酒席では過去の経験をひけらかすことは一切せず、聞き役に徹する。たまに「ヘヘヘッ」と笑うぐらい。本音を聞き出せた者はごくわずかだ。前出の柳町氏はその数少ない一人である。
「たしかに子供のころは、相当苦労されたようです。嘘をつける人ではありませんから、お父さんの話も本当でしょう。少年時代、蟹江さんには少し吃音があって、これを克服するのが芝居を始めた理由のひとつだったとも聞いています」
仕事が終わると真っ直ぐ家に帰った。大酒飲みの役はたくさんやったが、実際には外で飲むより家庭を優先した。一度は父を、父の仕事を嫌った子供たちにも、その思いは伝わっていた。
「長男の一平がトーク番組に出たときのエピソードには続きがあります。父と衝突した一平少年でしたが、親子でバッティングセンターへ行った。そのとき、黙々とスイングする父の背中を見て、『一番つらい思いをしているのは父だ』と気づいたというのです。家庭内でも蟹江は寡黙だったそうですが、愛情を注いで育ててもらったことに感謝していると涙を流していました」(前出・スポーツ紙記者)
長女・栗田桃子と長男・蟹江一平はそれぞれ本誌にこうコメントを寄せている。
「どの作品でも強烈な印象を残して、輝き続ける父を本当に誇りに思います」
「父の大きさをあらためて感じております。蟹江敬三の息子であったことを誇りに思っております」
現在、二人の子供たちは父と同じ役者の道を歩んでいる。蟹江はそれを心から喜んでいた。前出の竹下景子が明かす。
「モモ子シリーズを撮っていたときでしたが、『うちの娘も桃子っていうんですよ』『文学座に入ったんですよ』『文学座の杉村春子先生の晩年、可愛がってもらって身の回りのお世話をさせていただきました』とおっしゃっていました。とても可愛がっておられるのが伝わりました」
何事にも全身全霊で臨む父の姿は、言葉よりも雄弁に「ごめんな、パパが悪役で。でもこれが俺の仕事だ。お前たちは俺が守る」と語っていた。名優であり、よき父でもあった蟹江の魂は確実に子供たちに受け継がれている。
「週刊現代」2014年4月26日号より