塩野しおの義よしコロナ飲のみ薬やくの承認しょうにんを見送みおくった厚労省こうろうしょうに欠如けつじょしている「危機きき克服こくふくの意思いし」

　新型しんがたコロナウイルス感染かんせん症しょうの水際みずぎわ対策たいさくが１０月がつ１１日にちから大幅おおはばに緩和かんわされた。１日にち当あたり５万まん人にんとしていた入国にゅうこく者しゃ数すうの上限じょうげんが撤廃てっぱいされ、ツアー以外いがいの個人こじんの外国がいこく人じん旅行りょこう客きゃくの入国にゅうこくも約やく２年ねん半はんぶりに解禁かいきんされるなど、制限せいげんはほぼコロナ禍か前まえの状態じょうたいに戻もどった。米国べいこくや韓国かんこくなど６８の国くにや地域ちいきから観光かんこうなどで訪おとずれる短期たんき滞在たいざい者しゃのビザを免除めんじょする措置そちも再開さいかいされるほか、地方ちほうの空港くうこうや港みなとでも、順次じゅんじ、国際線こくさいせんの受うけ入いれが再開さいかいされる見通みとおしだ。また、すべての入国にゅうこく者しゃに対たいし発熱はつねつなど感染かんせんが疑うたがわれる症状しょうじょうがなければ、入国にゅうこく時じの検査けんさも行おこなわれず、入国にゅうこく後ごの自宅じたくなどの待機たいきも求もとめないことになる。

　だが、マスクの着用ちゃくようについては、引ひき続つづき海外かいがいの旅行りょこう者しゃに対たいしても要請ようせいするとしている。岸田きしだ総理そうりは海外かいがいと歩調ほちょうを合あわせたマスク着用ちゃくようのルール作づくりを進すすめる考かんがえを示しめしていたが、加藤かとう厚生あつお労働ろうどう大臣だいじんは１１日にち、屋内おくないでの緩和かんわを求もとめることについて否定ひてい的てきな見解けんかいを示しめした。世界せかいでは新型しんがたコロナに対たいするリスク認識にんしきが大幅おおはばに低下ていかしているが、日本にっぽんでは医師いしはもちろんのこと、一般いっぱんの人々ひとびとのリスク認識にんしきが一向いっこうに下さがっていない感かんが強つよい。もともとリスクに対たいする許容きょよう度どが低ひくいとされる日本にっぽんでは、手軽てがるに服用ふくようできる「飲のみ薬やく」が普及ふきゅうしない限かぎり、新型しんがたコロナを特別とくべつ視しする風潮ふうちょうは払拭ふっしょくできないのではないかと筆者ひっしゃは考かんがえている。

　現在げんざい、軽症けいしょう者しゃにも使つかえる飲のみ薬やくとして、米べい製薬せいやく大手おおてメルクの「モルヌピラビル」と同どうファイザーの「パキロビット」が特例とくれい承認しょうにんされている。特例とくれい承認しょうにんとは海外かいがいでの治験ちけんデータを前提ぜんていに国内こくない治験ちけんも加味かみして承認しょうにんする制度せいどのことだ。だが、これらの飲のみ薬やくには難点なんてんがある。パキロビットは効果こうかが高たかいと期待きたいされていたが、高血圧こうけつあつの薬くすりなど「使用しよう禁止きんし」の薬くすりが３０種類しゅるい以上いじょうもあることが災わざわいして、政府せいふは約やく２００万まん人にん分ぶんを確保かくほしたものの、実際じっさいの投与とうよ者しゃは約やく４万まん人にんにすぎない（９月がつ中旬ちゅうじゅん時点じてん）。モルヌピラビルも飲のみにくいという欠点けってんがあり（長径ちょうけいが２センチ以上いじょう）、調達ちょうたつした約やく１６０万まん人にん分ぶんのうち投与とうよされたのは約やく５６万まん人にんにとどまっている（９月がつ中旬ちゅうじゅん時点じてん）。

感染かんせん症しょう専門医せんもんいの間あいだからも反対はんたいの声こえ

　こうしたなかで開発かいはつが進すすんでいた塩野義製薬しおのぎせいやくの「ゾコーバ」は、国内産こくないさんで手軽てがるに服用ふくようできる飲のみ薬やくとして、臨床りんしょう医いなどの間あいだで実用じつよう化かの期待きたいは大おおきかった。政府せいふも緊急きんきゅう時じにワクチンや治療ちりょう薬やくなどを速すみやかに薬事やくじ承認しょうにんする緊急きんきゅう承認しょうにん制度せいどを５月がつ中旬ちゅうじゅんに創設そうせつした。医薬品いやくひんの審査しんさは通常つうじょう１年ねん以上いじょうかかるが、この制度せいどは「治験ちけん完了かんりょう前まえの中なか間あいだ段階だんかいでも安全あんぜん性せいが確認かくにんされ、臨床りんしょう上じょう意義いぎのある評価ひょうか指標しひょうで有効ゆうこう性せいが推定すいていできれば実用じつよう化かを認みとめる」としており、感染かんせん状じょう況きょうを踏ふまえた緊急きんきゅう性せいも考慮こうりょすることになっている。

　塩野しおの義よしは今年ことし２月がつにゾコーバの承認しょうにんを厚生こうせい労働省ろうどうしょうに申請しんせいしていたが、緊急きんきゅう承認しょうにん制度せいどが成立せいりつしたことを受うけて５月がつ下旬げじゅんにこの制度せいどの適用てきようを申請しんせいした。政府せいふはゾコーバの承認しょうにんを前提ぜんていに塩野しおの義よしと１００万まん人にん分ぶんの購入こうにゅうに合意ごういしており、国内産こくないさん飲のみ薬やくの期待きたいは大おおいに高たかまっていたが、残念ざんねんながらその期待きたいは裏切うらぎられた。

