無音むおんで音楽おんがくの授業じゅぎょうという奇妙きみょうな光景こうけい…コロナ禍かでの教育きょういく現場げんばの混乱こんらん

　学校がっこうでの音楽おんがくの授業じゅぎょうのために、子供こどもに鍵盤けんばんハーモニカやリコーダーを購入こうにゅうした親御おやごさんは多おおいと思おもいます。その際さい、「自分じぶんが小学生しょうがくせいの頃ころ、授業じゅぎょうで苦労くろうしながら演奏えんそうしたなあ」と思おもい出だされた方ほうもいるかもしれません。

　大概たいがいは共同きょうどう購入こうにゅうですから、学校がっこうで子供こどもは鍵盤けんばんハーモニカを受うけ取とり、音楽おんがくの授業じゅぎょうの時ときに、ワクワクしながらケースを開あけて取とり出だします。そこで先生せんせいから、まずは楽器がっきの持もち方かたと指ゆびの動うごかし方かたを教おそわり、言いわれた通とおりに鍵盤けんばんを押おさえていきます。教室きょうしつ内ないにみんなのカタカタと鍵盤けんばんを叩たたく音おとが響ひびきわたって、しばらくして音楽おんがくの授業じゅぎょうが終おわるのです。

　ここで、おかしいとお気きづきになったと思おもいます。音おとを出ださずに、鍵盤けんばんだけ練習れんしゅうするというのは奇妙きみょうです。鍵盤けんばんハーモニカは、その名なの通とおりハーモニカのように息いきを吹ふき込こみ音おんを出だして演奏えんそうします。そこで小学校しょうがっこうとしては、感染かんせん症しょう対策たいさくとして飛沫しぶきを飛とばさないために、楽器がっきに息いきを吹ふき込こむことを控ひかえているのです。

　これはNHK京都きょうと支局しきょくが、地元じもと京都きょうと市しの小学校しょうがっこうを取材しゅざいした際さいのニュースです。ほかにも、リコーダーも音おとを出ださずに指ゆびの練習れんしゅうのみでした。取材しゅざいを受うけた小学校しょうがっこうの教員きょういんは、「鍵盤けんばんハーモニカは、楽器がっきを持もって指ゆびを動うごかす練習れんしゅうだけ。リコーダーも一緒いっしょです。子こどもたちは実際じっさいにどんな音おとが出でるか、わからないんですよね。でも、単元たんげんだからやるしかありません」と語かたっていました。音おとを出ださない音楽おんがくの授業じゅぎょうとは、計算けいさんをしない算数さんすう、漢字かんじの練習れんしゅうをしない国語こくごくらい変へんな話はなしです。

　このような制約せいやくは、音楽おんがくだけではありません。接触せっしょく機会きかいが多おおい体育たいいくはもちろん、理科りかでも、顕微鏡けんびきょうやアルコールランプなどを共有きょうゆうしたり子供こども同士どうしが近ちかづく機会きかいを避さけるために実験じっけんを控ひかえており、仕方しかたなく子供こどもたちは映像えいぞうを見みて学まなんでいるそうです。

　それでも、前出ぜんしゅつの京都きょうと市しの小学校しょうがっこうでは、マスクを着つけ小ちいさな声こえでという制約せいやくはありながら、合唱がっしょうをすることはできるそうですが、正直しょうじき、僕ぼくは驚おどろきを超こえて心配しんぱいになってきました。そこで、神奈川かながわ県けん川崎かわさき市しの小学校しょうがっこうに通かよっている僕ぼくの子供こどもに聞きいてみたところ、リコーダーも吹ふけるし、制約せいやくといえば、歌うたう際さいにマスクをしたままというくらいだそうで、安心あんしんしました。

　つまり、地域ちいきや学校がっこうによって指針ししんが違ちがうわけで、教育きょういく現場げんばも混乱こんらんしていることがよくわかります。文部もんぶ科学かがく省しょうのマニュアルの中なかに、「感染かんせん症しょう対策たいさくを講こうじてもなお感染かんせんのリスクが高たかい学習がくしゅう活動かつどう」という項目こうもくがあり、音楽おんがくに関かんしては「室内しつないで児童じどう生徒せいとが近距離きんきょりで行おこなう合唱がっしょう及およびリコーダーや鍵盤けんばんハーモニカ等とうの管楽器かんがっき演奏えんそう」が、“特とくにリスクが高たかい”と書かかれているのです。

　文科ぶんか省しょうは、感染かんせんのレベルを3段階だんかいに分わけています。レベル3は、「感染かんせん症しょう対策たいさくを講こうじてもなお感染かんせんのリスクが高たかいことから、行おこなわないようにします」と書かかれていますが、レベル2では、「可能かのうな限かぎり感染かんせん症しょう対策たいさくを行おこなった上うえで、リスクの低ひくい活動かつどうから徐々じょじょに実施じっしすることを検討けんとうします」と、少すこし判断はんだんに困こまるような表現ひょうげんで書かかれています。やっとレベル1となっても、「換気かんき、身体しんたい的てき距離きょりの確保かくほや手洗てあらいなどの感染かんせん症しょう対策たいさくを行おこなった上うえで 実施じっしすることを検討けんとうします」と書かかれており、結局けっきょくどうしたらいいのか、僕ぼくが教員きょういんでも困こまってしまうと思おもいます。

