任天堂が米イルミネーションと共同製作した映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」が28日に日本で公開される。任天堂は近年、世代を超えて愛されてきたキャラクターをゲーム以外に活用する事業に注力してきた。マリオの生みの親で、映画のプロデューサーも務めた宮本茂・代表取締役フェローは「任天堂を家族に選ばれるブランドにしたい」と語る。(き手 寺田航)
ちゃぶ台返し
マリオという任天堂の知的財産(IP)を映画化するにあたり、最大の課題はゲームと映画双方のファンに面白いと思ってもらうことだった。
ゲームと映画は対極にある。ゲームはプレーヤーが考えて遊んでくれるので、作り手が示すのはシンプルなストーリーと目標だけだ。これに対し、映画では観客は座って見ている存在だ。作り手側で観客の意表をつく必要があり、アイデアの使い方がゲームとは全く違う。
率直に言えば、ゲームが映画化されると「面白くない」と評価されることがある。
ゲームのあらすじを追うだけでは面白くないし、かといってゲームの要素が全く盛りこまれていないと、マリオで遊んできたファンの要求に応えられない。任天堂のキャラクターが、映画で全く違うものになったと言われてはならない。脚本を何度も書き直し、「みんながイメージするマリオ」を裏切らないように苦心した。
共同でプロデューサーを務めたイルミネーションのクリス・メレダンドリCEO(最高経営責任者)とは作品の作り方やチームの運営だけでなく、(面白くないと判断すれば、以前の決定を覆す)「ちゃぶ台返し」の勇気もかみ合った。
映画には、ゲームの作り手もうれしくなるような「ネタ」を多く盛りこんでいる。小気味良い仕上がりになっており、家族全員が面白かったと思ってもらえればうれしい。
身近なヒーロー
マリオは当初から、スーパーヒーローではなく身近で愛される存在を目指してきた。ゲーム内でプレーヤーの分身となるキャラクターは、格好よくない方がいいと考えたからだ。
マリオが白衣の医者として登場するゲーム「ドクターマリオ」でも、やぶ医者という設定にしている。大学病院の先生ではイメージに合わないからだ。
マリオがデビューして数年後、米国で行われたキャラクターの人気調査で、マリオがミッキーマウスを上回ったという結果が出た。この時、感想を尋ねられて「40歳を超えているミッキーマウスと、新参者のマリオを比べることに意味はない。40年後、マリオがミッキーマウスとどう戦っているのかに興味がある」と答えたことがある。
登場から40年が過ぎ、マリオは子どもと親だけでなく、祖父母も知っている存在になった。マリオの人気は「ヒゲのおじさん」だからではない。ゲームの面白さがあってこそだ。
ミッキーマウスはアニメとともに成長してきたが、マリオはデジタル技術とともに歩もうと考えてきた。新しいゲーム機ができるたびに、マリオの新作を作る。本当に面白いものだけを提供しようと考えてきたことが、今につながっている。
多彩なキャラ 次なる展開
任天堂はこれまで、世の中にはない独創的なものをハード、ソフト両面で作ってきた。しかし、目指しているのは単なるゲーム会社ではない。家族みんなで安心して楽しんでもらえるブランドでありたい。
社会的責任の一つとして、子どもたちに届けてもよい内容かどうかを厳選してきた成果が、この5年ほどで出てきていると感じる。
任天堂で映画を作ろうという話が始まってから10年以上がたつ。将来は、ゲーム事業とともに柱にしていこうと考えてきた。今回の映画を多くの人に見てもらい、次の展開につなげていければと思う。すぐにはできないが、次も任天堂で製作するつもりだ。
我々は「キャラクター資産」と呼んでいるが、任天堂にはマリオ以外にも多くのIPがある。芸能事務所のようなもので、これほどグローバルなタレントを持っている会社はない。
「最も映画に向いているキャラクター」を使おうという思いもあるが、次の展開がどうなるかは、皆さんの想像にお任せしたい。
<マリオ>
米ニューヨークのブルックリンに住む26歳前後の配管工という設定で、名字はない。米国任天堂が借りていた倉庫兼社宅のオーナーだったマリオ氏にちなんで命名された。マリオにそっくりのルイージは弟。いずれもイタリアでは一般的な名前だが、日本語の「類似」にもちなんでいる。1981年のアーケードゲーム「ドンキーコング」に初登場し、85年に世界的ヒットとなった「スーパーマリオブラザーズ」が発売された。スーパーマリオシリーズは昨年3月末までに41作品が生まれ、累計販売は計4億1300万本に及ぶ。
<任天堂>
1889年に山内房治郎氏が京都市で創業した。花札の製造が祖業で、1902年に日本で初めてトランプの生産を始めた。83年発売の「ファミリーコンピュータ」で家庭用ゲーム市場を開拓し、世界的企業に飛躍した。2022年3月期の連結売上高は1兆6953億円、最終利益は4776億円。