　厚生こうせい労働省ろうどうしょうの専門せんもん家か分科ぶんか会かいは７月がつ、塩野義製薬しおのぎせいやくが開発かいはつしたゾコーバの承認しょうにんを見送みおくり、継続けいぞく審議しんぎにすることを決定けっていした。「緊急きんきゅう承認しょうにんに向むけて有効ゆうこう性せいなどのデータが十分じゅうぶんではない」というのがその理由りゆうだ。今回こんかいの審議しんぎにあたり、塩野しおの義よしの提出ていしゅつデータの審査しんさを担になった医薬品いやくひん医療いりょう機器きき総合そうごう機構きこうは「ウイルス量りょうの減少げんしょう傾向けいこうは否定ひていしないが、症状しょうじょう改善かいぜんのデータが不足ふそくしている」との見解けんかいを示しめしていた。

　だが、承認しょうにん見送みおくりの判断はんだんが示しめされると感染かんせん症しょう専門医せんもんいの間あいだから反対はんたいの声こえが上あがるという異例いれいの展開てんかいとなった。「症状しょうじょうが有意ゆういに改善かいぜんしなくても、体内たいないのウイルス量りょうが減少げんしょうすれば、家庭かてい内ない感染かんせんなどの抑制よくせいに役立やくだつ」というのがその理由りゆうだ。

　制度せいどの運用うんようについて疑問ぎもんを投なげかける専門せんもん家かもいる。今回こんかいの審査しんさは通常つうじょうの医薬品いやくひん審査しんさと同おなじ欠点けってんを指摘してきする減点げんてん方式ほうしきで進すすめられたが、緊急きんきゅう承認しょうにん制度せいどの趣旨しゅしにかんがみれば、純粋じゅんすいな薬効やっこう評価ひょうかの点数てんすうだけでなく、社会しゃかいのニーズ（「選択肢せんたくしは１ひとつでも多おおい方ほうが良よい」とする臨床りんしょう現場げんばの医師いしの意向いこうなど）も勘案かんあんして承認しょうにんすべきかどうか議論ぎろんすべきだったからだ。季き節ぶし性せいインフレエンザの飲のみ薬やくの有効ゆうこう性せいは一般いっぱんに考かんがえられているほど高たかくないが、「困こまったときには飲のみ薬やくが手元てもとにある」との安心あんしん感かんが人々ひとびとのインフレエンザのリスク認識にんしきを下さげている。飲のみ薬やくにはこのような副次的ふくじてき効果こうかがある。「危機きき的てきな状況じょうきょうの下もとで、必要ひつような薬くすりを一緒いっしょに作つくり出だそう」という姿勢しせいが審査しんさ側がわに欠如けつじょしていたのは残念ざんねんでならない。承認しょうにん見送みおくりの判断はんだんは「仏ふつ作つくって魂たましい入いれず」とのそしりをまぬがれないだろう。

特許とっきょ料りょうを徴収ちょうしゅうせず後発こうはつ薬やくの生産せいさんを認みとめる

　捲土重来けんどじゅうらいを期きす塩野しおの義よしは９月くがつ２８日にち、最終さいしゅう段階だんかいにあたる臨床りんしょう試験しけんの速報そくほう結果けっかを公表こうひょうした。変異へんい型がた「オミクロン型がた」に特徴とくちょう的てきな５症状しょうじょうが消きえるまでの時間じかんを短縮たんしゅくできたとしており、緊急きんきゅう承認しょうにんの見送みおくりの理由りゆうとなった症状しょうじょう改善かいぜんの効果こうかが示しめせたという。これを受うけて、加藤かとう厚生あつお労働ろうどう大臣だいじんは「医薬品いやくひん医療いりょう機器きき総合そうごう機構きこうにおいて速すみやかに審査しんさを進すすめたい」と述のべており、今度こんどこそゾコーバが早期そうきに承認しょうにんされることを祈いのるばかりだ。

　塩野しおの義よしは１０月がつ４日にち、ゾコーバについて「発展はってん途上とじょう国こく向むけに特許とっきょ料りょうを徴収ちょうしゅうせず後発こうはつ薬やくの生産せいさんを認みとめる」と発表はっぴょうした。日本にっぽん企業きぎょうとしては初はじめて国連こくれん傘下さんかの医薬品いやくひんの公平こうへいな供給きょうきゅうを支援しえんする組織そしき「医薬品いやくひん特許とっきょプール（MPP）」とライセンス契約けいやくを結むすび、世界せかい１１７カ国かこくにゾコーバを安価あんかに供給きょうきゅうする。感染かんせん症しょうのパンデミックを効果こうか的てきに抑おさえるためには、途上とじょう国こくへの治療ちりょう薬やくの提供ていきょうは欠かかせない。

　ワクチン開発かいはつでは見みる影かげがなかった日本にっぽん勢ぜいだったが、有終ゆうしゅうの美びを飾かざるためにもゾコーバの海外かいがいへの広範こうはんな普及ふきゅうを官民かんみん挙あげて取とり組くむべきではないだろうか。

（文ぶん＝藤ふじ和彦かずひこ／経済けいざい産業さんぎょう研究所けんきゅうじょコンサルティングフェロー）