H3ロケットは国際市場で生き残れるか、JAXA岡田元プロマネの勝算
宇宙航空研究開発機構(JAXA)理事の岡田匡史氏(上)
ノンフィクション作家/科学技術ジャーナリスト、高市清治=日経クロステック/ものづくり
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日本の次期基幹ロケット「H3」の打ち上げは劇的な経過をたどった。2023年3月7日の初号機打ち上げは第2段不着火で失敗。ペイロード(積載物)の地球観測衛星「だいち3号」も失った。約1年後、2024年2月17日には、2号機で試験ペイロードの打ち上げに成功。同年7月1日には、3号機が打ち上げに成功し、地球観測衛星「だいち4号」を軌道に乗せた。宇宙航空研究開発機構(JAXA)理事(打ち上げ当時はH3プロジェクトマネージャ)の岡田匡史氏は、H3の技術的な課題は「ほぼない」と今後の打ち上げに自信を見せる。(き手は松浦 晋也=ノンフィクション作家/科学技術ジャーナリスト、高市清治=日経クロステック/日経ものづくり)
岡田匡史(おかだ・まさし) JAXA理事。旧宇宙開発事業団(NASDA)角田ロケット開発センター、種子島宇宙センター(ロケットエンジン開発試験担当)、H-IIAプロジェクトチームなどで液体ロケット開発に参加。システムズエンジニアリング推進室長、宇宙輸送推進部計画マネージャを経て2015年、H3ロケット開発のプロジェクトマネージャ。2024年4月から現職。(写真:的野弘路)
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H3ロケット初号機の打ち上げは結果として失敗に終わりましたが、H3の要ともいえる主エンジンLE-9は最後まで動作しました。
岡田氏:ロケットは人工衛星を届けてなんぼです。初号機の打ち上げについては人工衛星を宇宙に届けられなかったのですから、失敗は失敗です。大きな失敗でした。ただ、ご指摘の通りLE-9エンジンが最後まできちんと動作するなど、新規に開発した技術の塊である第1段はうまくいきました。発射時にロケットと台座はぶつかりませんでしたし、H-IIAから設計を一新した固体ロケットブースター「SRB-3」の分離機構もきちんと動作しました。初号機の第1段は、技術的に全部うまくいったのです。
初号機打ち上げの失敗から1年近くかけて、失敗の原因を究明し、打つべき手はすべて打って、2号機は軌道に乗せることができました。H3が宇宙に行けるシステムであると証明できました。これで人工衛星を搭載してもよいだろうと判断して、実際の人工衛星を搭載した3号機の打ち上げに臨んだわけです。
それでも3号機の打ち上げで心に余裕があったかと聞かれれば、答えは「ありませんでした」です。ロケットの打ち上げは、1度うまくいったからといって次も必ずうまくいくとは限らないのです。人の手によるものですから、何かの拍子に故障は起こり得ます。
打ち上げの成功が続けば品質も安定したという自信が生まれます。それはこれからということになります。
現在、H3が抱えている技術的な課題はありますか。
岡田氏:ほぼありません。3号機まで3回しか本番のフライトはしていないとはいっても、その他に機体を組み上げて地上設備との接続を確認したり、燃料を充塡したりする総合システム試験を実施し、第1段のエンジンだけを発射台の上で燃焼させるCFT(Captive Firing Test)も行っています。これらは本番の打ち上げと同じ手順で実施しています。各種試験で多くの経験を踏んできたので作業自体がこなれてきて、実施するたびにトラブルは減っています。しかも、H-IIAで同様の経験をした時よりも、その減り方が早い。H3が良い設計になっている証拠でしょう。
例えばアビオニクス(電子機器)や推進系です。推進系では推進剤充填時のバルブ回りのトラブルも少なくなっています。
H3は、前基幹ロケットであるH-ⅡとH-ⅡAの体験で得た知見の集大成です。日本のロケット開発は、H-IIAまでは初号機が打ち上がるとすぐ次の開発に入るというほど開発計画をオーバーラップさせて、技術を急速に成長させてきました。それに対してH-IIAは運用期間が長かったので、運用中に得た様々な知見をH3に取り込めました。
H-IIA運用で得た知見が設計に反映できている点を具体的に教えてもらえますか。
岡田氏:例えば、推進剤の充塡作業です。H-IIAの運用を通して判明した充塡時に注意すべき勘所をH3では設計段階であらかじめ盛り込みました。
この他、H3の自動点検機能には、H-IIAの運用で得た知見がずいぶんと組み込んであります。従来は作業員の手作業で苦労したり、時間がかかったりした部分を、H-IIAの運用で得た知見に基づいて自動化した結果、打ち上げ準備作業の高速化や省力化を実現しました。
例えば、H3では点検に必要な数多くのセンサーをあらかじめ取り付けてあります。現在では、管制室でボタンを押すだけで点検の必要事項をチェックできるようになりました。
健康診断などで心電図を取る時、最も時間がかかるのは体にセンサーを付ける作業です。H3も同様ですが、あらかじめ点検に必要なセンサーを取り付けているので、改めて作業員が点検のために取り付ける作業がなくなりました。これもH-IIAの運用で得た知見あってこそ実現できたことです。
今後、打ち上げ作業を繰り返し、そのたびに得られた知見を設計や運用に反映していけば、より手順は改善され、より取り扱いやすい「理想のロケット」に近づいていきます。