ナレッジ・マネジメントというと経営理論であり、障害分野とどのようなかかわりがあるのだろうと疑問に思われるであろう。確かにナレッジ・マネジメントは、日本の製造業の経営分析から導かれた理論であり、近年多くの民間企業において激動の時代に対応する経営理論として導入が試みられている。しかし、ナレッジ・マネジメントの根幹は、個人の暗黙知を源とする知識創造のプロセスであり、知識創造を伴う活動にはすべて適用可能な非常に普遍性のある理論なのである。 今回の発表では、まずナレッジ・マネジメントの本質を述べ、障害分野におけるナレッジ・マネジメント導入の試みとして、JICA(国際協力機構)が実施しているアジア太平洋障害者センター(APCD=Asia-Pacific Development Center on Disability;以下、APCDプロジェクト、と略す)の事例を取り上げる。
APCDプロジェクトは、障害者のエンパワーメントと社会のバリアフリー化を目指し、2002年に第1フェーズが開始された、拠点をバンコクに置く広域プロジェクトであり、現在は第2フェーズを実施中である。
ナレッジ・マネジメントでは、知識を暗黙知と形式知に分類し、両者の変換によって、新たな知識を創造するが、新たな知識の根源は、個人の暗黙知である。そこで、障害者の持つさまざまな思いや経験を暗黙知として捉え、それらをいかに共有して活用するかについて、ナレッジ・マネジメント理論を適用することを試みた。 具体的には、障害者や障害者組織の活動を、障害者の暗黙知が共有・活用されていく過程として捉え、それをビデオ・ストーリーとして取りまとめ、作成したビデオを通じて、新たな行動を促す、という試みである。ストーリー創造に基づくナレッジ・マネジメントであるのでSbKM(Story-based Knowledge Management)と命名した。 既に、数カ国を対象にビデオ・ストーリーが作成され、ラオスでは、はじめての障害者に関わるビデオとして国営放送で放映された。フィリピンのNHE(Non Handicapped Environment)をテーマとして作成されたビデオ・ストーリーは、バリアフリー啓発ビデオとして映画館での上映が見込まれ、年間700万人が見ると想定されるほか、パキスタンで作成中のビデオは12月3日の国際障害者デーに政府要人を迎えて、完成セレモニーを開催することが予定されている。 知識創造の成果物として作成されるビデオ・ストーリー自体が重要であることはもちろんであるが、知識創造のプロセスであるビデオを作成する過程も重要である。APCDプロジェクトの支援の下で、障害者たちが自らの活動を自らビデオ・ストーリーとして纏め上げていくプロセスもまた、障害者の持つ思いを広く関係者と共有していくプロセスでもあるからである。
2.私が勤めている国際協力機構は、日本政府の行っている発展途上国への援助を実施する組織で、英語名称はJapan International Cooperation Agency、略称はJICA(ジャイカ)です。APCDは、アジア太平洋障害者センター、Asia-Pacific Development Center on Disability の略称で、SbKMは、ストーリー創造に基づくナレッジ・マネジメント、Story-based Knowledge Managementの略称です。