　しかも、文科ぶんか省しょうが現在げんざい公開こうかいしているマニュアル『学校がっこうにおける新型しんがたコロナウイルス感染かんせん症しょう に関かんする衛生えいせい管理かんりマニュアル ～「学校がっこうの新あたらしい生活せいかつ様式ようしき」～ 最新さいしん版ばん（2022年ねん4月がつ1日にち発行はっこう）』の音楽おんがくに関かんしては、2年ねん前まえのもの（2020年ねん9月がつ2日にち発行はっこう）とほとんど変かわっていません。新型しんがたコロナも変異へんいを繰くり返かえして、2年ねん前まえとはまったく違ちがう様相ようそうを見みせていますし、医学いがく的てき見地けんちによる感染かんせん症しょう対策たいさくも、この2年間ねんかんで進歩しんぽしてきたはずです。

　ちなみに現在げんざい、オーケストラでは、世界せかい各地かくちで繰くり返かえされた実証じっしょう実験じっけんの結果けっかを踏ふまえ、演奏えんそうに当あたって飛沫しぶきを飛とばさない弦楽器げんがっきはともかく、学校がっこうのリコーダーと同おなじく息いきを吹ふき込こむ管楽器かんがっきであっても、飛沫しぶきは楽器がっき内ないや奏者そうしゃ周辺しゅうへんにとどまることがわかっています。クラシック音楽おんがくの観客かんきゃくも声こえを上あげるわけではなく、マスク着用ちゃくようで静しずかに聴きいていただいているので、オーケストラ・コンサートでクラスターが発生はっせいしたとは聞きいたことがありません。

　音楽おんがく教育きょういくの現場げんばでも、冷静れいせいかつ合理ごうり的てきな検証けんしょうを進すすめ、子供こどもたちには基本きほん的てきな感染かんせん症しょう対策たいさくを講こうじながら、のびのびと音楽おんがくを学まなんでほしいと願ねがいます。

指揮しき者しゃの奇妙きみょうな練習れんしゅう風景ふうけい

　想像そうぞうしてみると、音おとを出ださずに鍵盤けんばんハーモニカをカタカタ叩たたいてみたり、リコーダーを吹ふく真似まねをしたり、そんな風景ふうけいが繰くり広ひろげられている音楽おんがくの教室きょうしつは、まるで冗談じょうだんのようです。しかし、実じつは指揮しき者しゃの僕ぼくも同おなじようなことをしていました。

　指揮しき者しゃが怖こわい顔かおをして情熱じょうねつ的てきに指揮棒しきぼうを振ふったり、笑顔えがおで優やさしく指揮しきをしていたとしても、目めの前まえにオーケストラがいなければ奇異きいな光景こうけいです。それでも、スコアを勉強べんきょうしながら、出でてくる音おとを想像そうぞうしながら、自然しぜんに軽かるく指揮しきを振ふっていることはあります。特とくに、指揮しきをするのが難むずかしい曲きょくを勉強べんきょうしている時ときには、指揮しきの方法ほうほうを考かんがえながら、少すこし手しゅを動うごかして練習れんしゅうすることもあります。そんなときに家人かじんがノックもなしに急きゅうに部屋へやに入はいってきたときには、これほど恥はずかしいことはありません。

　大学だいがくで指揮しきを勉強べんきょうしている時代じだいには、ほかの学生がくせいが指揮しきをしているのを見みながら、自分じぶんも指揮しきの動作どうさをしていました。ヨーロッパでは音楽おんがく大学だいがくを出でたばかりの若者わかものを集あつめて、夏なつに講習こうしゅう会かいが行おこなわれることがよくあり、もちろん指揮しきのコースもあります。20人にんくらいの生徒せいとが、ほかの生徒せいとの指揮しきを見みながら、同時どうじに指揮しきの動作どうさをしているのは不思議ふしぎな光景こうけいです。若わかい指揮しき者しゃの卵たまごたちにとっては、とにかく指揮しきをしたくて仕方しかたがないものの、オーケストラで振ふる機会きかいがほとんどないので、我慢がまんできなくなって指揮しきの動作どうさをしてしまうのです。

　僕ぼくが音大おんだいを出でたばかりの頃ころ、初はじめて行いったオーストリア・ウィーンの指揮しき講習こうしゅう会かいでは、ほとんどがドイツ人じんとイタリア人じんの学生がくせいのなか、僕ぼくだけが日本人にっぽんじんでした。ドイツ人じん学生がくせいは少すこし難むずかしそうな顔かおをして軽かるく手てを動うごかしている程度ていどなのですが、太陽たいようの国くにイタリアの学生がくせいはさすがです。まるで100人にんのオーケストラを目めの前まえにしているかのように、ほかの生徒せいとの指揮しきを見みながら、「自分じぶんのほうが上手うまく指揮しきできる」とでも言いいたげな様子ようすで、表現ひょうげん豊ゆたかに指揮しきの動作どうさをしていました。

　この時とき、僕ぼくも楽たのしくなって一緒いっしょに大おおきく指揮しきをしていたら、ほかの生徒せいとをレッスンしていた先生せんせいが急きゅうに僕ぼくを指ゆびさして、「君きみ、そこの指揮しきは違ちがう！」と叱しかられてしまいました。こっちとしては、ただ気持きもちよく指揮しき動作どうさをしているだけでしたが、気きを抜ぬけないのでした。

　ちなみに、その先生せんせいには、僕ぼくのレッスンの番ばんでもガミガミと怒おこられました。それでも、優秀ゆうしゅうな生徒せいと6名めいによるオーケストラ・コンサートの指揮しき者しゃに選えらんでくれただけでなく、大だいトリの大役たいやくを与あたえていただきました。そこから、僕ぼくは指揮しき者しゃとしてスタートしたように思おもいます。

（文ぶん＝篠崎しのざき靖男やすお／指揮しき者しゃ、桐朋学園大学とうほうがくえんだいがく音楽学部おんがくがくぶ非常勤ひじょうきん講師こうし）