強敵きょうてきに身構みがまえる英えいＢＢＣ

　世界せかい最大さいだいの放送ほうそう事業じぎょう体たいとして、英国えいこくの公共こうきょう放送ほうそうＢＢＣは何なに世代せだいにもわたり圧倒的あっとうてきな存在そんざい感かんを誇ほこった。もちろん、常つねに批判ひはんはあったが、英国えいこく人じんの信頼しんらいと注目ちゅうもくを一身いっしんに集あつめるという点てんで並ならぶものはなかった。

　ところが今いま、ＢＢＣは数すう多おおくの侮あなどりがたい新興しんこうの民間みんかんの競合きょうごう相手あいてに直面ちょくめんしている。それが公共こうきょう放送ほうそうの核心かくしん的てき目的もくてき、つまり、その国くにのメディア生態せいたい系けいの中なかで、中心ちゅうしんにあって信頼しんらいされる要よう石いしという役割やくわりを果はたすということを新あらたな危機ききにさらしている。

公共こうきょう放送ほうそうの役割やくわり

　ＢＢＣの役割やくわりを米国べいこくの読者どくしゃに説明せつめいするため、英えいオックスフォード大だいロイタージャーナリズム研究所けんきゅうじょが発表はっぴょうした「デジタルニュース・リポート」２０１９年版ねんばんから、米べい英えいメディア界かいを対比たいひした図ずを紹介しょうかいしたい。ポイントは二ふたつ。各かく円えんの大おおきさは、報道ほうどう機関きかんの視聴しちょう者しゃ・読者どくしゃの規模きぼを示しめす。そして、横よこ軸じく上じょうの左右さゆうの位置いちが、視聴しちょう者しゃ・読者どくしゃの平均へいきん的てきな物ものの見方みかたを表あらわしている。

　青あおの円えんが左ひだりにあるほどリベラルで、真まん中なかは中道ちゅうどう、右みぎは保守ほしゅ的てきな政治せいじ的てき意見いけんを視聴しちょう者しゃ・読者どくしゃが持もっていることを示しめす。もう一ひとつ、赤あかい円えんの図ずは視聴しちょう者しゃ・読者どくしゃのポピュリスト（大衆たいしゅう迎合げいごう）的てき傾向けいこうを示しめしている。左ひだりは低ひくく、中央ちゅうおうはややその傾向けいこうがあり、右みぎならかなり高たかいということになる。

　英国えいこくのデータでＢＢＣの円えんに注目ちゅうもくしてほしい。ど真まん中なかだ。視聴しちょう者しゃはリベラル派はと保守ほしゅ派はがほぼ同数どうすうだ。そして、ポピュリスト的てき傾向けいこうの度合どあいの図ずでもほとんど中央ちゅうおうに位置いちしている。エコノミスト誌しやフィナンシャル・タイムズ紙しの読者どくしゃに比くらべればポピュリスト的てきだが、主おもなタブロイド紙しの読者どくしゃと比くらべればずっとその傾向けいこうは小ちいさい。

　さらに注目ちゅうもくすべきは、視聴しちょう者しゃの規模きぼで他たを圧倒あっとうしていることだ。ＢＢＣは、二に極きょく化かの熱ねつを吸収きゅうしゅうするヒートシンク（吸熱機き）として機能きのうしており、潜在せんざい的てきに危険きけんなエネルギーを、より生態せいたい系けいが処理しょりしやすいものに転換てんかんしているのだ。

　（米国べいこくの二に極きょく分化ぶんかのデータと比較ひかくしてみよう。米国べいこくでは、真まん中なかに位置いちする報道ほうどう機関きかんがない。ＡＢＣ、ＣＢＳなど主要しゅようネットワークやＡＯＬ、ヤフーなどインターネットブラウザが最もっとも近ちかい存在そんざいだが、いわゆる「エリート」の主流しゅりゅうメディアは左ひだりか中央ちゅうおうの視聴しちょう者しゃ・読者どくしゃを引ひきつけている一方いっぽう、ケーブルニュースの視聴しちょう者しゃを見みれば左右さゆうの分断ぶんだんが鮮明せんめいだ）

