情勢じょうせいから決定けっていされた側面そくめんも指摘してきし得える。空爆くうばくを決きめた段階だんかいで、インドでは5月に選挙せんきょがあるものと見みられていた。しかも現在げんざいのナレンドラ・モディ政権せいけんの人気にんきは、もともと高たかかったが下落げらく傾向けいこうであり、何なにか人気にんき回復かいふくの政策せいさくをしないと選挙せんきょで議席ぎせきを減へらす可能かのう性せいが出で始はじめていた。

　軍事ぐんじ行動こうどうは人気にんき回復かいふくには効果こうかを上あげる可能かのう性せいがある。敵てきが迫せまっているという意識いしきが高たかまると、インドとして一丸いちがんとなって敵てきと戦たたかうべきだという雰囲気ふんいきになるから、政権せいけん与党よとうを批判ひはんし難がたくなるからである。

　しかし、モディ政権せいけんにとって、人気にんき回復かいふくのための軍事ぐんじ行動こうどうを実施じっしする時期じきは限かぎられつつあった。5月に選挙せんきょをするとすれば、3月には選挙せんきょ管理かんり委員いいん会かいが日程にっていを公表こうひょうする。日程にっていが決きまってからは、その日程にっていを念頭ねんとうに露骨ろこつに人気にんき回復かいふく政策せいさくを実施じっしすることが難むずかしくなる（インドでは日程にってい公表こうひょう後ご、選挙せんきょ管理かんり委員いいん会かいが強つよい権限けんげんを持もち、政策せいさくに口出くちだしする）。そのため、人気にんき回復かいふく政策せいさくをするなら3月がつより前まえに実施じっしする必要ひつようがある。空爆くうばくした2月がつ末まつは、まさにそんな時ときであり、実際じっさいに実行じっこうしたということが考かんがえられる。

　現時点げんじてんで空爆くうばくが内政ないせい上じょうどのような成果せいかを与あたえたかの判断はんだんは時期じき尚早しょうそうであるが、5月の選挙せんきょ結果けっかが注目ちゅうもくされる。

外交がいこう上じょうの成果せいか

　テロ事件じけんから空爆くうばくまでの一連いちれんの流ながれの中なかで、注目ちゅうもくされるのは米べい中ちゅうの動うごきである。米べい中ちゅうはテロ事件じけんではテロリストを非難ひなんし、事件じけんの被害ひがい者しゃであるインドへのお悔くやみを述のべた点てんは、以前いぜんと同おなじである。ただ今回こんかいの米べい中ちゅうの態度たいどは、より踏ふみ込こんでいた。まず米べい側がわは、テロ事件じけんが起おきたあと、ホワイトハウスからの声明せいめいではっきりと国名こくめいを挙あげ、「パキスタン」がテロ組織そしきをきちんと取とり締しまるべきだと非難ひなんし[2]、日にち仏ふつ豪ごうもそれに続つづいた[3]。さらにジョン・ボルトン(John Bolton)国家こっか安全あんぜん保障ほしょう担当たんとう大統領だいとうりょう補佐ほさ官かんから、インドのアジド・ドバル(Ajit Doval)国家こっか安全あんぜん保障ほしょう顧問こもん（日本にっぽんでいえば国家こっか安全あんぜん保障ほしょう局長きょくちょうにあたる）に対たいし、電話でんわで、インドの自衛じえい権けんを支持しじすると述のべた[4]。さらに空爆くうばく開始かいし後ご、ボルトン国家こっか安全あんぜん保障ほしょう担当たんとう大統領だいとうりょう補佐ほさ官かんとの調整ちょうせいを経へたジョセフ・ボテル(Joseph Votel)米べい中央ちゅうおう軍ぐん司令しれい官かんがすばやくパキスタン側がわに、撃墜げきついして捕虜ほりょにしたインド空軍くうぐんのパイロットを返還へんかんするよう強つよい説得せっとく工作こうさくを行おこなったのである[5]。さらにアメリカは、インドからの要請ようせいに基もとづいて、パキスタンがインド攻撃こうげきに自国じこく製せいのF-16戦闘せんとう機きを使つかったのではないかと調査ちょうさを開始かいしした。アメリカがパキスタンにF-16戦闘せんとう機きを売うる際さい、用途ようとはテロ対策たいさく限定げんていで、インドへの越境えっきょう攻撃こうげきには使つかわないという非公開ひこうかいの付帯ふたい条件じょうけんがあったとされるからである[6]。このようにアメリカの対応たいおうはインド側がわに立たったものであった。

　一方いっぽう、中国ちゅうごくの動うごきは、もともとパキスタンとの連携れんけいを図はかるものであった。今回こんかいのテロ事件じけんを主導しゅどうしたテロ組織そしきジェイシェ・ムハマンドのリーダーについて、インドは国連こくれんが指定していする「グローバル・テロリスト」に指定していすることを求もとめていた。そのため、国連こくれん安保理あんぽりで何なん度ども協議きょうぎが行おこなわれたが、他たの理事りじ国こくがすべて指定していに賛成さんせいに回まわったのに、中国ちゅうごくだけが拒否きょひ権けんを行使こうしし続つづけてきたのである。中国ちゅうごくとしては、同盟どうめい国こくパキスタンを支ささえる立場たちばから拒否きょひしていたものと見みられている。そのため、今回こんかいの空爆くうばく実施じっし後ご、米べい英えい仏ふつ各国かっこくも国連こくれん安保理あんぽりに「グローバル・テロリスト」への指定していを求もとめたのだが、中国ちゅうごくは当初とうしょさらに抵抗ていこうする意思いしを示しめした[7]。ところが、結局けっきょく、中国ちゅうごくは譲歩じょうほを決きめ、2019年ねん5月がつ1日にち、ジェイシェ・ムハマンドのリーダーは「グローバル・テロリスト」に指定していされたのである[8]。つまり、インドは、日にち米べい豪ごう仏ふつの支援しえんを明確めいかくにした上うえで、中国ちゅうごくに譲歩じょうほをさせたことになる。

結論けつろん

　このようにみてみると、今回こんかいの空爆くうばくで、インドは、内政ないせい上じょうの成果せいかは未み確定かくていであるが、軍事ぐんじ上じょうはその能力のうりょく向上こうじょうを証明しょうめいし、外交がいこう上じょうは日にち米べい豪ごう中ちゅうすべてをインドの以降いこうに近ちかづけさせたことになる。インドは、少すくなくとも現時点げんじてんでは、一定いっていの成果せいかを確保かくほしたと考かんがえられる。

(2019/05/16)