全1984文字
エンジン車の排気音を模した疑似音をスピーカーから送出する電気自動車(EV)が、相次いで登場している。「EVの音を表現する技術の開発が各社で進んでいる」と海外自動車メーカーの担当者は話す。
その理由について「EVでは何が良い音なのか、まだ定まっていないためだ」と疑似音を送出する機器「αlive AD」を開発したヤマハ発動機の技術者は指摘する。エンジン車では高回転域の伸びのある音や、低音域の重厚感のある音など、“良い音”の定義が、ある程度決まっていた。特にスポーツ車ブランドでは、それぞれに特有の音があり、その音を目的として購入する愛好家も少なくない。
一方で、EVはエンジン車と比べ量産車の歴史が浅く、“良い音”の方向性をEVメーカーが模索している段階だ。各EVメーカーは、独自の音を他メーカーに先行して確立するため、しのぎを削って開発を進めている。疑似音の技術を適用すれば、EVの新たな付加価値につながる。
エンジン車と同じ価値観を目指したAbarth初のEV
そんな中、一石を投じたのが欧州Stellantis(ステランティス)の日本法人が2023年10月に日本で発売したスポーツ車ブランド「Abarth(アバルト)」初のEV「Abarth 500e(以下、500e)」だ。最大の特徴は、エンジン車の排気音を再現した疑似音を送出することだ。
EVのAbarth 500e(左)とガソリン車の「Abarth 695 Tributo 131 Rally」(右)
Abarth 500eは疑似音を送出する。(写真:日経Automotive)
[画像のクリックで拡大表示]
加速に合わせて車両下部に配置したスピーカーからエンジン車が発する排気音のような疑似音を流す。速度やアクセル開度で音域や音圧を決める。
「エンジン車の排気音を忠実に再現した」とStellantisジャパン、アバルトプロダクトマネージャーの阿部琢磨氏は説明する。疑似音のシステムは、StellantisのNVH(クルマの振動および騒音)部門にて開発した。阿部氏は「6000時間以上、開発に費やした」と話す。
Abarthの一部エンジン車に搭載するマフラー「レコードモンツァ」の音を参考にした。加速や減速、高速旋回時といった多様な運転シーンにおけるエンジン車の排気音を収録。その上で、各運転シーンに最適な音を分析し、疑似音やそれを制御するソフトウエアを制作したという。
疑似音は単に、速度に合わせて音量を調節しているだけではない。音の性質を運転状況によって変更している。例えば、クルマが停止しているときはレコードモンツァのアイドリング状態の排気音に似せた音を表現する。加速時には速度に合わせて、エンジン車の回転数が上昇する際の音を再現した。停止状態から加速、電源オフといった多様な状況で疑似音を変化させることでエンジン車の音が持つ価値観に近づけた。
Abarth 500eの疑似音
(撮影:日経Automotive)
Abarth 695 Tributo 131 Rallyの排気音
レコードモンツァを装備する。(撮影:日経Automotive)
疑似音を送出するスピーカー
車両後方から車体下をのぞくと確認できる。(写真:日経Automotive)
[画像のクリックで拡大表示]
疑似音を制御するシステム
荷室側から見た様子。(写真:日経Automotive)
[画像のクリックで拡大表示]
筆者は、レコードモンツァを搭載したエンジン車「Abarth 695 Tributo 131 Rally(以下、695)」と500eの両方に試乗した。エンジン車に乗り慣れた筆者が一般的なEVを運転すると、エンジン音を発することなく加速するため、違和感を感じ車酔いすることが少なくなかった。
一方で500eは、速度と共に疑似音が変容していくため、一般的なEVよりも自然な加速感を楽しめた。695から乗り換えても違和感は少なかった。
ただ、手動変速機(MT)車のようなシフト変速の際の“段付き感”は表現されていなかった。この“段付き感”を疑似音や加速で表現できるとさらにエンジン車の価値観に近づけられるのではないだろうか。
モーターの制御でも変速感を出すHyundai
その段付き感まで再現したEVが、韓国Hyundai Motor(ヒョンデ)が2024年6月に日本で発売した高性能EV「IONIQ 5 N(アイオニック 5 N)」である。