　このように、優良ゆうりょうで資金しきん豊富ほうふな公共こうきょう放送ほうそうサービスの民主みんしゅ主義しゅぎ社会しゃかいにおける伝統でんとう的てきな役割やくわりとは、幅広はばひろい思想しそうを持もつ大衆たいしゅうが享受きょうじゅし、あるいは少すくなくとも甘受かんじゅできるような信頼しんらいの拠点きょてんになることだった。世論せろん調査ちょうさ機関きかんピュー・リサーチ・センターが西欧せいおう８か国こくで行おこなった調査ちょうさでは、７か国こくの人ひとが最もっとも信頼しんらいする報道ほうどう機関きかんとして公共こうきょう放送ほうそうを挙あげた。米国べいこくの公共こうきょう放送ほうそうＰＢＳとＮＰＲも高たかい信頼しんらいを得えていたが、欧州おうしゅうと比くらべて視聴しちょう者しゃの規模きぼははるかに小ちいさく、イデオロギーによって評価ひょうかは大おおきく分わかれている。

　こうした背景はいけいを踏ふまえて、ＢＢＣが直面ちょくめんする、新あらたな脅威きょういを見みていこう。

メディア王おうマードック氏し系けいのラジオ

　タイムズ紙し（とサンデー・タイムズ紙し）の経営けいえいは過去かこ数すう年ねんおおむね好調こうちょうだ。かつては、ばかにされたペイウォール（ウェブ上じょうコンテンツの有料ゆうりょう化か）が重要じゅうような収益しゅうえきを生うむことが実証じっしょうされた。しかし、オーナー企業きぎょうのニュースＵＫ（とルパート・マードック氏し）は、ウォール（壁かべ）の外側そとがわに対たいしてもある種しゅの影響えいきょう力りょくを及およばすことを願ねがった。そこで創設そうせつしたのがタイムズ・ラジオだ。ＢＢＣ最大さいだいのトーク番組ばんぐみ局きょくラジオ４の競合きょうごう相手あいてとなるラジオ・ストリーミング配信はいしんサービスである。ＢＢＣから何人なんにんもの人材じんざいを引ひき抜ぬいて今年ことし６月がつに放送ほうそうを始はじめた。

　評判ひょうばんはまちまちだ。マードック氏しにとって大おおきな損失そんしつで終おわる可能かのう性せいも十分じゅうぶんある。それでもこれを、電波でんぱの世界せかいにおけるＢＢＣの圧倒的あっとうてき優位ゆういに対たいする挑戦ちょうせんの第だい一いち撃げきと考かんがえてみることにしよう。

テレビの「顔かお」引ひき抜ぬき

　もっと大おおきな発表はっぴょうが９月くがつにあった。ＢＢＣニュースの「顔かお」として親したしまれたアンドリュー・ニール氏しが、ライバル局きょくになる「ＧＢニュース」の発足ほっそくに参加さんかしたのだ。

　ＧＢニュースの売うりは、ロンドンの上流じょうりゅう人士じんしだけでなく「顧かえりみられることも、意見いけんを聞きかれることもなかった」真しんの英国えいこくに尽つくすというものだ。米国べいこくの保守ほしゅ系けいメディアで聞きいたような話はなしだろう。ニール氏しはジャーナリスト、インタビュー番組ばんぐみ司会しかい者しゃとして定評ていひょうがあるが、保守ほしゅ派はの顔かおもある。保守ほしゅ系けい誌しスペクテーターの会長かいちょうを務つとめたり、（保守党ほしゅとうの）サッチャー政権せいけん時代じだいにサンデー・タイムズの編集へんしゅう者しゃだったりしたこともある。

　もちろん、競争きょうそうは悪わるいことではない。ただ、ＧＢニュースの論調ろんちょうが一般いっぱん的てきな公共こうきょう放送ほうそうと正せい反対はんたいの、きわめて（米国べいこくのケーブルテレビでマードック帝国ていこく傘下さんかの）ＦＯＸニュース的てきなモードになっていることは注目ちゅうもくに値あたいする。ＧＢ共同きょうどう創設そうせつ者しゃのアンドリュー・コール氏しはＢＢＣを「おそらくは世界せかいで最もっとも偏向へんこうしたプロパガンダ機構きこう」と呼よんだことがある。

