[荒井あらい学長がくちょう通信つうしんNo.8] 五ご月がつ病びょう

入学にゅうがく式しきを終おえて、そろそろ１ヶ月かげつが経たとうとしています。桜さくらのシーズンが過すぎて、新緑しんりょくのシーズンを迎むかえます。木々きぎの緑みどりが一段いちだんと映はえていく季き節ぶしです。５月ごがつの連休れんきゅうがもう目めの前まえです。

私わたしたち団塊だんかいの世代せだいが学生がくせいだった頃ころ、「五ご月がつ病びょう」といわれるメンタルな病やまいが流行はやったものでした。一生懸命いっしょうけんめいに頑張がんばって勉強べんきょうに勉強べんきょうを重かさねて、ようやく大学だいがくに入学にゅうがくして、さあこれから大学だいがく生活せいかつだという場面ばめんになって、「わたしは何なにをしたら良よいのだろう？」と目的もくてきを見失みうしなう精神せいしん状態じょうたいに見舞みまわれます。目標もくひょうを作つくって、何なにかに打うち込こみ、熱中ねっちゅうしようとしますが・・・・。しかし、何なにをやっても心しんは満みたされません。

実じつは、私わたし自身じしんが学生がくせい時代じだいにその「五ご月がつ病びょう」に見舞みまわれてしまった当人とうにんでした。授業じゅぎょうに出でることもできず、下宿げしゅくに籠こもる日々ひびでした。目標もくひょうの喪失そうしつ、意味いみの喪失そうしつ、虚脱きょだつ感かん、不安ふあん感かん、憂ゆううつ、虚むなしさ、虚無きょむ感かん、自己じこ喪失そうしつ、ニヒリズム、・・・・。このような状態じょうたいが数すう年間ねんかん続つづいたものでした。入学にゅうがく当初とうしょは工学部こうがくぶの学生がくせいでしたが、その２年ねん後ごには中途ちゅうと退学たいがくして、文学部ぶんがくぶに入はいり直なおして哲学てつがくを勉強べんきょうすることにしました。

私わたしの人生じんせいにとって「五ご月がつ病びょう」は人生じんせいの大おおきな転機てんきをなすものでした。「人生じんせいの意味いみ喪失そうしつ」という体験たいけんは、無意味むいみどころか、私わたしの人生じんせいにとって大おおきな意味いみをなすものになったのです。

私わたしはその後ご「哲学てつがく」を修おさめ、いまは大学だいがくの教員きょういんとして、入学にゅうがくしてきたばかりの若わかい学生がくせいたちに「人間にんげん学がく」を講義こうぎしています。自己じこ喪失そうしつ、人生じんせいの喪失そうしつ、絶望ぜつぼう、そんな経験けいけんはできることならしたくないものです。しかし、仮かりにそのような人生じんせいに見舞みまわれたとしても、それも後々あとあとの人生じんせいにおいて非常ひじょうに大おおきな意味いみをなしてくるのです。

「成功せいこう」か「失敗しっぱい」か、「勝かち」か「負まけ」か――人生じんせいを「勝かち負まけ」の価値かち観かんで測はかる人ひとがいます。しかし、「成功せいこう」だけが人生じんせいではありません。「失敗しっぱい」も人生じんせいです。病気びょうき、災厄さいやく、失恋しつれん、不幸ふこう、別離べつり、障さわがい、死し、・・・・、そこにも人生じんせいの大おおきな意味いみがあるはずです。

私わたしが「人生じんせいの師し」としている思想家しそうかに、「ヴィクトール・フランクル」という精神せいしん医学いがく者しゃがいます。第だい２次じ世界せかい大戦たいせん中ちゅうにアウシュヴィッツ強制きょうせい収容しゅうよう所しょを経験けいけんしたユダヤ人じん医師いしです。主おもな著書ちょしょに『夜よると霧きり』、『死しと愛あい』があります。

この人ひとの本ほんに次つぎのような言葉ことばがあります。

「どんな人生じんせいにも意味いみがある」
「偶然ぐうぜんは存在そんざいしない。偶然ぐうぜんと思おもわれる出来事できごとの背後はいごには、何なにか深ふかい意味いみがある」
「この人生じんせいには、将来しょうらいあなたを待まっている何なにかがあり、誰だれかがいる」

私わたしを救すくってくれた言葉ことばです。