(Translated by https://www.hiragana.jp/)
立岩真也「『認知症と診断されたあなたへ』」
※全文(にいくらか捕捉を加えたもの)は以下の本に収録されました。
◇立岩 真也 201510 『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』,青土社 ISBN-10: 4791768884 ISBN-13: 978-4791768882 [amazon]/[kinokuniya] ※ m.
前回の続きで「天田城介の本・2」のはずだが、すこし別のことを書かせてもらう。その前に一つお知らせ。天田はこの4月より、熊本学園大学から移って、私の務める大学院(立命館大学大学院先端総合学術研究科)で働くことになった。2006年度については、この研究科が「「魅力ある大学院教育」イニシアティブ」というものに当たったので、その予算で院生の研究指導にあたってもらう。
さらにその前に一つ――と、書き始めたら長くなってしまって、今回はこれで終わってしまうのだが――前回の終わりに言及した小澤勲が関わった本が最近また1冊出版された(近くもう1冊出るそうだが、それはまたお知らせする)。小澤勲・黒川由紀子編『認知症と診断されたあなたへ』
[…]
こういう本が一番難しいのかもしれない。すくなくとも私がいつも書いているような文章よりはずっと難しい。だから、日ごろ楽な文章しか書いていない側が何か言うのは気が引ける。それにしても、どうして難しいのだろうか。
もちろん、難しい用語、学界・業界にしか通じない言葉を使ったらわからないということはある。ただこれはなんとかなったとしよう。次に、理解力の度合いと別に、様々な人がいるということ。ただ、これは何を書くに際しても言えることではある。すべての人向けに書くことはあきらめざるをえないというところはある。
もう一つ、一般にはだいたいこうふうに人は生きているということがあって、それとかけ離れたことを書いても理解が得られないということがある。しかし同時に、書くことが、人が思っていることそのままだったら、わざわざ書く意味がない。この本にしても、人が認知症について思っていることが、実際と違うことを知らせるために作られてもいる。まったく同じなら本にして出す意味もない。何かは新たに加わることになり、そこに人が知っていること思っていることとの距離が生ずる。
それでも事実の間違いについては比較的簡単だ。年をとると皆がこうなると思っているかもしれないが、実際には全体の中のしかじかだけであるとか。それを読むと、自分が誤解していたことがわかって、修正する。それだけで以前よりは前向きになれるといったことが多々あり、実際この本にもそうしたことが多く書かれる。
ただ、こういう事実関係の正誤でなく、価値観に関わる場合がある。ひどくうろたえている人がいた時、どんなことを言ったらよいのか。「そんなことは気にすることはない。」と言っても仕方がない。とすると考えつくのは、「それはわかるけど、でも、こうも考えられませんか。」などど言うことである。さらにもう少し自信がなくなって、「あなたの思うことは私にはわかりませんけど、あなたがそう思っているということはわかりました。さて、こうも考えられませんか。」このように言うことになる。これで既に十分に、き手・読み手をこんがらがらせてしまうかもしれないのだが、そう言う。骨組みとしてはこういうふうにしか言いようがない。また、なにかはっきりい切ったら、かえって押し付けがましくなってよくないとも思う。
ただ、配慮の末、迷った末、結果としてどう理解したらよいか、かえってよくわからない文章を書くより、私は(私なら)、上記した場合なら、「認知症が進行したときのあなたは、今のあなたと違う考え方をもっているかもしれません。」という筋の話をなんとか言ってみるという方を選んだように思う。『思想』2月号掲載の拙文「他者を思う自然で私の一存の死・3」(3で終わり)の最後〔→『良い死』末尾〕は以下のようになっている。
「そうすると、たしかにその人でもあるような、しかし別の人であるような人が現出するのだ。あるいは別の生物になるのだと言ってもよいかもしれない。実際には、記憶もあるし、未練もある。だからそうしたつながり、回路をもちながら、様々に固執し、また誇示したりもして手に負えないのではあるが、しかし同時に、手に負えないまま、別の生物になってしまうのである。まったくそれでよいはずである。」
こんな文章を書くより、この本を書くことの方がずっと難しく大切である。ただ、文章は所詮「私」が書くものでしかないと居直れるような時には、各々の「私」が思うことを直接に、むろんできたらわかりやすく、言ってみればよいのかなとも思う。
■紹介した本
◆小澤 勲・黒川 由紀子 編 20060120 『認知症と診断されたあなたへ』,医学書院,136p. ISBN: 4-260-00220-1 1600 [kinokuniya]/[amazon] ※,
■再録
◆立岩 真也 201510 『精神病院体制の終わり――認知症の時代に』,青土社 ISBN-10: 4791768884 ISBN-13: 978-4791768882 [amazon]/[kinokuniya] ※ m.