　ＧＢニュースに誘さそわれたジャーナリストらによると同局どうきょくは、英国えいこくの放送ほうそう局きょくには厳正げんせいな不偏不党ふへんふとうの規定きていがあるにもかかわらず、ＢＢＣに取とって代かわる右派うはメディアにするとの触ふれ込こみで接触せっしょくしてきたという。

英国えいこく版ばんＦＯＸニュース

　ＧＢニュースは、マードック氏しのメディア帝国ていこくで過去かこに働はたらいた多おおくの人物じんぶつを雇やとい入いれるなどの接点せってんがあるとはいえ、マードック氏しの事業じぎょうではない。

　だが、父ちちルパート氏しと長男ちょうなんラクラン氏し、そして（マードック氏しが事実じじつ上じょう、率ひきいる）ニューズ・コーポレーションはＦＯＸニュースのようなものを英国えいこくで作つくる計画けいかくを練ねっているのだ。

　フィナンシャル・タイムズが報ほうじたように、ニューズ・コーポレーションは「まだその計画けいかくを明あきらかにしておらず、ブランディングと配信はいしんの戦略せんりゃくを巡めぐる白熱はくねつした議論ぎろんが内部ないぶで続つづけられている。けんか腰ごしの司会しかい者しゃが主導しゅどうするような番組ばんぐみ構成こうせいは、米国べいこくのケーブルニュース局きょくではもうかることが実証じっしょうされたが、英国えいこくの市場いちばでは違ちがいが出でると見みられているからだ」。

　ＧＢニュースと、構想こうそう段階だんかいのマードック系けい新しんチャンネルは、いずれも、米国べいこくのフェアネス・ドクトリン（１９８７年ねんに廃止はいしされた「公平こうへい原則げんそく」）よりも厳格げんかくな政治せいじ的てき中立ちゅうりつを求もとめる英国えいこくの放送ほうそう基準きじゅんをくぐり抜ぬけなければならない。現時点げんじてんでは、両社りょうしゃともに左右さゆう両側りょうがわの意見いけんを聞きこうとしているように見みえるが、均等きんとうが保証ほしょうされるものではまったくない。また、左右さゆうの衝突しょうとつに焦点しょうてんを当あてることは放送ほうそう基準きじゅんにはかなうかもしれないが、それによって政治せいじがさらに二に極きょく化かする可能かのう性せいもある。

保守党ほしゅとう政権せいけんによる締しめ付つけ

　英国えいこくのボリス・ジョンソン首相しゅしょうは、かつてジャーナリストだったが、ＢＢＣのファンではない。前回ぜんかい総そう選挙せんきょの期間きかん中ちゅうには主要しゅよう政党せいとう党首とうしゅの中なかで唯一ゆいいつ、ＢＢＣのインタビューを拒こばんでいる。

　ジョンソン首相しゅしょうは、ＢＢＣの事業じぎょうを支ささえるライセンス料りょう（放送ほうそう受信じゅしん料りょう）を撤廃てっぱいし、視聴しちょうしたい人ひとだけが払はらうサブスクリプション視聴しちょう料りょうに置おき換かえ、ＢＢＣが持もつチャンネルのいくつかの売却ばいきゃくも検討けんとうしている。言いうまでもなくＢＢＣにとっては大だい打撃だげきとなる動うごきだ。

　英えい首相しゅしょうには、ＢＢＣや（監督かんとく官庁かんちょうである）英国えいこく通信つうしん庁ちょう（オフコム）の主要しゅよう幹部かんぶを任命にんめいする権限けんげんがある。タイムズ紙しは９月くがつ、ジョンソン氏しがＢＢＣに批判ひはん的てきな人物じんぶつを双方そうほうのトップに据すえることで「放送ほうそう界かいトップの革命かくめい」を起おこそうとしていると報ほうじた。

　ＢＢＣ理事りじ長ちょうへの就任しゅうにんがとりざたされる元もとデイリー・テレグラフ紙し編集へんしゅう長ちょうのムーア卿きょうは、「同性どうせい婚こんは飼かい犬いぬと結婚けっこんするようなもの」とか、「トランプ大統領だいとうりょうのイスラム教徒きょうと入国にゅうこく禁止きんしに反対はんたいすることは彼かれがしてきたあらゆることよりもばかげている」とか、米国べいこくの人種じんしゅ差別さべつ抗議こうぎ運動うんどうブラック・ライブス・マターは「マルクス主義まるくすしゅぎ運動うんどうであり、その教義きょうぎは白人はくじんに対たいする明白めいはくな人種じんしゅ差別さべつだ」などと発言はつげんしている。気候きこう変動へんどうのことは「何なんでもありゃしない」とい放いはなち、トランプ氏しは「気候きこう変動へんどうマニアどもの呪文じゅもんを破やぶった」とたたえている。

民主みんしゅ主義しゅぎの危機きき

　新興しんこうの資金しきん豊富ほうふな保守ほしゅ系けい競争きょうそう相手あいてがラジオとテレビの両方りょうほうに登場とうじょうしたこと。報道ほうどうの公正こうせい性せいをきちんと考かんがえないまま、ニュース番組ばんぐみがイデオロギー的てき対立たいりつと米国べいこくのケーブルニュースのような怒いか(ど)鳴な(な)り合ごういのスタイルに傾斜けいしゃしていくこと。保守党ほしゅとう政権せいけんが気候きこう変動へんどう否定ひてい派はにＢＢＣの運営うんえいやニュース放送ほうそうの中立ちゅうりつ性せいを委ゆだねようとしていること。これらすべての要因よういんが絡からみ合あい、新あらたな状況じょうきょうが生うまれてしまった。

　これは単たんに新あたらしい競争きょうそうではない。英国えいこくの放送ほうそうを過去かこ何なん十じゅう年ねんも治おさめてきた規制きせいの下したでは起おこりえなかった新あたらしい競争きょうそうなのだ。保守ほしゅ的てきな政権せいけんが公共こうきょう放送ほうそうに不満ふまんを持もったというだけの話はなしではない。その不満ふまんを人事じんじの形かたちに変かえ、放送ほうそう機関きかんのそもそもの存在そんざい理由りゆうにほとんど敬意けいいを払はらわない人物じんぶつを送おくり込こもうとしているのだ。

　真しんの問題もんだい点てんはこうだ。一度いちどこれらの力ちからが解とき放はなたれてしまうと、それを元もとに押おし戻もどせる保証ほしょうはない。ＢＢＣが果はたす巨大きょだいな吸熱機きとしての役割やくわりは、政治せいじ的てき意見いけんの表明ひょうめいを制限せいげんしてきたのではない。守まもってきたのだ（英国えいこくの全国ぜんこく紙しが左ひだりのガーディアンから右みぎのデイリー・テレグラフまで、また高級こうきゅう紙しからポピュリスト的てきなタブロイドまで、政治せいじ的てき主張しゅちょうでも読者どくしゃの層そうとしても多様たよう性せいを確保かくほしてこられたのはなぜか。ＢＢＣが左右さゆうの中心ちゅうしんにあって中立ちゅうりつ性せいを保たもっていたから、新聞しんぶんは党派とうは的てき対立たいりつを打うち出だすことが許ゆるされていたのだ）。

　私わたしは、ＢＢＣに数すう多おおくの改善かいぜんすべき点てんがあり、改革かいかくが必要ひつようであることを疑うたがいはしない。だが、この強力きょうりょくな、信頼しんらいされる公共こうきょう放送ほうそうはメディアの生態せいたい系けい全体ぜんたいを健全けんぜんに保たもつという大おおきな役割やくわりを果はたしている。米国べいこくを始はじめ世界せかいの多おおくの人々ひとびとが近年きんねん気きづいたように、民主みんしゅ主義しゅぎ社会しゃかいの脱線だっせんを防ふせぐ死活しかつ的てきな役割やくわりでもある。一度いちど失うしなってしまえば、取とり戻もどすことはきわめて難むずかしいものだ。

　（９月がつ２８日にち配信はいしん、原文げんぶんはこちら）

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